第22回 ニチメン出身 凧 九 【色に気づく―――言葉と心をつなぐもの】

Post date: 2011/08/25 10:46:51

色に気づく―――言葉と心をつなぐもの

ニチメン出身 凧九

色、それは生活のあらゆるところに溢れています。いつの間にか、夢にも色は入り込んでいるようです。私はカラーでも白黒でも夢自体見ないので、なんとも言えませんが、野村順一氏の『色の秘密』(文春文庫)によると、

《現代人はカラーの夢を見るようになったと心理学者たちは指摘する。従来、睡眠中に見る夢のほとんどは白黒であった。たまに色彩のある夢を見る人は、異常であるとされていた。近年の報告によると、カラーの夢を見る人は、数十年前の十倍以上に激増しており、もはや異常とすることはできないとされている。カラー時代は、夢の世界にまで侵入してきた。》として、《現代はカラー時代だ》といいます。因みにこの本は、2005年7月に出版されています。

色に取り囲まれた生活が自然のことなので、私は色についてほとんど考えたことがありませんでした。色について興味を持ったのは、阪神・淡路大震災で被災した子どもたちの話を読んだことがきっかけでした。

『「色彩セラピー」入門』(PHP文庫)および『色の力 色の心理』(だいわ文庫)によると、末永蒼生(すえなが たみお)氏は、1995年の阪神・淡路大震災直後、被災した子どもたちのために「空とぶ子どものアトリエ」というボランティアグループを立ち上げ、1年以上にわたって各地の避難所で、色を使ったメンタル・ケアを行いました。

震災1ヶ月後に行った長田区は、一面焼け野原と化し、その場所に立った時はただ呆然とした、といいます。水道やガス、電気などライフラインが止まったまま、そんななかに画材を運んでいって、ボランティア活動が始まりました。

長田区の保育所で子どもたちは、紙がいくらあっても足りないほど次々に絵を描き、電気がきていないので、夕方薄暗くなってからやっと手が止まったという状態でした。いつもなら5分と座っていられない子どもたちが、こんなに落ちついて座っていたのは地震後初めてだ、と保育所の保育士が驚いたそうです。

そんなに熱中して描いた子どもたちの絵は、どんな絵だったのでしょう。

《当初、子どもたちが描いた絵には震災のショックが生々しく映し出されていた。爆発する火山、燃える家やパトカー。燃えるように赤く塗られた海。稲光や流星など天変地異をイメージさせるもの。血を出して死ぬ人や天使の絵。昇天のイメージなのか、無数の蝶や鳥が飛ぶ絵を描き続ける子もいた。色彩にも特徴があった。赤や黄色、黒など原色の強いものが目立つ。タッチも叩きつけ

たり擦ったりと激しい。子どもたちの揺れ動く激しい感情がぶつけられていることが感じられる。食材の不足を訴えるような食べ物の絵や、トイレの不自由を直接的に描いたウンチの絵なども多かった。》

現地に取材に来ていた通信社の記者が、血を流す死者を描いている子の絵を見て「こんな絵を描かせてもいいんですか?」と聞いてきたことに、末永氏は、次のように答えたそうです。

《「もし、本人が描きたければいいんです。あんなに街が破壊されたり、多くの人が一度に死んでしまうのを見る体験なんて初めてでしょう。子どもの心の中には言葉にならないようなショックが渦巻いていると思うんです。それを、絵を通して吐き出そうとしているんです。むしろ心の中にため込んでしまうと、後々傷が深いところに残ってしまう。子どもは、色を使ってないたり怒ったりして発散しているんです」》

連日開かれた野外アトリエ。その後、三ヶ月、半年と時間が経つうちに、当初、赤や黒などの強い原色を使っていた子どもたちの絵に、少しずつ変化が見られるようになります。ライフラインが復旧し、気分が安定してきたことの反映もあるのでしょう。使う色数が増え、絵そのものがカラフルになりました。そして絵のなかに、虹を描きこむ子どもが目立つようになったのです。それもいくつもの避難所で同時発生的に虹を描く子どもが出てきたそうです。

子どもが虹を描くのは、不安やショック、プレッシャーから開放されたときが多いようです。怒りや悲しみなどの強い感情に支配されているときには、絵に使われる色数は限られてきます。でもそれとは反対に、心のバランスがとれているときには、色数も多くなっていくといいます。

