少年法適用対象年齢の引下げに反対する刑事法研究者の声明
2015年8月1日
自由民主党に設置された成人年齢見直しなどを検討する特命委員会が、適用年齢を20歳未満から18歳未満とするための少年法改正を検討している。しかし、以下に述べるように、少年法適用年齢の引下げは、その必要性を根拠づける事実に欠けるばかりか、犯罪予防の見地からも責任非難の観点からも深刻な問題をもたらし、歴史的事実と国際的潮流にも反している。ゆえに、私たち刑事法研究者は、これに強く反対するものである。
1 年齢引下げ提案の背景
現在、少年法適用年齢の引下げがいわれることの背景には、2つの流れがある。
1つは、本年6月19日に公布された「公職選挙法等の一部を改正する法律」(法律第43号)が、附則11条において、「国は、国民投票(…)の投票権を有する者の年齢及び選挙権を有する者の年齢が満十八年以上とされたことを踏まえ…民法(…)、少年法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」との規定を置いたことである。
もう1つは、社会の耳目を引く事件を受けて、自由民主党政務調査会長が「少年事件が非常に凶悪化しており、犯罪を予防する観点から、少年法が今の在り方でいいのか課題になる」旨の発言を行ったことに示されているように、深刻化する「凶悪」な犯罪の抑止のために、18歳および19歳の者を「成人」として扱い、その犯罪に刑事処分をもって臨むべきだとする考えである。
2 年齢引下げの必要性を根拠づける事実の不存在
しかし、「国法上の統一」という観点から、公職選挙法上の選挙年齢や民法上の成年年齢と少年法適用年齢を連動させる必然性はない。「少年の健全な育成」という少年法1条に明示された目的に適うよう、実質的考慮から、青少年の資質面・環境面における特性を踏まえて少年法適用年齢を設定することは、むしろ自然なことであり、必要なことでもある。現に、1922年に制定された旧少年法は、民法上の成年年齢が20歳であったにもかかわらず、少年法適用年齢をこれに合わせず、18歳にとどめていた。海外諸国の法制度をみても、成人と同様の責任非難ができないことや犯罪予防上の有効性を理由として、形式的な成人年齢にとらわれずに各種処分を科すことができる年齢を設定している例が多い。そもそも今次の公職選挙法改正による選挙年齢の引下げも、若年者の精神的・社会的成熟性が高まったことを理由とするものではない。実質的考慮なしに、「国法上の統一」という観点から選挙権年齢の引下げを少年法適用年齢の引下げに直結させることは、歴史的事実に整合せず、後述するように、深刻な問題をもたらす。
また、少年事件は、増加も凶悪化もしていない。むしろ、犯罪統計によれば、少年非行は激減している。2000年の少年法改正においても、犯罪統計上はそうでないにもかかわらず、少年非行の増加や凶悪化が叫ばれ、改正の根拠とされた。当時の状況と比較して、一般刑法犯の検挙人員をみてみれば、2000年に152,813人であったものが2013年には69,113人となっており、半分以下に減少している。そのうち18歳および19歳の者(以下「年長少年」)は23,576人から11,234人となっており、これもまた半数以下となっている。同期間中、もともと低い水準にある殺人もほぼ半数(105人から55人)、強盗と強姦は約3分の1(1,668人から564人、311人から136人)となっており、「凶悪犯」も激減している。人口10万人あたりの一般刑法犯検挙人員をみても1,088.8人が583.9人、年長少年で775.2人が454.7人となっているから、この減少傾向は少子化を超えるペースで進んでいることになる。「凶悪」犯罪の深刻化という認識は、客観的な事実を誤認したものといわざるをえない。
3 制度運用の現状と起こりうる変化
年長少年を少年法の適用対象から除外することは、少年司法の運営に深刻な影響を与える。2013年の統計によれば、年長少年は、少年鑑別所への新収容者の32.4%、保護処分全体の30.6%、保護観察の29.3%、少年院送致の37.8%を占める。年長少年に少年法を適用しなくなれば、実に、現在の対象者の3分の1に当たる11,000人を超える数の若年者が、刑事司法制度へと放出されることになる。このことは、年長少年を、人間的な接触を重視した手間をかけた処遇の対象から除外することを意味する。
