■ベートーヴェン: 「遥かよりうたえる歌」
ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が39歳の時に、クリスティアン・ルートヴィヒ・ライシッヒ(1784-1847)の4部構成の詩につけた歌曲。第1部では、軽やかな前奏のあと、まだ恋を知らなかった頃の僕の人生は、鶯の鳴く森のように戯れの踊りに満ちていたと明るく歌われる。後奏のあと第2部は少し速くなって、離れている恋人への憧れに満ちて丘に登り、悲しく戻って来る様が語られ、短い間奏を挟んだ第3部は、胸の鼓動を刻むピアノに合わせて胸の高鳴りと、君ほど愛した人はいないという強い思いが高らかに歌われる。間奏なしに続く第4部は、更に速度を増し、恋人よ、早く来て、僕の小屋を神殿とし、僕の女神となっておくれと、強い訴えをもって結ばれる。この第4部で二度、作曲者の ja が挿入されるが、それ以外はベートーヴェンはライシッヒの詩に忠実に寄り添いつつ、その詩想を生き生きとした歌へと紡ぎ出している。交響曲で言えば3番から7番が作曲された中期の「傑作の森」時代に、ピアノとの掛け合いも素敵な、こうした佳品が作られてもいたのである。
■シューマン: 「夜に」
『スペイン歌曲集』(Spanisches Liederspiel) 作品74は1849年、シューマン39歳の時の作品。
詞は同時代のドイツの詩人ガイベル(Franz Geibel)によるスペイン古謡の訳詞で、彼の手による古いスペインの詩のドイツ語訳はシューマン以外の同時代の作曲家たちにも多く採り上げられ、ブラームスやヴォルフらも作品を残している。
シューマンの歌曲と言えば、『リーダークライス』『ミルテの花』『女の愛と生涯』そして『詩人の恋』といった歌曲集の傑作が次々と作曲された1840年が「歌の年」として知られるが、この『スペイン歌曲集』はそれよりもおよそ10年後の1849年の作品である。この年はシューマンがドレスデンで活動していた時代の最末期にあたり、この「ドレスデン時代」のシューマンの作品としては、彼の唯一のオペラ作品である『ゲノフェーファ』(作品81。1848年)、劇音楽『マンフレッド』(作品115。1848-1849年)、『ゲーテのファウストからの情景』(作品番号なし。1844-1853年)といった大作への着手、ピアノ協奏曲(作品54。1845年)、そして『森の情景』(作品48。1848-1849年)、『子供のためのアルバム』(作品68。1848年)といった小品ながらも珠玉のピアノ曲などが挙げられる。
この「夜に(In der Nacht)」は『スペイン歌曲集』の中の第四曲目にあたり、最初はソプラノの独唱によって淡々とした静かな旋律が歌われ、やがてその旋律はテノール(今回はバリトンによる歌唱)へと引き継がれる。フーガの様式で展開される二つの声部は最後に一つに重なり終結する。ホロリとした情緒の漂うピアノ伴奏は派手さはないものの、時折挟み込まれる三連符の揺れなどにシューマンらしい感情の昂りが感じられる。
■R.シュトラウス: 歌劇『影の無い女』第3幕より バラクと妻の二重唱「今,俺の手に委ねられたこと」
リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は,ドイツの後期ロマン派を代表する作曲家で,代表作には交響詩『ツァラトゥストラはこう語った』や歌劇『ばらの騎士』などがあり,大規模な管弦楽を駆使した華麗なサウンドと,心情の機微を表現する描写力が魅力です。
『影の無い女』は,『ばらの騎士』同様,ウィーンの詩人ホーフマンスタールの台本による作品で,作者たち自身,『ばらの騎士』をモーツァルトの『フィガロの結婚』に,『影の無い女』は『魔笛』になぞらえたと言われています。
そのたとえどおり,『影の無い女』は神話の世界が舞台。
東洋の島々を治める皇帝は,霊界の王の娘と恋に落ち,結婚しますが,人間ではない皇妃には「影」がありません。この物語で「影」は,子どもを産むことの象徴です。そして,皇妃が影を得られなければ,皇帝は霊界の王の力で石に変えられてしまう運命なのです。
