■シューマン: 『ゲーテのファウストからの情景』より
第1曲 庭園の情景「愛らしい天使よ,すぐに私だと分かったのですか」
第2曲 悲しみの聖母像に祈るグレートヒェン「憐れみ深いお顔を,私の苦しみにお向けください」
第4曲より「生命の鼓動が新たに生き生きと打ち始め」
『ゲーテのファウストからの情景』は,ドイツ・ロマン派を代表する作曲家ローベルト・シューマン(1810-1856)が,ドイツの詩人ゲーテ(1749-1832)の戯曲『ファウスト』から象徴的な場面を取り出して付曲した,独唱・合唱・管弦楽のための大作です。
年老いた学者ファウストは人生に絶望していますが,悪魔メフィストフェレスと,死後に魂を売り渡す契約をし,代わりに若さを取り戻します。
ファウストは純真な娘グレートヒェンを見初め,二人の庭園での逢瀬が馥郁たる音楽に彩られて描かれます(第1曲)。グレートヒェンはファウストの子どもを身ごもりますが,未婚の母という良心の呵責にさいなまれ,悲痛そのものの祈りをマリア像に捧げます(第2曲)。彼女は産まれてきた子どもを殺害した罪で処刑され,天に召されます。
自責の念から深い眠りに落ちていたファウストは,雄大な自然の中で目を覚まし,朝陽の照らす山の頂,若々しい緑や,ほとばしる滝の流れを目の当たりにして,新たな生への決意を誓います(第4曲より)。
■シューマン: 歌曲「献呈」「蓮の花」(歌曲集「ミルテの花」より)
シューマンは1840年,この「ミルテの花」の他に「女の愛と生涯」「詩人の恋」「リーダークライス」等,彼の代表的な5つの歌曲集を続々と生み出しました。
「献呈」は,配偶者のクララ・シューマンと結婚する前日に彼女に捧げられた曲と言われております。リュッケルトによる熱烈な愛の詩が高揚感に溢れたメロディーに乗せられて歌われ,シューマン独特の甘美な旋律と華やかなピアノの伴奏パートは,後にシューマンと親しかったリストによってピアノ曲にも編曲されております。
「蓮の花」の,「月は彼女の恋人」と夜の帳に花開く蓮の花を月下佳人に見立てた官能的な歌詞は,ドイツロマン派を代表する詩人,ハイネによるものです。シューマンが歌曲において最も多く歌詞を採用した詩人が,リュッケルトと並んでこのハイネです。
■R・シュトラウス: 歌曲『献呈』
ドイツの後期ロマン派を代表する作曲家,リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の18歳の時の作品『8つの歌』の第1曲で,詩は,habe Dank !(感謝を受けてください!)で結ばれる3つの節から成っています.第1節は,恋人から遠くに離れていて苦しい想いを歌い,第2節は自由にあこがれ大酒飲みだった自分の杯を貴方が祝福してくれたことを想起し,そして第3節は,そのことによって,かつてなく神聖な思いに満ちて貴方の心に忠実となったことへの感謝を献げるものです.
■立原道造作詞・木下牧子作曲 歌曲「夢みたものは…」
作曲者の木下牧子さんが,知り合いの結婚式のお祝いのために作った合唱曲。詩人・建築家の立原道造(1914~1939)は,亡くなる直前にこの歌詞を書いて24歳の若さで夭折しました。立原は「日本の現代詩において,天使のイメージに最も近い存在」とも評されています。当時日本は二・二六事件や満州事変など,暗黒時代と言われていましたが,明るい理想が失われようとした時期に1人ためらうことなく,その青春の思いを美しい言葉に綴り続けたからです。
■プッチーニ: 歌劇『トスカ』第1幕より カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」
ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)の代表作『トスカ』の冒頭で,教会の壁画を描く画家・カヴァラドッシによって歌われるテノールの名アリアです.恋人の歌姫トスカと,教会に祈りに来る女性と,天はそれぞれに美と調和を与えているが,わが心はトスカに,という若々しい恋の歌.しかしこの女性の兄が脱獄し,これをかくまったために,この日の内にカヴァラドッシは拷問を受け処刑されます.処刑の前に歌われる有名なアリア「星は光りぬ」の苦悩と絶望とよい対照をなし,それだけにこの青年と恋人トスカを襲う悲劇の過酷さを,いっそう浮き彫りにする歌となっています.