そこで、現在、少年法が年長少年をどのように扱っているかをみてみる。少年法は、犯罪の嫌疑がある場合や犯罪の嫌疑がなくても虞犯として審判に付すべき事由がある場合には、捜査機関が事件を家庭裁判所に送致しなければならないことを定めている。そのため、成人事件についての起訴猶予のように、検察官が独自の権限に基づいて事件を処理できるわけではない。こうした制度がとられたのは、家庭裁判所調査官を擁する家庭裁判所に事件を一元的に集約し、人間行動科学の専門的知見を用いて、非行の背景となっている少年が抱える問題を解明し、ケースワークによる働きかけ、保護処分など、その問題を解決するために必要・有効な処遇を施すことが、再非行防止に役立ち、本人の福祉にも社会の安全確保にも資すると考えられたためである。少年に対する処遇も、単に非行の軽重だけでなく、少年鑑別所や家庭裁判所調査官の科学的な判断に基づく資質上・環境上の問題(要保護性)を考慮して、決定されているのである。
家庭裁判所における年長少年の処遇決定の内訳をみてみれば、検察官送致1.3%、保護処分36.8%(保護観察27.4%、少年院9.3%)、不処分21.1%、審判不開始40.1%となっている。不処分と不開始が61.2%を占めているものの、前者のうちの84.9%、後者のうちの82.7%が、ケースワークによる事実上の教育的な働きかけとしての保護的措置がとられたことの結果として要保護性が解消したことを理由としている。年長少年について、少年院への新収容者の非行名をみれば、総数1206人、傷害242人(20.1%)、窃盗374人(31.0%)、詐欺 87人(7.2%)、恐喝68人(5.6%)、道路交通法違反68人(5.6%)などとなっており、比較的軽微な非行が少なからず含まれている。このような運用は、実務において、要保護性を重視した処遇選択が行われていることを示している。
以上を確認した上で、年長少年に少年法が適用されない場合にどのような事態が生じるかを考えてみよう。検察庁に新規に受理された年長少年の一般刑法犯の内訳をみてみると、46.9%が窃盗、20.1%が横領、8.9%が傷害などとなっている。上述のとおり、現在は、これらの事件もすべて家庭裁判所に送致されているのであるが、年長少年に少年法が適用されないようになれば、検察官がその訴追裁量によりこれらの事件を刑事裁判所に起訴するか否か判断する権限をもつことになる。そこで、検察段階における現在の成人事件の起訴猶予率をみると、窃盗51.5%、横領80.1%、傷害52.2%となっているから、年長少年による事件の大半は起訴猶予となることが予想される。また、起訴された事件のうち、窃盗の20.6%、横領の22.5%、傷害の59.6%に略式命令請求がなされているから、事件が起訴された場合でも、多くは簡便な裁判により財産刑で終局することになる。継続的かつ人間的な接触に基づく教育的な働きかけを行い、少年が抱える問題を解消するのにふさわしい手段を選択している少年法による取扱いとの差は、歴然としている。
なお、家庭裁判所に係属した虞犯総数326人のうち11.3%(18歳22人、19歳15人)が年長少年であるということにも、注意を向けなければならない。刑罰法令に触れているわけではないけれども、将来犯罪に及ぶ危険性が高い状態にある虞犯への介入は、少年法の適用があってはじめて可能になるものである。それゆえ、年長少年が少年法の適用対象から外されれば、この年齢層の虞犯に介入することもできなくなる。児童福祉法上の「児童」とは18歳未満の者をいうから、年長少年には児童福祉的介入の可能性もない。虞犯を理由とした介入がなされなくなれば、これらの者は社会的に放置されることになってしまう。このような帰結は、本人の福祉は勿論、将来における社会の安全を考えても、深刻な問題を生むといわざるをえない。
4 犯罪予防の有効性と責任非難の観点からみた問題性
