■ジョルダーノ: 歌劇『アンドレア・シェニエ』
ウンベルト・ジョルダーノ(1867-1948)は,プッチーニやマスカーニ,レオンカヴァルロと同時代のイタリアのオペラ作曲家で,『アンドレア・シェニエ』はジョルダーノがオペラ作曲家としての名声を確立した最高傑作です。フランス革命期に生き,断頭台の露と消えた詩人アンドレア・シェニエと伯爵令嬢マッダレーナの崇高な愛,そして伯爵家の従僕から革命政府の中堅リーダーとなったジェラールのマッダレーナへの愛と革命への忠誠心のせめぎ合いが,ドラマティックに描かれています。
1789年のパリ郊外。コワニー伯爵邸の夜会で,伯爵令嬢マッダレーナは,無口な詩人シェニエが披露した愛の崇高さと憂国の情を情熱的に歌った即興詩に感動する。一方,マッダレーナに思いを寄せる伯爵家の従僕ジェラールもシェニエの詩に感動し,階級社会への不満を爆発させて伯爵家を飛び出す。5年後,ジェラールは革命政府の高官に昇りつめている。マッダレーナは落ちぶれ,革命政府に批判的なシェニエは密偵に狙われているが,二人は監視の目をくぐりぬけて再会し愛を確かめ合う。シェニエは,マッダレーナを探すジェラールによって捕らえられ革命裁判にかけられる。マッダレーナはジェラールのもとを訪れ,シェニエの助命を懇願する。ジェラールは自分の行いを恥じ,シェニエの弁護に回るが受け入れられず,死刑判決が下る。マッダレーナは,ジェラールの計らいで女死刑囚の身代わりとして,シェニエがいる監獄に入る。二人は永遠の愛を誓いながら断頭台へ運ばれていく。
♪第1幕より シェニエのアリア「ある日,青空を眺めて」
コワニー伯爵家の大邸宅でのパーティー。伯爵夫人はシェニエに即興詩を所望しますが,気難しい彼は「詩興が湧かない」と断わります。令嬢マッダレーナは「美貌の自分が頼めば彼は何か言うわ,それも『愛』という言葉を入れて」と友人たちにささやき,シェニエに詩作を依頼します。シェニエが「詩情とは愛のように気まぐれなもので」と言いかけるので,マッダレーナは「予想が当たった」と笑います。シェニエはマッダレーナに,「愛」という言葉を戯れに用いることの非を説き,「貴女は愛をご存じない」と即興詩を朗誦します。詩は,美しい大地と大空の賛美で始まり,やがて貧者を無視する教会,庶民に重税を課する政府,悲惨な社会状況を見ようともしない貴族階級への批判の言葉となります。
■モーツァルト: 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は,ハイドン(1732-1809)やベートーヴェン(1770-1827)と並ぶ,ウィーン古典派の代表的な作曲家であるとともに,今日に至るまで,最高の天才であり,最大の人気を獲得した作曲家です。35年という短い生涯に,管弦楽,室内楽,オペラといったすべてのジャンルに,600を超える作品を残しました。作風は優雅で快活。時折見せる哀しみも,たいへん魅力的です。
『ドン・ジョヴァンニ』は,モーツァルトが台本作家ダ・ポンテと組んだ,いわゆる“ダ・ポンテ三部作”の二番目にあたるオペラで,スペインの貴族「ドン・ファン」の物語です。『フィガロの結婚」』の翌年1787年モーツァルト自身の指揮によりプラハで初演されました。
ドン・ジョヴァンニは稀代のプレイボーイで,これまでものにした女性はイタリアで640人,ドイツで231人,フランスで100人,トルコで91人,そしてスペインでは1003人! このオペラでも3人の女性に言い寄るのです!
二重唱「手を取り合って」では,村の結婚式で見かけた可愛らしい花嫁ツェルリーナを,「私と結婚すれば,運命を変えてやるぞ」と誘惑します。
「酒の歌」は,ツェルリーナの結婚式の参列者たちを,自分の屋敷に招待して酒を振る舞おうという陽気なアリア。実は,飲めや踊れの最中に,自分は,女性のリストに10人ほど書き加えようという魂胆です。
続くセレナード「窓辺においで」は,ツェルリーナとは別の女性に宛てた歌。「セレナード」とは,好きな女性の家の窓の下で奏でる音楽で,この曲もうっとりするような歌詞とメロディですが,歌っているのはドン・ジョヴァンニですよ! どうぞご用心!
