Post date: 2015/04/13 13:07:16
双夢部(トーメン出身)
キリマンジャロの雪
久しぶりにもとの会社のオーナーの弟君と会うこととなった。
彼には毎度、商社九条の会・東京の会報送付の住所ラベル作りをお願いしている。
800通に及ぶラベル作りを気前よく引き受けて頂いて感謝、感謝である。
この日(8月29日)彼からお呼びが掛かった。当然、出来上がった住所ラベルの受け渡しかと思っていたら住所ラベルはもう宅急便で送ったから、この日はゆっくり二人で酒を酌み交わしたいとのことだった。僕は彼に対するお礼の意味もこめて、秘蔵のHighlandPark12yoの丸瓶をBar Verveに持参することにした。Highland Park12yoは現在のボトルはbook styleの扁平型だが、この丸瓶は一般市場から姿を消して久しい。
Bar Verveは小石川の商・住混在の閑静な一角にある僕のお気に入りのスコッチバーだ。
まだ薄明かりがはっきり残る6時に彼がVerveに現れた。
僕は、彼から電話でお聴きしたキリマンジャロ行きの話を切り出した。彼は微笑みながら
「来月(9月)の13日から10日掛けて キリマンジャロに登ることにしました」
バーテンダーのアキヨさんは目をまん丸にしている。
「高地訓練はしているの?なにしろあの山は6000メートル位あるからね」と僕が言う。
「いや、そういう設備のある場所は知っていますが、お金が掛かり時間が僕にはないので、ひたすら日本アルプスの山々や富士山などを週末に登ってきました」と彼が応える。
「そうだね、昨年だったか、お笑いタレントのイモトアヤコがキリマンジャロに登ったもんね」と僕。
1999年、単身赴任で枚方の町工場で働いているとき、生活不摂生のため脳溢血で路上に昏倒、その後、東京に還った後の2005年、池袋のサンシャインビルで再び脳溢血を発症、以降、高い山や急峻な坂の上り下りに不自由するわが身にとっては誠に羨ましい話だ。
会社の重役が、10日間も会社を留守にして大丈夫かなど野暮なことは言うまい。
こんなチャンスを確実に実行に移せる若者はそういないはずだ。
Glenffidich12yo Caolila12yo Talisker10yoと持参のHighland Park12yoを飲むうちに僕は酔っ払ってヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」の最初と最後を暗誦した。
・・・キリマンジャロは標高6000メートル、雪に覆われた山で・・・その西の山頂はマサイ語で“神の家”と呼ばれているが、その近くに干からびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。それほど高いところで豹が何を求めていたのか説明し得た者は一人も居ない・・・ これが小説キリマンジャロの雪のおよその冒頭文だ。
この小説にでてくる作家のハリーは、文学界の頂上を目指す「豹」であるが、キリマンジャロの麓のテントで足の負傷から発症した破傷風で死の床にある。病状は悪化の一途を辿り、救援機の到着を待つが救援機は来ない。しかし、遂に救援機はやってきた。それは破傷風で魘(うな)されたハリーの夢でしかない。旧友のハンプトンの操縦する救援機バス・モス機に乗ったハリーは眼下に広がる無数のバッタや水辺を求めて移動するヌーの大群れをみる ・・・前方の視界いっぱいに全世界のように広く、大きく、高々と信じがたいほど真っ白な陽光に輝いているキリマンジャロの四角い頂上がそびえていた。その瞬間、自分の向かいつつあるのはあそこなのだと彼は覚った。(一方その頃地上では)
次いで彼女(妻のヘレン)が叫んだ 「ハリー ハリー!」声は急に高まった。
「ハリー! お願い、ああ、ハリー!」
返事はなく、彼の吐息も聞こえなかった。テントの外ではハイエナがさっき彼女の目を覚まさせたあの奇妙な声をたてた。が、それは胸の動悸に掻き消されて彼女の耳には入らなかった。