第23回 東邦商会出身 サーチン 【かーらあす なぜ鳴くの】

Post date: 2011/08/25 10:48:23

かーらあす なぜ鳴くの

サーチン(旧東邦商会)

日課としている私の散歩はコース別に幾つかのバリエーションがあるのだが、そのうちの一つに金ケ作自然公園を通過するコースがある。自然公園という名に恥じない自然のままの公園だ。わざと手を入れないのか、市の予算がなくて手が入れられない結果なのか、判然としないが愛想のない公園である。

落ち葉は数年来のものではないかと思うほどに踏みしだかれ、降り積もっている小道をいつものように、私は歩いていた。ふとした気配を感じて立ち止まる。見ると一羽の鴉が低い木の切り株の上につっ立って私のほうを見ていた。鴉と目が逢ったなと思った途端、けたたましい鴉の鳴く声が樹上から降ってきた。切迫した調子さえ帯びている声だ。うるせえ、と思いながらも私は地上のカラスのほうに心を奪われていた。

地上の奴は樹上の奴らと違ってひと声も発しない。栄養失調のようにからだの色艶がよくない。鴉の濡れ羽色という。どんな色なのか私にはわからないが、目の前の鴉はとてもそんな感じではなく、体も小さい。産まれて間もない鴉の子のような気がしてきた。

頭上の鴉はあまりにうるさい。見上げる私の傍近くの樹上に、大きな鴉が二羽、私のほうへ首を伸ばすようにして盛んに鳴いている。鳴いているというのではない。挑みかかるような、気合が入った鳴き方だ。私は鴉に襲われるような危険を感じて立ち去ろうとした。その場から数歩去っただけで、威嚇する声はぴたっと止まった。

私はもしやと思い、振り返って歩いただけの数歩を後戻りしてみた。するとまたもや一斉に二羽の大鴉がわめきだした。子鴉は私と反対側へよたよたと2メートルほど飛び、再び私のほうを振り返る。私は一歩踏み込んでみる。すると、樹上の鴉は高い枝から低い枝に飛び移り、私との距離を縮めながら明らかに私を威嚇しだした。私のほうへ向けた嘴を大きく開け閉めしながら、枝に激しく打ち当て、くわっ、くわっ、くわっと吼え立てる。二羽の大鴉は地上のからすのふた親かもしれない。親は子を必死に守ろうとしているのに違いない、と私はようやく理解した。

「この猫どうしたらいいかなあ」

声の調子に問いかけられたように感じて、私は追い越したばかりの二人の小学校四、五年生くらいの少年を振り返った。

「どうした?」

と私は二人に歩み寄る。先に歩いている子は黒い色のビニールかなんかの袋を抱いており、私にそれを見せようと前へ突き出す。少年はやはり私に問いかけたのだった。

「そこの垣根の所に置いてあったんです。捨て猫かなあ」

少年はハキハキした調子で勢いよく私に話し掛け、終わりのほうはつぶやいた。生真面目な目で少年は私を見つめる。私は袋の中を覗いてみる。薄茶のブチの子猫が二匹、ビニール越しに少年の小さな手のひらに腹ばいになって目を瞑っていた。

「あ、可愛い猫ちゃんだ」

私が思わず声をあげると、少年も続けて、かわいい、と感に耐えたような声を出しながら、一緒になって袋の中を覗き込もうとする。あまりにも小さい。産み落とされるや否や棄てられたのではないかと思われた。まだ目が明いていないのかもしれなかった。だが二匹の子猫はピクリとも動かない。すでに死んでいるのかもしれない。

「どこへ連れてったらいいかなあ」

「ねえ・・・」

私もハタと困った。連れて行くという言い方に、棄てることなど思いもよらない愛着が少年の心にすでに芽生えているのは明らかだ。それゆえ私は、袋をそのまま置いてあった場所へ戻したら、などと少年に言うことはできなかった。

「君んちで飼うことはできない?」

「うち、マンションなんです」

少年は言下に答えた。きちんとしゃべるし、答えはすぐに返ってくる。私は子猫も少年も、いっぺんに好きになってしまい、なんとかしたいと頭をめぐらした。とはいえ私のほうも団地住まいだ。団地のところどころに、「団地で犬・猫を飼うことはできません」と書いた大きな看板が立っているくらいだから私もむりだ。

「おじさんとこもすぐそこの団地だから、猫や犬を飼うことはできないんだ」

少年はなにやら考え込む。もう一人の少年は黙ったまま、猫を抱いた少年の周りをうろうろするばかりだ。その少年も難局打開の道を懸命に探っているのかもしれない。

「交番にもっていって見ようかな」

少年はいいこと思いついたといった感じの明るい声で言いながら、もう一度私を見た。少年は自分がいったん拾い上げた猫を、何とか生き延びる道を探すのが自分の責任だと、小さな胸にしっかりと刻み込んでいるように思えた。

「そうだねえ・・・、おまわりさんが何か考えてくれるかもしれないね」

警察が何か方法を講じてくれるとは思えなかい。だが私はそうも言えなかった。思いがけず背負いこんだ問題の重さにたじろぎながらも、子猫の命を守る責任をしっかり果たそうとしている一途な少年の肩に、結局私は救済のテを何一つ考え付かぬまま、子猫の命運の責任を押し付けてしまった。

悪いねボク、ご苦労さま。去っていく少年の背に声を掛けるのが私には精一杯だった。

「東京都八王子市の京王八王子ショッピングセンターの書店で22日夜、店員と客の女性2人が刃物で刺されるなどした無差別殺傷事件で、殺人未遂容疑で逮捕された会社員菅野昭一容疑者(33)が警視庁の調べに、「仕事の人間関係などで(事件の)2、3日前からむしゃくしゃしていた」と供述していることがわかった」(2008年7月(?)24日付け「朝日新聞」)。