第6回 東邦商会出身 サーチン 【日本人、そして朝鮮人】

Post date: 2011/06/24 5:48:13

戦時中親父が、命と金の交換会社と陰口を叩かれていた日本鋼管(株)鶴見工場に勤めていた関係で、私は横浜市鶴見区内の小学校に5年生になるまで通っていた。その小学校には、後に国民学校と名称変更になるが、なぜか朝鮮人の生徒が多くいた。学業成績優秀な子が多かったのも不思議だった。彼らの結束の強さは私たち日本人の生徒にとってはまったくの驚異であった。彼らのうちの一人がいじめられたりすると、身の丈優れたボスらしき生徒が何人もの手下を引き連れていじめた子を探し出し、仕返しをするのである。だが暴力による仕返しは滅多になかったような気がする。ボスは大体において威嚇したり威力を示すことで、相手の再リベンジの意欲を挫いてしまうのだ。

一度朝鮮人部落を覗きに行ったことがある。凄まじいまでのあばら家だった。掘っ立て小屋といったほうがぴったりした。部落は騒々しいと言うか活気があると言うべきか、舳先が鋭く尖って天を向いた舟のような形をした朝鮮女性独特の靴を履き、頭に載せた盥か何かを右手で支え、自由なほうの左手を前後に大きく振り、モンペの足先を闊達に突き出しながら男のように大またに歩くおばさんの姿などが見かけられた。そこは貧民窟ではあったが不思議に明るく、穏やかな秩序が保たれていたような気がした。

その時から60年ほどの時間が経過した。紅顔の美少年(あくまで自称)だった私も世の荒波に揉みくたにされ、よいよいの爺様(あくまで事実)に変わり果てた2002年9月17日、日本の首相小泉純一郎と、北朝鮮の総書記金正日が初めての日朝首脳会談を開き、金は拉致の事実を初めて認め、5人の生存と8人の死亡を伝え謝罪した。そして日朝平壌宣言を採択してこの歴史的に意義のある会談が終了した。だが私は、両首脳がニコリともしない硬い顔で握手しあっている映像を見ながら、会談と拉致問題と、そして両国の行方に少なからぬ不安を感じざるを得なかった。

別の時間私はぼんやりとテレビを眺めていた。カメラは一人の高級軍人をとらえ、「拉致問題」について質問をしていた。高級軍人はくるっとカメラに背を向けてしまう。

「日本は戦争中600万朝鮮人を強制連行し、20万人のアジアの女性を連行し慰安婦とした」

軍人はくぐもった声で向こうを向いたまま朝鮮語をつぶやき、画面下に上のような内容の日本語のテロップが流れた。質問に答えていないじゃないか、と私はその時思った。

その画面はどうもヤラセ臭く感じられた。TVカメラは軍人の制服の背中と金モールの肩章を映しはしていたが、それ以外の誰一人として映し出してはいない。一国の首都の大通りのことである。普通ならカメラは何人もの通行人の姿を捉えているはずである。ヤラセが横行する日本のTVで経験を積んだ私が言うのである。たぶん間違いない。

小泉から盥回しに政権を受け取った首相安倍晋三は、拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はありえない、と居丈高だ。安倍のそんな声を聞くたび私は、あの時の背中を向けてつぶやいた北朝鮮軍人の言葉とシーンが、自然と思い出されてしまうのだ。北朝鮮はその時どうしても、日本の強制連行のことを言いたかったし、それが拉致問題のひとつの解答だと言いたかったのではあるまいか。限りなくヤラセ臭くはあっても、軍人がつぶやいた言葉の内容の真実を私は疑うわけにはいかなかった。

安倍首相は近頃妙なことを言い出した。

「人攫いのように連れていく強制はなかった」(07年3月5日参議院予算委員会)。

ソウル大学の洪教授は沖縄で朝鮮人同胞の遺骨収集作業を続けているが、困難を極めているという。この作業を当然やらなければならない日本政府は、歴代に亘ってサボリ続けてきているから、事件も人骨もすでに風化してしまっているのである。洪教授の執念の調査によれば、強制連行された朝鮮人のうち、軍夫として沖縄戦に遭遇し、戦没した者は約25万人だという。

「『朝鮮人強制連行真相調査団』によれば、百五十万を越える人々が強制連行されたという」(「悲しみの島サハリン―戦後責任の背景」角田房子著、新潮文庫)。

洪さんも角田さんも現地へ何度も足を運んでいる。その言葉その文字に、無数の朝鮮人の嘆きや怒りが込められている。安倍は洪教授の困難な作業や、作家角田房子さんの上記著作などを知っているのだろうか。知っていて、読んでいて、その上で「強制連行はなかった」などと言ったとするなら、安倍はもはや人間ではない。

「アジアの女性慰安婦」20万人という数字はどうだろう。私は手の届く範囲内ではあったが数字の根拠を探してみた。だが確たる文書は見当たらない。文書はやはりないのかもしれない。

