専門は視覚の心理物理学です.さまざまな錯視に例証されるように,視覚認知は高度な脳情報処理の産物です.その成立機序および多様な次元の動的情報がもつ役割を調べています.ここでは研究成果の一部を紹介します.
運動知覚の順応と残効
主観的な運動軌道への順応後に生じる運動軌道知覚の陰性残効を発見しました.残効が視野間転移(半分程度)を示すことから,大脳半球間で視覚情報が統合されたあとの高次脳領野(例えばMSTやVIP)が関与していると考えられます.
Nakayama, R., Tanaka, M., Kishi, Y. & Murakami, I. (2024). Aftereffect of perceived motion trajectories. iScience, 27(4), 109626. [link]
縞模様のパッチは垂直運動していますが,内部の縞運動により斜めに動いているように見えます(double-drift illusionやcurveball illusionと呼ばれています).この錯視軌道を見続けたあとでは,垂直に動く(白い)パッチの軌道が逆方向に傾いて見えます.
運動知覚の外挿現象
動的ノイズから成る背景上において運動物体の軌道が数十ミリ秒分,知覚的に外挿される現象を発見しました.さまざまな心理物理学実験の結果から,この外挿は運動消失後の数十ミリ秒間に生じることが分かりつつあります.これは感覚入力の消失後も予測的に指示され続ける位置と時刻において知覚意識が生じ得ることを意味しています.
Nakayama, R. & Holcombe, O. A. (2021). A dynamic noise background reveals perceptual motion extrapolation: The twinkle-goes illusion. Journal of Vision, 21(11):14, 1-14. [link]
運動物体は垂直に並んだ時点で消失します.このとき背景に動的ノイズを加えると,消失位置が運動方向にシフトして知覚されます.(動画ファイルをダウンロードして観察してみてください.)
運動知覚のリセット現象
上述のdouble-drift illusionが,注意を惹きつけるような過渡信号により,正しい位置にリセットされる(錯視が一時的に消失する)現象を発見しました.過去に報告された知覚と行為の乖離を部分的に説明できる可能性があります.
Nakayama, R. & Holcombe, O. A. (2020). Attention updates the perceived position of moving objects. Journal of Vision, 20(4), 21. [link]
参考文献: Marius ’t Hart, B., Henriques D. Y. P. & Cavanagh P. (2022) Measuring the double-drift illusion and its resets with hand trajectories. Journal of Vision, 22(2), 16. [link]
意識的知覚の周期
空間的にぼけた窓をもつ正弦波縞パタン(ガボール刺激)において窓の移動とは逆方向に縞が動くとき,刺激全体が点滅しつつとびとびに跳躍しているように知覚される現象を発見しました.興味深いことに,この跳躍の主観的なリズムは刺激速度によらずシータ帯域(4-8 Hz)の一定値であり,意識的知覚が何らかの周期的な神経機構により更新されている可能性があります.
Nakayama, R., Motoyoshi, I., & Sato, T. (2018). Discretized Theta-Rhythm Perception Revealed by Moving Stimuli. Scientific Reports, 8, Article number: 5682. [link]
縞が刺激全体の移動とは逆方向に動く場合,離散的な運動が見えます.
縞が刺激全体の移動と等速で(同方向に)動く場合,錯視は生じません.
さまざまな検出課題において注意の効果がシータリズムで現れることが明らかになりつつあります.一方,注意は特徴の統合にも重要であることから(Treisman & Gelade, 1980),我々は明るさと方位が素早く変化する視覚パタンを用いて,特徴統合の周期性を探りました.行動実験と脳波測定の結果,観察者のアクション後に統合成績が7-8 Hzの一定周期で頭頂の神経オシレーションと共振することを見出しました.この共振は注意の律動と重なり,対象の統合と意識化を支えている可能性があります.
Nakayama, R. & Motoyoshi, I. (2019). Attention periodically binds visual features as single events depending on neural oscillations phase-locked to action. Journal of Neuroscience, 39(21), 4153-4161. [link]
Kawashima, T.*, Nakayama, R.* & Amano, K. (2024). Theoretical and technical issues concerning the measurement of alpha frequency and the application of signal detection theory: Comment on Buergers and Noppeney (2022). Journal of Cognitive Neuroscience, 36(4), 691-699. (*equal contribution) [link]
観察者が(右手で)ボタンを押してから50-810ミリ秒の遅延後,視覚パタンの明暗と傾き(右斜め/左斜め)が高速で反転します.明暗と方位の組み合わせの正答率は,遅延時間の関数としてシータリズムで振動し,観察者ごとの周波数は頭頂の神経共振と相関を示しました.
パタンによる運動知覚の変容
視覚系はパタン情報と運動情報を独立の経路で処理することが知られています.しかし,近年の心理物理学・神経生理学的研究はそれらの処理の間の相互作用を示唆しています.我々は,運動刺激に重畳された方位情報により,見かけの運動方向がシフトすることを発見しました.この錯視は,パタンと運動の情報処理が完全に独立ではないことを直接的に示しています.
Nakayama, R., Harada, D., Kamachi, M., & Motoyoshi, I. (2018). Apparent shift in long-range motion trajectory by local pattern orientation. Scientific Reports, 8, Article number: 774. [link]
ガボール刺激は水平線上に連続提示されていますが,(縞の方位に沿って)斜め方向の仮現運動が見えます.
加速度検出器の存在
人間の視覚系は速度に敏感ですが,加速度(速度の変化)に対しては鈍感であると信じられてきました.心理物理学的根拠として,緩やかな速度の変化ほど(遅い加速度ほど)容易に検出されることが挙げられます.しかし,我々の実験で,運動ターゲットに対する注意の効果を減らすと,中程度(約1-2 Hz)の加減速が最もよく検出されること(バンドパス特性)が分かりました.これは視覚系が実は加速度に感度をもち,それが対象の意識的検出を支えていることを意味しています.
Nakayama, R., & Motoyoshi, I. (2017). Sensitivity to Acceleration in the Human Early Visual System. Frontiers in Psychology, 8, 1–9. [link]
比較的速い加減速(2 Hz)の方が遅い加減速(0.25 Hz)より容易に見つかります(カクカク感があります).その他のディストラクタは種々の一定速度で動いています.
身体座標に基づく運動知覚
視覚的な運動はさまざまな座標系において定義されます.我々はこれまで,両眼視野闘争や視覚探索における運動刺激の知覚が,網膜座標ではなく身体座標における運動により決定されることを示してきました.このことから,網膜上の運動と身体運動を統合したクロスモーダルな過渡情報が意識の生成を支えていると考えられます.
Nakayama, R., Motoyoshi, I., & Sato, T. (2016). Motion dominance in binocular rivalry depends on extra-retinal motions. Journal of Vision, 16(5), 1–10. [link]
Nakayama, R., Motoyoshi, I., & Sato, T. (2016). The Roles of Non-retinotopic Motions in Visual Search. Frontiers in Psychology, 7, 1–8. [link]
両眼視野闘争では動くものが止まっているものより優位に見えます.
この優位は,等速で動く注視点を追視した場合でも(網膜上の運動・静止が逆転しても)あまり変わりません.