皇妃の乳母は,人間界の貧しい染物師バラクの妻から影を奪い取る策略を企てます。夫妻には子どもが無く,妻は結婚生活に不満を抱いているからです。乳母は,皇帝には真実を告げずに,皇妃とともに染物師夫妻に近付き,魔力で若者を出現させ妻を誘惑させます。
この行動に気付いた皇帝は皇妃を,不倫に気付いたバラクは妻を,自らの手にかけようとしますが,その瞬間,霊界の力で二組の夫婦は引き離され,皇帝は石に変えられてしまいます。
今回演奏する「今,俺の手に委ねられたこと」は,引き離され,地底の闇の中に捕らわれたバラクと妻の二重唱です。引き離されたことで二人は改めて,互いへの愛を実感し,再び会いたいという想いを切々と歌い上げます。それぞれが歌う独白が自然と調和し,美しいハーモニーを織り成して行く,魅惑のシュトラウス・サウンドをお聞かせしたいと思います♪
オペラはこの後,二組の夫婦が,与えられた「試練」に立ち向かう様子を描きます。皇帝と皇妃,バラクと妻は,『魔笛』で言えば,タミーノとパミーナ,パパゲーノとパパゲーナなのです。
バラク夫妻は地底からお互いを求めて地上へと向かいます。一方,皇妃は,石に変えられた皇帝を目の当たりにさせられ,霊界から「影が得られる魔法の飲み物」を飲むかと迫られます。しかし皇妃は,バラクの妻から影を「奪い取る」ことを拒絶するのでした。すると,この行いによってすべてが許されます。皇妃には影が与えられ,皇帝は人間の姿に戻って,二組の夫婦は再会できるのでした。合唱によって,子宝に恵まれることが象徴的に歌われて,幸福な幕切れを迎えます。
■ドニゼッテイ: 歌劇『ラ・ファボリータ』第4幕より フェルナンドのアリア 「優しい魂よ」
ファヴォリータとは「お気に入り」「愛人」「側室」を意味しますが、権力者の寵愛を受けた女性、寵姫と記述されている解説も見られます。
舞台は1340年スペイン北部の聖ジャコモ修道院。修道士フェルナンドは宮廷の女性レオノーラを恋慕し、修道院長の父バルダッサーレの反対を押し切って兵士として出征します。軍功を収めたフェルナンドは、褒賞として国王アルフォンゾにレオノーラとの結婚を願い出ます。国王はフェルナンドに公爵の地位を与えレオノーラを妻とすることを認めますが、レオノーラは自分が国王の愛人であることを知らないでいるフェルナンドに対して罪悪感に苛まれます。結婚式に現れた父バルダッサーレによってそのことを知らされたフェルナンドは激怒し、褒賞全てを放棄して修道院に戻ります。そして、王妃(フェルナンドの姉)は国王の不実に耐えかねて亡くなってしまい、フェルナンドは悲しみ、祈りを捧げます。その修道院にレオノーラがたどり着き、最後の力を振り絞り、騙すつもりはなかったと許しを請います。心を打たれたフェルナンドは今度こそ愛の生活を願いますが、時既に遅く、安らぎを得たレオノーラはフェルナンドの腕の中で息絶え、フェルナンドの悲しみの絶叫が響き渡ります。
「優しい魂よ」は第4幕で、フェルナンドがレオノーラへの断ち切れない愛の苦悩を「私の夢の中で輝いていた優しい魂は、今はなくなってしまった。偽りの希望よ 心から去れ、愛の幻よ 共に去れ!」と歌うアリアです。
■ドニゼッティ:歌劇『ドン・パスクアーレ』第3幕より エルネストとノリーナの二重唱「愛してるって言って,もう一度」
歌劇『ドン・パスクワーレ』は1843年にパリで初演された全3幕の喜歌劇です。
舞台は19世紀前半のローマ。裕福な独身の老人ドン・パスクワーレは甥のエルネストが自分の勧める縁談を断って未亡人のノリーナと結婚したがっているのに腹を立て、お前には一文も相続させない、この屋敷からも出て行け、そのかわり自分が若い妻を迎える、と宣言します。そこでエルネストの親友の医師マラテスタが一計を案じ、自分には修道院にいる純情な妹がいて絶好の花嫁候補であるとドン・パスクワーレに引き合わせますが、それは実はエルネストの恋人のノリーナの変装でした。気に入ってのぼせあがったドン・パスクワーレはその場で公証人を呼んで結婚してしまいます。その途端に豹変した花嫁は花婿に傲慢な態度をとり、屋敷の主導権を握って使用人の給料を倍増したり、大金で買い物したりし始めます。困り果てたドン・パスクワーレ、今度は何とかして彼女を追い出そうと、彼女が落としていった手紙を読んで逢い引きの現場に乗り込みますが、何と彼女の相手はエルネストでした。そこでノリーナが正体を現し、ドン・パスクワーレは二人の結婚を喜んで認めるのでした。
