故郷の話をしよう。
それは随分南にある国で、国土の大半を金色の砂が覆っていた。
砂漠の国、デザートローズ。
その中にあって、唯一水と緑に溢れていたのが、首都ローゼライトであった。
強大な魔力によって維持されていたその都は、ある日突然消滅した。
赤く冷たい炎がまるで舐めとるようにして都市を破壊したのだ。
逃げ遅れた人々は、まるで砂塵のように消え失せた。
赤い記憶。
脳裏を今尚燃やし続ける、炎の記憶。
大事な故郷かと問われれば、正直大事でも何でもない。
あの国は歪んでいた。
どうして砂漠のど真ん中に水の都があったと思う?
オアシスの力? いいや、そんな自然なものじゃない。
あの都市には、精霊が宿っていた。
『水晶鳥』と名付けされた巨大な精霊は、ローゼライトの名を冠する王族を庇護していた。
ローゼライトの民はその精霊の影響からか、魔法の適正が高く、逆に魔力を扱えない者は不自由を強いられていた。
仕事が貰えないから、どこかの貴族――魔法に秀でた者――の召使として扱き使われるしかない。
王族はそんな貴族達の最高位で、『水晶鳥』の力を使い、国を担っていた。
そういう国。
魔法で成り立っていた国は、魔法の力に依存していた。
魔法が無いことを恐れていた。
『水晶鳥』に見捨てられることを恐れていた。
だから。
あの日、あの都は滅んだ。
当然のこと。
『俺』には関係ない。
――そう、切り捨てられればどんなに楽だったか。
親友の話をしよう。
名前はカイト。
ローゼライト王家に仕える魔法騎士だった。
正義感が強く、お人よしで頑固。
不器用な性格の男で、しかし魔法の才能は抜きん出ていた。
世界に三人しかいない魔法使いの最高栄誉、《孔雀の七爪》に選ばれると思っていた。
小細工など奴の前では無意味に等しく、同期の――いや、正規の騎士ですら――魔法勝負でカイトを倒せる者などいなかったから。
俺もしかり。
繊細で危なっかしい部分もあったが、何事にも真っ直ぐで周りをよく見ようとしていた。
俺とは大違い。
俺は器用だと自負しているが、結局自分のことしか考えられないだけだった。
俺にとって世界とは、自分と、この手から放たれる矢と刃が届く位置までだけだ。
ある日、そんな俺の世界が崩れる。
親友は生まれながらに、くそったれな運命とやらに縛られていたのを知ったから。
それを知って、俺は「はいそうですか」と逃げることも出来たはずなのに、結局あの国に残った。
己の使命だと、自分で思った。
誰から言われたからではなく、自分で。
あいつのために。
『彼女』のために。
だから、俺は弓とナイフを握る。
カイトと、『彼女』の敵を殺す。
その為に生きてきた。いや、その為に生まれてきた。
ハルの話をしよう。
本名、ハロウディア・ディ・ローゼライト。
デザートローズ王国の第一王女。
そのはずだった彼女は、しかしその身に強大な力を封印されて市井で過ごしていた。
様々な因果が巡って、彼女はある日カイトの唯一無二の存在になった。
それが元を辿れば全て仕組まれていたことだったとしても、それを幸せなことだと、俺は思いたい。
彼女はどこか抜けていて、優しくて明るくて、人ならざるモノに好かれる才能を持っていた。
彼女の周りにはいつも名も無き精霊が遊んでいた。
少し眼を離せば、向こう側に連れて行かれるんじゃないかと思うほどに。
俺は彼女が好きだった。
何も知らず、自らの運命も知らず、ただ俺に優しく微笑みかける彼女が好きだった。
その笑顔の為なら、どれだけ血を流そうと、この国を守ってやると意気込んでいた。
何も知らないまま、カイトと幸せになって欲しいと切に願っていた。
その未来を、愚かにも俺は信じきっていた。
――石ノ宮で眼が覚めた。
酷く重い頭痛がする。
杭を打たれたかの様に、悪魔が大声で嗤う様に。
「ああ、くっそ……」
毒吐く。
「ちくしょう……」
頭を振って起き上がる。
頭痛がする。
体内の魔力が許容値を越えている。
――魔導石の安置された、こんな所で眠ったのだから、きっと魔酔いだろう。