■ヴェルディ: 歌劇『リゴレット』第1幕より
二重唱「貴族や王子様じゃないほうがいいわ」~「愛とは心の太陽」
『リゴレット』はジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)の中期の三大傑作の一つ。好色なマントヴァ公爵は教会で祈る美しい娘ジルダに出会い,家まで後を付けてきます。ジルダはその青年を公爵とも知らず憧れており,その気持ちを乳母に打ち明けていると,既に乳母を買収して家の中に忍び込んでいた公爵が現れます。ジルダは驚き恐れるものの,身分を貧しい学生と偽って愛を告白する言葉に夢見心地となり,二人は愛を誓い合います。乳母の「誰か来た!」という知らせに,二人は離れがたい思いを歌いながらも公爵は立ち去ります。
■ヴェルディ: 歌劇『椿姫』第3幕より
手紙の朗読「あなたは約束を守られた~アルフレードはお詫びに伺うでしょう」
二重唱「愛しいアルフレード,ああ私のヴィオレッタ」~「パリを離れて」
舞台は19世紀のパリ,社交界の花で高級娼婦のヴィオレッタは,地方名士の息子アルフレードの求愛に真実の愛に目覚め,パリを離れて二人で暮らし始めますが,彼の父の強い反対にあって苦悩のうちに身を引く決心をします。心変わりと誤解したアルフレードが彼女を侮辱して去った後,ヴィオレッタは死の床についてしまったのでした。
アルフレードの父からの手紙を読み返すヴィオレッタ。遅いわ!全て終わってしまったと嘆いていると漸くアルフレードが駆けつけます。彼が自分の浅はかさを詫び,パリを離れてまた二人で暮らせばきっと健康を取り戻せる,これからはお互い片時も離れはしない,と語りかけると,彼女もひととき幸福な未来に思いを馳せるのでした。
■モーツァルト: 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』
第1幕より アリア「カタログの歌」
「これぞ,ご主人の愛の遍歴を記したリストです」従者レポレッロは自分がまとめたカタログを取り出します。そこには,主人のドン・ジョヴァンニがこれまでに手を出した女性のリストが記されているのでした。イタリアでは640人,ドイツでは231人,そしてスペインでは1003人。女とあれば,村娘も伯爵夫人も,娘も老女もお構いなし。そんなドン・ジョヴァンニも,オペラの最後には地獄に落ちてしまうのでした。
第2幕より アリア「あの恩知らずは私を裏切り」
ドンナ・エルヴィーラはドン・ジョヴァンニが唯一結婚した女性ですがたった三日で捨てられてしまい,夫の後を追ってきた後も騙され劇中では幾度となく酷い扱いを受けています。 しかし,このアリアでは「何度裏切られようとも,彼の姿を見ると私の心はときめいてしまう」と,ドン・ジョヴァンニのことを諦めきれない,複雑な女心が描かれています。 最終幕では地獄へ引きずりこまれるドン・ジョヴァンニを入り口まで追い,その後は修道院へ行くと決意する気丈で気品の溢れる情の深い女性です。
■フォーレ: 歌曲「あさやけ」
「あさやけ」はフランスの作曲家フォーレが1884年に作曲した「4つの歌」(Op.39)の第一曲目で,歌詞はロマン・シルヴェストルによるものです。自在に転調していく曲調は,刻々と開けゆく明け方の空の目まぐるしく色を変える様を表現しているようであります。「金のミツバチ」「銀の糸」「銅(あかがね)色の地平線」と歌われる詩の表現も美しく,豊かな色彩が感じられます。
■グノー: 歌劇『ファウスト』より アリア「なんと美しいこの姿」(宝石の歌)
『ファウスト』(1859年初演)は,シャルル・グノー(1818-1893)が,ドイツの文豪ゲーテの劇詩『ファウスト』第1部を題材に作曲した5幕のオペラ。第3幕で,メフィストフェレスの力を借りたファウストからの贈り物の宝石箱を見つけたマルグリートが,宝石を身につけ,鏡にその姿を映して「なんと美しいこの姿」と,恐れと恋に舞い上がる高揚した心を歌うのが,「宝石の歌」です。