『愛してるって言って、もう一度』はこの逢い引きの場面で熱愛中のエルネストとノリーナによって歌われる、どこまでも甘く透明感のある二重唱です。
■ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』
第1幕より ドゥルカマーラのアリア「聞きなさい,田舎者たち」
第2幕より ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」
歌劇『愛の妙薬』は1832年にミラノで初演され大成功を収めました。
18世紀末のバスク地方の田園地帯。地主の娘アディーナは村一番の美人で教養豊か、無学で純朴な若者ネモリーノは彼女に恋い焦がれていますが、いつも邪険にあしらわれています。そのうえ軍曹のベルコーレという強力なライバルまで出現します。
そんなネモリーノに救世主が現れます。派手な出囃子とともに村人の前に登場したのは、偉大な医者であり博識の大博士…を自称するドゥルカマーラです。興味津々な村人たちを前に、自分の用いる特別な薬がどれだけ多くの病を治してきたか、喘息、糖尿病、虚弱体質、ヒステリー、若返りからネズミ駆除まで、その効用を次々と並びたてます。そんな万能薬を特別な価格で分けてあげようと言われ、騙された村人が殺到します(ドゥルカマーラのアリア「聞きなさい,田舎者たち」)。それを見ていたネモリーノも惚れ薬「愛の妙薬」として万能薬を買い求めますが、その中身はただのぶどう酒なのでした。
さっそく「愛の妙薬」を飲んでみたものの、インチキがばれる前に村を後にしたいドゥルカマーラからは、効き目が出るのは翌日だと言われていました。そんなことは露とも知らず、アルコールの助けもあって自信のついたネモリーノは、ついついアディーナに対して強気な態度を取ってしまいます。ネモリーノのそんな態度に苛ついたアディーナは、あてつけにベルコーレの求婚を受けてしまいます。焦ったネモリーノは妙薬をもう1本買うお金欲しさに、ベルコーレの誘いに乗って軍隊にはいる決心をします。彼が自分のために入隊したと聞いて彼女の心に変化が起きます。彼におじの遺産が転がり込んだという噂が立ち、村娘たちが彼にすり寄る光景を見てアディーナは、自分でも思いがけなく嫉妬の涙を一粒こぼします。それを見たネモリーノは、彼女は自分を愛してくれている、もうこれ以上何を望むことがあるというのか、と歌います(ネモリーノのアリア「人知れぬ涙」)。数あるオペラアリアの中でも有名な曲で、聞き覚えがあるという方も多いのではないでしょうか。憂愁を帯びたメロディから失恋の歌と思われがちですが、実はその逆なのです。ここまで三枚目的な役回りだったネモリーノがこの場面だけは一転超正統派二枚目に変身するところがオペラの面白みでもあります。
すっかりモテ男になったネモリーノは無事にアディーナと結ばれ、ドゥルカマーラのインチキ薬も効き目抜群の「愛の妙薬」ということで落ち着き、幕となります。
■レオンカヴァッロ: 歌劇『ラ・ボエーム』第3幕より マルチェッロのアリア「ミュゼッテ! 私の最愛の人よ!」
今回の演奏会では、プッチーニの『ラ・ボエーム』の第3幕を演奏致しますが、レオンカヴァッロの同名のオペラ『ラ・ボエーム』の同じ場面(このオペラでも第3幕ですが)では、テノールのアリアが歌われます。レオンカヴァッロの『ラ・ボエーム』ではテノールがマルチェッロとなっています。対比してお聴き戴ければと思い、取り上げてみました。
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(1857-1919)はイタリアのオペラ作曲家・台本作家で、彼の代表的なオペラには、ヴェリズモ・オペラの代表作の一つとして知られる、オペラ『道化師 (Pagliacci)』(1892年、ミラノ初演)があります。
オペラ『ラ・ボエーム』(La Bohème)の原作はフランスの劇作家アンリ・ミュルジェールの小説『ボヘミアン達の生活情景』という青春群像の物語です。
