やわらかい手

やわらかい手

私はこういう映画はあんまり見ないのよ。ホラーとかSFとかサスペンスとかアクション専門だから。そりゃあ今のマリアンヌ・フェイスフルはホラーだけどさ、あ~どすこいどすこい。そりゃあストーリーはSFですけどさ、性風俗。もちろんサスペンスにもふくれている・・じゃない、あふれている。どうしたのおっしゃい!絶対言わないわ!秘密をめぐっての攻防。アクションは・・あの体形でアクションやったらすごいだろうな、ひねりつぶされる(何が?)。若い頃の二倍はあるんじゃないの?もっとも今はだいぶやせたらしいが(病気・・乳ガンのせい?)。私が見に行ったのはもちろんフェイスフル目当て。若い頃の彼女はフランス人形みたいだった。細くて、でも胸は大きくて、サラサラのブロンドで目がちょっと垂れていてまつ毛が長くて(つけまつ毛だから当然だが)、どことなく悲しそうな感じ。唇のはしがちょっと上がっていて、いつもほのかに笑っているように見える。ハスキーボイスが彼女のトレードマークらしいが、若い頃はこもったような、フィルターのかかったような独特の声。そんなにうまいというわけでもなく、たんたんと歌う。「ディス・リトル・バード」とか「スカボロー・フェア」とかラジオでよく聞いた。ドロンと共演した「あの胸にもういちど」は私の住んでいたところでもかかった。見なかったけど(当時は年に一度くらいしか映画は見なかった。ドロンには全く興味はなく、「ナポレオン・ソロ」とか見るくらい)、夕方のテレビ番組で紹介しているのをたまたま見た。かなり詳しく紹介していて、途中で画面が変わるとか何とか。だいぶたってからテレビで深夜やったのを見たが、その時やっと画面がどうなるのかわかった。ここぞという場面(つまりラブシーン)になると、サイケ調になって何がどうなっているのやら。特に男性は思うんじゃないの?余計なことするな~ちゃんと見せろ~。作り手としてはどうだ芸術的だろう、才能にあふれているだろう・・って鼻高々なんだろうな。話を戻して「やわらかい手」だけど、公開してだいぶたってからシネパトスでもやり始めたので見ることができた。客足はまあまあ。こんではいないけどガラガラでもない。ごく普通の中年の未亡人マギーがフェイスフル。孫のオリーは難病(心臓病か?)。

やわらかい手2

両親(つまりマギーの息子トムと嫁のサラ)は金の工面や看病で疲れきっている。気持ちはささくれ立ち、その一方で絶望や無気力に陥っている。マギーは家を手放した。自分にできることがあれば何でもしてやりたい。サラにつんけんされても怒らない。彼女の苦悩がわかるから。何とかしたいと歩き回るマギー。銀行もだめ、職安もだめ。特別な技能もなく年齢もいっている。偶然見たのが接客係募集の張り紙。でもその接客とは・・。マギーの感覚ではウエートレスみたいなことで・・でももちろんそういう仕事ではなくて・・。ストーリーから見て人情コメディーかな?と思っていたが実際は・・とにかく暗い。画面も暗いけどマギー一家の置かれた状況が暗い。音楽も暗い。気が滅入るような・・。イギリスと言えば手厚い社会保障ではなかったのか。今は違うのか。トムには職もないようだし。さて、「接客」の意味にとまどうマギー。その接客がだめでも別の接客もある。一度は断るが早くお金を作らないとオリーは死んでしまう。治療は何とか無料でやってもらえそうだが、オーストラリアまでの交通費や滞在費は自己負担。えッロンドンで治療するんじゃないの?オーストラリア?そんな大金どうやって・・。フェイスフルは不思議な女優だと思う。絶望的な状況だというのにほんの少しだけ余裕がある。追いつめられているけどあと少しは大丈夫。フェイスフルの実体験(麻薬中毒・路上生活)にくらべればマギーはまだそこまでいっていない。彼女の過去をパンフで読んだ人はそう思うかもしれない。でも私には彼女の体形が大きく関係していると思う。どでーんとしていて動きがゆっくりだ。力も強いに違いない。おばさんは・・おばあさんは・・意外に腕力がある。育児で子供を(介護で老人を)抱いたし、一週間分の買い物もするし。バーゲンの時は腕力(あるいは握力)が明暗を分ける!いやとにかくマギーのあの体形と体力なら大丈夫。一週間くらい食べなくても平気だろう。やせてカリカリいらだってるサラとは対照的。そんなわけでこの映画には不思議な明るさがある。太陽の下の明るさではなくくもった日のぼんやりとした明るさ。雨が降っていないだけマシ・・みたいな。雇い主のミキはゲームばかりしている。若い頃はがむしゃらに働いたけど、今はちょっと余裕が出てきた。

