2. Study

FROM FIELD TO LAB. FROM DNA TO ECOSYSTEM

DNA上には、生物の進化や生態に関する様々な情報が刻み込まれています。私は哺乳類を対象として、分子系統学、系統地理学、分子進化学、そして生態遺伝学の4つの視点から、哺乳類の進化過程の解明、分子進化、絶滅リスクの評価、そして生態系の解明に関する研究を行っています。

哺乳類の分子系統学

約6,550万年前、宇宙から飛来した巨大隕石がメキシコのユカタン半島に激突した影響で地球環境が大きく変わり、恐竜などの多くの生物が絶滅したと言われています。この一大イベントの前後を仕切る境界はK-Pg境界と呼ばれています。この大量絶滅の後、空白のスペース(餌や生息地)を埋めるように多様化を果たしてきたのが哺乳類です。私は、哺乳類が、地球環境の変遷と共に、どのような時間的・空間的背景の中で進化してきたのかをDNA上に刻まれた情報に基づいて明らかにしたいと考えています。特に、食肉目、齧歯目、真無盲腸目哺乳類の分子系統学的研究を行っています。たとえば、これまでに、レッサーパンダの進化的位置づけを明らかにして、180年以上続いた本種の由来に関する問題を解決するとともに、本種が約3,000万年という非常に古い独自の系統を維持する生き残りであることを明らかにしました(広島市安佐動物公園との共同研究)。さて、ゲノムの時代に突入しました。これから哺乳類の進化についての解釈がどのように塗り替えられていくのか楽しみです。

関連論文・著書

・食肉目哺乳類の分子系統

Sato et al. (2003) Zool Sci 20: 243-264. [イタチ科]

Sato et al. (2004) Zool Sci 21: 111-118. [イタチ上科]

Sato et al. (2006) Zool Sci 23: 125-146. [鰭脚類、イヌ亜目]

Sato et al. (2009) Mol Phylogenet Evol 53: 907-922. [レッサーパンダ、イタチ上科]

Sato et al. (2012) Mol Phylogenet Evol 63: 745-757. [イタチ科]

佐藤 & Wolsan (2012) 哺乳類科学 52: 23-40. [レッサーパンダ、イタチ上科]

Sato (2016) Badgers: Systematics, ecology, behaviour and conservation, pp. 1-30. [イタチ科]

Sato & Wolsan (2022) Small Carnivores: Evolution, Ecology, Behaviour and Conservation. [レッサーパンダ、イタチ科]

・齧歯目哺乳類の分子系統

Suzuki et al. (2003) Biol J Linn Soc 80: 469-481. [アカネズミ属]

Sato & Suzuki (2004) Can J Zool 82: 1343-1351. [トゲネズミ、ネズミ亜科]

Nunome et al. (2007) Zool Scr 36: 537-546. [ヤマネ科]

Suzuki et al. (2008) Biochem Genet 46: 329-346. [アカネズミ属]

Ito et al. (2010) Zool Sci 27 (3): 269–278. [スナネズミ属]

・真無盲腸目哺乳類の分子系統

Sato et al. (2016) Sci Rep 6: 31173. [ソレノドン、真無盲腸目]

Sato et al. (2019) Mol Phylogenet Evol 141: 106605 [真無盲腸目]

・分子系統解析の方法論

Wolsan & Sato (2010) Cladistics 26: 168-194. [イタチ科、アライグマ科]

レッサーパンダの起源解明

Sato et al. (2009 Mol Phylogenet Evol)

キューバソレノドンの起源解明

Sato et al. (2016 Sci Rep)

哺乳類の系統地理学

私たちの身の回りにいる哺乳類。多くは夜行性なので頻繁にみることはありませんが、それぞれの生態系で重要な役割を果たすメンバーです。そもそも日本の哺乳類は、島国である日本にいつどのようにやってきたのでしょうか?DNA上に遺された過去の集団の歴史を推定することで、「何故、そこにいるのか?」を明らかにすることがこの研究の目標です。ニホンテンやクロテンの個別の系統地理学的研究から始まりましたが、Sato (2016)では日本産陸生哺乳類60種余りを対象に、過去の分子系統学・系統地理学的研究をレビューし、大規模な比較系統地理学的な分析を行いました。その結果、「地史」、「競争的排除」、「種選別」、「環境フィルタリング」の4つが日本産陸生哺乳類の分布を形成する重要な要因であることが浮かび上がってきました。生き物がそこにいることには理由があるのです。その理由を理解したいと考えています。

関連論文・著書

・食肉目哺乳類の系統地理

Sato et al. (2009) Zool Sci 26: 457–466. [ニホンテン]

Sato et al. (2011) Mamm Stu 36: 209-222. [クロテン]

Ishida et al. (2013) Acta Theriol 58 (1): 13-24. [クロテン]

Kinoshita et al. (2015) J Mammal 96:172-184. [クロテン]

齧歯目哺乳類の系統地理

Sato and Yasuda (2022) Zool Lett 8: 9 [アカネズミ]

・日本の陸生哺乳類の起源

Sato (2013) ASED 29: 99-114. [イタチ科]

佐藤 (2016) 日本のネズミ, pp. 25-43. [ネズミ科]

    Sato (2016) Species Diversity of Animals in Japan, pp. 49-116.  [日本産全陸生哺乳類]

ニホンテンの系統地理と遺伝的多様性

Sato et al. (2009 Zool Sci)