「変な夢見た……」
一人呟き、ふらふらと外へ出る。
真夏の陽光は寝起きの頭に容赦なく突き刺さった。
痛い。まるで細剣を何本も刺されたような――
「スロット、大丈夫?」
ゆるゆると顔を上げる。
太陽をきらきらと跳ね返して、彼女はそこに立っていた。
「ハル」
彼女は心配そうにスロットを見上げている。
「昨日は家に戻らなかったって聞いたから……」
「あ、ああ? おう……依頼が、あって」
「依頼? 迷子探しか何か?」
「……忘れちまった」
「ふふっ、どうせお酒でも飲んだんでしょ? じゃなきゃ石ノ宮で居眠りしたりしないよね」
「そうだな」
上着からアルコールの匂いがする様な気がした。
随分な量を煽ったのだろうか? 記憶がない。
もっとも、日頃から記憶がなくなるまで飲むことも少なくなかったが。
「で? 何でお前はここに?」
「酷いなぁ。何でって、スロットを探しに来たに決まってるでしょ!」
「お、俺を? 何で?」
「忘れちゃったの? 酒癖が悪いね、本当に!」
ハルはからからと笑って「誕生日!」とぴょんと跳ねた。
「プレゼントを買いに行こうって、言ったじゃない」
「お、おう……そう、だったか」
「もう、頼りにならないなぁ」
心外だった。
――こんなに俺は、お前のことを思っているのに。
「あー……ったく、そこまで言うならしかたねぇ。俺の本気見せてやるよ」
「はーい、期待してるよ」
ハルは「早く早く!」とスロットの腕を引っ張った。
「そんなに急ぐなって! 俺は……そう、魔酔いなんだ」
「二日酔いの間違いでしょ」
「ううん」
信じてもらえなさそうだ。
ハルは魔法の適正がない。故に、周りの魔力にも鈍感だ。
だから魔酔いも感じたことが無いだろうし、この感覚を伝えるのは難しいだろう。
彼女は「何がいいかな?」と嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「夏の時期だから物もいっぱいあるし……迷っちゃうなぁ」
「あー……」
スロットは彼女の腕をやんわりと放し、近くの屋台へとふらふら近寄る。
「おっちゃん、水」
「あいよ」
差し出されたガラスの瓶を一気に煽る。
魔法の冷気で冷やされた水は、彼の思考を覚ました。
――水の都ローゼライト。
砂漠のど真ん中だというのに、新鮮な水が市民の喉を潤し、緑を豊かにしている。
全ては大精霊『水晶鳥』と、それを操る王族の『水晶の剣』のおかげだ。
その恩恵を、知らず知らずに受けてしまっている。
「もー」
ハルが呆れた声を出す。
「本当に大丈夫? 今日、やめる?」
「馬鹿言うなよ。お前だって明日は仕事あるだろ? 今日じゃなきゃ駄目だろって」
「そうだけど」
彼女は唇を尖らせる。
――ハルは忙しい。魔法騎士であるカイトの帰りを待つ、彼の『妻』として。
前に少し聞いたところ、掃除、洗濯、裁縫などに時間を使っているらしい。
器用なことだ。スロットは思い出してにやりとする。
――俺も今日以外は時間がない。これでも、ちゃんと試験を通過した魔法騎士なのだから。
「さあ、行こうぜ。何処から見て周る?」
「じゃあ、打ち水通りから」
「ああ」
日の光を避けるようにして木陰を歩く。
市民は皆同じ事を考えているようで、ハルはすぐに人ごみに紛れてしまう。
カイトが選んで買ったのだろう白いワンピースがまぶしかった。
先へ先へと進んでしまう彼女を追っているうちに、だいぶ意識もはっきりしてきた。
――そうだ、誕生日が近くて、何かプレゼントを買おうと約束したのだった。
彼女もしっかりと給料を貰っている身で――酷い主人だとそれすらもないが、カイトも、カイトの親はそこまでの阿呆ではない――しかしあまり自分の為には使いたがらない。
スロットも薄給の身なれど、今日の為に貯めてきたつもりがあった。
ローゼライトは豊かな都市だが、国自体は豊かとは到底言えない。
故に物の殆どは他国からの輸入品であり、渡来品を買おうとすれば値も張る。
―― 一体何を買うつもりなんだ?
