ラブソングができるまで

ラブソングができるまで

前の週に「ホリデイ」見たばっかだし、別にムリして見なくてもいいんだけど、でも私だって「ハンニバル・ライジング」みたいな映画ばっか見てるわけでもないのよ。二週続けてロマコメ見ることもあるわさ。それにドリューだしヒューだしはずれ映画ってことはまずありえない。チケット売場で「今日はママズ・クラブ・シアターですけどいいですか?」なんて言われて何じゃそりゃ。赤ちゃんのために照明は明るめ、音は控えめ、赤ちゃんが泣いてもご容赦ください・・そりゃ別にいいですよ。赤ちゃんが全然泣かなかったらかえって心配だ。でも音が控えめというのはどうかな。せっかく音楽を楽しみに来たのによく聞こえなかったらどうしよう・・。でも心配するほどのことはなかった。お客は10人プラス赤ちゃん二人くらい。やっぱ一人で赤ちゃん連れは心細いのか二組で来ていた。まあ赤ちゃんが少しくらい声出したってそんなにうるさくはないよ。ギャーギャー泣くのは困るけど今回は泣かなかったし。それでも近くの席の人は気になっただろうな。私はいつもはじっこの席を取る。受付のおねーさんはいつも決まって真ん中とか通路側の席勧めるけど、言われた通りにして失敗したことが何度かある。だから今ではなるべく近くに誰も来ないような隅の席取ることにしているのよ。さて映画は冒頭からノリノリウキウキワックワク。いや~きのうの「ハンニバル」とはえらい違いだぜい。いや映画の出来じゃなくてムードがさ。1980年代が肝になってるけど、私その頃何やってたっけ。YMOに夢中になって「戦メリ」見まくって・・。ワム!とかデュラン・デュランとか名前だけは知ってる。でも私って音楽的にはWB(ワーナー・ブラザースじゃないよ、ウォーカー・ブラザースのことね)で止まっているんだよな。ストーリーはまあお約束通り。男(アレックス)と女(ソフィー)が偶然出会い(起)、いろいろあって(承)、一時的な別れと決意(転)、そしてハッピーエンド(結)。図式通り。お互い問題をかかえていて、アレックスが落ち込んでいる時はソフィーがはげまし、ソフィーの時はアレックスが。変わりばえのしないストーリーを退屈に思う人もいるだろうが、二人に絡むまわりの人物や小道具によって、あきさせないよううまく作ってある。見ている間中ずっと顔がゆるみっぱなし。曲がかかると体が動く。まわりには誰もいないからお尻振っても平気よ。

ラブソングができるまで2

ねえ何でこんな楽しい映画見にこないのよ。少しくらいいやなことがあっても、これを見れば元気もらえますってば。GWは(もう過ぎたけど)「スパイダーマン3」旋風が吹き荒れるんだろうけど、ムリして見ることないよ。ごちゃごちゃした中で見るくらいならこっち見なさいってば。「3」は逃げやしない。当分やってる。でもこっちはね・・今のうちに見ないと。こういうのがロングランなんてありえないんだから悲しいことに。ヒュー・グラントはインタビューでは俳優やめたい、演技嫌い、仕事早く終わって欲しいとか言っていて、そんなに苦痛なのかしら・・と思ってしまう。映画ではいきなり腰フリフリで、さあいらっしゃい楽しいよ!見なきゃ損だよ!・・って感じ。踊るし歌うしピアノ弾くし・・それもちゃんとサマになっているのが偉い。努力しなきゃなかなかここまでできませんぜ。てなわけで言葉とは裏腹にヒューってかなりの努力家と見ましたが如何?英国人らしくいい意味でひねくれているんでしょ?ドリュー・バリモアはいつも通りキュートで好感持てるけど、ソフィーのキャラそのものはあいまいな感じ。アレックスのアパートに植物世話係としてやってくる。友人の代理だから素人なわけだけど、それにしたってあんな仕事ぶりでいいの?と言うか、ろくに仕事もせずすぐ帰っちゃう無責任ぶり。本業は姉のダイエット専門店(って何?)手伝っている。でも何やってるのか見ていてもよくわからん。作詞にしてもボールペンのノックカチャカチャ言わせるだけ。どうも彼女って何もしてないと言うか何もできないと言うか・・。ソフィーは作家志望だったけど、恩師で恋人でもあったスローンに失恋。しかも作品の中に自分のことを書かれ、しかもベストセラーになり、しかもごかもろくかも映画化されることになり・・。ショックで立ち直れず自分に自信が持てない。でもソフィーの言いぶんとスローンの言いぶんは食い違っていて、そりゃスローンの方が悪くてソフィーの言ってることが正しいんだろうけど、そこをはっきりさせていない。「私は被害者」という思い込み、甘えがかなりあるような。作家という仕事は書きたいから書く、書けるから書くだけでは成立しないと思う。書きたくなくても書けなくても、とにかく書かなければならないのが宿命だ。どんなことでも書くきっかけにする貪欲さ非情さがなければ生存競争に負けてしまう。