今日では、『ラ・ボエーム』というと、ジャコーモ・プッチーニ(1858-1924)のオペラが大変よく知られていますが、『ボヘミアン達の生活情景』のオペラ化への構想はレオンカヴァッロが考え、『ラ・ボエーム』の台本を書き、親交の良かったプッチーニに自ら書いた台本への作曲を勧めました。しかし、プッチーニは興味を示さなかったため、レオンカヴァッロが自ら作曲を開始することとなります。一方、プッチーニは、この題材に対してイリッカとジャコーザに台本を書かせて、秘密裏に『ラ・ボエーム』の作曲を始めます。プッチーニが『ラ・ボエーム』の作曲をしていることが、レオンカヴァッロに知れた時、彼はプッチーニに対して烈火のごとく激怒し、以後、二人は犬猿の仲になったと言われています。プッチーニの『ラ・ボエーム』は1896年トリノのテアトロ・レージョで初演され、徐々に各地で公演され評価を得ていきました。一方、レオンカヴァッロの『ラ・ボエーム』を初演されたのは、翌年の1897年ヴェネツィアのヴェニーチェ座でしたが、この時には既に、プッチーニの『ラ・ボエーム』の評価は決定的となっており、その評価を上回ることが出来ず、今日に至るまでほとんど上演されることの無いオペラとなっています。
レオンカヴァッロの『ラ・ボエーム』は4幕で構成されるオペラで、1837年12月24日1838年の12月24日のパリが舞台になっています。
主な登場人物は以下の通りです。
マルチェッロ(画家:テノール)
ロドルフォ(詩人:バリトン)
ショナール(音楽家:バリトン)
コッリーネ(哲学者:バリトン)
ミミ(花売り:ソプラノ)
ミュゼッテ(お針子、プッチーニの『ラ・ボエーム』でのムゼッタ:メゾソプラノ)
エウファーミア(洗濯女、ショナールの恋人:メゾソプラノ)
パオロ子爵(バリトン)
バルベムッシュ(作家・家庭教師:バス)
ガウデンツィオ(カフェモミュスの主人:テノール)
デュラン(管理人:テノール)
プッチーニの『ラ・ボエーム』ではミミとロドルフォの恋人二人に焦点が当てられ、青春の愛と哀しみが表現されているのに対して、レオンカヴァッロの『ラ・ボエーム』は、原作に忠実に、それぞれのボヘミアンたちの青春群像を生き生きと表現し、そこにミミの死という悲しみが花を添えている悲喜劇となっています。
原作ではミミは浮気な女性となっていますが、プッチーニはミミの奔放な性格を取り去り、自分好みの可愛い女性に作り変え、また、ムゼッタをより艶っぽくしています。
物語もプッチーニの『ラ・ボエーム』とはやや異なります。
あらすじ
第1幕 カフェモニュス
ショナールがカフェの主人ガウデンツィオの苦情を我慢強く聞いている。そこへ、マルチェッロ、ロドルフォ、コッリーネ、エウファーミアが登場。そのあと、ミミが友達のミュゼッテを連れてきて、「ミュゼッテは愛らしい唇で甘い歌を歌う。」と紹介し、ミュゼッテは「ミミ・ピンソンは金髪の可愛い娘・・・・・・」と歌います。マルチェロはミュゼッテに一目惚れします。食事の勘定書を見て一大事であることに気が付いたロドルフォは、ショナールにガウデンツィオと交渉するように言い、ショナールはガウデンツィオと勘定の交渉をしますが、ついには言い争いになってしまいます。まさに一触即発になりそうになったその時、芸術を愛する作家で子爵パオロの家庭教師のバルベムッシュが現れ、彼らの勘定をする言い出します。しかし、マルチェッロ、ロドルフォ、コッリーネ、ショナールは納得しません。そこで請求書を賭けたショナールとバルベムッシュとのビリヤードの試合となります。ビリヤードの試合の傍らで、マルチェッロはミュゼッテに、「肖像画を描かせて欲しい・・・・・・」、「君への愛に満ちている・・・・・・」と口説いています。ビリヤードの勝負はバルベムッシュが負けて勘定をしたところで、真夜中の鐘が鳴り、一同、「クリスマスだ!」と喜びます。
第2幕 ミュゼッテ家の中庭
