ある年末のリューンにて。
はやしが自分の尻尾を追いかけてくるくると回っている。
大分暇であるらしい。
「はやし、目が回りますよ」
「にゃーん」
それでも飽きずにくるくると回り続けている。
「……仕方ないですねぇ。お向かいに、プリンでも買いに行きますか」
「にゃーん!」
「直ぐ戻りますよ、一応店を開いている身なんですからね」
「にゃ~ん♪」
「あっ!こんにちはっ。いらっしゃいませ~」
そう声をかけてくれたのは、桃色の髪の少女だった。
「にゃーん!」
その頭でぴこぴこと動いている「耳」を見つけて、はやしも同じように耳を動かした。
「わっ、おむかいのねこちゃん! きてくれたんだね~」
彼女ははやしの頭をくしゃくしゃと撫で、はやしもまんざらではないようで喉をごろごろと鳴らしている。
「キィキィ」
「うん?」
カジは頭上から聞こえてきた不思議な鳴き声に視線を上げた。
「キィ」
ばさばさと飛んでいたのは、白い蝙蝠であった。
その首には、赤い十字架が掛かっている。
「なるほど。何か飛んでいるとは思っていましたが、蝙蝠でしたか」
「あっ、えっとね、そのこうもり、あたしのおともだちなの」
少女はぱっと笑った。
「シェスっていうんだよ~、ちょっといじわるだけど、たまにあそんでくれるから、こわくないよ!」
「キィキィ」
はやしがじいっと見つめているのに気づいたのか、シェスと紹介された蝙蝠は「キィ」と鳴いて店の天井にとまった。
「にゃーん」
「向かいの店の店番はやし、そしてその通訳カジと申します。ええっと、あなたは――」
「ウィズだよ! ぼうけんしゃ!! 六人でたくさん依頼受けてるよ。今日はここでお留守番!!」
「ええっと、その蝙蝠さん……シェスさんは……」
「えっとねー、ちゃんとお店できてるかみてくれてるの」
――なるほど、自分のような立場なのか。
ちらりと天井を見ると「キィキィ」と得意げに鳴いていた。
「にゃ~ん」
はやしが、何処から出したのか銀貨を握ってウィズの服の裾を引っ張っていた。
「ねこちゃん、プリンかいにきてくれたの?」
「にゃーん!」
「わあ、うれしいな~! えっとー、どれにしますか!」
「なーん」
何やら楽しそうな店番二人を微笑ましく思いながら、ちらりとカジは上を見上げる。
――金色の瞳と目が合った。
「えーっと」
「キィ?」
「うちの商品ですけど、もなか、食べますか?」
「……!!」
ばっと羽ばたいたかと思うと、白い蝙蝠はすうっとカジの頭にとまった。
「キィキィ!」
「はい、どうぞ」
はやしの形のもなかを差し出すと、しばらく差し出されたもなかを眺めていたが、そのままもぐもぐと食べ始めた。
「甘いのお好きなんですね」
「キィキィ!」
「僕もプリン大好きです。買わせていただきますね」
「キィキィ」
白い蝙蝠は満足そうな表情を浮かべていた。
「プリンはねー、あたしのパーティのリーダーお手製だよ~」
「にゃーん」
「『リーダーさん、お料理上手なんですね』ですって」
「あっ、おにいさん、ねこちゃんのおはなし、わかるんだ~! そうなの! じょうずだよ~!」
「にゃーん!」
そんなはやしの手には、既に美味しそうなプリンが抱えられていた。
「落とさないように持つんですよ、はやし」
「にゃーん」
「僕にも、チョコプリンいただけますか?」
「はーい!」
用意してくれている間、ぴこぴこと耳が動いているのが可愛い。
ついでにはやしの耳もそれに合わせてぴこぴこと動いている。
仲良くなれそうだなと、やはり微笑ましく思った。
「はい、おまたせしました!」
「ありがとうございます」
見ただけで美味しそうで、店を閉めてまで来て良かったなあとのんびり考えた。
「では、そろそろ店に戻ります」
「にゃーん!」
「店番がずっと遊んでてはいけません。お騒がせしました、ウィズさん、シェスさん」
「ばいばーい!」
「キィキィ」
「あ、えっと、えっと、ごらいてん、ありがとうございました!」
最後に、蝙蝠ともう一度目が合った。
――「じゃーな」という挨拶が聞こえた気がした。
そんな日から、一週間ほど過ぎた頃。
一人寂しく食事にしようと、手近な店に入り、エールと黒パンを食べている時だった。
「あんた、赤髭森の教会って知ってるか?」
そう後ろから声をかけられた。
カジは振り向かず、しかし頭を少しだけ動かしてその人物を視界の端に捉える。
