天河伝説殺人事件(1991)

天河伝説殺人事件(1991)

前にも書いたが、私の母は推理小説が大好きだったので、亡くなった時には100冊以上の文庫本や新書があった。ホコリにまみれたままほうっておくのはもったいないので、何十冊も読んだが・・不思議なことに読み終えたとたん内容を忘れているのだ。今でも手元に置き、何度も読み返しているのはほんの数冊。ほとんどは私にとっては読み捨て小説。書くのは大変だったろうに・・。この「天河伝説」は読んでいないと思う(記憶あいまい)。テレビでかなり宣伝していたので映画化されたのは知っていた。今回WOWOWでやったので見たが・・ウーム、何じゃこりゃ。要するに「こだわり映画」。度を越したこだわり。出演者がみんな幽霊みたいな顔をしている。青白い顔、真っ赤な唇、長い黒髪の女性三人(秀美・妙子・千代栄)は区別つかん。能の宗家水上が日下武史氏で、息子の嫁が岸田今日子さん。この二人ほとんど年齢が違わないと思うが(最初はてっきり夫婦だと思った)。岸田さんは何たって浅見光彦の母親役でなければならない。浅見シリーズの一方の主役は、なかなかローンの終わらない愛車と、口うるさい母親。内容が殺人でもこの部分で陰惨さが和らぐ。でもこの映画は、宗家の跡継ぎをめぐる連続殺人事件というあんまりぱっとしないストーリー。しかも事件も謎解きも実はどうでもよくて、メインは岸恵子さん。彼女をたたえる映画。原作読んでなくたって結末は、真犯人は予測できる。登場した時から特別扱い。岸さん扮する敏子の顔にわざとらしくカゲを落とす。山里にひっそり暮らすいわくありげな美女。名乗れぬ母、我が子かわいさのあまりの殺人。最初の事件は東京で起こる。敏子は吉野にいるから疑われない。近くで起こった二人目も大丈夫。バカな警察は光彦を疑う。彼女はまだ安全圏。でも・・何ということ!次の事件では何の手違いか我が子が死んでしまった。自分が殺してしまったも同然。何となく「悪魔の手毬唄」風。この時点で(1991年)かなり老けてる岸さんを、これでもかとばかりにきれいにうつす。そりゃあきれいだけど、ムリがあるってのも事実。光彦が敏子にポーッとなるという設定にもムリがある。母の勧める縁談から逃げ回っている光彦が、一方では自分の母親くらいの年齢の年増の色気にくらくらですか?ありえん。

天河伝説殺人事件2

さて浅見シリーズの魅力は、のほほんとした光彦のキャラにある。生活能力には乏しいけれど、暖かく誠実な人柄。大柄な榎木孝明氏は光彦役にぴったり。女ではあるが跡継ぎと目されている秀美(財前直見さん)は、光彦と結婚してもいい・・なんて思ってる。光彦とは事件が縁で知り合ったばかり。彼の身元も経歴もほとんど知らない。また光彦が自分のことどう思っているのかも知らない。それでも結婚したい・・と思いつめているのだ。そりゃあねぇ、自分が継がなくては・・という自覚はある。自分一人の体じゃない。その一方で女性としての平凡な幸せもつかみたい。しがらみだらけの自分から見ればふわふわと気楽で自由な立場の光彦はいかにも魅力的だ。何もかも捨てて逃避したくなるのもムリはない。しかも・・光彦が敏子にポーッとなってるなんて夢にも思わないし。まあとにかく秀美は光彦に、光彦は敏子に、幻影を見出している。いつかは覚める夢を見ている。敏子は決してただの色っぽい年増ではない。また秀美は決して自分の立場を忘れて恋に走るような無責任な人間ではない。とにかくしめっぽくて寒々とした内容な上、出てくる連中は揃いも揃って血の気のない幽霊顔。作り手の狙ったトーンなんだろうけど、見ている方はたまったもんじゃない。そこに美なんか見出せない。神秘さ、幽玄さは能や人間からではなく、もっぱら風景から感じ取る。咲き誇る桜、もやのかかる山、静かな山村風景、歴史の重みを感じさせる社、曲がりくねった山道、郷愁を誘う列車、吉野の駅・・。時々はさまれるそれらのシーンには感心した。実に美しい。しかし登場人物、起きる事件は・・異様だし不自然だし。光彦のあの三角眉毛はいったい何?うつる度に首を傾げてしまう。ギャグ?びっくりしたのは謎解き部分。敏子が犯人なのはびっくりしないけど、説明する光彦の声が全然聞き取れないことにびっくり。テレビのボリューム上げても聞こえん。後ろ向きでしゃべっているせい?我が家のテレビが悪いの?映画の音響担当、何やってるんだ~聞こえないぞ~。光彦がずっと後ろ向きというのもわざとらしい配置。回想シーンで奈良岡朋子さんが出てくる。そもそもの原因をしゃべる。いや、しゃべっているらしいがこれまた全然聞こえん。誰か字幕を!これだから日本映画は見ないのよ私。クライマックスなのにヒソヒソ、コソコソ、ボソボソ・・。

天河伝説殺人事件3

ちゃんとごはん食べておなかに力入れてみんなに聞こえるようにしゃべってくれ~!これがお金払って映画館で見ているのなら「金返せ~!」だぁ~。このように何だかわけのわからん真相明かされて(明かされとらんわい!)、敏子がいかに気の毒な運命か延々描写されて、あれやこれや引きずって(宗家との対決)、あくまでも悲劇のヒロイン風に美しく自殺し(何で河原で?発見されないよう山奥に姿を消すっていうんなら奥ゆかしいのに)、発見した光彦は涙を流し(失恋?)・・。こっちはちっともうるうるせず、呆れ返っていましたとさ。敏子の犯行にもかなりムリがある。密室はちっとも密室じゃないし、最初の犠牲者川島を殺すのに使った毒入りカプセルは、いつまぎれ込ませたの?「○○殺人事件」とあるからには事件・謎解きを鮮やかに見せて欲しいのに、たいていの日本映画がそうであるように、犯人がいかに気の毒かの描写に全力を注ぐ。犯人役の女優さんをいかに美しくとりきるかに全テクニックを傾ける。結果としてただのしめっぽいお涙ちょうだい映画になってしまっているのが何とも残念。ベテラン男優陣(伊東四朗氏・常田富士男氏・加藤武氏)はそれぞれ好演していたと思う。石坂浩二氏は忘れた頃に出てくる。光彦とは反対の超エリートの兄陽一郎役で、ナレーターもやってる。この映画「犬神家の一族」の夢よもう一度、金田一の次は浅見光彦で・・という思惑で作られたのだろうが、どうもうまくいかなかったようだ。その後テレビでシリーズ化され、今でも続いているが私は見たことなし。この映画には「犬神」のような華麗さも重みもない。全体を通して感じるのは寒々しさ。火の気のない日本座敷にいて、せめて火鉢を・・なんて願っているようなしょぼいムード。ムダなもののない様式美は感じられるものの、取っつきにくく距離がある。登場人物達が悩もうが苦しもうが共感できない。そっちでかってにやってろ・・って感じ?さて3月いっぱいで藤沢オデオンが閉館するらしい。行き始めたのは二年ほど前からだが、レトロという形容がぴったりの、古びてはいるもののさっぱりと清潔で、絵や彫刻がさりげなく飾られた感じのいい館。ミニシアター系の作品も東京での上映が終わってからかけてくれたりして一時期ひんぱんに通ったものだった。時代の流れとは言え、また一つ趣きのある館が消えてしまうのはとても残念なことだと思う。