マルチェッロとの仲がバレてしまい、パトロンから援助を打ち切られ、家財道具が運びだされてしまうミュゼッテ。そこで、マルチェッロは「自分の貧しい屋根裏部屋に来て、僕の心を元気づける歌を歌って欲しい・・・・・・」と情熱的に語りかけます。ミュゼッテは感動し、喜んでマルチェッロの誘いを受け入れます。今日がパーティを催す日だったことを思い出したミュゼッテは思い悩んでしまいます。そこへ家賃の払えないショナールと詩が売れてお金を手にしたロドルフォがやってきて、詩が売れたお金で中庭でパーティを催すことになります。ミミ、パオロ子爵、エウファーミア、通りがかりの群衆もパーティー加わりボヘミアン讃歌を歌い、ミュゼッテはワルツを、ショナールとロドルフォはピアノを弾きながら歌って賑やかに時が過ぎて行きます。皆が楽しんでいる中、パオロ子爵はミミを口説き、贅沢な生活を語ってミミを誘惑します。ロドルフォとの愛の間で葛藤するミミ。パーティーは夜中まで続き、賑やかなことに腹を立てた近所の人々が苦情を訴え騒動となります。この騒動の隙に子爵はミミを連れてパーティーを抜け出し、デュランからミミが子爵と出ていったことを聞かされたロドルフォは呆然とするのでした。
第3幕 マルチェロの屋根裏部屋
エウファーミアと別れたショナールはマルチェッロと街へ金策に出て行きます。ミュゼッテは「もう貧乏な暮らしには絶えられない。」と、マルチェッロとの別れを決意して手紙を書きます。そこへ、「ロドルフォのことを愛してる、謝ってロドルフォに心を捧げたい。」とミミがやって来ます。「マルチェロのことを愛してるけれども、空腹が私を痛めつける。」と愛と貧困の狭間の気持ちを熱く語るミュゼッテとミミの二重唱となります。ミミが隣のロドルフォの部屋に行こうとした時、マルチェッロが帰ってきます。マルチェッロと顔を合わせたくないミミは衝立の陰に隠れます。ミュゼッテの別れの手紙を見たマルチェッロは怒りだし、扉から出ていこうとするミュゼッテを追いかけて殴りかかろうとします。驚いたミミは衝立を倒して飛び出し、ミミを見たマルチェッロは大笑いしてロドルフォを隣の部屋から呼び出し、「この御親切なミミ様が、ミュゼッテのパトロンを御紹介するそうだ。」と言います。部屋から出て来たロドルフォは、「これはどうも。大変な名誉なことですね、子爵夫人殿。」と冷たく挨拶をすると、絶望的になって縋るミミを振り払い、再び部屋に戻ってしまいます。泣きながら部屋を後にするミミ。ミュゼッテも荷物をまとめて寂しげに部屋を出て行きます。残されたマルチェロは、「本当に出ていってしまったのだろうか?もう二度と胸に抱くことや小さな白い手にキスをすることは出来ないのだろうか?・・・・・・」と空虚な部屋を眺めて嘆いて歌います。
第4幕 ロドルフォの屋根裏部屋
クリスマスイヴ。マルチェッロとロドルフォは1年前のカフェ・モミュスでのことを回想しています。マルチェッロは、「ミュゼッテに『すぐに帰って来て欲しい。』と手紙を書いたところ、『喜んでもう一度戻ります。』と返事をくれたが、7日経っても来ない。」と嘆き、ロドルフォに「死んだ恋なんか帰ってこないさ!」と窘められます。マルチェッロ、ロドルフォ、ショナールの3人がまさに夕食を食べ始めようとしたところ、突然扉が開いて、蒼白で憔悴しきった、みすぼらしい身なりのミミが現れます。「私、放り出されてしまって、どこにも行くところがないの。今夜だけでもいいからここにおいて欲しいの。」「子爵に捨てられ、働きに出たけれども収入が悪く、貧困が襲い、しまいには病に倒れて、20床しかない聖ルイージ病院に1か月間入院していたの。満床になって出されて10日になるわ。お医者さまはもう完全に治ったと仰有ったけれど、いつも咳込むの。」とミミは話します。はじめは壁の方を向いていたロドルフォは、たまらなくなってミミに駆け寄り、抱きしめます。そこへミュゼッテが「ミミ・ピンソンは金髪の可愛い娘・・・・・・」と歌ながら帰って来ます。重い雰囲気と椅子にもたれ掛かって座っているミミの姿を見て、状況を察したミュゼッテは、腕輪と指輪をショナールに渡し、医者と薬を、と頼みます。ミミはミュゼッテに、「あなた達はとてもいい人ね、でももう遅いの。」と言うと、ミュゼッテは「ロドルフォが悲しむのが分からないの。ロドルフォを見てご覧なさい。」と感極まって必死に励まします。ミミは、「死にたくない、ロドルフォが私への愛を取り戻してくれたの。ロドルフォが私を治してくれるはずよ・・・・・・。」と語り、ロドルフォは「神様が僕から君を引き離す様な無慈悲なことはなさらないよ。」とミミに語りかけます。ミミは、去年の楽しかったクリスマスのことを思い出しながら、ロドルフォに別れを告げ、「クリスマス!・・・クリスマス!・・・」と消え入るような声で呟き、息を引き取り幕となります。
対訳
ミュゼッテ!私の最愛の人よ!
