土壌診断基準と改良対策について
水野直治博士(元酪農学園大学教授)
次の表2は普通畑の化学性の診断基準です.これらの基準は農業試験場などの多くの場所と試験の結果出てきた結果に基づいて出された結果です.
土壌pH:
土壌pHは土壌中石灰の過不足を現すだけでなく,他の要素の溶解度にも影響します.そのため大変重要な要因となります.
土壌pHの測定法:
乾燥した土壌を100 mLのビーカーに20 gはかりとり,これに2.5倍の蒸留水を50 mL加え,ガラス棒でかき混ぜるか,ときどきふり混ぜ,30分間放置後,ガラス電極でビーカーを振りながらけん濁液のpHを測定します.
以上は水によるpH(pH(H2O))の測定法ですが,水の代わりに 1M KClを使った場合(pH(KCl))は塩化カリウム測定法になります.
1M KCl溶液の作り方:
塩化カリウム(KCl) 74.54 g(1モル)を1 Lの蒸留水に溶かして用います.
注:pH(KCl)はpH(H2O)より0.3~1程度低い値となる.これはH2Oだけでは抽出されない交換性の水素イオンや交換性のアルミニウムイオンが溶出するためである.
土壌pH調整のための炭酸カルシウム施用量の求め方.
方法:正規には土壌を三角フラスコにとり,石灰を加えて通気し,pHを測定して求める方法があるが,現場に近いところで,十分用具の整っていないところでは次の方法がよいでしょう.
畑土壌100g(乾燥しない生のまま)をビーカーにはかり取り,これに炭酸カルシウムの
粉末を0.2~1.0gまで段階的に加え,土壌とよく混合する.これを乾燥しないようにラップ
で覆い1週間ほど室温で保管後土壌のpHを測定する.測定した結果から,下記のように作
図し,目的のpHに必要な炭酸カルシウム量を求める.10a(1,000m2)の場合,作土深15cm
で土壌重量はほぼ100トンとなる.したがって0.58gの添加でpHが6.0と出た場合は,
10a当たり580kgの炭酸カルシウム施用で土壌pHはほぼ6.0になることを示している.
作土の深さが30cmの場合はこの2倍の石灰(炭酸カルシウム)量となる.
pHとその影響:pHとは水素イオン濃度をpスケールで表すことである.水素イオン濃度
が10-5Mの場合は,pH 5となる.したがってpH 4はH+は10-4Mとなる.すなわちpHが
1下がると水素イオン濃度は10倍となる.
pHの低下はプラスイオンの金属の溶解を促進する.特に影響の大きいのはアルミニウム
イオンで,作物によって大きな影響がでる.一方,pH が高くなると有用な要素の溶解度
が下がり,要素欠乏が発生する.マンガンなどは特にその影響が出やすい.一方,リンや微
量要素のモリブデンなどはpHの上昇で溶解しやすくなる.これらと結合していた鉄やアル
ミニウムが水酸化物となって溶けないためである.
土壌中のpHはいつも一定ではなく,絶えず変動する.畑土壌ではアンモニウム(NH4+)
系の窒素肥料の施肥で,これが硝化作用でpHは1程度低下する.このためムギなどのマン
ガン欠乏が抑えられる.ある火山灰土地帯で,激しいマンガン欠乏が発生した場合がある.
この年は5月の中旬まで雪の降るような寒い年で,窒素肥料の硝化が進まず,土壌pHが下
らなかったためである.
一方,水田では土壌還元によってpHは高くなる.重金属汚染土壌では田植え後の激しい
重金属障害のイネは土壌還元が進む7月頃になると生育が回復する場合がある.これは土
壌還元によって重金属の溶出が止まるからである.
pH(K2O)(塩化カリウムpH):
pH測定法に蒸留水でなく,1N KClによるpH測定法である.この方法ではpH(H2O)より0.3~1ほど低い値となる.これはpH(H2O)では溶出しない交換性の水素イオンまで測定するためである.
交換酸度Y1:
これは以前置換酸度y1と言われていた.後に九州帝国大学総長になった大工原銀太郎博士によって提案された酸性土壌の判定法である.大工原酸度とも言われ,世界的にも知られる.植物の生育に有害なアルミニウムイオンがカリウムイオンに置き換えられることを利用した測定法である.国内の畑土壌では土壌pH(H2O), pH(KCl)と共に併記されている項目である.
交換酸度Y1は同じpH(H2O)でも大きく異なる場合がある.火山灰土ではアロフェン質の火山灰土で非アロフェン質火山灰土より著しく低い.土壌中のアルミニウムイオンは高濃度では作物に有害であるが,一方では土壌病害を抑制する働きもある.図1に示したのはジャガイモそうか病の発生から見た交換酸度y1である.この図で示した多発土壌はアロフェン含有率が5%以上の土壌で,抑止土壌は3%以下の土壌である.このように酸性土壌の生物抑制因子はアルミニウムイオンの影響によるもので,大工原博士はこのことをすでに1910年に見抜いていた.
図1からもわかる通り,アロフェン質土壌では非アロフェン質土壌よりpH が0.8も低いところで同じ交換酸度y1をとなる.このことから「アロフェン質火山灰土では土壌pHが1程度低くてもよい」という研究者もいる.
交換酸度Y1は畑土壌の必須調査項目にもかかわらず,長い期間関心を持たれなかった.しかしジャガイモそうか病などの土壌病害の発生と密接な関係がわかり,重要な土壌調査項目になっている.