――"その人"は、黒い神父の格好をしていた。
「知っています」
「っそ」
ぎいっと椅子が引かれる音がして、"その人"が背中合わせになったことを悟った。
「何故僕に?」
パンをちぎりながら訪ねると、小さな笑い声が返ってきた。
「自分の胸に手を当てて考えろよ!」
「……」
――なるほど、自分もまた、そういう服を着ていた。
「それで?」
カジは先を促す。
「赤髭サンとのご面識はおありでしょーか?」
「知ってどうするんです」
「んー? いやあ、」
"その人"は、けらけらと笑った。
無邪気に、可憐に、それでいて過激に。
「『ちょっと、ね』」
――誤魔化された。
「赤髭殿は熱心な聖北教徒ですよ」
「うんうん」
「説法を聞きましたが、まあ、ええ、いい事を言っていましたよ」
「ほうほう」
「犬が好きだそうで、教会の敷地内で何匹も見かけました。よく躾けられてましたね。『それはそれはよく』」
「ふんふん」
「誰にでも優しい人でしたよ。奥様が三人もいるのはどうかと思いましたが」
「はーん」
「……まあ、『もう昔の話ですが』」
カジは頼んでいたエールに口をつける。
「『アレ』はもう駄目ですね。地位を振りかざしてやりすぎた。恨みを買いすぎている」
「ははあ、あんたも『良い思いさせてもらった』わけ?」
「まさか。僕は『あなたと同業者』ですよ?」
「……くくっ」
まるで「知ってるよ」とでも言いたげな笑い声がした。
「どーもどーも! おかげで良い気分で赤髭と会えそうだぜ」
「気をつけてくださいよ、あの犬は猟犬です。噂では、両手の指でも足りない程の人間を食い殺している」
「へー?」
「赤髭殿も――まあ今は分かりませんが――法力の使い手だったことは間違いないんです。いいですか、念押ししますが、『相手は聖職者ですよ』」
「……」
そこで初めて、背中の気配が冷たい物になった。
カジは流れを切るように、もう一口エールを飲む。
「お前――」
"その人"の声が鋭い棘のように背中を刺した。
しかしその後の言葉が刺さる前に、カジは手を上げて制する。
「いえ、だからなんだと言うわけではありません。僕の知り合いにもいますし。ただ、同じ冒険者同士、一つや二つ忠告があったっていいじゃないですか。もしかしたら僕に回ってきた仕事だったかもしれないんですからね」
「……」
「赤髭森の手前の街に知り合いがいますから、そこで休むと良いでしょう。今紹介状を書きます」
「そりゃどうも。でもこっちは何も出せないぜ? 報酬も成功払いだしなあ」
「いいですよ。――僕もあの人にはムカついてたので」
「……くくっ」
肩越しに渡した紹介状は、無事に"その人"に渡った。
「どーも。じゃ、ありがたくいただいていくわ」
「ご武運を」
「祈るんだったらカミサマ以外にしてくれよ、俺のセクシーな顔に嫉妬されたら困るからな!」
「ふむ?」
思わず振り向くと、既にそこに"その人"の姿はなかった。
視線を動かすと、丁度黒い神父の服が、出入り口の向こうに消えていったところであった。
――エールもパンももうない。こうなれば長居は無用だ。
さて勘定をと、ポケットに手を入れたところ――
「……あっ!?」
ポケットに入っていたはずの非常食のクッキーがない。
それどころか銀貨一枚に化けている。
「……やられた。ぜんっぜん気づかなかった……」
思わず頬をかきながら、その元クッキーを飯屋に支払った。
「今頃気づいてやがる。とろいんだなあ、あいつ」
黒い神父服の青年はにやりと笑った。
「このクッキー悪くねぇな。まあ、この前のもなかもそれなりに美味かったけどな」
ふわりと風が吹くと、既にそこに人の姿は無く、空に白い蝙蝠が飛び立つばかりであった。
――――――
あとがき。
こちらは刻人さんのお宅のシェスさん、そしてウィズさんをお借りして書いた物です。
確か、はやしとウィズさんの気が合いそうですね~からの私のシェスさんへのアプローチが相まって書き出した物だったと思います。『冒険者の自由市(主催:サンガツさん)』という参加型シナリオに参加した時のお話しと(同じエリアだったのです)、
その後カジとシェスさんが(カジはあの時の蝙蝠さんだと知らず)出会う話を一つにまとめました。
ウィズさんとはやしのやりとりは可愛いの相乗効果を目指しました…!
刻人さん本当にありがとうございました!