犯罪予防と責任非難の観点から、少年法適用年齢の引下げを支えうる事実があるのかどうかも、重大な問題である。犯罪予防という点で重要なのは、現行少年法が適用年齢を20歳未満に引き上げた理由である。1922年に制定された旧少年法が18歳未満としていた適用年齢を現行法が20歳未満にまで引き上げたのは、当時の犯罪傾向をみた場合に、「20才ぐらいまでの者に、特に増加と悪質化が顯著であ」ったからにほかならない。まさに、「これに対して刑罰を科するよりは、むしろ保護処分によつてその教化をはかる方が適切である場合の、きわめて多い」ためである(第2回国会衆議院司法委員会議録36号〔1948年6月19日〕6頁[佐藤藤佐説明])。「きわめて重要にして、かつ適切な措置である」と国会で説明されたこの年齢の引上げは、GHQの主導によってではなく、旧少年法下での実務的な経験を土台として日本側の主導により行われたことは、歴史的な事実としてよく知られている。非行予防のための有効性を事実に基づいて示さないまま適用年齢を引き下げることは、立法事実という点で疑問があるだけでなく、歴史の積み上げを安易に否定することになる。
他方、少年法適用年齢の引下げは、責任非難の観点からみても疑問がある。成人に対するものと同等の責任非難を行うためには、自由に意思決定を行いうる状況・状態において犯罪行為をあえて選択したといえるだけの精神的成熟性が行為者に備わっていなければならない。しかし、年長少年は類型的にみて、なおも成長発達の途上にある存在である。現代社会において十分な精神的成熟を遂げるには、長い時間が必要となっている。このことは、1966年の法務省による「少年法改正に関する構想」と1970年の「少年法改正要綱」が、年長少年を刑事法制上原則的に成人と同等のものとして扱おうとする制度の導入を試みたものの、法学のみならず教育学や精神医学といった分野からも強い反対の声が上がり、結局は実現をみなかったことにも如実に現れている。
また、現行少年法においても、家庭裁判所が個別的判断により少年に対し刑事責任を問うことが相当と認める場合には、刑事処分を相当だとして、事件を検察官に送致し、送致を受けた検察官は、その事件を刑事裁判所に起訴する制度が設けられている。刑事裁判所が有罪を認定したときは、少年に対し刑罰を言い渡すことになる。このような検察官送致制度がすでに存在するにもかかわらず、少年法適用年齢を引き下げ、少年の精神的成熟度を個別的に考慮することなく、一律に年長少年の刑事責任を問おうとすること、あるいはそれを原則化することについては、必要性に重大な疑問がある。さらに、検察官送致制度の運用をみるとき、家庭裁判所において刑事処分を相当だとする判断がきわめて限定的に行われてきたことが分かる。2013年において、業務上過失致死傷等および虞犯を除く一般保護事件(総人員64,209)中、刑事処分相当による検察官送致は0.6%に過ぎない。このような謙抑的運用が続いてきたことは、個別具体的にみたとき、年長少年を含め、少年の刑事責任を問うことが相当とされる場合は稀であることを示している。検察官送致制度の運用実績からみても、少年法適用年齢の引下げの合理性には、重大な疑問が生じる。
諸外国には、18歳以上21歳未満の青年層に対して成人同様の責任非難を行うことが困難であるとして、イタリア、オーストリア、ドイツ等のように、事案によっては、少年法適用年齢にかかわりなく青年層を少年と同様に扱い、また、オランダ、スペイン、スイス等のように、青年層に対する処分については、種類や期間において特別な措置を講じている例が少なくない。スイスにおいては、特別措置の対象年齢は25歳にまで及ぶ。また、1970年代後期から厳罰主義の刑事政策を推し進めてきたアメリカにおいても、近時、少年法適用年齢や社会復帰に配慮した特別な処分を課しうる年齢を引き上げるという「揺り戻し」の動きが顕著にみられるようになっている。このような動きが生じたのは、脳科学や発達心理学の知見を踏まえて、成長期にある者に成人に対してと同様の責任非難を行いえないとの明確な認識が広まっているためである。このような世界的動向を前にして、日本において少年法適用年齢を引き下げることは、科学的根拠を欠くものであると同時に、国際的な潮流に真正面から逆行することにもなる。
なお、上述のドイツにおいては、青年層の個別的な成熟性を審査した上で、裁判所が少年法と一般刑法のどちらを適用するかを決定する制度がとられているが、それは、もともと青年層に少年法を全面的に適用するという歴史的な課題を達成するまでの過渡的・妥協的な制度として創設されたものだからある。すでに1970年代半ばから、ドイツにおいては、少年法を全面適用した方が犯罪予防の効果で優れているなどの理由から、青年層に少年法を全面的に適用すべき点で学界に意見の一致がみられることに留意すべきである。現在の日本でみられる政治的な主張のように、少年法の適用対象となっている年長少年をその対象から外した上での措置ではない。歴史と基本構造を無視し、安易にこのような制度を導入すべきでない。
