就活記録

海外就活についての覚書 (2020)

※以下はあくまで個人の経験談であり、これに基づいて行動した結果について当方で責任は取れませんのでご了承ください。


私は2017年に東京大学で理学博士号を取得し、その後アメリカのバッファロー大学・シカゴ大学でポスドクをし、2020年にノルウェー生命科学大学のテニュアトラックPI(研究室主宰者)として着任しました。現在のポジションは6年間のテニュアトラックで、6年後にテニュア審査があり、合格するとテニュアの准教授に昇格するとのことです(既に緊張しています)。日本進化学会ニュースではシカゴ大学でポスドクをするまでの個人ヒストリーを書いたので、今回は、これまでそれぞれの研究室・ポジションをどうやって探し、どうやって応募したかというより実践的な面にフォーカスして書こうと思います。


0.短期留学(博士課程3年、2016年5−7月、バッファロー大学)

ゲノムの構造変異について、人類進化の観点から研究する手法を学びたいと思っていました。さまざまな学術論文を読んで、興味の近そうな人にメールを出したり、学会で話しかけたりしました。最終的に一番興味の近そうなひとが一番ポジティブな反応を返してくれたので、スカイプで面接をし、推薦書を2枚、東大の生物科学専攻の先生に書いていただいて短期留学をしました。

1.ポスドク1箇所目(2017年4−2020年1月、バッファロー大学)

海外学振、学振PD、また日本の財団の助成金いくつかに出したと思います(正確にどこに出したかは覚えていません)。最終的にアステラス病態代謝研究会の助成金をいただきました。

ただ、今から思うと海外学振(政府の給付金)でJ1ビザを取ってしまうと、プログラム終了後に2年日本に滞在しないといけない2年ルールが適用されるので、慎重に考えたほうがいいかと思います。原理的には延長ができるのですが、その手続きのためには、次の職を、滞在権が切れるよりもかなり早い時期で決めてある必要があります。このあたりのルールは変わり続けているのでご自身で調べていただければと思います。

2年目以降は現地雇用でした(NSFの研究費による雇用で、年収は額面400万円強)。平均的なジュニアポスドクの給与かなとは思いますが、アカデミアに進むかどうかを迷っている人を引き込むには正直ちょっと厳しい額かもしれません。特に外国人だと、引っ越しやビザ更新などにも費用はかかるわけです。似たようなスキルを持つ人が給与を第一条件として仕事を探すのであれば、例えば米国のゲノム医療関係の企業の、データサイエンティスト職などのほうが格段によいだろうと思います。


2.ポスドク2箇所目(2020年2月−10月、シカゴ大学)

Evoldirで見つけてメールを入れ、スカイプ面接、現地面接(二日間かけて、セミナーをし、一時間に一人ずつ、学生から教員までと一対一の面談をする)を経て採用されました。少し分野を変えましたが、独学よりはかなりいい環境で学べたと思います。若手PIのスタートアップで現地雇用です。州立大学の生物学科から私立大学の医学部に動いたこともあってか、給料がだいぶ増えました(年収は額面600万円くらい)。バッファロー大学よりポスドクが多く、着任一ヶ月でパンデミックが起こり自宅勤務になったにもかかわらず、セミナーや就活支援も充実していました。


3.テニュアトラックPIポジション(2020年-11月、ノルウェー生命科学大学)

そもそも私はあまり積極的にPIを目指していませんでした。経験上、他人との関わりが得意ではないので(カクテルパーティで何を話せばいいかわからず立ち尽くしたり、他人との摩擦にひどく思い悩んだり)、PIとして若手研究者や学生を指導したり、人を引っ張っていったりするような仕事には向いていないのだろうなと思い、研究をメインで行うスタッフサイエンティストのような仕事を考えていました。しかし、バッファローでの上司が非常にエンカレッジングな人で、当然のようにPIへの応募を奨励し始めたので、そういうものかと流されるように応募をはじめました。ポスドク一箇所目3年目の秋辺りから、テニュアトラックの職に出しはじめました。ただ、欧米式自己アピールの長期的なトレーニングを受けていないこともあり、3年くらいかかるのだろうなという心づもりではいました(参考「海外で研究者になる」)。条件としては、研究面では「気の合う同僚と楽しい研究をする」ことで、ゲノム進化の研究ができれば良いと思いながらも、ゲノム医学など周辺分野にも応募してはいました。勤務地は、健康上の理由から、公共交通機関が発達しているところ(これは米国だとかなり厳しいです)、暑すぎないところ、にできたら行けたらいいなとは思っていました。

情報はEvoldirEURAXESS などで収集していました。最近Jobxivというのもできたようです。またネイチャーやサイエンスなどの雑誌の求人欄も見ていました。主に欧米に応募していました。10以上は応募しました。日本のポジションにはあまり応募しませんでした。というのは、日本のほとんどの公募が「顔写真付きの履歴書、書留、郵送、面接の交通費は自腹」などの条件を課していて、米国からの応募は物理的に困難だったのです。一般的に倍率が非常に高く、落ちるほうが圧倒的に多い公募の一つ一つにそれだけの手間とお金をかけるのは、あまり現実的ではありませんでした。まれにネット応募可能なところもあって、そういうところには出しました。ただ、正直なところ、漠然と次はヨーロッパ(新しい言語と文化を学べる歴史のある都市)に住んでみたいなと思ってはいました。