やわらかい手3

そろそろ引退を・・なんて考えてる。マギーのおかげで店はうるおうが、ディヴという男が目をつけ、自分の店に好条件で引き抜こうとする。彼は仕事熱心だと思う。そのうちミキは追い越されるだろう。でもマギーはミキの店にとどまる。ミキは最初提示した報酬をくれなかった。彼にあかんべーをするマギーがかわいい。彼女は怒ったとしても声を荒げたりしない。いつもひっそり遠慮しいしい生きている。でも勤めているうちに変化が出てくる。ちょっぴり積極的になる。殺風景な仕事場がいやで花を飾り、ポットを置き、エプロンをし。友人とのつき合いは疎遠になる。この映画を見ていて異常に思えることがある。風俗店に通う男性が異常?いえいえそのことではなくて、友人や近所の人達の詮索好きな目。いったい何があったのおっしゃい、どうせ大したことじゃないんでしょ、ねえ教えて・・そのしつこさときたら。でも決してオーバーな描写ではないと思う。ロンドンなど大都会の真ん中ならそういう風潮はうすれているかもしれない。でも少し離れれば・・郊外とか田舎とか。クリスティーの小説に決まって出てくるうわさ好き、詮索好きな女達。女に限らず男も。それでもミス・マープルみたいに厳しくしつけられた女性はどこかでブレーキがかかる。しかしたいていの人は・・。秘密を知りたい。知ったら誰かに話したい。あなた知ってる?まあ知らないの!実はね・・。至福の瞬間。自分で聞き出せない時は聞き耳を立てる。覗き見もするんだろう。マギーの友人達・・お茶の席ではきれいに着飾り(部屋も自分も)、りっぱな食器、おいしそうなケーキ、そしてそれ以上においしそうな他人の秘密。マギーが話すと驚きつつもさらに聞き出そうとする。まんまるな目、忙しく言葉を捜す(下品な言葉は使えない!)、表情のコントロール(好奇心まる出しにはできない、あくまでさりげなく!)。友人ジェニー役はジェニー・アガター。ここでの彼女は憎まれ役。後で買い物中のマギーに向かって冷たく絶交宣言。しかしマギーはびくともしない。今の彼女は言い返すことができる。このシーンの前に、マギーが写真をゴミ箱に捨てるシーンがあるが、その理由がここでわかる。マギーの夫は生前ジェニーと不倫していた。マギーはそれを知っていながらジェニーとつき合っていた。

やわらかい手4

でもそういうのはもうやめた。お高い連中とムリしてつき合う必要はない。負けず嫌いでいつもマギーより一段高いところにいなければ気のすまないジェニー。もっと健全な友達とつき合うことにしたわ・・ですって?フン、アンタが私に隠れて裏でコソコソ何をやってたか私はみーんな知ってるんですからねー。そうそうそうやってためこんでいたからこんなに太っちゃったのよ。マギーは働くことでそれまでとは違った世界を知った。上品で気取った午後のお茶とは全く別の世界。でも・・みんな懸命に生きている。自分は大金を稼ぐ売れっ子になったけど、そのせいで同僚ルイザはクビになってしまった。稼ぎの悪い者は容赦なく切り捨てられるのだ。誰にも迷惑かけずに生きることはできないのだとマギーは知る。そのつもりはなくても知らないうちに人を傷つけている。そのうちトムにも秘密がばれる。こんなお金使えるか・・怒りわめくトム。しかしサラはマギーに感謝する。つんけんしていたサラだが態度を和らげる。子供のためなら、孫のためなら・・女はそういう見方ができる。マギーはやめていたタバコを吸い始める。長年がまんしてきたお菓子も食べることにする。食べるのがまんしてたってちーともやせないんだもーん。息子達はとうとうオーストラリアへ旅立つ。でもマギーは行かない。孫のためにできることはもうした。あとはトムとサラにまかせりゃいい。彼女には行きたいところがある。さびしがりやの(たぶん)ミキのところ。そして・・思った通りミキは受け入れてくれた。前々からお互いにどこか引かれ合っていたのだ。・・てなわけでかなり暗いけど不思議にじめじめせず、かと言って乾ききってもおらず、うまくバランスの取れた映画だった。母親は貴族の出身、修道院系の寄宿学校・・絵に描いたような深窓の令嬢(たぶん)だったマリアンヌ。しかし10代で結婚、出産、歌手デビュー。私が音楽雑誌で毎月のようにミック・ジャガーとのツーショットを見ていた頃、彼女はまだたった21か22だったのだ。40年近くたって映画で、しかも堂々主演で再び彼女を見るなんて・・。薬の飲みすぎで若くして命を落としていたって不思議じゃないのに。人間って、女ってしぶといなあ。マギーとフェイスフル本人とでは全く性格違うらしいが、つくづくそう思った。