2. 白い空の蘇州

空港のすぐそばにはバスが手配されていた。我々を上海から蘇州へ連れていってくれるとのことだ。

この時初めて私は空港を出て,キャリー・カートとバッグを両手に持ったまま,中国の空をじかに見上げた。白い。どこまで続くのか見定めることの出来ぬほどに,べったりと広がる,厚い雲。人の影が見えぬ,コンクリートの道路。蒸し暑い風。大地の国の,夏の空気を感じる。じりじりと迫る熱に耐えかね,先ほど買ったお茶を飲んでみる。蜂蜜入りの緑茶の味は悪くない。風と同じ生ぬるさ。のちに気象情報を見たところ,最高気温は38度にものぼっていた。現地の緯度は31度,鹿児島県南部の種子島や屋久島と同じくらいだ。

一同は,空港の出口で待機していた大型のバスに乗り込む。私の隣の座席には,西日本の大学の学部生であるサヤカがやってきた。生き物の形の出来かたに興味がある,でも,何でもおもしろいの,と目を輝かせながら語る彼女の華奢な体躯には,まだ少女らしさが色濃く残っていた。その無垢な向学心に思わずほほが緩み,そして気が引き締まる。告白してしまうとこの時私は研究の方向性を見失っており,半ば逃げ出すように,突破口を求めてこの講習会に参加したのだった。後で聞いたところによると数年先輩であろうヒロコさんも同様のことを仰っており,予想はしていたもののこのような局面はいつになっても訪れるものらしい。結局私はこの旅から一年もの後に「研究の暗いトンネルを一つ脱した」と自己認識するにいたるのだが,この旅によって,研究に行き詰った時の解決法をひとつ,手にすることができたように思う。

うだるような暑さの中,バスは高速で進んでいく。時折,何の前触れもなしにクラクションがなり,我々の心臓をわしづかみにする。近未来的な立体交差。多いところでは6車線もある幅の広い道路が続く。この国は人であふれかえっているものと思っていたが,車窓を眺めていても全く人の影が見えない。代わりに,巨大な建造物がただひたすらに立ち並んでいる。それもコピーのように同じ形,同じ色の建物が十以上も整列していた。しばらく進むと巨大な集合住宅が立ち並んでおり,住民たちが窓から棒を突き出して,そこに洗濯物をかけて干しているのが見て取れた。ようやくこの街に人の住む気配が感じとられ,どこかほっとした。このユニークな物干し竿は蘇州大学の学生寮でも見ることが出来た。 バスはやがて市街に到着した。市街を走る幾つかの自家用車は後部にリボン飾りをつけている。何を意味しているのだろうか。我々はまず教員用のホテルで降り,秘書さんから名札と講義資料を受け取った。ホテルは極めて豪華であり,天井は高く,照明は明るい。内装は白を基調とされているが,所々金色に装飾されている。洒落たバーも備え付けられているようだ。

このホテルのレストランでディナー・パーティが行われた。参加者たちはここで合流した。正方形のテーブルが並び,それぞれ四つの肘掛椅子が備え付けられている。会場の前方には赤い壇があり,日本,中国,韓国それぞれの教員が紹介されていった。計15人ほどの教員は殆ど男性だったが,一人だけ,長身の女性の姿が見えた。彼女が現れるや否や,少なからぬ間,見とれてしまった。切れ長の目,高い頬骨にすらりとした長身,長い髪。水色のブラウスにタイト・スカートが知的な印象を与える。まるで陶器に描かれた絵のような,ほっそりした中国佳人だ。上海の研究所に所属するXie博士だった。彼女は上品な笑顔と流暢な英語で私たちを迎えてくれた。