シカゴ大学のポスドクオフィスで就活支援があり、一対一で書類の書き方や面接についてアドバイスをしてくれました。ある程度オンラインのリソースもあります。これらは単にネット検索で見つけたものなので、他にもあるとは思います。


Sample Materials for Faculty Positions

Making the Right Moves


応募した殆どの大学から選考に落ちましたという返事が来たり、何もこなかったりでした。稀にいい感触がり、たとえばあるアメリカの人類学系のポストで書類選考に通り、電話面接に進んだのですが、最終的にそこには通りませんでした。後になって聞いたところでは、募集要項に明記されていたわけではないものの、ある特定の人類集団についての研究をすることが求められており、その経験がある人が求められていたようです。そのうちに、ノルウェー生命科学大学(ノルウェーの公立大学で、首都オスロから電車30分南下したところにあります)からショートリスト(書類選考通過)され、面接選考に進むというお知らせが来ました。そのポストには「学位取得後5年以内」という条件がついており、超強力な競合応募者はそれで弾かれたようです。しかし、ショートリストされた他の人がノルウェーの人を含む欧州人ばかりで、これは厳しいのではないか、とも思いました。さらに、面接では指定のタイトルで45分の模擬講義をするという課題が与えられたのですが、それがほとんど知らない領域でした(タイトルの意味がわからずに確認のメールを送ったほどです)。そこで、面接までの2週間で慌てて調べて、なんとか講義を作りました。なお、このときまで私は教育経験は殆どありませんでした。日本だとポスドクが非常勤講師をしたり、アメリカだと大学院生がTAをしたりすることがあるわけですが、私は日本で博士号をとり、アメリカでポスドクをしてしまったので、教育機会があまりなかったわけです。

この時6月ごろで、すでにパンデミックが広がっており、面接はオンラインで行われました。ノルウェーの人は夕方4時以降に働くのを嫌がるらしく、シカゴの朝6時台からの面接でした。発表中も、オンラインなのでなかなか聴衆の反応が見えなかったりで、あまり楽観的でありませんでした。後半の面接では一般的なこと(研究、教育、マネジメントについて)を質問されました。ところがどういうわけかこの講義の評判が良かったらしく、面接のに、研究所長から「あなたが選ばれる可能性が高い」というメールも来ました。どうやら水面下で、ポスドク受け入れ教員や共同研究者に電話やメールがいき、私の人柄を確認するようなやりとりもあったようです。また、教員だけでなく、一緒に研究した学生からの推薦書も提出するように言われました。

元々シカゴで2,3年勉強するつもりで、2月にシカゴにやってきたばっかりだったので、着任時期が問題でした。着任時期を伸ばす交渉(米国ではよく行われます)を試みたのですが、2020年11月締切の大型共同研究費申請と、2021年の年明けすぐに始まる新しい大学院授業を教える人を求めての募集ということで、最も遅くて2020年11月開始にしかできないということでした。公立大学なので給料は公務員のような扱いらしく、これはあまり交渉の余地がなかったようです(シカゴより低かったら交渉しようと思っていました)。額面で740万円くらいです。ちなみに、博士学生の給与も600万円弱くらいです。国として、あまり職業ごとに給与の格差を作らない方針のようです。なお、大学の最寄り駅周辺の家賃は東京都文京区くらいで、安くはないですがべらぼうに高いわけでもありません。

時期などのことで、オファーを受け入れるか、諦めてまた就活に戻るか、かなり悩みましたが(回答期限を少し伸ばしてもらいました)、最終的には2020年11月付でノルウェーに着任することにしました。外国人の有期雇用ポスドクとして3年半働いていて、事務的な手続き(毎年ビザ書類を更新したり、そのために東京やカナダに面接に行ったり、ビザ更新に伴って保険や自動車免許を変更・更新したり)に疲れてきたというのもあります。6年間のテニュアトラックポジションですが、3年ノルウェーで専門職として働いていると永住権が申請できるようです。

オファー受諾後はビザ発行、アパート契約など、かなりスムーズでした。個人の資質なのか、大学組織がしっかりした体制なのかはまだわからないのですが、いままでやりとりをした感じでは、教員、事務の方、クラスターコンピューター管理者、みなかなり親身にテキパキと働いてくれるいい印象です。学外の人(アパートの管理人さんなど)はちょっとのんびりしていて、焦ることも多々ありますが、なんとか手続きは進みつつあります。ノルウェーの文化やノルウェー語も覚えつつ、そして課題となるマネジメントや社会性を鍛えつつ(教育・指導方法についての新任PI用のコースがいくつかあるようです)、研究や教育に貢献していきたいと思っています。