計画はなかった。ぶらりと町を巡って、適当にぴんと来たものを買う。そんな予定だ。
――まあ、それもいい。
「スロットー!」
彼女が手を振っている。
「これ、これ! 凄いよ、ずうっと東の国から来たんだって!」
「へー」
興奮しているハルが手にしているものの、何処がいいのか全くわからなかった。
――根本的に価値観が違うのは仕方ないか。
楽しげに品を見ているハルを、スロットは目を細めてまぶしそうに見つめた。
だが、警戒は怠らない。
ハルは、この国にとって――そんなものどうでもいいか――自分にとって命より大事な存在だ。
国民は知らない。
彼女が姫の双子の姉であることを。
双子の妹、正式な姫はまだ一般に顔見世されていない。
スロットも妹君の顔を見たことは無かったが、双子というのだから似ているのだろう。
顔が国民に知れ渡れば、ハルは顔を隠して生きていくのだろうか。
「ハルが成人したら、正式にプロポーズをしようと思う」
いつだったか、そうカイトが思いつめていた。
カイトは彼女を『妻』としたが、それは結局ローゼライトの暗い風習によるものであり、自分で改めて決着をつけたいようであった。
スロットは賛同し、内心の暗い気持ちをなんとか押さえ込んだ。
正直、この国なんてどうなってもいい。
もし、二人が国を出るというのなら、俺はそれに従おう。友として傍にいると誓おう。
もし、二人が国を守るというなら、俺はそれに従おう。剣となり盾となると誓おう。
そう思っていたが、口には出さない。
きっとカイトは反対するから。
自由に生きろと、言うんだろう。
彼らは知らない。
スロットがどれほどの覚悟を持っているか。
知らない方がいいのだ。
これはスロットに課せられた運命であり、二人の運命はそれぞれ別なものがある。
この運命を受け入れるまで時間はかからなかった。
カイトとハルの出会いを知っていればこそ。
――絶対に、最期まで、守る。
決意させるだけの物を、二人に感じていたから。
「にしても……」
ちらりとハルを見る。
彼女は人混みにも負けず、様々な物を手にとっては「これがいいかなぁ」と眉を顰めている。
正直、彼女が選ぶものなら何でも賛成するつもりだった。
下手に意見を入れるより、彼女の自由にした方がきっと喜ぶ。
「……ハル、わりぃ」
だから、
「また、水飲んでくるわ」
品選びは任せて、近くの屋台で水を買う。
飲むとは告げたが、人目を気にせず頭から被る。
「あー……」
前髪から水の玉がぽろりぽろりと零れ落ちる。
酔いは晴れない。
「こんなに長引いた事なんてあったかねぇ……」
魔法騎士は何時だって魔酔いと隣り合わせだ。
自分の魔力と他人の魔力。相性が悪ければ身体は素直に音を上げ、魔酔う。
だとしても今回は随分長引きすぎてはいないだろうか?
あの石ノ宮にまつられていた魔導石は、自分とあまりにも相性が悪すぎたということか。
気を取り直し、スロットは人込みに戻る。
「ハル、どうだ? 良い物あったか?」
「うふふ」
彼女はいつの間にか、持参した袋に何かを入れている。
「おう、決めたのか」
「うん!」
「そりゃ良かった。後で払うぜ」
「ありがとう、スロット!」
彼女には悪かったが、早々に切り上げたかった。
明日からはまた仕事だ。酔いを引き摺るわけにはいかない。
「飯でも食っていくか」
「ええ? いいよー、スロット、具合悪そうだもの」
「でもよう」
渋るスロットに対し、ハルは「じゃ、公園で座って冷たいものでも飲もうよ」と肩をすくめた。
「そりゃいいな」
気遣ってくれているのだ。
もちろん、彼女自身が冷たい物を食べたがっているのだろうが。
二人は大噴水のある中央公園に移動した。
風に煽られた水滴が心地よい。
ハルは並ぶ屋台の中から、冷やしたオレンジの実を選んで、その半分をスロットに渡した。
「つめてぇ」
「美味しそう!」
匙で中身を掬うと、甘酸っぱい匂いが鼻腔を刺した。
「んん、ちょっと酸っぱいね」
しかし満足そうに頬張る彼女の横顔を、スロットはまじまじと見つめる。
「いつももっと良い物食ってんじゃねぇのか?」
「偏見だよ」
「そうか?」
カイトの家は基本的に雑用をそれぞれの『妻』に任せているが、ちゃんと給金を出している。
となれば、食事だっていいものが出ているに違いないと思っていたのだが。
「もっと力のつく物が中心だから。砂食み鳥とか、岩蜥蜴の肉とか」
「はぁん」
納得できる。
「むん」
力瘤を作ってみせるハルであったが、その細腕ではどれくらいの物が持てるのかは分からなかった。
「はいはい。いいじゃねぇか、お前にはお前の仕事があるんだろうからよ」
「むー」
ハルは「子供じゃないんだけどな」と頬を膨らませた。
子ども扱いをするつもりはなかったが、どうも彼女は妹の様な存在なものだから、どうしてもそうなる時がある。
いつまで経っても、小さく見える。
その華奢な肩に蝶が止まった。