《絵のなかに表れる虹も“心理的な雨あがり”のあとに表れるのです。》と末永しは述べています。色を使ってマイナスの感情を吐き出しながら、子どもたちの心が回復力していったのです。氏は、色のセラピー効果を強く感じたといいます。

「セラピー」とは「治療」という意味で、とくに薬の投与や手術などをともなわない治療のことだそうです。最近では普通に生活している人のためのストレス解消といったレベルでも、セラピーという言葉が広く使われるようになっています。アロマセラピー、アニマルセラピー、ミュージックセラピーなど、さまざまな手法が開発されていますし、色彩を使った色彩セラピーも、その一つです。

心と色彩の関係は、すでに1947年、アメリカの二人の女性教育者アルシュウラとハトウィックが『ペインティング&パーソナリティ』というレポートを発表。同じ年に、スイスの心理学者マックス・リュッシャーが『カラーテスト心理学』を発表しています。これは当時としては画期的な研究だったといいます。アルシュウラたちの研究は、考察の対象が幼児の絵です。子どもたちが自由に描いた、ほとんど落書きのような絵の色づかいを分類し、使われた色彩と心理状態、健康状態との関連を調査したもの。その結果、たとえば黄色は「幸福で積極的な子」、紫は「沈滞した憂鬱な気分や体験を持つ不幸な子」などと、色彩が象徴する心身の状態を明らかにしています。その後の研究で、成人にもかなり共通していることが確認されつつあるそうです。

アルシュウラたちの研究は、赤は「自己主張の状態、あるいは敵意」、青は「気持ちが内向している状態」というように、一つの色に一つの心理的な意味を対応させています。しかし末永氏は、永年の実践による研究のなかから、一つの色に一つの心理的な意味を対応させるのには無理があると感じています。

そして、子どもの年齢が上がるほど、色の意味が複雑化する傾向が見られること、大人になるとさらに色に対する意味づけが、個人によって異なるという現象が顕著に出てくること、を報告しています。

《たとえば、緑色は一般的には、「やすらぎ」や「安心感」を与えてくれる色だとされています。僕たちが自然のなかを歩いて気持ちがいい理由の一つは、さまざまな緑がふんだんにあふれているからです。しかし僕が知り合ったある高齢の男性は、緑色を忌まわしい色として嫌っていました。戦争体験がある彼は、くすんだ緑色を見ると軍服を思いだし、当時のつらい気持ちが呼びさまされる

というのです。つまり彼の個人的な体験が、一般的に緑色に対して持たれるイメージを打ち消してしまっているわけです。》

こうしたなかで氏は、それぞれの色には誰もが思い浮かべるような共通イメージがあるが、一方でその個人だけが抱く固有のイメージや意味があるのではないか、と考えたのです。この二つのイメージから、その人の色の意味を考えてゆくことは、とても重要だと私は思います。それにしても、絵のなかの色にあらわれる心模様。色は不思議です。

色が示す心理状態や体の状態の研究は今後さらに進み、色彩の活用範囲も大きく広がってゆくでしょう。でも今の時点で、一般の私たちが、色を使ってリラックスし、エネルギーを充電できる簡単な方法を、最後に紹介しましょう。

それは末永氏が述べている“自由な落書き”です。

クレヨンでも、色鉛筆でも、もちろん水彩絵具でも何でもいいのですが、色数が多い画材を用意します。次にどんな画用紙でも、白紙の紙でもかまいません、紙を用意します。さあ材料は揃いました。

画材から自分の好みの色や、思い浮かんだ色を選んで、いざ落書きです。

形を描くのがいやなら、色だけをドンドンぬってゆくことにしましょう。

この場合、注意をすることは、上手に描こうとしないということです。一枚の紙に気に入った色を、ただぬりつぶすだけでいいのです。気分転換やリラックスに、想像以上の効果を発揮する、心のストレッチです。

休日や夜寝る前などに、一人で簡単に実践できます。

最近は書店などで“大人のぬり絵”という本がよく見られますが、このぬり絵でも、同じ効果があるそうです。

思い切ってやってみると、とても簡単で気持ちのよいものですよ。“予想外のリラクセーション効果”を実感してみてください。

以 上