君がここから離れてしまったのは本当だろうか?
僕が君を追い出してしまったのは本当だろうか?
そして君をこの胸に、二度と再び抱くことはできないのだろうか!
愛しい頭は僕の枕の上に、二度と再び幸せそうに休みに来ることはないのだろうか!
僕の胸で暖めたあの小さな手に、二度と再びキスをすることは出来ないのだろうか!
愛し合った日々のあの陽気な歌、君の声の木霊も遠くに飛び去ってしまった。
部屋は静まりかえり、僕の孤独になった心は、失ってしまった日々に疲れ切って泣いている。
失ってしまった日々に。
■モーツァルト: 歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』第1幕より 六重唱「美しいデスピーナに君たちを紹介しよう」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)は,ハイドン(1732-1809)やベートーヴェン(1770-1827)と並ぶ,ウィーン古典派の代表的な作曲家であるとともに,今日に至るまで,最高の天才であり,最大の人気を獲得した作曲家です。35年という短い生涯に,管弦楽,室内楽,オペラといったすべてのジャンルに,600を超える作品を残しました。作風は優雅で快活。時折見せる哀しみも,たいへん魅力的です。
歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』は1790年に初演されたモーツァルトのオペラ・ブッファ(喜劇オペラ)です。『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』に引き続き,ロレンツォ・ダ・ポンテの台本に作曲されました。タイトルの"Così fan tutte"(女はみなこうしたもの)は『フィガロの結婚』に出てきた台詞で,「女性の貞節はあてにならない」ことを意味しています。「女性の貞節」を主題にした「喜劇オペラ」とは・・・。
舞台は18世紀ナポリ。青年士官フェッランドとグリエルモは,老哲学者ドン・アルフォンソの「女性の貞節はあてにならない」という言葉に反発。自分たちの恋人フィオルディリージとドラベッラの姉妹は浮気なんかしない,と言って,賭けをすることになります。二人は戦場に旅立つふりをし,異国の貴族に変装して互いの恋人を口説こうというのです。
今回演奏する「美しいデスピーナに君たちを紹介しよう」は,ドン・アルフォンソ,姉妹の小間使いデスピーナ,異国の貴族に変装したフェッランドとグリエルモ,そしてフィオルディリージとドラベッラによる六重唱。ドン・アルフォンソはデスピーナを金で賭けの味方に付け,“異国の貴族たち”を「姉妹の崇拝者」として姉妹への取り次ぎを求めます。“異国の崇拝者たち”は姉妹に熱烈なラブコールを送りますが,姉妹は「自分たちは許婚のある身,なんて厚かましい男たちなの?」と怒りをあらわにします。それを見て,フェッランドとグリエルモは「自分たちの恋人は貞淑だ」と安心し,アルフォンソとデスピーナは賭けの行方が怪しいと不安がります。
オペラはこの後,“異国の崇拝者たち”の猛烈な求愛やデスピーナの入れ知恵に,姉妹の心は動揺し始め,ついに姉妹は新しい愛を受け入れてしまいます。絶望する恋人たちを,老哲学者が「女はみなこうしたもの」と慰め,恋人たちはお互いの誠実さを誓って元の鞘に納まり,めでたしめでたしで終わります。
■ヴェルディ: 歌劇『椿姫』第1幕より ヴィオレッタのアリア「ああ,そはかの人か~花から花へ」
『椿姫』は、イタリア・オペアの代表的作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)がアレクサンドル・デュマの原作小説に基づき作曲した代表作の1つです。
パリ社交界の花ヴィオレッタは、青年アルフレードの情熱的な愛の告白に初めての恋を知ります。
「ああ、たぶんあの方なのよ、秘かな彩りで胸に描いていたのは。
彼なんだわ、私を愛に目覚めさせたのは。」と愛の予感と不安に震え、
「どうかしてる、自分がすべきは享楽に溺れ死んでいくこと、いつも自由で、
新しい楽しみから楽しみへ想いを馳せること」と言い聞かせます。