以上のように、「国法上の統一」という観点から少年法適用年齢を引き下げる必要はなく、年長少年の「凶悪」犯罪が深刻化しているという事実もない。また、少年法適用年齢の引下げは、犯罪予防の見地からも、責任非難の観点からも、深刻な問題をもたらすとともに、歴史的事実と国際的潮流にも反している。これらの理由から、私たち刑事法研究者は、少年法適用年齢の引下げに強く反対する。
呼びかけ人(*は事務局)
赤池一将(龍谷大学教授)
石塚伸一(龍谷大学教授)
大出良知(東京経済大学教授)
岡田行雄(熊本大学教授)
川崎英明(関西学院大学教授)
*葛野尋之(一橋大学教授)
斉藤豊治(甲南大学名誉教授)
佐々木光明(神戸学院大学教授)
白取祐司(神奈川大学教授)
*武内謙治(九州大学准教授)
土井政和(九州大学教授)
中川孝博(國學院大學教授)
新倉修(青山学院大学教授)
渕野貴生(立命館大学教授)
服部朗(愛知学院大学教授)
平川宗信(名古屋大学名誉教授)
*本庄武(一橋大学教授)
正木祐史(静岡大学教授)
前田忠弘(甲南大学教授)
前野育三(関西学院大学名誉教授)
松宮孝明(立命館大学教授)
丸山雅夫(南山大学教授)
三島聡(大阪市立大学教授)
村井敏邦(一橋大学・龍谷大学名誉教授)
守屋克彦(元東北学院大学教授)
山口直也(立命館大学教授)
横山実(國學院大學名誉教授)
賛同者
愛知正博(中京大学教授)
浅田和茂(立命館大学教授)
雨宮敬博(宮崎産業経営大学准教授)
甘利航司(國學院大學准教授)
荒木伸怡(立教大学名誉教授)
生田勝義(立命館大学名誉教授)
石田倫識(愛知学院大学准教授)
伊藤睦(三重大学教授)
稲田朗子(高知大学准教授)
上田寛(立命館大学名誉教授)
上田信太郎(北海道大学教授)
植田博(広島修道大学教授)
内田博文(神戸学院大学教授)
内山真由美(佐賀大学准教授)
内山安夫(東海大学教授)
大貝葵(金沢大学准教授)
大藪志保子(久留米大学准教授)
岡本洋一(熊本大学准教授)
春日勉(神戸学院大学教授)
加藤佐千夫(中京大学教授)
金澤真理(大阪市立大学教授)
嘉門優(立命館大学教授)
川口浩一(関西大学教授)
金尚均(龍谷大学教授)
京明(関西学院大学准教授)
黒川亨子(宇都宮大学専任講師)
小浦美保(岡山大学准教授)
古川原明子(龍谷大学准教授)
小関慶太(八洲学園大学公開講座講師)
後藤昭(青山学院大学教授)
小山雅亀(西南学院大学教授)
斎藤司(龍谷大学准教授)
佐川友佳子(香川大学准教授)
笹倉香奈(甲南大学准教授)
佐藤元治(都留文科大学非常勤講師)
澁谷洋平(熊本大学准教授)
白井諭(岡山商科大学准教授)
鈴木博康(九州国際大学教授)
関口和徳(愛媛大学准教授)
高内寿夫(國學院大學教授)
高倉新喜(山形大学教授)
高田昭正(立命館大学教授)
高平奇恵(九州大学助教)
田淵浩二(九州大学教授)
恒光徹(大阪市立大学教授)
寺中誠(東京経済大学非常勤講師)
徳永光(獨協大学教授)
友田博之(立正大学准教授)
豊崎七絵(九州大学准教授)
豊田兼彦(関西学院大学教授)
内藤大海(熊本大学准教授)
永井善之(金沢大学教授)
中島洋樹(関西大学教授)
中島宏(鹿児島大学教授)
永田憲史(関西大学教授)
中村悠人(東京経済大学准教授)
新村繁文(福島大学特任教授)
玄守道(龍谷大学教授)
平井佐和子(西南学院大学准教授)
平田元(熊本大学教授)
福島至(龍谷大学教授)
福田雅章(一橋大学名誉教授)
振津隆行(金沢大学名誉教授)
保条成宏(福岡教育大学教授)
本田稔(立命館大学教授)
前田朗(東京造形大学教授)
松倉治代(大阪市立大学准教授)
松本英俊(駒澤大学教授)
丸山泰弘(立正大学准教授)
水谷規男(大阪大学教授)
緑大輔(一橋大学准教授)
宮本弘典(関東学院大学教授)
村岡啓一(一橋大学特任教授)
村田和宏(立正大学准教授)
森尾亮(久留米大学教授)
森久智江(立命館大学准教授)
安田恵美(國學院大學専任講師)
山﨑俊恵(広島修道大学准教授)
山田直子(関西学院大学教授)
吉弘光男(久留米大学教授)
吉村真性(九州国際大学教授)
ほか、氏名非公表賛同者6名
(2015年8月3日現在、呼びかけ人27人、賛同者87人、合計114人)