サタンバグ

サタンバグ

この映画を最初に見たのは何年前だろう。30年くらいはたっているんじゃないかな。記憶に間違いがなければ、民放で土曜日の深夜にやったのを見たのだと思う。当時の私は今と違って宵っ張りだった。もちろん吹き替え。数年前BSで放映されたのを見て、今回のWOWOWで三回目。主演のジョージ・マハリスはテレビシリーズの「ジグザグ」を見てファンになった。出世作の「ルート66」は資料によればNHKで1962年に放映されたらしい。NHKなら見る機会はあったはずだが、62年じゃいくら私でも年齢的にムリだな。マハリスの歌う「ルート66」の曲も残念ながら聞いたことはない。さてこの映画のテーマは生物兵器である。目に見えないものだから画面にうつすわけにもいかないし、誰かが感染するわけでもない。もし感染したら防ぎようがなく、人類は滅亡してしまう・・という設定だから、感染させるわけにはいかないのだ。主人公を含め、皆が死んでしまうことになって、映画として成り立たなくなってしまう。そっちの方の恐怖はだから、サタンバグと一緒に盗まれたボツリヌス菌によって主にあおられるわけね。閉ざされた空間での感染の恐ろしさなら描くことはできる。「バイオハザード」みたいにね。でもこの映画は違う。CGのない頃だし、恐ろしさの表現は会話の内容とか、フラスコなどの小道具、俳優の演技に頼るしかない。監督は「荒野の七人」、「大脱走」などのジョン・スタージェス。脚本は「将軍」などのジェームズ・クラヴェル(と他にもう一人)。原作はイアン・スチュアートことアリステア・マクリーン、音楽はジェリー・ゴールドスミス・・いやはやものすごい顔ぶれだよねえ。これだけの豪華な顔ぶれで作って、じゃあ映画史に残るような傑作アクションスリラーができたかと言うと、そうもならないのよね。似たような映画では「アンドロメダ・・・」というのがあったな。原作がマイケル・クライトンのベストセラーで、監督がロバート・ワイズ。病原体がテーマで、結局は何ということもなく終わるのよね。「バイオハザード」にくらべれば表現は大人しい。でも私はこういうのも悪くないな・・って実は思っている。何度も書いていることだけれど、今の映画は何でもできるのをいいことに、やらなくてもいいことまでやり、見せなくていいものまで見せている。昔は技術的に表現できないものがたくさんあった。

サタンバグ2

表現できないものは何かで代用するか、見る側の想像力にまかされていた。そしてそれが行きすぎを防ぐ歯止めともなっていた。今ではほとんど無制限に表現できて、作る側に歯止めがなくなっているけれど、見る側にはまだ歯止めは存在している。人によって程度はさまざまだろうけど、それ以上は見たくないよ・・っていう境界線。とことんまで見せてくれなきゃ満足できないっていう人もいるだろうが、私みたいにほどほどにしてよ・・っていうタイプの人間には「サタンバグ」や「アンドロメダ・・・」くらいがちょうどいいわけ。「バイオハザード」まで行くともうかんべんしてーとなるわけ。「サタンバグ」は地味で平凡な作品だとは思うけど、決して駄作だとは思わないな。さて悪役としてリチャード・ベースハートが出てくるが、最初見た時は何か納得がいかなかった。だってベースハートと言えば「原子力潜水艦シービュー号」のネルソン提督として私の頭にはインプットされているのだ。何で悪役なのさ。こういうのって例えば「危険なめぐり逢い」を見た時もそうだった。ナポレオン・ソロとサンダース軍曹が何で悪人なのさ。何かの間違いでしょ。正義の味方が他の番組、あるいは映画で悪役をやることに抵抗を感じなくなるまでには成長という時間が必要だった。昔はテレビを集中して見ていて、ところどころで現実と虚構がごっちゃになっていたのよね。サタンバグとボツリヌス菌を盗んだエインスリーには、最初見た時にはそういう(ベースハートが演じているという)意外性もあって、それなりのインパクトはあった。他にはあんまりインパクトのあるものは出てこないしね。今見るとエインスリーはふるまいがわざとらしいし、行動も矛盾している。もっとも彼は偏執病だから行動につじつまの合わないところがあっても不思議ではないんだけど。百万長者(こういう言い方は今はしないよね。でも当時は・・)で変人のエインスリーは本物のホフマン博士を殺して彼になりすます。生化学者でもある彼は疑われることもなく研究所に入り込み、サタンバグやボツリヌス菌を盗み出す。出てきただけでも三組のそれぞれお互いに関係のない手下を雇っている。いろんな手を抜かりなく打って、計画を極秘に進める一方で、やけに露出狂めいたところもある。黙っていればいいのにしゃしゃり出て、捜査する側に自分を印象づけているし、脅迫電話でわざわざ名乗ったりもする。

