これまでの演奏会 曲目解説

第68回演奏会

これまでの演奏会のプログラムに掲載された曲目解説(プログラムノート)の翻刻掲載です。

※「ふたことみこと」は創立団員前川のコメントです。

 人を思う。憧れ、師、共にいる喜び。

板倉雄司

 音楽は古来、師匠から弟子が技術を学び継いできています。楽器の奏法や歌唱法、作曲法などを先達から頂いて次の時代へと。

L.v.ベートーベン(1770-1827)は宮廷声楽家であった父から音楽の手ほどきを受けたのちC.G.ネーフェ(1748-1798)に鍵盤楽器と作曲を師事します。その後W.A.モーツァルト(1756-1791)やJ.ハイドン(1732-1809)のレッスンを受けようと試みますが上手くいかずJ.G.アルブレヒツベルガー(1736-1809)から実際の指導を受け、さらにA.サリエリ(1750-1825)にも特に声楽分野の作曲を師事しています。このサリエリは当時ウィーンの宮廷楽長を担っており、その門弟にはF.シューベルト(1797-1828)も含まれています。


本日の1曲目、シューベルト:イタリア風序曲ニ長調(1817)は当時大流行していたG.ロッシーニ(1792-1868)のスタイルを模しているといわれます。ゆったりとした歌曲風の旋律を持つ序奏に始まり、軽快かつ明朗な主部、そして疾走感のある8分の6拍子の終結部へと続く構成はロッシーニオペラの序曲への憧れを思わせるものです。

■ふたことみこと■

今年(2023年)11月の札響第657回定期演奏会(下野竜也指揮)で新たな発見をしました。マーラー「交響曲第7番『夜の歌』」の2つの楽章で、オーケストラが「ジャーン」と終わる時、音符のないハープ奏者2人が両手でパッと弦を押さえていたのです。オーケストラの大音量に弦が共鳴しないようにしていたのでしょう。ハープ奏者はそんな気遣いをするんだと、初めて気が付きました。この時は対向配置で、ハープは上手側、セカンドバイオリンの後ろにいたので、その動きがよく見えたのでした。

隣にいたギター奏者が楽器を裏返しにして膝に載せていたのも同じ理由でしょう。マンドリン奏者は、多分楽器を身に寄せていたのだろうと思います。

2曲目のシューベルト:交響曲第4番「悲劇的」(1816)は、札幌シンフォニエッタの第16回演奏会(1994)で私の師匠である本多優之先生が指揮されました。この時に使ったパート譜を本日も使用いたします。これは本多先生の研究による「本多版」です。

といいますのも、シューベルトの交響曲は生前には出版されませんでした。没後数十年、J.ブラームス(1833-1898)と周辺の人々が作品を出版しようとしました。そのとき、当時(後期ロマン派)の様式で解釈した改訂を加えてしまったのです。本多先生はウィーン楽友協会から自筆譜のコピーを取り寄せて丹念に研究され、現在も慣用される出版譜との間に多くの違いを見つけます。自筆譜ではアクセント(>)となっている箇所が出版譜ではディミヌエンド(次第に弱く)となっている、フレーズを示す線を1度目と2度目で違えて書いているにもかかわらず不用意に統一されている、ファゴットのみの旋律にチェロを加えている、などです。

多くの時間を費やして完成された「本多版」を演奏できることは、私にとって大きな挑戦です。再度この楽譜を音にすることで、シューベルトが本来思い描いていた響きを探っていきたいと思います。

■ふたことみこと■

ハープ奏者の「弦押さえ」で思い出したのが2022年4月の札響hitaruシリーズ定期演奏会第9回でした。メインはベルリオーズ「幻想交響曲」で、指揮の川瀬賢太郎さんは、ハープ2台を舞台前面、指揮者の手前両側に置くという珍しい形を取りました。

ハープの出番は、第2楽章「舞踏会」だけです。奏者2人は第1楽章から席に着きました。

第2楽章の序奏部分は、オーケストラが導入部を奏してハープがグリッサンドで応えるという掛け合いから始まり、舞踏会のシーンに入っていきます。この楽章が終わると奏者2人は袖に退きました。

第4楽章、第5楽章の終わりは「ジャーン」なのですが、このときハープの弦の共鳴が気になることはありませんでした。2つの演奏会に出演したハーピストは2人とも同じ方でしたから、マーラーの時は、この曲向けの特別の気働きだったのかもしれません。

ベートーベン:バイオリン協奏曲(1806)の第1楽章はティンパニが開幕を告げ、常に穏やかで気品ある旋律が流れます。田園風の雰囲気の中、時としてエネルギッシュな強奏、雲雀の歌声のような独奏バイオリンが一つ一つの音素材を練り上げていきます。終結部では独奏者の見せ場であるカデンツァを奏します。

第2楽章は瞑想的かつ神秘的な味わいのある主題がすぐに4つの変奏となります。これらの変奏では動きの少ないオーケストラの音と音の間を独奏が装飾する形で煌めきを与えています。第1変奏はホルンからクラリネットが旋律を受け継ぎ、第2変奏ではファゴットが旋律を奏でます。第3変奏において独奏は沈黙しますが、続く新しい旋律を実に美しく歌います。第4変奏は弦楽器のピッツィカートの上に独奏が美しいオブリガード(対旋律)を囀ります。最後にもう一度変奏しかけますが中断され、そのまま喜びにあふれた舞曲風の第3楽章に続きます。

ベートーベンはこの楽曲にこのような言葉を書き込んでいます。

’Concerto par Clemenza pour Clemento’

(クレメントのためのクレメンツァによる協奏曲)

アン・デア・ウィーン劇場のコンサートマスターで初演を独奏したF.クレメント(1780-1842)の名に、「慈悲」「穏やかな性格」を意味する『クレメンツァ』を並べています。

コロナ禍において一度止まってしまった私たちの営みですが、本日共演します田島高宏さんとも待ちに待った共演です。本来であればもっと早くに企画していたところでした。この「熟成期間」を経たことで音楽を共有できる喜びをさらに強くもって、この作品に挑みたいと思います。

■ふたことみこと■

「幻想交響曲」で舞台前面に配されたハープ奏者2人が第2楽章後は袖に退きカーテンコールで指揮者と共に再登場した―と書いていて突然よみがえったことがあります。

40年ほど前、声楽の演奏会に客演しました。曲はケルビーニのオペラ「メデア」のファゴット・オブリガート付きのアリアで、無事に済んで楽屋に戻りました。

さっさと着替えてのんびりしていました。そろそろ終わりだな―というところで突然気が付きました。カーテンコールに出なければならなかったのです。慌てて着替えて何とか間に合った―と記憶しているのですが、もしかしたら蝶ネクタイをしていなかったかも…。

そのあと今に至るまで、歌い手にも舞台監督にも、以前と変わらぬお付き合いをいただけています。ぎりぎりセーフだったのでしょうか…。