■ドニゼッティ: 歌劇『愛の妙薬』
第1幕より 二重唱「アディーナ,一言だけ」,四重唱「アディーナ,信じてくれ」
地主の娘アディーナは村一番の美人で教養豊か,無学で純朴な若者ネモリーノは彼女に恋い焦がれていますが,相手にしてもらえません。村に進駐してきた色男の軍曹ベルコーレに口説かれて満更でもない彼女を見て堪らず呼び止めますが,「私は移り気なの,他に恋人を見つけなさい」と諭されてしまいます。(「アディーナ,一言だけ」)。
ネモリーノは,村に来た薬売りのドゥルカマーラから「愛の妙薬」(実は葡萄酒)を飲んで強気になります。癪に障ったアディーナは,ベルコーレと婚約してしまいます。結婚式は今日,しかし薬の効力は明日。強気から一転して必死で止めようとするネモリーノ。アディーナは怒るベルコーレを宥めながらも,苦しめてやるわと独り言。一方村娘のジャンネッタはご覧,あの単純な男をとあざ笑うのでした(「アディーナ,信じてくれ」)。
第2幕より 二重唱「何て嬉しそうに行っちゃったのよ!」,二重唱「受け取りなさい 私のおかげで貴方は自由よ」
薬の効果を早めるためもう1本飲めとドゥルカマーラに勧められても,もうお金がないネモリーノ。ベルコーレに兵隊に入ればすぐお金が貰えるぞと誘われ,入隊契約書にサインをしてしまいます。「愛の妙薬」をもう1本飲んでウキウキしたネモリーノに,偶然お金持ちの伯父さんの遺産の相続人の話が持ち上がります。掌を返したようにちやほやする村娘たち。アディーナは嫉妬し,ドゥルカマーラは驚きます。ネモリーノが入隊契約金で「愛の妙薬」を手に入れたと知り,アディーナは感動します。心の底ではネモリーノに好意を抱いていたからです。ドゥルカマーラは彼女にも妙薬を勧めますが,アディーナは,私がほしいのはネモリーノだけで,彼も私の魅力には勝てないはずだと自信を持って断るのでした(「何て嬉しそうに行っちゃったのよ!」)。
アディーナは買い戻してきた入隊契約書をネモリーノに手渡してそのまま立ち去ろうとしますが,ネモリーノは愛されないくらいならいっそ兵隊に行って死んだ方がましだ,とつき返します。さすがのアディーナも自分がネモリーノを愛していることを告白し,これまでのむごい態度を詫びるのでした(「受け取りなさい,私のおかけで貴方は自由よ」)。
■ビゼー: 歌劇『カルメン』 第4幕より 二重唱「あんたね!」
妖艶なジプシー女カルメンに魅了され,伍長の地位を投げ捨てたドン・ジョゼ。しかしカルメンの愛は冷め,今は闘牛士に夢中です。ジョゼは闘牛場の外でナイフをかざし復縁を迫りますが,カルメンは従わず,ジョゼにもらった指輪を投げつけます。激昂したジョゼはカルメンを刺殺してしまい,慟哭します。
■コルンゴルト:歌劇『死の都』第1幕より 二重唱「私に残された幸せは」
エーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト(1897-1957)は,ユダヤ系の作曲家で,1920年,歌劇『死の都』の大成功により,世界的名声を確立しました.
19世紀末のブルージュで,パウルは亡妻マリーの遺品に囲まれた部屋で悲しみに暮れていましたが,街で妻に瓜二つの踊り子マリエッタと出会い,マリーへの愛とマリエッタへの欲望の間で揺れ動きます.パウルの求めに応じてマリエッタは,リュートを弾きながら,「私の残された幸せは,誠実な愛の思い出.夕暮れとともに希望は天へと昇って行く」と歌います.パウルも「何と悲しい歌だろう.僕もこの歌を知っている.もっと幸せだった佳き時代に聞いたことがある」と応じ,二人は和して「貴方は一度私の元を去らねばならない.でも信じよう.復活があることを」と,哀切に満ちた旋律を歌い上げます.これは,第一次世界大戦で愛する人を喪った少なからぬ聴衆の心を,捉えて離さない名歌となりました.