サタンバグ3

秘密主義のくせに自信過剰で、自分のことを相手に知らせたくてたまらないというのがリアルだ。人の命などどうでもよく、百万長者だからお金にも興味がない。最初は生物兵器を作っている研究所を破壊することが目的のように思えるが、そのうちにそんなことはどうでもいいと思っているらしく見えてくる。結局全人類の運命を自分の手に握っていることからくる満足感、全能の神にでもなったような気分が彼を興奮させるのだ。こういう利己的な人間の常として、彼は自分の安全に関しては慎重である。ワクチンを打って、自分だけはサタンバグで死なないようにしてある。そんな彼があっさり自殺なんかします?クライマックスでエインスリーは、マハリス扮するリーにサタンバグを奪われてしまう。ロスのある場所にはボツリヌス菌が隠してあって、時間が来ると爆発して菌がばらまかれることになっている。サタンバグで人類を滅亡させるのが無理なら、ロスを墓場にしてやる・・とエインスリーはヘリから飛び降りてしまう。そうすれば隠し場所はわからないままだ。でもねえ、どうせ死ぬならリーに組みついて、ヘリを墜落させてやる・・くらいの悪あがきはするでしょ。うまくすればサタンバグもまきちらすことができるかもしれないし。だめで元々だ・・と。この映画があんまり盛り上がらないままで終わってしまうのは、この部分のせいなのよね。生きることへの執着がなさすぎる。さて、先に結末まで書いてしまったけれど、この映画の楽しみの一つは多彩な出演者の顔ぶれにある。少なくとも私にとっては大いに楽しい。ストーリー順に見て行くと、ネバダにある研究所ステーション3に備品が配達される。いつもの備品だし、週末の夕方だから皆早く家に帰りたい。だから荷解きもせず置きっぱなしのまま。後になって警備員は言う。「出ていく人やものには注意しているんですが・・」エインスリーも後にリーに言う。「どんな警備にも穴はあるのさ」もちろん中にはリーガンのように注意深い人間もいる。そしてそういう有能な人間に限って命を落とす運命にあるのだ。備品の箱に潜んでいたのはエインスリーの手下二人。ドナルドを演じたフランク・サットンは、テレビシリーズの「マイペース二等兵」で主人公のゴーマー・パイルをいつもがみがみとどなりつけていた上官役の人。吹き替えの内海氏の声は今でも耳に残っている。

