Researches

as Assistant Professor

中性子反射率法を用いた表面・界面計測

異種の物質が直接接する表面・界面において、物質はバルクと異なる特異な振る舞いを示すことが広く知られています。例えば、主に有機物で構成される界面においては、官能基に起因した物理吸着や化学吸着、界面活性はもちろん、界面という局所的な空間に拘束されることによるエントロピーの効果等が複雑に相互作用することによって、接着やパターニング、自発配向分極など学術的にも産業的にも興味深い様々な現象が発現します。このような表面・界面の特異的な挙動を理解するためにはそれを観察する実験方法が必要不可欠で、「中性子反射率法」はこれをナノ構造の観点から解明する上で強力な実験手法の一つです。

中性子反射率計とは、その名の通り物質表面に入射された中性子が反射する様子を計測する装置です。この際、中性子は物質表面の屈折率を反映した干渉を起こすため、これを解析することによって数nm~数百nmの深さ方向に対する構造をサブnmの分解能で観測することができます。この際、中性子は物質を構成する原子の原子核と相互作用し、その相互作用の強さを示す散乱長密度という物理量に応じて屈折率が変化します。ここでポイントになるのは、中性子は「元素ではなく原子核に応じて相互作用が変わるという点で、同位体で置換すると屈折率が変化するということを意味しています。特に、ソフトマターの場合は軽水素(H)重水素(D)に置換すると散乱密度を劇的に変化させることができるため、着目したい箇所を重水素でラベリングして、その部分を高いコントラストで観測する、といったことが可能です。他にも、中性子の高い透過力を利用することにより、基板側からビームを入射して界面を計測することができ、基板の表面に作成した薄膜を溶媒に浸した際の構造変化をその場観察することができます特に、パルス中性子を用いた実験では、広い波長幅の中性子を利用した広いQ領域の同時測定が可能なため、溶媒接触や温度・電位などの外場などによって表面・界面のナノ構造が時々刻々と変化する様子を捉えることができます。

ここでは、私が助教の頃に行った中性子反射率装置の開発とそれを用いた研究について紹介します。

試料水平型中性子反射率計ARISA-II/SOFIAの整備

大強度陽子加速器施設J-PARCは物性研究から素粒子物理まで幅広い分野での研究を目的とした陽子加速による研究施設で、物質・生命科学実験施設MLFでは中性子・ミュオンを用いた原子・分子スケールの構造やダイナミクスを計測可能な実験装置が整備されています私が2009年にKEKに着任した際は、2006年まで稼働していたKEKの中性子実験施設KENSから移設した装置ARISA-IIを用いていましたが、2011年にはJST ERATOの高原プロジェクトとの共同研究により位置から設計し直した装置SOFIAへのアップグレードを果たしました。その後、加速器の出力は2009年時点の120 kWから現在(2023年)の800 kW(最終目標は1 MW)へと7倍弱に増加すると共に、検出器の更新などSOFIAへも様々なアップグレードを施すことによって、10倍以上の測定時間の短縮を実現することに成功しました。現在は異動により装置責任者としての役割は終えましたが、引き続き装置のアップグレードは協力して行っていく予定で、現在は世界初の手法である「多入射反射率法」の実装に向けて、集光ミラーを用いた光学系の開発を行っています。これが実現すれば、角度スキャン無しで測定可能なQ領域を同時に計測できるようになると同時に、集光ミラーにより微小試料における測定効率が向上することが期待されます。

主なアップグレード一覧

固体基板上のリン脂質膜の吸着・剥離

中性子反射率法を用いてリン脂質による生体模倣膜を測定する際、かつては液体表面に展開したLangmuir膜を用いるのが一般的でした。しかし、この方法は生体膜のような二分子膜ではなく単分子膜であるため、十分にこれを模倣できているとは言い難く、現在は基板の表面に作成した二分子膜を使用するのが一般的です。作成の方法としてはLangmuir膜を基板に転写したり、単層膜ベシクル水溶液に接触させることで自発的に単層膜が形成させたりする方法が用いられますが、欠陥ができたり、組み合わせによってはうまくいかなかったりすることがあります。そこでこの研究では、別のアプローチとしてリン脂質のナノディスク(板状ミセル)を吸着させる方法や、基板上に作成した積層膜を剥離させる方法に挑戦しました。前者の方法では、シリコン基板の表面とナノディスクの電荷を変えながら実験を行った所、ミセルの電荷よりも基板の電荷の方が影響が大きく、通常は基板に対して平行にナノディスクが積層するのに対して、NH3で修飾した基板の上では基板の表面から数十nm以上の範囲にわたって不規則にナノディスクが積み重なった層が形成されることがわかりました。また、後者の方法では、Si基板上に作成したリン脂質二分子膜の積層膜を水に浸漬させた瞬間から膨潤する挙動を観測し、数時間かけて膜の剥離と膨潤が起きる様子を観測することに成功しています(論文作成中)。