ドラゴン・キングダム

ドラゴン・キングダム

お盆なので(・・っていつの話だよッ!)わりと入っている。25人くらいか。ジェイソン(マイケル・アンガラーノ)はカンフーオタク。ヒマさえあればオールド・ホップの質屋に通い、DVDをあさる。オールド・ホップは鼻が大きいのでジャッキー・チェンの二役だとすぐわかる。少し前ならマコあたりが演じそうなキャラ。いじめっ子と言うにはちょっと年のいったルーポとその手下。ジェイソンを脅し、店に押し入る。すぐ銃を出し、オールド・ホップを撃つ。ジェイソンは棒(我々には如意棒だとすぐわかる)を持って逃げる。昼間店の奥でふと見つけたその棒は、持ち主が現われないままもう100年も置いてあるのだ。追いつめられてビルの屋上から転落したはずのジェイソンは、ケガもなく目を覚ます。見慣れない格好の人々、何しゃべってるのかわからない、ここはどこ?今はいつ?軍隊が現われ、彼が持っている棒に目をつける。・・話を戻してオープニングでは功夫映画ファンウハウハの映像が流れる。昔の香港映画のポスターや写真が使われる。チェン・ペイペイ、リュー・チャーフィ、ジミー・ウォング、そしてもちろんブルース・リー。ジェイソンの部屋の壁にはポスター、チラシ、切り抜きがびっしり。このシーンだけであたしゃ悶絶状態。作り手の皆様わかってらっしゃるじゃないの、やってくれるじゃないのウッシッシ。さてジェット・リーも二役やってる。ジャッキーとリーの共演は我々の夢だった。それが今回実現したけど、心配してたのはバランス。どっちかに偏って欲しくない。ファンは両方見たい!で、そっちもうまくいっていた。特に感心したのはリー扮するサイレント・モンクの正体。最初の方で伏線となる描写があるけど、途中はそのこと忘れてる。でも最後になってあっそうだったのか!・・となる。ここらへんはうまい作りだと思った。ジャッキー扮するルー・ヤンも途中で退場・・と思わせといてクライマックスではちゃんと活躍する。ジェイソンの見せ場もあるし悪役ジェイド将軍(コリン・チョウ)も存在感十分。白髪魔女(リー・ビンビン)がこれまたすごくいい。美しくて邪悪、強くてしぶとい。しかし憎らしさはなく、哀れさを強く感じる。ゴールデン・スパロウ(リュー・イーフェイ)もかわいいが、演技もアクションも物足りない。力不足という感じ。さて見終わって感じるのは、これでつじつま合ってるの?ということ。

ドラゴン・キングダム2

パラレルワールドとかタイムパラドックスという言葉が頭に浮かぶ。過去に飛んだジェイソンは、石に変えられていた孫悟空に如意棒を返す。ルー・ヤンは白髪魔女の毒矢のせいでひん死の状態だったが、不死になれる霊薬を飲み元気を取り戻す。任務を果たしたジェイソンは元の世界へ戻ってくる。気になるのはルーポに撃たれたオールド・ホップの容体。だが彼はにっこり笑って言う。「ワシは不死身だぞ」・・それでオールド・ホップがルー・ヤンその人であることがわかり、ジェイソンは安堵する。じゃあ・・如意棒はなぜ店に100年も置いてあったの?ジェイソンが出発したのは、孫悟空が元に戻れず、如意棒が導かれし者を待っていた世界。ジェイソンが戻ってきたのは、ルー・ヤンが霊薬を飲んだ方の世界。出発した方の世界ではルー・ヤンは霊薬を飲んでいないから、オールド・ホップはルー・ヤンではない。でもそんなことはどうでもよくて、筋が通らなくてもいっこうにかまわない。だってこれはファンタジーの世界。そこでは何でもありうる。時間や距離はゆがんでいる。アメリカから中国へ飛べる。ジェイソンが修行する時間がある。中国なのに英語話してくれる。古代帝国<キングダム>の帝は500年の瞑想に入る。その間のことはジェイド将軍にまかせる。ジェイドは極悪人だけど、帝は全然気づいていない。自分だけ瞑想にひたれればいいのだ。民のことは何にも考えていない。何というお気楽者。ジェイドも不死である。しかしスパロウは翡翠の剣でジェイドを倒そうと思っている。不死の敵を倒す武器はちゃんと(都合よく)存在する。ジェイド=翡翠と言うと「バレット モンク」思い出す。さてこの映画、もちろんジャッキーとリーが戦うシーンが白眉だ。戦う理由ははっきりしない。まずは戦いありき。いくら戦っても勝負はつかず、その後実は味方どうし・・とわかる。あの戦いは何だったの!この二人とんでもないおっちょこちょいだ。しかし呆れる必要はない。長い長いファイトシーンを楽しめばいいのだ。決着はつかずどっちもケガしない。ついでに・・疲れもしない!その秘訣日本の柔道の選手に教えてあげて!・・ここまで書いてほったらかしにしているうちに、オリンピックは終わり夏は終わり秋も終りに近づき・・。さあ困ったぞ、間があいたせいでストーリーの細かい部分忘れちゃった。DVDはまだ出てないし・・。

ドラゴン・キングダム3

とにかくあれこれあって最後はハッピーエンドだ。自分のことを「彼女」と言うスパロウ。そんな変なしゃべり方をするスパロウだが、死ぬ間際に初めて「私」と言う。そこが何だかじーんとさせられた。ジェイソンとの間に芽生えたほのかな恋も終わる。でもラストでは・・そうそうそうこなくちゃね!さて、アクションが話題のこの映画だけど、実はセリフもなかなかのものだ。残念なことにほったらかしているうちに大部分忘れちゃったんだけどさ。人が何かを学ぶ時の心がまえとか、ものの考え方とか、ものすごく内容が濃い。目で字幕を追っていても、内容全部は読み取れなくて・・そこが残念だった。まあDVDが出たらじっくりと・・。私の印象に残ったのは、例えば一度に二人の師匠についてはいけないとかさ。ジェイソンは弟子である以上、師匠の言うことは絶対である。でもルー・ヤンとサイレント・モンクとでは言うことが違うので混乱するわけ。でも二人にとっては自分の言うことこそが正しいの。でもそんな二人も「まず師を尊敬しろ!」という点では意見がぴったり一致する。武術に限らず先生と生徒という上下関係はうすれてきている。近づきがたい先生よりは友達みたいな先生の方が好まれる。でもあまりになれなれしいのもどうだろう。前テレビで俳優の某氏が中国武術を習っていたけど、うまくいかず「先生が一度やって見せてよ」などと言っていた。しかしその要求は通訳してもらえなかった。先生にやって見せろなどと言うのは大変失礼なことなのだ。例え納得できなくても先生には反論してはいけない・・そういう世界もある。もう一つ印象に残ったのは、ルー・ヤンにカップをからにしろと言われたジェイソンがなかみをぱっと捨ててしまうところ。物事のうわべだけを見る、言われたことを額面通りに受け取ってしまい、裏にある意味や本質に気がつかない。このシーンはジェイソンの軽率さを笑っておしまいにすべきシーンではない。何かを学ぶ際にはいったん自分の中にあるものを取り去る・・カップ・・うつわ・・体・・心をからにする・・それでこそ何かが流れ込んでくる余地ができる・・ルー・ヤンが言いたかったのはそういうことだ。「ロングストリート」でのブルース・リーのセリフを思い出す。・・てなわけであたしゃうれしさのあまり客席で悶絶しっぱなし。欠点もいろいろあるけど、近頃じゃ珍しいくらいうれしがらせてくれる映画だった。