■バッハ: 『Bist du bei mir』(あなたが傍にいれば)
『Bist du bei mir』はバッハが年若の妻アンナ・マグダレーナのために書いた『アンナ・マグダレーナの音楽帖』に収録されている曲であるが,実際は後期バロックの作曲家,ゴットフリート・シュテルツェルによるもの.
「あなたが傍にいれば,私は喜びをもって死の平安へと赴きましょう」という歌詞で始まるゆったりとした楽曲は,愛のもたらす充足感に満ち溢れている.その歌われている穏やかで満たされた心情から,結婚式でも歌うことができる数少ない(?!)声楽曲の一つ.
■ドニゼッティ: 歌劇『マリア・ストゥアルダ』より
二重唱「ばら色の光が私に輝いていた日々に」
『マリア・ストゥアルダ』は,『アンナ・ボレーナ』『ロベルト・デヴェリュウ』と並び,女王三部作と呼ばれている.シラーの原作.舞台は1585年イングランド.エリザベス1世の従妹であり,スコットランド女王にしてフランス王妃でもあったマリー・スチュアートの悲劇を描いている.物語の軸はエリザベス1世とマリアの強烈なる対抗意識とライバル心.そしてレスター伯爵をめぐる三角関係.
この二重唱が歌われるのは第三幕第二場.逮捕され,悲嘆にくれるマリアの元に,セシル卿とタルボ伯爵が死刑の命令書を持って入って来る.彼女がセシルを追い返すと,一人残ったタルボは十字架を取り出し,マリアにスコットランドでの不祥事について懺悔させる.タルボはさらに,エリザベス女王に対するバビントンの陰謀に加担したのではないかと問うが,マリアはイギリスで罪になるようなことは何もしていないと潔白を主張する.そして,全ての苦悩から解放されるために死刑を受け入れると言う.
■ドニゼッティ: 歌劇『愛の妙薬』第二幕より
二重唱「女という生き物は…」~「20スクード!」
舞台は18世紀末のバスク地方の田園地帯.地主の娘アディーナは村一番の美人で教養豊か.無学で純朴な若者ネモリーノは彼女に恋い焦がれているが相手にしてもらえない.村に来た薬売りから惚れ薬と称して売り付けられた葡萄酒を飲んで強気にになった彼を見て癪に触ったアディーナは,村に進駐して来た色男の軍曹ベルコーレと婚約してしまう.1本飲み切っても効き目がなくもう1本買おうにも金がないネモリーノが途方に暮れているところにベルコーレが現れ,軍隊にはいれば即金で20スクードもらえると誘う.他に方法はないと意を決して入隊契約書にサインして金を受け取ったネモリーノが,この金にどんな価値があるかお前にはわかるまいと相手を蔑むと,一方のベルコーレは恋敵を配下に取り込んでほくそ笑む.
■高田 三郎: 歌曲『くちなし』
作曲の高田三郎(1913年~2000年)は,愛知県出身で現代日本のクラシック音楽を代表する作曲家の一人.合唱曲など多数の優れた曲を遺している.作詞の高野喜久雄(1927年~2006年)は,詩人でありながら数学者としても活躍した人で,円周率(π)を計算するための新しい公式を導き出したことでも有名.この曲は『ひとりの対話』の1曲,今でも広く歌われている名曲.
■ヴェルディ: 歌劇『ドン・カルロ』第二幕(四幕版)より
二重唱「真夜中に王妃の庭園で」
~三重唱「私の怒りを逃れようとしても無駄です」
ヴェルディ(1813-1901)中期の代表的なオペラ.16世紀のスペイン宮廷を舞台とし,国王フィリポ2世と王子ドン・カルロの相克を軸に,カルロの元恋人でフィリポ2世と政略結婚したエリザベッタ,カルロを愛する女官エーボリ公女,カルロの親友で共にフランドル地方の宗教的解放を願うロドリーゴが絡む,壮大なドラマとなっています.
カルロは父の政略結婚によって恋人を奪われ失意のどん底にいますが,カルロを愛するエーボリ公女はそうとは知らず,真夜中の庭園へ誘う手紙を,名を明かさずにカルロに渡します.手紙の主をエリザベッタだと思ったカルロは,ヴェールをかぶって庭園に現れたエーボリ公女に愛の言葉を熱烈に伝えます.やがてカルロは勘違いに気付き,エーボリ公女も,カルロが愛しているのは王妃だと感付くのでした.嫉妬にかられ激怒したエーボリ公女と,秘密を知られ絶望するカルロ,エーボリ公女をなだめ解決の糸口を探ろうとするロドリーゴの,激しくも美しい三重唱となります.
〈第二部〉
■プッチーニ: 歌劇『トスカ』第一幕より
舞台は1800年のオーストリア支配下のローマ.第一幕.聖アンドレア教会内陣.マグダラのマリア像を製作中の画家マーリオ・カヴァラドッシは,政治犯として投獄され脱獄してきたばかりの旧友アンジェロッティと出会う.そこへ歌姫で画家の恋人トスカがやってきたため,アンジェロッティは急いで妹の婚家であるアッタヴァンティ公爵家の礼拝堂に身を隠す.カヴァラドッシが女性と話していたのではと疑うトスカ.今夜の逢引きの約束をして機嫌を直したのも束の間,描かれた聖女がアッタヴァンティ公爵夫人と瓜二つだと気づき,再び嫉妬の炎を燃やす。彼女に手を焼きながらも,その黒い瞳を賛美し甘い愛の言葉を繰り返すカヴァラドッシ.トスカは彼の言葉にうっとりと浸りながらなお「聖女の瞳は黒くして」と言い残して去っていく.このトスカの嫉妬深さと真正直さが物語を悲劇的結末へと導いていく.