ただの蝶ではない、小さくとも立派な『精霊』だ。
ローゼライトは『水晶鳥』の影響からか、精霊が集まってきやすい土地だ。
時に子供の戯れで捕らえられてしまうほど力のないもの達だが、ハルはそれに微笑むだけで特に何もしなかった。
――ハルは人ならざるものに好かれやすい。
魔法は使えない身であったが、精霊との交流はとても手馴れたものであった。
「あ、こら」
匙を弄ぶ二匹の虹色の蝶と幼い攻防を繰り広げているのを横目に、スロットはさっさと自分の分を食べきる。
あまり味を感じない。酸っぱいと言われたらそんな気がしたし、甘いかと言われれば甘いような気もした。
「『こんなんだった』か?」
スロットは首を捻る。
『こんなはずではなかった気がする』。
「どうかした?」
ようやく匙を勝ち取ったハルが、こちらを心配そうに見ていた。
「ああ、あの、な? ハル、お前が買った物って『何だった』っけ?」
――過去系。
「あっ! そうだね、見せておかなきゃね!」
ハルはごそごそと袋を漁り、それをスロットの前に広げた。
「は……あ、あれ?」
それはスカーフであった。
鮮やかな黄色の刺繍が目を引く、『女物の』スカーフ。
「……『そんなものじゃなかったはずだ』」
スロットは自分の言葉の違和感に気がつく。
しかしハルは嬉しそうにそれをひらひらと風に遊ばせる。
夏の風。
じっとりと汗をかいているのは、日差しのせいだけではない。
「え? でも、スロットが私に――」
「……くふ」
思わず、口元を押さえる。
――そういうことか。
「私に、誕生日だからって」
「あはっ、くっ、あっはっはっは!」
ついに耐え切れなくなって、声を大にして笑う。
周りの目など知ったことかと、スロットは腹を抱えて笑い続ける。
「ス、スロット……? 何、何がそんなに」
「俺が、そう思っていると?」
「え?」
「俺が『こんなもの』を望んでいると?」
深呼吸して、ハルを見る。
真っ直ぐに。
敵意でもって。
そのまま背中に手を伸ばし、得物を取る。
黒い魔導石の嵌った象牙の魔工。
「『アイボリー・ノート』、起きろ」
命ずる。
魔導石は発動の高音を奏で、黒い短弓へと変化した。
「あっ」
ハルが慄く。
「……本当にそう思っていると? 俺が? 『この俺が』?」
白い魔法の光が、黒い弓を輝かせる。
夏の陽の下。
確かに二人で、街を歩いた。
しかしそれは『こんなもの』ではない。
「俺が彼女を、そういう目で見ていたんだろう、と? コレが俺の願望だ、と?」
白い光は矢を形取り、弓にかかる。
殺意を孕んで。
「ちゃんちゃら可笑しいぜ」
射る。
びくりと硬直したハルであったが、光が放たれたのは遥か上空。
しかし、空はその一撃で割れた。
硝子の様に。
「俺はこんなもの、一瞬たりとも望んだりしねぇ」
「何故だ!」
――金切り声で目が覚めた。
酷い酔いに、スロットは頭を抑える。
利き腕にはまだあの弓が有り、上を確かめれば廃墟に穴が開いていた。
そして目の前には、黒いマントの男。
――ああ、そうだった。依頼を受けたのだ。
頭を振りながら思い出す。
廃屋に変な研究をしている魔法使いがいるから立ち退かせて欲しい。
なんて一方的な依頼かと思ったが、会ってみればよく分かった。
《黒杖同盟》の崩れ者。落ちこぼれだと言われてこの地に住み着き、住民達に密かに魔法をかけていた。
実験台として。
では退治をと乗り込んだのがスロットであり、いろいろな可能性を鑑みて自分一人だけで来たのだった。
それが《核》の相性の問題で、まんまと相手の術中に嵌ってしまった。
「何故私の魔法が破られる! 見たのだろう!? 夢を、理想を!」
「夢は見た。でも、理想じゃない」
弓を戻し、相手を睨む。
魔法破りの所為で、心臓が高鳴り、息が上がっていた。
それでも胸に宿った確かな不快感は、スロットの気持ちを高揚させるには十分だった。
「お前は何一つ理解してねぇ。夢も、理想も、人間そのものも、何も」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿はてめぇだろ」
腰から短剣を抜き取った。
『魔導師封じ』の名を持つ、深紅のそれ。
構えて、身を低くする。
「とりあえずのところ、最期に教えてやる」
「は?」
「俺は、あいつの事を、そういうふうに好きなわけじゃねぇんだよ」
刹那、スロットは一歩で相手との距離を詰め、深紅の刃を魔法使いの胸に突き立てていた。
「ぎゃああああああっ!」
耳障りな断末魔と一緒に、赤い血が傷口から噴出す。
切っ先は心臓内の核を正確に貫いていた。
「あが、が」
断末魔はやがて静かになり、ぱったりと途絶えた。
死体はどっと仰向けに倒れて、その衝撃で短剣は独りでに抜ける。
きしきし、きしきし。
核が魔導石へ変化していく音が、スロットの吐き出す息の音に混じった。
「……っふう」
短剣の血を拭って腰に戻し、顎の下の汗を拭う。
もし、あのまま目覚めなかったら?