■ヴェルディ: 歌劇『トロヴァトーレ』
歌劇『イル・トロヴァトーレ』(Il Trovatore)は,『リゴレット』,『椿姫』と並ぶ,ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)の中期の三大傑作に一つで,全4幕からなるオペラ。原作はスペインの劇作家アントニオ・ガルシア・グティエレスによって書かれた『エル・トロバドール』(El Trovador 吟遊詩人)で,台本はサルヴァトーレ・カンマラーノにより書かれたが,1852年7月に急死してしまい,彼の死後にレオーネ・エマヌエーレ・バルダーレにより補作され,1853年1月19日にローマのアポッロ劇場で初演された。
あらすじ
15世紀初頭のスペイン。アラゴン地方の貴族の家に二人の息子がいたが,弟ガルシアが病弱なことについて,あるジプシーの老婆が嫌疑をかけられ,火炙りにされた。老婆の娘のアズチェーナは復讐しようとこのガルシアを誘拐。老婆の死体の脇には幼い子供の骨が見つかる。兄弟の父,先代当主は悲しみのあまり世を去るが,兄ルーナに弟ガルシアは何処かで生きているから捜すように遺言したのであった。それから20年後。ルーナ伯爵は行方不明の弟を捜し続けていた。アズチェーナに育てられた吟遊詩人(トロヴァトーレ)のマンリーコは,アラゴン王妃女官のレオノーラと互いに愛し合っていた。同じくレオノーラを愛するルーナ伯爵は,マンリーコに決闘を挑む。この決闘でマンリーコが死んだと勘違いしたレオノーラは修道院入りを決意。修道院前でレオノーラを連れ去ろうとするルーナ伯爵の前に,ビスカヤ山麓に潜んでいたマンリーコが現れ,レオノーラと二人で逃げ去る。愛しあう二人が結婚式を挙げようとしていると,ルイスによって,アズチェーナがルーナ伯爵によって火刑にされると知らされる。復讐しようと怒りに燃えたマンリーコは出陣するが,結局ルーナ伯爵にマンリーコは捕えられる。レオノーラは我が身と引き換えに愛するマンリーコの助命をルーナ伯爵に願い,承諾を得ると隠し持っていた毒を仰ぐ。レオノーラは牢獄のマンリーコに命が救われたことを伝えるが,既に毒がまわったレオノーラは息絶える。レオノーラの裏切りを知ったルーナ伯爵は,マンリーコを処刑するが,アズチェーナは,ルーナ伯爵が処刑したマンリーコこそ,20年前に消えた弟ガルシアであると暴露し,復讐を果たす。ルーナ伯爵は恐れおののき,ただ呆然と佇むのであった。
♪第1幕第2場より レオノーラ,マンリーコ,ルーナ伯爵の3重唱
ルーナ伯爵がレオノーラに愛を打明けようと,彼女の居室に行きかける。しかしその時,吟遊詩人の歌が聞こえて来る。その歌を聞きつけて飛び出してきたレオノーラは,暗闇のため吟遊詩人と間違って庭園にいたルーナ伯爵に,「私の愛しい方!」と語りかけ,抱きついてしまう。それを見ていた吟遊詩人が「裏切り者!」と叫ぶので,レオノーラは人違いをしたことに気づいて動揺する。彼の足下に身を投げて人違いをしたことを詫びるレオノーラ。眼の前で自分が愛されていないことを知らされたルーナ伯爵。彼は激怒し,吟遊詩人に名前を名乗らせる。「マンリーコ」と答える吟遊詩人。恋敵がウルジェル派で死刑を言い渡された宿敵でもあることを知った伯爵は,マンリーコに決闘を挑み,マンリーコもそれに応える。そして二人は剣を抜き合い,それを見たレオノーラは気を失って倒れる。この「人違い」は,このオペラの重要な要素であり,真に愛し合う恋人同士ならば暗闇であっても人違いをすることはなく,レオノーラが人違いをしたのは,マンリーコとルーナ伯爵が実の兄弟であることを暗示している。
■プッチーニ: 歌劇『ラ・ボエーム』
『蝶々夫人』『トスカ』と並ぶプッチーニの代表作です。19世紀初頭のパリを舞台に,若くて貧しい芸術家の卵たちの青春群像を,詩人ロドルフォとお針子ミミの悲恋を軸に描いたこのオペラは,現在,最も人気のあるオペラの一つに挙げられます。
