はっと目覚めると、寝台の上であった。
硝子窓を通した柔らかい光が眩しい。
それに手を翳し、眼を細める。
――生きている。
「わーっ!!!」
びくりと身を震わせると、部屋の扉のところに誰か立っていた。
「は?」
「カ、カジが起きたー! 誰かっ! 誰か先生を呼んできてくれー!!」
その誰かは顔を真っ青にして寝台に飛びついてきた。
「どうだ、体調は!? 頭とか、首とか、腹とか!?」
「……いや、別に――」
「本当か!? そりゃ良かった」
「……つーか、お前、誰?」
「……ほ?」
誰かは呆気にとられたように、カジをまじまじと見つめた。
「あ、あー? 混乱してるってやつか!? 誰か、誰か『静心の法』ぉー!」
「そりゃそっちに必要なんじゃねぇか……?」
「何をぉ!? 俺は心配してやって――」
「だから、うるせぇって、エリック」
カジは額を押さえる。
「……ん? お前、エリック……?」
「そうだよ! 良かったー、思い出したか」
「……」
だんだん思考がはっきりしてくる。
――ここは騎士の同期のエリックとの相部屋だ。
「あ? え、……何が、どうなったんだ?」
「……ああ。お前はな、崖下で見つかったんだよ」
「崖、下?」
「ああ。リューンまで行く旅団に同行して、途中で。……どうだ、思い出せないか」
「……まったく」
「あんまり俺から言いたくねぇんだけど。皆、死んじまったからな……」
「……」
雪の日。
リューンへ行く、教会の旅団の護衛。
出会ったのは、真っ黒な巨体の『何か』。
「あ、あ……ああ!!」
身を起こす。
「思い出した!」
「お、おお」
「ディエは!? ディエは――!」
「……死体は戻ってきてるよ」
「……!!」
彼女は、死んだのか。
――いや、自分の手で殺したのだった。
『何か』の襲撃から自分が庇ったが、その後に殺されてしまったのか。
――自分の部屋で。……でも、この部屋じゃない。
「アダム……アダムは?」
「ああ……見つかってるよ。一部だけだけどな」
「一部? 燃えた跡が?」
「……お前大丈夫か? ……もぎ取られてたよ、腕も足も。凄い力で」
「…………」
――アダムを殺したのは、自分では、ない?
「アデラとエメリは?」
「え、誰それ」
「えっ」
「あーやっぱ頭かな……お前、元に戻るといいな」
「は?」
「まず口調。くーちょーお! お前はこう、もっと……おしとやかだったでしょうよ」
「おしとやかって……」
「いや、でも分かるよ。婚約者が死んだんだ、冷静じゃいられないよな」
「ディエとは、そんなんじゃ……もちろん、悲しい、ですけど」
「だろうな」
エリックは頭をかく。
「……先生遅いなあ。呼んでくる」
「エリック」
「ん?」
「……崖の下に、女が立って、いました。赤い」
「なんだそりゃ」
「助けられた、気が……何か知らないか?」
「お前だけだよ、生き残りは。だからお前が知らないことは、誰も知らないさ」
「……」
小さく頷くしかなかった。
長い前髪を額当てで持ち上げる。
切ってはどうかといわれたが、どうもそんな気になれなかった。
世界は明瞭で、あの長い夢が本当に夢だったことを思い知らされる。
自分は怪我のために何ヶ月も眠っていて、その間の夢が"聖歌隊"なのだ、と。
剣を腰に吊るす。
――そこにある己の剣は、記憶の中の聖剣と同じ形をしていた。
「カジー、俺先にいってっからな」
「ええ」
エリックが足早に出て行く。
――今日は復帰一日目だ。
どうやら、ようやく日常とやらに戻れる日が来たようだ。
今日まで治療や、リハビリや、記憶の整理に時間を費やしてきた。
――もう、あの日は忘れてしまった方が自分の為なのだろう。
「……?」
窓を叩く音がした。
そこに目をやると、細い葉の、薄紫の小さな花を複数つけた植物が置いてあった。
――エリックの趣味とは思えないのだが。
「……ローズマリー?」
カジは食卓に並んでいたそれを思い出す。
「何で……」
思わず窓を開ける。
青空の高いところで鳥が飛んでいるが、それだけだった。
「……」
それを制服のポケットに突っ込んで、カジは部屋を出る。
日常に戻るために。
End