ニュースの天才

ニュースの天才

公開当時新聞に批評が載ったので興味はあったが、やってるところが少なく、結局見逃した。特別ヘイデン・クリステンセンのファンでもなかったし。その後WOWOWでやったので見た。「フライトプラン」でピーター・サースガードのファンになったせいもあり、彼に注目して見ていた。主演のヘイデンの演技もすばらしいが、サースガードの演技はそれ以上にすばらしく、すっかり感心してしまった。その後DVDを買い、通信販売でパンフを入手。かなり入れ込んでます。見る前は、若手記者が記事を捏造し、センセーショナルな事態引き起こすのだと。でも見始めたら・・何か違う。小さな世界での小さな出来事・・みたいな。雑誌の部数少ないし。もっと大事件かと思っていたので拍子抜け。でもジャーナリズムに携わる人々にとっては重大事件なんだろうな。この話は実話だそうで。「ニュー・リパブリック」という権威のある政治関係の雑誌の若き編集者スティーブン・グラス(クリステンセン)。彼の書くコラムはおもしろいと評判で、同僚達も楽しみにしている。職場での彼は靴下で歩き回り、まわりへの気配りを忘れず、親切にしたり、時には甘えてみたり。誰からも好かれる好青年。そのうちフリーになり、高給を取るようになるだろう。すでに他の雑誌等にも記事を寄せているようだし。親は弁護士か医師になることを望み、記者なんて認めていない。そのため、忙しい間を縫ってロースクールに通うが、同僚ケイトリン(クロエ・セヴィニー)は二股かけるなんて・・と、反対だ。ある日編集長マイケル(ハンク・アザリア)が突然クビになる。彼は部下思いで、ボスのマーティ(何と「ランボー」の監督テッド・コッチェフだ!)といつも衝突していた。マイケルへのみんなの思慕は、そのまま後釜チャック(サースガード)への反感となってくすぶる。彼は堅苦しくておもしろ味がなく、記者としても未熟。彼の下で働くなんて・・という空気が漂う。疎外感を味わうチャックに話しかけてきたのはグラス。マイケルの前ではチャックの悪口言ってたのに、当のチャックには・・。どうも裏表のあるヤツだなあ・・とわかってくる。さて問題が起きたのはグラスの書いた「ハッカー天国」という記事。これを読んだ「フォーブス・デジタル・ツール」の編集長カンビッツが、アダム(スティーヴ・ザーン)に、なぜ出し抜かれたのかと言ってくる。

ニュースの天才2

アダムが記事を検証してみると、人名、会社名ともに裏付けの取れるものがない。これはいったいどういうことか。「フォーブス」からの問い合わせがグラスやチャックのところへ入り始める。グラスの態度に不審なものを感じるチャックだが、まさか捏造だとは思いもよらない。情報源にだまされたのでは?記事が誤りとなれば「リパブリック」誌の信用に傷がつくし、何よりもグラスの経歴に傷がつく。何とか穏便に処理できないものか。しかしそんな思いやりもチャック自身で検証し始めるとふっ飛んでしまう。頑強に否定するグラスだが、ウソは次々にばれる。今回だけでなく今まで書いた記事も怪しくなってくる。・・まあ映画として見るぶんにはちんまりとした内容なんだけど、すごくスリリングなんですわ。このグラスという男の罪の意識のなさ。まずセリフがいい。「怒ってる?」「僕を守ってよ」「あやまったのに」「空港まで送って」・・甘ったれるのもいいかげんにしろッ!あと相手にゆだねる言い方。決断したのはあなた、僕はあなたの言う通りにしただけ、だから「僕は悪くない」。こういうふうに言えば相手は自分の言うこと聞いてくれる、こういうふうに言えば責任負わなくていいという確信犯的な言い方。マイケルの転職先にわざわざ現われてチャックの悪口言うところは笑える。自分が言えば相手は信じるという子供っぽい確信。もちろんそんなのにだまされるマイケルじゃないけど。ノンフィクションと言いつつ、やはり細部は違っていて(そりゃそうだ)、チャックは編集長になってすぐ捏造に気づいたらしい。でもそれだと映画終わっちゃうから、気づくまで少し間がある。そのせいでチャックを無能と感じる人も多いようだ(私はそうは思わんけど)。疑いをいだき、信じよう、かばおう・・と思いつつも次々に裏切られ、ついにはグラスを見限る。後半のサースガードの演技は本当に本当にすばらしい。ほとんどは顔の表情・・目の演技。チャックは無口な方だ。表立って目立つことはしない。だからみんなに誤解される。この映画で感じるのは対比。例えば編集長としてのマイケルとチャックの違い。同じ善人でも善行がまわりの人にはっきり見え、信頼されるマイケルと、裏で善行を積み、まわりからは誤解されやすいチャック。ラストシーンではチャックとグラスの違いが際立つ。グラスは母校の生徒達の拍手を受け、チャックは同僚の拍手を受ける。

