研究テーマ

CS male x CS female (Used in Google site).mp4

生得的な行動を生み出す脳と遺伝子のしくみ





Movie: キイロショウジョウバエの性行動(野生型の雌と雄)

動物の行動は幾多の不思議に満ちています。何千キロの彼方から産卵のために故郷の川に戻ってくるサケ、美しい幾何学模様の巣をつくるクモ、彼らは誰から教わったわけでないのに、生まれながらにこれらの行動を具えています。我々ヒトの場合にも、生まれたばかりの乳児が呼吸し泣き声をあげることができるのは誰かに教わったからではないでしょう。生命の維持や有性生殖にかかわる行動の多くは生まれながらに備わっています。私はキイロショウジョウバエの性行動(求愛から交尾にいたる行動)をモデルとして、動物が生まれながらに備えている行動、すなわち生得的な行動に着目し、それを支える脳機能の謎に「異分野融合型」のアプローチで取り組んでいます。

生得的な行動が脳にプログラムされるためには、その行動を制御する脳の回路が、前もって準備された設計図に従って組み立てられる必要があります。設計図の実体は遺伝子から産生されるタンパク質の働きによると考えられますが、それがどのような仕組みによって行動を脳にプログラムするのかはほとんど解明されていません。この問題に答えるためには、脳のしくみを遺伝子や脳細胞の視点から解明する必要があります。しかし、既存の手法では、遺伝子と行動との間をつなぐ脳の複雑な階層的制御が依然としてブラックボックスであるために、疑問に答えることは難しいとみなされてきました。この問題にチャレンジするには、脳のしくみを階層横断的に、遺伝子から脳細胞、神経回路の動作と制御、これによって生み出される個体の行動までを包括的に解明する必要があり、遺伝子から神経回路の形成までを扱う発生遺伝学者と、よりマクロな階層、すなわち個々の神経の生理機能や回路の振る舞いを解明する神経生理学者が連携して問題に取り組むことが求められます。私自身は発生遺伝学を専門としておりますが、引き続き、自分の専門分野だけでなく、神経生理学者やそれ以外の分野の研究者とも協力しながら研究を進めて参りたいと考えています。例えば、複数の神経細胞の活動をリアルタイムで非侵襲的に観察する生体イメージング技術や電気生理学的な手法、さらに神経回路の動作と制御をシステムの振る舞いとして明らかにするための数理的手法などを取り入れて、生得的な行動を支える脳の仕組みを解明してゆきます。こうした取り組みによって、前述の遺伝的な要素だけでなく、環境の要素が脳神経系の発生発達や可塑性、それらによって制御される行動様式にどのように影響するのかという問題をも階層横断的に解明できるものと考えられます。また、私が扱う、脳神経系の発生発達に関与する遺伝子群は、それ以外の器官でも機能を有するだけでなく、その異常によってガンをはじめとする様々な病気の原因ともなります。脳神経科学研究を通じて得た成果を、それ以外の分野の研究者にも活用してもらえるよう、論文や学会活動などを通じて積極的に情報発信に努めたいと思います。