海外での研究生活に疲れてしまった人へ

 この文章は、海外の研究生活に疲れてしまった留学生、若手研究者を念頭においています。あくまで一意見、情報提供であり、ここに書かれていることを実行した場合の一切の責任は負いません。また、私は臨床心理学の専門家ではないので、個人的な相談には応じられません。




 海外での精神的な疲れ、無力感、劣等感、孤独感、こういった感情は、おそらくかなりの在外研究者が経験したことがあるのではないかと思います。夏目漱石や朝永振一郎はじめ、私が海外でポスドクをするように励ましてくださった村尾美緒先生も、研究留学中に「周りが天才に見えて落ち込む」ことがあったと振り返っています。

 「疲れ」には、慣れた環境からの大きな変化、外国のシステムの様々な理不尽さ、言語が通じないいらだち、文化の違い、治安の悪さや様々な危険、必要なものがすぐに手に入らない不便さ、あるいは周りの人や研究環境との相性、友人と離れてしまった、以前簡単にできていたような趣味がしにくくなった、経済的なことなど、様々な要因があるかと思います(←これらは私自身が感じて辛かったことも多いです)。


 上司や同僚(とくに、外国人がいれば)と話しやすければ、こうしたことを話してみるのもいいかと思います。特に上司(PI)にとって、研究員や学生が快適に研究を進めて成長できるようにすることは責務です(私もまだまだ勉強中ですが)。もちろん、あまりに全面的に寄りかかってしまわないようにしなければなりませんが、いろいろとサジェスチョンをくれたり、ネットワークを紹介してくれたり、気を配ってくれるはずです。また、体調を崩したときなどにも、黙って無理をして頑張り続けず、少し休みを取りたいと上司に言いやすい状態になると、心の安定になるかと思います。


 大学病院、あるいは大学の職員向けのメンタルヘルス相談室があれば、比較的質が担保されていることが多く、また研究者を大切にしてくれるように思います。ポスドクサポートオフィス、Employee Assistance Programなどから探してみるとよいかと思います。面談に行く際は、落ち着いて情報を伝えられるよう、困っていることをまとめたノートを持っていくといいと思います。ただし、もちろん運や、相性の良し悪しもあるかとあるでしょう。例えば、現地の人(外国出身者でない)だと言語や生活、孤独の苦しみを理解してもらえないように感じられたり、民間の人だと研究者についてよくわかってもらえないように感じられたりする場合もあるかもしれません。一つ一つのアクションに過大な期待をせず、いい人に当たれば幸運、くらいの気持ちで行くといいと思います。


 最近は学術振興会海外連絡センター海外日本人研究者ネットワークなどをはじめ、さまざまな機関によるオンラインセミナー、オンラインの集いも、固いものから柔らかいものまで非常に数多く開催されているので、自分に合いそうなところに定期的に顔を出して仲のいい人を作ってみるのもいいと思います。案外研究と関係のない趣味、オンラインの習い事などを初めてみるのもいいかもしれません。最近はオンラインで語学だけでなく、楽器やアート、ヨガ、手芸などを教えてくれるサービスも増えてきています。あるいは電子書籍で日本語の本を読んで、感想をオンラインで共有してみてもいいかもしれません。


 海外で研究生活を送っている方は、成果を上げて、任期を満了し、更に新たなことを学ぶために栄転したいと思っていることでしょう。しかし、順風満帆に傍からは見える人も、実際は多くの困難や苦悩にぶつかっていることも多いものです。一方で、もともと考えもしなかった道に進むことになった人も多いです(私自身、ノルウェーで働くことになるとは全く予想していませんでしたが、快適に暮らしています)。無責任なことは言えませんが、辛い環境、合わない環境で耐え続けるより、まずは健康を第一に考えてください。帰国、異動は決して「逃げ」ではないですし、海外で頑張った経験はその後も決して無駄にならないはずです。また、研究分野を変えたり、全く違う方向の仕事に就いたりなど、選択肢は多彩です。

(2021)