サタンバグ4

今でもテレビで時々聞くが、あの頃と声が全然変わっていないのがすごい。べレッティ役のエドワード・アズナーは、この頃からすでにちょっと太めだけれど、色が黒くて眉毛が濃くて目がギョロッとしていて、黙っていればクライヴ・オーウェンみたいに精悍に見える(ちょっと無理があるかな)。しゃべればしわがれ声で、これまた存在感がある。脇役で一番印象に残るのは彼である。最初の方でちょこっと出てくる中国系の博士は「ブレードランナー」や「ゴーストハンターズ」に出ていた人。さて主人公のリーは元諜報員で、ステーション3にもいたことがある。しかし研究の主旨(生物兵器の開発)が気に入らなくてやめてしまった。つまり内部の保安のことはよく知っているので、事件の捜査には適任だ・・とウィリアムズ将軍からお声がかかる。このリーという人物がなかなか魅力的だ。ヨットに住んでいて、タクシーで帰ってきたところを見ると車は持っていないのか、それともお酒を飲む時には車は置いていく主義なのか。勇気があって、一見向こう見ずのように見えるが、行動は慎重で、何事も論理的に考える。妙な男が妙な話を持ちかけてくると、ヨットのキッチンでコーヒーをいれる用意をしながらさりげなくテープレコーダーのスイッチを入れる。そういうところは感心させられる。一匹狼だから自分で自分を守る習性が身についている。映画だとリーの職業は不明だし、ウィリアムズ将軍との関係もはっきりしない。彼はなぜ将軍の名前を持ち出されたとたん仕事を引き受ける気になったのだろうか。捜査中にリーに電報が来る。指定されたホテルへ行くと将軍の娘のアンが待っている。恋人どうしのようにふるまって、二人して行った先には将軍がいる。つまりリーと将軍との関係はまわりには秘密なのだ。しかし全員に秘密というわけでもない。リーを連れに来たキャバーノは将軍からの呼び出しだと言っているし。おそらく研究所の者とか一般の人には知られないようにしているのだろう。私のかってな想像だがウィリアムズはリーの諜報員時代の上官だろう。リーの優秀さや信念を曲げないところを見込んで、いろいろ秘密の調査をさせているのではないか。リーは仕事が完了すると、上司に口答えをするとか適当に事件を起こして、解雇されるよう仕向ける。・・でまた別の職場に・・という具合だ。そういうふうにでも考えないと彼の暮らしぶりの説明がつかない。

サタンバグ5

そういう反抗的な性格の男なら、政府の機関に勤めたりせず、自営業でもやるはずだ。原作にはきっとこういうことも書かれているんだろうけど。でもこの推測が合ってるとして、そういうリーの秘密の仕事まではキャバーノは知らないだろうな。さてアンを演じているのは、唇の下のホクロが色っぽいアン・フランシス。子供の頃「ハニーにおまかせ」と「それいけスマート」が連続して放映されていて、「ハニー」が終わると、ハニーの声で「スマートさん、あとはあなたにおまかせね」とか何とかセリフが入って、それから「スマート」が始まるのだった。だから私はこの二つの番組はセットになっているのだ・・とずっと思い込んでいた。実際は違うんだけどね。ウィリアムズ将軍役のダナ・アンドリュースは、私の父親世代の人にとってはなじみ深い人だ。戦争映画などでね。研究所に着任したばかりで大事件が起こってしまって困惑するタサリーを演じているのはサイモン・オークランド。他にも名前はわからないけどテレビで何度も見たぞ・・っていう人が何人か出てくるし、ごくささやかなオールスター映画って感じ。そう言えば最近オールスター総出演映画なんて言わなくなったな。オールスターなんてプロ野球用語みたいになってる。顔ぶれも内容も表現も地味で、結末もあっけない。ボツリヌス菌がまかれて死体がごろごろ横たわっているフィルムをみんなして突っ立って見ているというおさまりの悪いシーンもある。何で座らないの?暖かい家庭もラブロマンスもなし。アンはリーのことが好きなようだが、リーはどうなのかな。上司の娘だから・・と距離を置こうとしているみたいだ。でもリーがアンのことを大切に思っているってことはあるエピソードで明らかにされる。リーとアン、それに彼らを尾行していた捜査員二人もドナルド達につかまって、小屋に閉じ込められそうになるシーン。閉じ込めておいてボツリヌス菌を投げ込むつもりだ・・と悟ったリーは、アンだけは助けようとべレッティにアンを連れて行くよう言う。べレッティもちゃんと察してアンを連れて行く。変な言い方だけど悪人なのに男らしいと言うか、ここらへんは見ていてぐっとくるものがあった。他の人は死んでもリーだけは死なないというのはできすぎなんだけど、でもそういう運を無理にでも引き寄せるくらいリーは努力しているのよね。リーの強さと暖かさが心に残る。