1830年頃,パリ・ラテン区の芸術家たちが共同生活を送るアパートの屋根裏部屋。クリスマス・イブ。画家マルチェッロ,哲学者コッリーネ,音楽家ショナールが食事に出かける中,詩人ロドルフォがひとり仕事のため残っていると,階下に住むお針子ミミが蝋燭の火をもらいに訪れ,二人はたちまち恋に落ちるのでした。マルチェッロもクリスマスの街で昔の恋人ムゼッタとよりを戻します。
しかし,幸せな時間は長くは続きませんでした。ミミは肺の病を患っており,貧乏詩人では充分な治療を受けさせてあげることができず,ロドルフォはミミと別れる決意をします。ロドルフォとマルチェッロは屋根裏部屋に戻り,コッリーネとショナールと共に賑やかに騒いでいると,ムゼッタが訪れ,ミミがパトロンを失い重体だと告げます。ミミは残された時間をロドルフォと過ごしたいと屋根裏部屋にやってきます。ミミはロドルフォと想い出話をしながら,息絶えるのでした。
♪第1幕より ロドルフォとミミの場面
「どちら様ですか」「失礼します」
~ロドルフォのアリア「冷たい手を」
~ミミのアリア 「私の名前はミミ」
~ロドルフォとミミの二重唱 「ああ愛らしい乙女」
クリスマス・イヴの夜,街に繰り出す友人たちを先に行かせて,詩人ロドルフォは締め切り間近の原稿書きのため一人屋根裏部屋に残っていたところ,階下に住むお針子のミミが蝋燭の火を借りにやってきます。火をもらって出て行こうとするミミは,部屋の鍵を落としてしまったことに気が付きますが,ミミの蝋燭が風で消え,ロドルフォの蝋燭の火もやがて消えてしまいます。真っ暗な中で鍵を探す互いの手が触れ,ミミにすっかり魅せられたロドルフォは,「何て冷たい手! 僕に暖めさせて」と語りかけ,詩人である自分の生活を話します。
ミミもそれに応えて「私のことをみんなはミミと呼びます,本当はルチアというのだけれど」と自己紹介を始めます。
月の光に映し出されたミミの美しい姿に,ロドルフォが「愛らしい乙女よ,君こそずっと僕が見続けていた夢」と語りかけると,ミミも「すべて愛の命ずるままに」と応え,二人でクリスマスの街へと出かけて行きます。
♪第4幕より ロドルフォとマルチェッロの二重唱
「箱型の馬車に?」~「ああミミ,君はもう戻ってこない」
舞台は第1幕と同じ屋根裏部屋。第3幕の別れから数か月後,ロドルフォもマルチェルロも仕事が手につかず,それぞれが,ミミとムゼッタへの思いを歌います。
■プッチーニ: 歌劇『ジャンニ・スキッキ』
イタリアのオペラ作曲家ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)が作曲した『三部作』の一つ。
『三部作』とは,
「外套」―パリ・セーヌ河に浮かぶ荷物船を舞台にした,ヴェリズモ的な三角関係の末の殺人劇
「修道女アンジェリカ」―尼僧院で修道女が聖母マリアに罪を赦され,昇天するまでを描く神秘劇
「ジャンニ・スキッキ」―大富豪の遺産を巡る騒動と若い男女の恋を,ジャンニ・スキッキが見事に解決する様子を描いた喜劇
のことで,まったく趣向の違った1幕物・3作品を,一晩に上演する想定で作曲されました。
「ジャンニ・スキッキ」の題材はダンテの『神曲』から取られ,舞台は1299年のフィレンツェ。富豪ブオーゾ・ドナーティが亡くなり,遺言に「遺産はすべて修道院に寄付する」と書かれていたために,親族は大騒ぎ。駆り出された知恵者ジャンニ・スキッキが,ブオーゾに成りすまして遺言を書き換えますが,金貨や不動産の行き先は・・・。
有名な「私のお父さん」は,ジャンニの娘ラウレッタのアリアで,富豪の甥リヌッチォとの結婚を認めてくれなければ,ポンテ・ヴェッキオ橋から身投げします,と切々と歌います。
その前に歌われるリヌッチォの「フィレンツェは花咲く木のように」は,中世フィレンツェの発展とそこに集まる芸術家や財界人になぞらえて,ジャンニ・スキッキを朗らかに讃えるアリアです。
そしてジャンニは,遺言を書き換える計画をアリアで滑稽かつ雄弁に語りますが,最後に「これは神への挑戦だ」と言い放つところにつけられた,ゾクゾクするような音楽にもご注目ください。