哺乳類の分子進化学

DNAには、生物のダイナミックな進化の痕跡が刻まれています。ここでは、生き物の進化というよりは遺伝子そのものの進化に焦点を当てています。たとえば、アザラシやアシカなどの鰭脚類の旨味受容体遺伝子であるTas1r1上に、フレームシフト型突然変異やナンセンス突然変異を発見しました。つまり、この遺伝子は偽遺伝子化していたのです。アメリカの研究者が甘味受容体遺伝子についても偽遺伝子化を報告しました。おそらくは鰭脚類は咀嚼をせずに飲み込んで餌を食べるため、味を感じる必要がなくなったのでしょう。生息環境に合わせたゲノムの進化や退化は大変興味深いです。昨今、野生生物を対象にゲノムを解析できる時代になりました。自然選択の検出等、ゲノムの柔軟な進化的応答を明らかにしていきたいと考えています。

関連論文・著書

・味覚受容体遺伝子の分子進化

Sato & Wolsan (2012) Naturwissenschaften 99: 655-659. [鰭脚類]

Wolsan & Sato (2020) J Biogeography 47 (1): 235-249.  [鰭脚類]

Wolsan & Sato (2022) Chemical Senses 47: bjac033. [食肉類]

・ヘモグロビン遺伝子の分子進化

Sato et al. (2006) Genes Genet Syst 81: 201-209. [ハツカネズミ]

Sato et al. (2008) Mamm Gen 19: 155-162. [ハツカネズミ]

Yonekawa et al. (2013) Evolution of the House Mouse, pp. 94-113. [ハツカネズミ]

・毛食関連遺伝子の分子進化

Hosoda et al. (2005) J Hered 95: 607-623. [イタチ科]

Shimada et al. (2009) Genes Genet Syst 84: 225-231. [ハツカネズミ属、イタチ科]

布目ら (2013) 系統地理学~DNAで解き明かす生きものの自然史~ 第7章 pp.183-212.  [日本の哺乳類]

哺乳類の生態遺伝学

現在、地球は第6の大量絶滅の時代にあるといわれています。この大量絶滅には、過去の大量絶滅と比較して大きな違いがあります。それは人の存在です。人による開発は野生生物の生息地を奪い、種の絶滅速度を速めています。今まさに、ヒトと自然との共生のための知見の蓄積とその応用が求められています。これまでに、絶滅の多い島嶼における哺乳類の遺伝的多様性や、森林の分断化がアカネズミの遺伝的多様性に与えた影響について研究を行ってきました。最近では、DNAメタバーコーディング法を利用して、森林や里山の哺乳類の糞を調べることで食性を分析しています。このことで生態系における食物網を明らかにし、私たちと自然との共生のためには、生態系とどのように付き合えばよいのかを考えています。生態系における食物網を網羅的に分析することは、自然共生社会の形成に向けて、重要なテーマになっていくものと考えています。

関連論文・著書

・人工物による隔離が野生哺乳類の遺伝的多様性に与えた影響

Sato et al. (2014) Mamm Stud 39: 1-10. [アカネズミ]

Sato et al. (2020) Mamm Stud 45 (4): 315-325. [アカネズミ、ヒメネズミ、スミスネズミ]

・島嶼の哺乳類の遺伝的多様性に関する研究

Sato et al. (2009) Zool Sci 26: 457–466. [ニホンテン]

Sato et al. (2011) Mamm Stud 36: 209-222. [クロテン]

Sato et al. (2017) Zool Sci 34: 112-121. [アカネズミ]

・野生動物の再導入に関する研究

Proulx et al. (2018) CWBM 7(2): 97-100. [フィッシャー]

・哺乳類の食性に関する研究:メタバーコーディング

Sato et al. (2018) J Mammal 99(4): 952-964 [アカネズミ、ヒメネズミ]

Sato et al. (2019) Mamm Stud 44 (4): 221-231 [アカネズミ]

Sato et al. (2021) Mamm Res 67: 109–122 (2022)  [アカネズミ]

Murano et al. (2023) Mamm Stud 48(4) : 219-229 [ハタネズミ]

Sato et al. (2023) Mamm Stud 48 (4): 245-261 [ヤマネ]

Sato (2024) Mamm Stud (in press) [齧歯類]

野生生物のゲノム分析が可能な時代の到来

第2世代シークエンス技術を用いて、研究をゲノムレベルに発展させ、上記4つの研究をスケールアップすることを試みています。私たちが日常的に感じる動物に関する単純で根本的な疑問に答えていき、そして、私たちの自然に対する適切な向き合い方を提示するというのが私の当面の目標です。 

・哺乳類のゲノム系統学

Sato et al. (2019) Mol Phylogenet Evol 141: 106605 [真無盲腸目]

・哺乳類の食性に関する研究:メタバーコーディング

Sato et al. (2018) J Mammal 99(4): 952-964 [アカネズミ、ヒメネズミ]

Sato et al. (2019) Mamm Stud 44 (4): 221-231 [アカネズミ]

Sato et al. (2021) Mamm Res 67: 109–122 (2022)  [アカネズミ]

Murano et al. (2023) Mamm Stud 48(4) : 219-229 [ハタネズミ]

Sato et al. (2023) Mamm Stud 48 (4): 245-261 [ヤマネ]

Sato (2024) Mamm Stud (in press) [齧歯類]

・系統地理学

Sato and Yasuda (2022) Zool Lett 8: 9 [アカネズミ]

Kinoshita et al. (2024) J Biogeogr 51 (5): 924-939 [クロテン]

アザラシやアシカの旨味受容体遺伝子の偽遺伝子化

Sato & Wolsan (2012 NW), Wolsan & Sato (2020 JB)

ヘモグロビン遺伝子に残る野生ハツカネズミの網状進化の痕跡

Sato et al. (2008 MG)

瀬戸内海島嶼のアカネズミ集団の遺伝的多様性は低下している

Sato et al. (2017; Zool. Sci.)

里山の生態系を解読したい

Sato et al.(2018 JM, 2019 MS)

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