もし、この魔法使いがもう少し賢く、ぼろを出さなかったら?
「ははっ」
考えても仕方ない。
――俺は勝った。それだけが全てだ。
死体の魔導石を傷から抜き取り、廃屋の扉から外に出る。
「ん――」
日差しが眩しい。
故郷のそれとは比べ物にならないが、本当に眩しい。
それを片手で遮りながら、スロットは帰路に着く。
「スロット!」
村への道の途中、出迎えたのは幻ではない、本物のハルであった。
心配そうにスロットに駆け寄り、「血の匂いがするよ……怪我してない?」と目を細めた。
「俺の血じゃねぇよ。大丈夫だ」
血の着いた右手ではなく、左手で彼女の頭を撫でる。
「一人じゃあぶねぇだろ? カイトはどうした」
「うん」
ハルが振り向くと、カイトが顔を真っ青にして走りよってくるところだった。
「おう、カイ――」
ぐいと胸倉を引き寄せられた。
「怪我は」
「……ねぇよ」
「そうか。無事で良かった」
怒っている。
切れ長の紫の目が、こちらを睨んでいる。
「な、何で怒ってんだ」
「長いこと連絡が無くて心配していた。まさか、敵の手にかかったかと」
「俺がそんなヘマするかよ」
「俺達は魔法使いだ。相性が悪ければ、それもある」
「……信用ねぇなぁ」
スロットがようやく腕を振り払うと、「違う」とカイトは声を鋭くした。
「心配していた。だから本当のことを言ってくれ」
「……」
真っ直ぐに見られると嘘が吐けない。
黙っていても闇雲に心配させるだけだと悟り、スロットは頭を掻いた。
「……わーったよ。正直に言うぜ。相手と相性最悪で、アホみたいに苦労した。ほんと、死にかけた。んで、今は安心出来る場所で寝ちまいてぇ」
「そうか。……無事で良かった、本当に」
カイトの拳が、軽くスロットの胸を叩いた。
それがやたらと重い。
「とりあえず村長に報告か?」
「おう。ヤツの魔導石持ってきた。死体の検分は任せようぜ」
「さっさと済ませよう」
カイトが「俺は先にメーヴェに報告に行く。ハル、スロットについていてやってくれ」と歩き出し、二人はぽつんと残された。
ハルは困ったように肩を竦める。
「……カイト、怒ってたね」
「あー、ああ」
「スロットが素直に言わないからだよ」
「……悪かったって」
彼女は「早く報告して、早く休もっ!」と跳ねるようにして先を行く。
思わず、それを呼び止めた。
「ハル。前の誕生日、俺達何買ったっけ」
「う? ……ああ、カイトのね」
ハルはくすりと笑った。
「なかなか決まらなくて、結局当日、仕事を抜け出して『白銀の髪飾り亭』に食事に行ったんじゃない」
「ああ。そうだよな」
「何、急に」
「……いいや。思い出しただけさ」
スロットは笑って、歩き出す。
俺の話をしよう。
元ローゼライト魔法騎士団の魔法使いにして、その国の秘密を知る最後の人間。
カイトとハルにかけられた『呪い』を知る最後の人間。
二人を守る為に存在する、ちっぽけな存在。
ハルのことは好きだ。しかしそれは、恋愛感情ではない。
守りたいと思う、言うなれば騎士の精神。
それはカイトもまた同様だ。
俺は二人のために存在している。
二人が幸せになるようにと、愚かにも願っている。
祈っている。
求めている。
それが俺。
それが俺の生きる意味。
それが俺の、死ねない理由。