その後、パリ郊外で二人で暮らし始めるものの、妹娘の縁談を心配する彼の父親ジェルモンの反対に泣く泣く身を引く決心をします。本心を誤解したアルフレードが夜会の席で彼女を侮辱し去った後、孤独な病の床についていたヴィオレッタのもとへ、事実を知った彼が駆けつけて謝罪し、二人の未来を誓いますが、彼女は彼の将来の幸せを祈って息を引き取るのでした。
■プッチーニ: 歌劇『トスカ』第1幕より カヴァラドッシのアリア「妙なる調和」
原作はフランスの劇作家ヴィクトリアン・サルドゥーが、名女優サラ・ベルナールのために書いた戯曲『ラ・トスカ』。プッチーニによるオペラは全3幕、1900年にローマで初演されました。
舞台は1800年6月、オーストリア支配下のローマ。画家カヴァラドッシは、脱獄した政治犯のアンジェロッティをかくまった罪で捕らえられます。
警視総監スカルピアは、カヴァラドッシの恋人で歌姫のトスカを我が物にしようと企み、彼女の面前でカヴァラドッシを拷問します。
「彼を助けて!」と懇願するトスカに、スカルピアは「美しいご婦人には,自分を金で売ったりはしない。私は歌姫への恋に苦しんできたのだ」と言って、トスカの身体を要求します。
追い詰められたトスカはアリア「歌に生き,愛に生き」で、「これまで芸術と信仰に生きてきたのに、なぜ今、このような苦悩をお与えになるのですか」と神に訴えます。
この後、トスカはスカルピアから、カヴァラドッシを空砲による見せかけの銃殺刑とする約束を取り付け、国外逃亡のための出国許可証を手にし、「これでお前は俺のものだ」と言うスカルピアを、卓にあったナイフで刺し殺します。
一方、見せかけのはずの銃殺刑はスカルピアの計略により実弾が込められており、カヴァラドッシは処刑されてしまいます。
絶望したトスカも、追手の迫る中、処刑場となったサンタンジェロ城の屋上から身を投げるところで幕となります。
「妙なる調和」は第1幕で画家のマリオ・カヴァラドッシが、描いている教会壁画の中の女性(金髪で青い目)と恋人のフローリア・トスカ(茶髪で黒い目)を比較しつつ、芸術はその神秘の中で、異なる美を溶け合わせ、青い目の女性を描いていても、自分の思いはトスカだけと愛を込めて歌う情熱的なアリアです。
■プッチーニ: 歌劇『トゥーランドット』第3幕より カラフのアリア「誰も寝てはならぬ,か」
カルロ・ゴッツィの寓話劇に基づき、ジュゼッペ・アダミ、レナート・シモーニが台本を担当し、ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)が作曲した全3幕のオペラ、《Turandot》は、中国の北京が舞台である。氷のように冷酷な姫トゥーランドットは、求婚者に三つの謎を出し、それを解けなかった求婚者をみな処刑してきた。しかしここに、タタール国の王子カラフが現れ、謎を解く。それでも、姫はカラフとの結婚に難色を示すので、カラフは自分の名前を夜明けまでに当てれば、命を捧げようと申し出る。ただし、名前を解き明かせなかったら、カラフとの結婚を姫は承諾しなければならない、と。そこで冷酷な姫は国民に対し、この男の名を解き明かすまでは誰も寝ることを禁じ、もし解き明かせなかったら、皆殺しにすると言う。
第3幕は夜の時点から始まる。カラフは一人、宮殿から月に照らされた庭に出る。そこでトゥーランドット姫のお触れを聞く。そこで、≪姫君は、誰も寝てはならぬ、とお触れを出したが、今ひとりで、愛と希望に打ち震える星々を見ていることだろう。誰も自分の名前を知らない。早く夜が明けよ、私が勝利するのだ≫と、ハイHにまで上り詰めるこの劇的なアリアを歌うのである。
なおカラフに思いを寄せる女奴隷リューがこの後引き立てられてきて拷問に合う。彼女は、耐え切れず王子の名前を言ってしまうことを恐れ、自殺する。トゥーランドットはそうした犠牲の死も辞さないリューの愛を目の当たりにして、氷のような心を溶かせていくこととなる。プッチーニはこのリューの死の場面まで作曲して病に斃れ、第3幕フィナーレは草稿に基づいてフランコ・アルファーノが完成させた。リューの死を忘れたかのようにカラフとトゥーランドットの愛の二重唱で盛り上がるアルファーノ版に対し、最近はもう少し静謐な終わり方をするルチアーノ・ベリオ版(2001)で上演されることもある。
■プッチーニ: 歌劇『蝶々夫人』第1幕より ピンカートンと蝶々夫人の二重唱「魅惑のまなざしに満ちた少女よ,今,君はすっかり僕のものだ」