■フォーレ: 歌曲『Mai』(五月)
フランスの作曲家フォーレの最初期(10代)に書かれた歌曲の一つで,甘美なメロディーラインに若かりし作曲者の青春の瑞々しさと,後の大作曲家としての萌芽が煌く作.
詩はミュージカルファンには『レ・ミゼラブル』,そしてオペラファンには『リゴレット』の原作者として知られる,フランスの文豪V. ユーゴー.
「五月はあらゆる花々が咲き,僕たちを誘う/おいで!ずっとずっと君と一緒にいよう.
田園と森と心地の良い木陰や/川面に射し水面に浮かぶ月の光・・・・」
満開の花が匂い立つ春の最中,熱に浮かされた恋人たちが共感し合うあらゆる物事が,詩人ユーゴーの感性を通して語られるこの詩から感じられるのはまさに「恋の昂揚感」.韻を巧みに踏みながら対句を多用して,恋人たちを取り巻く世界の美しさが紡がれていく.
■ヴェルディ: 歌劇『ドン・カルロ』第三幕(四幕版)より
ロドリーゴの死「カルロ,私です~私の最後の日が来ました」
カルロは,エリザベッタとの関係をフィリポ2世に密告され,フランドル地方を巡る父王との対立も尖鋭化して,牢獄に監禁されています.
ロドリーゴはカルロのもとを訪れ,「私の最後の日が来ました」と別れを告げます.フランドル解放の扇動者はカルロではなく自分であると,王や教会に信じさせる工作をしていたのでした.その言葉どおり,彼は王と教会の刺客に銃撃され,フランドル救済をカルロに託して息を引き取ります.
■トスティ: 歌曲『マリア』
トスティは1846年に生まれたイタリアの作曲家です.甘い旋律の歌曲が多数あることで知られています.マリアは1887年に発表されました.タイトルである「マリア」は,実は人の名前ではなく,「魅惑」という意味のイタリア語です.歌詞の中でも,昨年取り上げた「最後の歌」のように,特定の女性の名前は登場せず,女性に魅了された世のすべての男性が感じるであろう心の声が,トスティらしい甘い旋律で歌われています.
■ヴェルディ: 歌劇『椿姫』第三幕より
二重唱「愛しいアルフレード,ああ私のヴィオレッタ」~「パリを離れて」
舞台は19世紀のパリ.社交界の花で高級娼婦のヴィオレッタは不治の病に侵されている.地方名士の息子アルフレードの求愛に真実の愛に目覚め,パリを離れて二人で暮らし始めるが,家名と息子の将来を憂う彼の父の強い反対にあって苦悩のうちに身を引く決心をする.心変わりしたと誤解したアルフレードは公衆の面前で彼女を侮辱して去る.漸く誤解が解け彼が駆けつけ再会を喜び合うが,彼女はすでに死の床にある.彼は自分の浅はかさを詫び,パリを離れてまた二人で暮らせばきっと健康を取り戻せる,これからはお互い片時も離れはしない,と語りかけると,彼女も命の残り火をともすようにひととき幸福な未来に思いを馳せる.しかし残された時間はあまりにも短く,ほどなくして彼の腕の中で息絶える.
■ヴェルディ: 歌劇『アイーダ』第一幕より
二重唱「何かいつにない喜びがあなたの眼差しにありますわ!」
『アイーダ』はヴェルディ後期に作曲され,1871年カイロで初演された,現代でも世界で最も人気の高いオペラのひとつ.第二幕第二場の「凱旋行進曲」は単独でも有名である.
ファラオ時代のエジプトとエチオピア.エジプトの将軍ラダメスは,敵国エチオピアの女奴隷アイーダと愛し合っている.ラダメスは戦争に勝利し凱旋するが,その捕虜の中にはアイーダの父であり,エチオピア国王の身分を隠したアモナズロがいた.アイーダは,アモナズロの密命によってラダメスから軍事機密を聞き出すが,ラダメスは謀反人として捕らえられる.アイーダも地下牢に忍び込み,二人は永遠の愛を誓いながら死を待つ.
今回演奏する三重唱の場面は第一幕第一場。エチオピアの大軍がエジプトに迫ってきたとの知らせに,ラダメスは自らが将軍として出陣することを願い,勝利の暁にはアイーダを娶ることを夢見ている.そこへ,ラダメスに想いを寄せるエジプト王女アムネリスと,次いでアムネリスの侍女をしているアイーダが現れる.ラダメスの態度の変化を怪しむアムネリスと,アイーダとの愛を悟られまいとするラダメス,不安におののくアイーダと三者三様の重唱となる.
■ドニゼッティ: 歌劇『ランメルモールのルチア』第二幕より
六重唱「だれがこの時に私の感情を抑えるのか」
『ルチア』はドニゼッティの代表的な悲劇で,「狂乱の場」と呼ばれるコロラトゥーラの技巧を凝らしたルチアの長大なアリアをはじめ,魅力的なアリアや重唱が数多くあります.
代々対立するレイヴンズウッド家のエドガルドと,アシュトン家のルチアは愛し合っていますが,ルチアの兄エンリーコは,ルチアをアルトゥーロ卿と政略結婚させてしまいます.ルチアとアルトゥーロの結婚式の場に激怒して現れたエドガルド.その姿にルチアは気を失います.それを見たエドガルドは,ルチアの後悔の念を感じ取って怒りをおさめ,自分が未だ彼女を愛していることに気付きます.エンリーコをはじめ,ルチアの親友アリーサや家庭教師のライモンド,その場にいるすべての人がルチアへの同情を歌います.