北極海の熱,淡水収支の推定
研究背景
ヨーロッパの気候は,同じ緯度帯と比べて比較的温暖な気候であることで知られています. これは,メキシコ湾流の離岸流である北大西洋海流が大量の熱(約1TW)をヨーロッパに運んでいるためです(図1). しかし,過去に起きた現象を紐解くと,現在の北大西洋の海洋循環は不安定であることが知られています(1万2千年前のヤンガードリアスイベント,1960 年代以降のGreat salinity anomalyなど).この海洋循環の強度を決める鍵になって海域が,北大西洋の高緯度に位置するグリーンランド海,アーミンガー海,ラブラドール海です.これらの海域で.は海水が海面から数千メートルの深さにまで沈み込む深い対流が起きており,全球の海洋深層循環の一部である北大西洋の子午面循環を駆 動する海域になっています.海面の海水が数千メートルの深さまで沈み込んでいる海域は全球的にも限られており,北大西洋高緯度域と南極大陸の陸棚域周辺のみです.この海域に大量の淡水が流れ込むと,海面の海水の密度は軽くなり,深い対流が弱まり,北大西洋の子午面循環が弱まる可能性があります.その結果,1万2千年前のヤンガードリアスイベントの時のように,北上する北大西洋海流が弱まり,ヨーロッパの気候が寒冷化することが考えられます.
北極圏はここ数十年,全球平均の2倍以上のスピードで地上気温が上昇しています.人工衛星観測が始まった1979年以降,夏期の海氷面積は減少の一途をた どり,早ければ2030年以降の夏期には北極海から海氷は消え失せると予測されています.グリーンランド氷床の融解量も年々増加していることが観測されています.また,近年,北極海のカナダ海盆には大量の淡水が蓄積されつつあることが報告されています.この原因は,北極海の海氷融解,ユーラシア大陸の河川 流量の増加,北極海内部での淡水量の再分配,北極海から北大西洋に放出される淡水量の減少など様々な要因が考えられます.北極海は北大西洋高緯度域の上流に位置するため,将来的にはこの北極海のカナダ海盆に蓄積されている淡水がDavis海峡,Fram海峡を経由し,北大西洋高緯度域に放出されるでしょう.過去数十年,現在,将来数十年にわたり,北極海とその周辺海域(北大西洋,北太平洋)でどのくらいの熱量,淡水量が海洋循環によりやり取りされていたのか,やり取りされているのか,やり取りされていくのか,を出来るだけ正確に推定,観測,予測する必要があります.
図1. 北大西洋の海洋循環の模式図.
ウッズホール海洋研究所 R. Curry 博士作成.
参考資料
不都合な真実,アルゴア,2007年. [amazon.jp]
チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る,大河内 直彦著,岩波書店,2008年.[amazon.jp]
東京大学海洋アライアンス「知の羅針盤」,岡顕著.
iAOOS report by Dickson et al. 2011.
A short film explains why we monitor the Atlantic Ocean at NACLIM website.
(first created on 2012.4.23., last updated on 2017.8.10.)