「政治的な情勢はますます困難になっている昨今ですが,我々の友情と科学への熱意が三国を結ぶことでしょう。」

ホストである蘇州大学のShen博士―こちらは恰幅のよい紳士だった―が締めくくると,大きな拍手と,カメラのフラッシュが巻き起こった。

Shen博士とXie博士は非常に細やかな気遣いを見せて下さり,食事が始まってからも幾度か学生たちのテーブルをまわっては,

「楽しんでいますか?」

と声をかけて下さった。

食事はバイキング形式であり,我々は好きなだけ珍しい料理を楽しむことができた。会場では様々な料理がふるまわれていた。チャーハン,肉料理,魚のあんかけ,寿司,様々なスープ,フルーツ,小さなケーキ,色とりどりのアイスクリームなど。ことに気に入ったのは,”玉ねぎパン”,と書かれていた白いパンである。名前どおり玉ねぎのような形状をしていたが,玉ねぎが入っているわけではなく,所謂蒸しパンや中華饅頭に近い。優しくほんのり甘い味わいであった。

ディナーを終え,我々学生陣は徒歩で蘇州大学へと向かった。車道は広く,車通りが途絶えることはない。人々の移動手段は,自動車の他は原動機付き自転車が人気なようで,二人乗りや三人乗りもよく見られた。またレンタル原付も流行しているらしく,黄緑色のポールの傍に同色のレンタル原動機付き自転車が並べられているさまも見られた。

途切れることのない原動機付き自転車。

途中で日本の女子学生たちと雑貨屋に立ち寄った。ディズニーなどのキャラクターグッズ(もちろんライセンス契約の証明書がついていた),や装飾品が売られていた。髪飾りを手に取ってみると四元(70円程度)であった。日本だと安くても300円くらいだろうか。デザインもかなり可愛らしい。こちらの女子学生たちはみな,気取らないお洒落をしていた。大学の門には守衛がおり,蘇州大学の身分証をもたない我々はここで阻まれてしまった。あまり英語も通じず,どうしたものかと困っていると,日本グループの女性陣で最も年長と思しき博士課程学生のヒロコさんが,動じない様子で,通して,通してよ,と日本語で押し通し,ついに我々は門の中に入ることができてしまった。しばしば一人で外国旅行に行くのだというヒロコさんのしなやかな力強さに,私は驚いてしまったが,のちに彼女の話を聞いて少し合点がいった。彼女は学生結婚をし,子供を育てながら研究に励んでいるとのこと,私の周囲にもそうした友人がいるが,そうした人たちに共通するような,ある種のオプティミズム,そしてフットワークの軽さが垣間見えた。

四万人の学生を擁するという蘇州大学は非常に広く,緑にあふれていた。キャンパスの雰囲気は,筑波大学に少し似ているだろうか。学生寮がキャンパス内にあり,学生たちが植木の上で洗濯物や布団を干している様子がうかがえた。しかしこのような湿気の中で,本当に洗濯物は干せるのだろうか。

学生たちは寮の窓から棒を突き出して洗濯物を干している。バスで通り抜けた巨大市街でも見られた光景だ。じっとしていても汗が噴き出してくるような暑さだが,友人や恋人同士は手をつないだり肩をくんだりして歩いていた。原動機付き自転車で二人乗りをしているカップルもしばしば見られた。

我々が寝泊まりすることになる,招聘研究員用の宿舎の向かいには,小高い丘の上があったが,そこには恋人たちが等間隔に並んで座りこみ,熱帯夜の中で愛を語らっていた。

「かれは愛のことを話していますね,そしてかれはきっと,すきをみて……。」

日本グループの一員であり,日本に留学中のアロンゾが,男子学生を指差しておどけた調子でいい,一行を沸かせた。

宿舎はこぎれいであり,私は同じ学年のクミと同室になっていた。クミと私は室内でインターネットを使うため,受付にいた従業員にお願いに行った。従業員は女性だったが,上海空港の従業員同様素朴な面差しで,化粧っ気もなく,ずいぶんと若く見えた。二十歳前後だろうか。小柄で,長い黒髪を一つに束ねている。英語がなかなか通じず,筆談と,クミが持っていた旅行用中国語会話の本によってなんとか意思疎通をすることができた。彼女に回線を繋いでもらったあと,博士課程のヒロコさんが私たちの部屋にやってきて,従業員と一緒に写真を撮っていた。従業員ははにかみながらも快く応じていた。その純朴で人懐こい様子がとても可愛らしく,好ましく感じられた。