1895年頃、長崎の山手にある1軒の家の庭では、アメリカ海軍士官ピンカートンが、結婚仲買人ゴローにこれから住む家の説明を受けながら、妻となる蝶々さんを待っている。そこへ、アメリカ領事官のシャープレスが丘を登ってきて、「運を天にまかせて錨をおろし、どこの国でも美人を手にいれる」と野望に満ち、蝶々さんとの結婚もアメリカに戻るまでのものだと語るピンカートンを、本気で愛して信じきっている蝶々さんに、罪作りな真似は慎むようにたしなめる。
やがて、幸せを歌った声を響かせ、蝶々さんや友人が丘を上がってくる。ピンカートンやシャープレスは、彼女が良家の出であり、落ちぶれて芸者になったという身の上や、まだ15歳であることを聞き、驚きく。ほどなくして神官や役人、親類も到着して、めでたく祝福に満ちた結婚式を終えるも、ピンカートンへの愛ゆえに、家族や僧侶のボンゾに内緒でクリスチャンに改宗していたことが、皆に知られてしまい、蝶々さんは勘当されてしまう。
蝶々さんは泣き崩れるが、ピンカートンに「美しい瞳の乙女よ」と励まされ、彼さえいれば幸せだと気をたてなおす。二人で庭に降り立ち、美しい夜に、変わらぬ愛を祈る蝶々さんと、そんな彼女を強く抱くピンカートンが、愛を謳歌して、第1幕を終える。
■プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』第3景より 二組の恋人の別れの場面
マルチェッロとミミ「ミミ?!」「ここであなたに会えると思ったので」
~ロドルフォとマルチェッロ「マルチェッロ,今なら誰にも聞かれないで済む」
~ミミのアリア「さようなら,あなたの愛の呼ぶ声に」
~ロドルフォ,ミミの二重唱「本当に終わりなんだね」
~マルチェッロ,ムゼッタ,ロドルフォ,ミミの四重唱「何を話してた?!」
ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)は,ヴェルディと並ぶイタリア・オペラの代表的作曲家です。
『ラ・ボエーム』は『トスカ』,『蝶々夫人』などとともに,今日でも最も多く上演されています。
舞台は1830年代のパリ。詩人ロドルフォとお針子ミミの悲恋物語を軸に,貧しいながらも自由奔放な芸術家の卵たちの青春群像が生き生きと描かれています。
第3景はアンフェール門の前。
♪マルチェッロとミミ
「ミミ?!」「ここであなたに会えると思ったので」 近くにある酒場でロドルフォの友人のマルチェッロは絵描きとして雇われ、恋人のムゼッタと暮らしています。そこへミミがロドルフォを探して訪ねて来ます。ミミは泣きながら、今朝ロドルフォが突然僕たちはもう終わりだと言って飛び出していったのと語り、マルチェッロ、助けてと頼みます。ロドルフォはさっき店にやってきて今は眠っているのです。マルチェッロはミミに,ここで喧嘩になるのはまずいから,一度家に戻るように諭します。
♪ロドルフォとマルチェッロ
「マルチェッロ、今なら誰にも聞かれないで済む」
目を覚ましたロドルフォが酒場から出てきてマルチェッロにミミと別れる決心をしたと語りますが,これをミミは物陰に隠れて聞いています。最初はミミを悪く言っていたロドルフォですが、マルチェッロに「本当のことを言っているとは思えない」と言われると、ようやく,ミミが酷く病んでいるのに、自分はろくな治療も受けさせてやれず,辛くてならないと話します。ミミは思わず泣きだし、ロドルフォはミミがいたことに気づきます。酒場の中からはムゼッタの嬌声が聞こえ、嫉妬心を燃やしたマルチェッロは酒場に飛び込んでいきます。
♪ミミのアリア「さようなら,あなたの愛の呼ぶ声に」
ミミはロドルフォの元を去ることを決め,出会った日に買ってくれたあのピンクのボンネット、もしよかったら二人の愛の思い出にとっておいてね,と話します。
♪ロドルフォとミミの二重唱「本当に終わりなんだね」
二人は春になったら別れようと語り合います。
♪マルチェッロ,ムゼッタ,ロドルフォ,ミミの四重唱
「何を話してた?!」
そこへマルチェッロとムゼッタが酒場から出てきます。二人は口喧嘩の末、お互いを罵りながら別れることになります。一方,離れがたいミミとロドルフォは,花の季節に別れましょうと語り合いながら去っていくところで第3景の幕が下ります。