ラブソングができるまで3

そりゃソフィーがショック受けてそれを引きずるのはわかるけどさ。まあこのモヤモヤ部分はあんまりうまく描かれていないのだが、それ以外の部分がいいのでさほど気にならない。何たって登場人物が皆いいのだ。アレックスのマネージャー、クリス役はブラッド・ギャレット。「キャプテン・ウルフ」に出ていた2メートル4センチもあるオッサン。「ウルフ」はあんまりよくなかった。向こうでは受けるんだろうけど日本ではちょっとずれてて笑えない。でも今回はよかった。何たって出すぎないのがいい。ちょっと離れたところにでかいのがぬっと立ってる・・って感じ。そのせいで包容力とか友情とか暖かさがばっちり出た。ソフィーの姉ローンダ役クリステン・ジョンストンもそう。こっちはクリスと違って前へ前へと出てくる。何しろアレックスの大ファンだったので知り合うチャンスに大喜び。彼女のやること全部楽しいのでそのぶんソフィーはかすんでしまう。ただローンダはしゃしゃり出てきたとしてもわりとさっと引っ込む。彼女もやっぱり出すぎない。あこがれのスターに有頂天になっても、自分には家族も仕事もある。ソフィーがアレックスと一夜を過ごしたと聞いても、驚きはするがねたんだりはしない。いるのかいないのか、仕事は何やってるのかわからないくらい存在感がうすい亭主を尻にひいて無視しているように見えて、ふとした時に夫への感謝が口に出る。亭主の方もアレックスの登場ですっかりかすんでいるように見えて別に怒ったりすねたりもせず、いつの間にか子供やアレックスと一緒に腰をフリフリとかね。夫婦していい人なんだなあとわかる。ドアマンのカーンもとぼけた感じでいいし、とにかくこの映画コメディーでよくある、でしゃばりすぎてうんざりキャラがいないのがいい。この人はおもしろいからもっと出番増やして笑いを取ってやれ、どうだおもしろいだろうなんていう押しつけは、見ている者には苦痛なだけ。ほどがいい。やりすぎはしらけるだけ・・ってちゃんとわかってる。もう一人の重要なキャラ、カリスマ歌姫コーラは、ブリトニー・スピアーズをモデルにしているらしいが、私には(見かけは)パリス・ヒルトンに似ているように思えた。寝起きみたいなぼんやりした顔立ち、細くてボリュームのない体つき。歌だってそう迫力あるわけじゃない。大がかりな仕かけと大音響がなければ成立しないような歌。

ラブソングができるまで4

クライマックスはコーラのコンサートだが、たかが(?)ロマコメの一部にすぎないのにかなり力を入れて作ってあってびっくり。本格的なコンサートが楽しめるというお得感がある。コーラ役はかなり難しいと思う。ヘイリー・ベネットは映画初出演らしいが、よくやっていたと思う。大スターだから機嫌を取られることに慣れている。何でも自分の思い通りになる。わがまま娘になって当然。仏教を取り入れているが実際は何もわかっちゃいない。見かけだけ、うすっぺら、勘違い。コンサートで大きな仏像が出てきてびっくりさせられるが、側だけで中が空洞だったように、彼女も歌もそれに熱狂している観衆もからっぽ。アレックスとソフィーが苦労して作り上げた「愛に戻る道」も、原型をとどめないくらいアレンジされてしまう。アレックスの方はそういう世界に生きているからもう慣れっこ。歌は生き物、自分の手を離れた後も変化し続ける。でもソフィーは納得できない。コーラに談判する。いつも表情に乏しいコーラがますます無表情になる。自分のすることに異議を唱える者なんているはずないのに・・。このシーンはよかった。怒り出すのではなくスーッと表情をなくすところが不気味。このソフィーのこだわりが後のハッピーエンドにつながるのもうまい作り。コーラはなかみからっぽのアイドルではあるけれど、それを言うなら20年前のアレックスも同様。人気がある時は誰でもちやほやしてくれるが、20年後は?そう考えるとコーラにはもっと成長して欲しい。アップテンポの曲だけでなく、バラード調の歌(アレンジ前の「愛に戻る道」)もちゃんと歌えるし、彼女なら成長できる。ただ浮かれているだけに見えた観衆もちゃんと聞き入っていたし・・。えーとつまり何が言いたいかというと、そういう難しい役をヘイリーはうまく演じていたってことです。私は「ホリデイ」よりこっちの映画の方が気に入ったな。見ている時も帰り歩いていてもバスに乗っていてもニコニコしていた。幸せな気分になれる映画。ラストは再びアレックスの腰フリフリ。スローン原作の映画はさんざんな出来といううれしいオチまでつけてくれる。そこでやめときゃよかったのに、エンドクレジットではその後のアレックスとソフィーの、曲作りの苦心ぶりを延々とうつす。これが全然おもしろくない。だって本編で同じものすでに見ているもの。最後の最後にやりすぎが出てしまったのね、残念!