「従軍慰安婦」はMilitary sexual slavery と訳されているようである。日本語よりどぎつく、そして実態により近い。「慰安婦」たちを駆り集めるのに直接日本軍を使うことはしないで、業者たちに「商行為」としてやらせたことは、日本の歴史を偽造しようとする者たちでも認めているところだ。その場合、強制連行のことなど「商行為」に関係のない文書類を業者たちが作るはずはなかろう。公式にあるはずのない文書が存在しないから、と言って強制連行もなかったと言い張る安倍ら自民党の一部の連中の言い分は、三百代言の言い草であると言わざるを得ない。アメリカの新聞サンノゼ・マーキュリも安倍のこの発言を「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)否定論者にも似た行為だ」(「しんぶん赤旗」07年3月9日付け)と書いたそうだ。

講釈師見てきたような嘘を言い、という川柳があるが、安倍が見てきたような嘘を言うのは、実は今回が初めてではない。ETV特集「問われる戦時性暴力」の放映直前にNHK幹部が、中川昭一経産相と安倍晋三自民党幹事長代理(いずれも当時)に呼びつけられ、「公平で客観的な番組にするよう」にと政治介入を露骨にしたのが、2001年1月29日午後のことであった。この事実をすっぱ抜いた朝日に対し、安倍、中川ともに政治介入した事実はないと言い張っている。権力に擦り寄ったNHKは安倍、中川とグルになって朝日を東京地裁に提訴し、いつのまにかジャーナリズム同士の、言った言わないの馬鹿馬鹿しい争いにすりかえられてしまった。

「本田 でも呼ばれて行かないわけにはいきませんからね。(中見出し、略)

松尾 呼ばれて行かないとどうなるか。ものすごい圧力。三倍、四倍の圧力です。放送中止になったかもしれない」(「月刊 現代」9 2005、“「政治介入」の決定的証拠”、魚住昭)[本田は朝日の記者、松尾はNHK放送総局長(いずれも当時)]。

NHK責任者のお家大事と身をかがめた者の本音が、思わずポロリと出ている。

「安倍首相は『日本軍の性奴隷』のどの部分を理解できず、謝罪できないのか」と、安倍首相が同問題で謝罪しないことを批判した意見広告が、5月28日付ニューヨーク・タイムズに載ったそうだ(「しんぶん赤旗」2007年5月30日付)。広告を出したのはアジア系市民団体だ。それでも日本人は声を挙げていない。いささか恥ずかしい。

「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は、南京大虐殺事件など旧日本軍の反人道的な行為をなかったことにした「新しい歴史教科書をつくる会」を積極的に後押ししているが、安倍はその代表的な幹部の一人でもある。安倍は日本人の歴史認識をひん曲げることに異常な執念を燃やしているようにみえる。

しかし思ったように「新しい歴史教科書」は、教育の現場で採択されない。ええい面倒なり、教師もついでに捻じ曲げておかなければ、という次第で教育基本法を変え、教育三法もつい最近変えてしまった。今や安部の妄念の前に大きく立ちはだかっているのが、戦後60年間日本人を戦争から守り抜いてきた現憲法なのだ。

内閣総理大臣安倍晋三は自分の任期中に憲法の「改正」を必ずやり遂げると宣言した手前もあり、それを保障する改憲手続き法案―国民投票法案をつい先頃国会で、問い詰められ返答できなくて立ち往生しても、しゃにむに国会を電撃の如くに通してしまった。

「美しい国」日本の首相安倍はいろんな点で、「テロ国家」北朝鮮の総書記金正日と酷似している。「従軍慰安婦」問題で強制連行の事実を否定し、世界中のメディアから袋叩きになって、安倍はようやく謝罪はしたけれど強制連行したアジア各国にではなく、アメリカでブッシュに向かって、いわばあさってに向かって謝って、世界の失笑を買った。金も拉致は悪いことをしたと一応は謝った。だがその後問題は解決済みと言い張り大嘘を吐いて恬として恥じていない。国民からもぎ取れるだけもぎ取り所得格差をいよいよ拡大する安倍と、国民から食と自由と真実、ほとんどすべてを奪いつくしてしまった金と、国民を踏みにじっている点でも二人はよく似ている。

金正日は金日成の2代目として当然のように国民を塗炭の苦しみに追いやり、少なからぬ国民が命を賭して「脱北」しても平気の平左だ。安倍晋三は岸元首相の3代目である。安倍は祖父のDNAをしっかり守って、再びみたび国民を戦争への道へ強制的に連行する準備を急いでいる。二人は手をつないで同族支配への道をひた走る。

国民の真の利益を代表しないこの二人を、国の最高権力の座に奉って平然としている日本人と、そして朝鮮人はこれも似た者同士だが、さてどうする俺たち?