ニュースの天才3

チャックのは現実だが、グラスのは白昼夢だ。弁護士立ち会いで捏造について確認する場でも(つまりウソを認めなければならない場でも)、グラスはウソの世界へ逃げる。職場でも自宅のパーティでも、多くの人に囲まれていても彼はひとりぼっちだ。まわりに好かれていても見えない壁があり、彼と踏み込んだ関係を作れる者は一人もいない。逆にチャックの家庭は・・。彼の家庭ほど静かでおだやかで愛情に満ちたものは見たことがない。家の中はスタンドなど間接照明ばかりなので、ほの暗く落ち着いた雰囲気。多くのものは心を落ち着かせる茶色系。疲れて帰ってきても愛情深い妻とかわいい赤ん坊がチャックを癒してくれる。奥さんに膝枕してもらってるチャックに胸キュン(赤ん坊状態なんだもん)。心の中では(同僚の冷たい態度に)傷ついているんだ、じっと耐えてるんだ・・というのが伝わってくる。一方グラスは・・癒してくれるものなんて何もない。ウソをとりつくろうため徹夜でニセのHP作り、弟にウソの電話かけさせ、その他いろいろ細工する。おちおち寝てるヒマもない。ウソを認めず時間を稼ぎ、怒ったかと思うと泣き落とし。その後すぐあやまるけど自分が悪いとは決して言わない。まわりの者に泣きつき同情を買い、チャックの悪口並べ立てる。まあホントこれでもかというくらいジタバタする。若くてスラッとしていて超美形のヘイデンがこれをやるんだからホント偉い。チャックは一度グラスのやり方を知ってしまうと、もう決してだまされない。言ってることが全部ウソだとわかるし、記事だって改めて読めば創作だってわかる。問題はなぜこんなことが通ってしまったかだ。映画の中盤あたりで、厳重なチェック体制があることが紹介されるが、それでも通ってしまうのだ。もう一つの問題はなぜ彼がこんなことをしたのかだ。先天的なウソつき、金や名声のため、親からのプレッシャー、まわりを喜ばせたくて・・まあいろいろ考えられる。グラス本人は取材を拒否したそうで、したがって映画でも結論は出していない。わからないものはわからないままで・・という姿勢。多くの批評はこの点を物足りないとしているが、私自身はこれでいいのでは・・と思っている。無理に理由・原因を「創る」必要はない。DVDにはグラスのインタビューもおさめられているが、映画のためではなく自身の著作のプロモーションのためである。

ニュースの天才4

「リパブリック」をクビにされた後ロースクールを卒業し、弁護士になるつもりらしい。一方で体験を元に本を執筆。ころんでもただでは起きないしぶとさを感じる。本の中ではチャックにあたる人物は悪役として描かれているそうで、読んでみたいが邦訳は出ていないんだろうな。五年もセラピーを受けるなど彼なりに苦労したんだろうが、全然こりていないという印象を受ける。実物のチャックらが、顔も見たくない、改心することはありえないと断言してるのが興味深い。何よりもインタビューアー自身、絶対にだまされないぞ・・とでもいうような厳しい顔をしているのが笑える。チャックと話している時はそんな顔しない。以前しでかしたことのせいでまわりに信用してもらえなくなった人生ってのも気の毒だが、その同情もうかうかかけられないという雰囲気がグラスにはある。彼には彼の世界があって、そこでは彼は悪くない。例え悪いことをしても簡単に償えると思ってる。自分は犯罪者じゃないし、自分のやったことを本に書いて一儲けすることは何の問題もない。・・要するに彼には何かが欠落しているのだ。「恥を知ること」とか。一生治らないのだ。グラスに限らずやらせや捏造はいつの世にも存在する。時には国家的規模のものもあるから、情報を受け取る側の大衆も気をつけなければならない。グラスのやったことなんかかわいいもんよ~などと言ってる場合ではないのだ。てなわけで、本編もおもしろいが特典もおもしろかった。出演者は・・カンビッツ役の人は「タイムライン」の最初の方で医師をやってた。ザーンはいかにもやり手の記者という感じで、くだけた言動がよかった。アダムの同僚アンディ役はロザリオ・ドーソン。つまらない仕事にあきあきしていて、おもしろそうなこの一件に乗っかろうとあの手この手。その野心家ぶりはちょっと怖い。もう一人の東洋人男性は「バレット モンク」のテンジンだ。グラスの同僚デヴィッド役の人は「洗脳」に出ていた。監督ビリー・レイは元々は脚本家。「サスペクト・ゼロ」「フライトプラン」「ジャスティス」など見たことのあるものばかり。「ニュース」は監督デビュー作で、その後「アメリカを売った男」をとっている。カメラをゆらしたりせず、ちゃんと真面目にとっていて好感が持てる。俳優の演技をじっくり堪能できるこういうとり方が、映画本来のスタイルだと思うな。