第40回 東邦商会出身 サーチン 【日本人ってなに?】

Post date: 2011/08/25 11:25:43

日本人ってなに?

東邦商会出身 サーチン

56歳という若さで亡くなった米原万里さんに、近頃私はハマっている。彼女は広く知られているように稀代の名ロシア語同時通訳だが、すぐれたエッセイストで、パンチの効いたグサっと来るような文章を書く人でもあった。ロシア語通訳としての彼女の知識と技量の高さは、同じロシア語を齧った私には、新東京タワーのように目も届かない高見にそびえ立っている。手が届かないからそっちのはなしではなく、私がハマっているというのはそのエッセイ集のほうだ。「真夜中の太陽」(中公文庫)という晩年に近い頃出版されたエッセイ集を最近読んだ。「ちゃんと洗濯しようよ!」という題の文章を読んで、私は思わず笑ってしまった。米原さん得意の下ネタものなのである。

「フランス男は不潔だよー。ほとんどお風呂に入らないんだから」

とフランス人の友人が嘆くところから話は始まるが、ついには汚れた男のパンツのことに移っていく。「あなたは毎日パンツを取り替えてますか?」というル・モンド紙のアンケート調査の話から米原さんは、ウンチクを次のように披露する。

「というわけで、独身男なんかは、パンツを次々とはき替えていくのはいいけれど、そのうち、清潔なパンツがなくなる。母親か彼女がまとめ洗いしてくれるまで、間に合わない。どうすると思う?」

「さあ・・・・・」

「前にはき汚したパンツの山の中から比較的汚れの少ないのを選び出して、はくのよ、裏返したりしてね」

すると、おお、トレビアンなどと感激したフランスの友人は、奇抜な発想をのたまう。

「でも、そのパターン、日本人がよく使う手だよ。たとえば、今度の自民党の総裁選出だってそうじゃないか」

と意表を突かれて、「ああ、そういえば」と頭の回転のいい彼女は気がつく。

「新総裁は、前総裁の派閥の会長だったわけで、まさに汚れたパンツのうらをかえしたようであるな」

佐高信の解説によるとこのハナシについては、当時の自民党総裁小泉純一郎は前総裁の森喜朗の汚れたパンツを裏返しただけ、と米原さん自身の解説があったということだ。

ひとり私は笑っていたが、ここまで読んできてふっと笑いは凍り付いてしまった。先頃行われた参院選挙を思い出したからだ。民主党が過半数を大きく割り込んだことは驚くには当たらなかった。自民党と片割れのみんなの党が議席を増やしたのには首を傾げた。公明は減って当然。減り方が少なくもっと減ってもよかった。社民、共産はどこまで減り続ければ気が済むんだ、と考え込む。

だがそれよりもなによりも、私がいちばん考え込んでしまったのは沖縄県の選挙結果だった。有力5党から候補者が立ったが、当選したのは自民党なのだ。民主党はそもそも候補者を立てられない。自民党の候補者は代替基地は県外に、と言って当選した。しかしこの県外にという言葉、自民党のほか公明、みんな、共産、社民の候補者全員が揃って言っていた。一貫して主張していたのは共産党と社民党だけだが。

しかし、こともあろうに自民党が当選したとは何ごとぞ。在日米軍基地のほとんどを沖縄に戦後から今までずっと押し付け続けてきた張本人は自民党なんだぜ。自民党政権は民主党が政権を取る直前にも、代替基地は辺野古で日米合意をしたばっかりではなかったか。自民党候補者にして、代替基地は県外に、などと言うほうも言うほうだが、そんな嘘吐きに票を入れるほうも入れるほうだ、と思った。

小泉は森のパンツを裏返すというほんのわずかな作業はしたが、沖縄選挙区の自民党当選者の女性は、汚れ切った小泉のパンツを裏返そうともしないで、あろうことか女が男のパンツをそのままはいてしまったのだ。バッチイねえ。

しかし、10万人になんなんとする沖縄の人々が、「怒」というプラカードを一人一人掲げて大集会をぶった、あの沖縄の怒りはどこへ行ってしまったのであろうか。

そうして、普天間の代替基地を日本が探すことはやめて、アメリカとまともに交渉しろとまっちょうじきに主張してきた共産党がまたまた票を減らした。どこを見詰め、何を考えているのか、日本人よ。

それにつけても米原万里さん、その有り余るほどの才能と学識を抱えたまま、なぜそう死に急いでしまったのだろう。宝の山を彼岸へそっくり持ち去られたような、惜しいし寂しい。