猟人荘の怪事件、戦勝舞踏会の事件、プリマス行き急行列車、盗まれたロイヤル・ルビー、スペイン櫃の秘密、スズメバチの巣、ベールをかけた女、マースドン荘の惨劇、満潮に乗って、二重の手がかり
猟人荘の怪事件
これはまだ原作読んでない。ポアロとヘイスティングスはヤマドリの猟に参加。と言ってもポアロの目当ては猟ではなく、その後のヤマドリ料理。猟場は雪がちらつき、寒い。冷えを極端に嫌うポアロが戸外でじっとしているなんてありえない・・と思いながら見ていた。
猟人荘に招いてくれたのはヘイスティングスの友人ロジャー。彼は当主ハリントンの甥である。ハリントンは仲間から金をだまし取り、戦争でボロ儲けし、しかもそれを自慢するような性格。腹違いの弟ストッダードや、甥のアーチーを人前で罵倒するなどし、みんなに憎まれていた。猟が終わると寒気を感じたポアロはホテルへ退散。そのまま風邪で寝込んでしまう。猟人荘ではロジャーは用事があってロンドンへ出かけ、メイド達は家に帰る。ハリントン、ロジャーの妻ゾウイ、家政婦ミドルトンの三人だけになる。そしてハリントンが殺される・・ん?ポアロとヘイスティングスが(ロジャーの好意に甘えて)猟人荘に泊まっていたらどうなったのかな?ヒゲのある男が訪ねてきたのをゾウイもミドルトンも見ているし、近くの駅では列車から降りた男が駅員の自転車を盗んでいた。最初疑いはロジャーにかかるが、その後晴れる。夜・・銃を手に外へ出るストッダード。彼はメイドの一人と結婚し、家を持ちたい。そのための金を貸してくれとハリントンに頼むが、すげなく断られる。だから腹を立て、ハリントンを殺しに行くのかな・・と思ったら、ただの見回り。途中で事件を知らせるミドルトンに出くわす。ミドルトンは不自然で、どう見てもゾウイの変装なので、からくりはすぐわかる。あとは彼女と組んでいるのがロジャーか、アーチーなのか、興味はそれだけ。
しかけとしては物足りないが、犯人捜しに犬を使うのはおもしろい。「暑い土地では目で獲物を追う犬を使うが、ここのしめった空気には鼻で追う犬が有利です」というストッダードの説明が興味深い。犬がブルブルふるえているように見え、寒いのだろうな・・と思った。人間なら文句の一つも垂れるところだが、犬だから黙って(?)仕事をする。そこがけなげでよかった。一番怪しく動機もあるストッダードだが、ポアロ達に全く疑われないのは物足りない。一度疑われ、その後潔白とわかり、強力な助っ人になる方が筋が通る。またこんな田舎にすぐジャップがロンドンから出向いてくるのも変である。
戦勝舞踏会の事件
原作は「戦勝記念舞踏会事件」・・こっちの方がわかりやすいね。戦勝記念・・て、どっちの?私はてっきり第一次世界大戦だと。そしたら録音テープが出てきて・・じゃあ第二次の方ね。
内容はわかりにくい。仮装舞踏会で殺人事件が起きるのだが、関係者六人が何に扮しているのかさっぱりわからん。オペラの登場人物か。ん?イタリア喜劇?オペラとどう違うの?(←無知)仮装のせいで誰が誰やらわからん。犠牲者がうつってもこれ誰?犯人の目星はすぐつく。とってつけたような余計なセリフを言うからだ。ほとんどの場合犯人はうぬぼれや。黙ってりゃいいのに「そう言えば○○って言ってましたよ」とか、現場に余計なメモやら何やらわざと落とす。ポアロが事件を解決できるのは、犯人のそうした行動のおかげ。一方ポアロも相当なうぬぼれや。今回はラジオの生放送で犯人あばき。さぞ上々の評判だろうと思ったら、局には苦情が殺到。なまりがあって聞き取りにくいというのが理由で、まわりの者は全員ポアロのことだと思うが、本人だけはジャップのロンドンなまりのせいだと思ってる。そこが笑えた。
プリマス行き急行列車
これは「青列車の秘密」とほぼ同じ内容。富豪ハリデイ氏の愛娘フロッシーの死体がプリマス行き急行列車から発見される。メイドのジェーンによれば、フロッシーの言いつけで途中下車し、彼女が戻ってくるのを駅で待っていたとのこと。フロッシーのコンパートメントには男性がいたが、顔は見ていない。フロッシーが持っていた宝石ケースはなくなっていた。フロッシーの元夫ルパートは金に困ってるし、交際中のロシュフール伯爵は山師である。どちらも怪しい。
「青列車」にはジェームズ・ダーシーが出ていて、それだけがとりえ。こちらはルパート役の人に目が行く。どこかで見たような・・「エクソシスト・ビギニング」で、口から蝶だか蛾だかが出てきた人だな。謎解きの方は途中でなぜか怪しい宝石商(?)が出てきて、何となく解決。メイドがぐる・・ってのはお約束だが、犯行時使った服を処分してないなど、念入りな犯行計画のわりにはずさん。別に殺さなくても宝石奪えたのでは?・・と思えてしまうのが痛い。ただ・・美貌と富にめぐまれても男運が悪いフロッシーは、何だか気の毒に思えた。
盗まれたロイヤル・ルビー
途中から「クリスマス・プディングの冒険」と同じじゃないか・・と思いながら見ていた。あの~クリスティーって多くありません?こういうの。ネタの使い回し・・いいのかな(いいんでしょう)。
エジプトのバカ王子が、知り合ったばかりの女性に家宝のルビーを持ち逃げされる。彼は次期国王なので、外務省の役人ジェスモンドが調査を頼みにくる。クリスマス間近でヘイスティングスもミス・レモンもいない。ポアロは一人さびしくクリスマス?いやいや彼には計画がある。読書、ラジオ、それに何と言ってもおいしいチョコレート!バカ王子がどうなろうと知ったこっちゃない。まあそうもいかずジェスモンドの紹介でレイシー邸へ。エム夫人の目下の悩みは孫のサラがデズモンドという男に夢中なこと。彼はどう見ても信用できない。この男がルビーの盗難に関係しているらしい。当主レイシーは株で大損をし、夫人に内緒で古美術品を売り、穴埋めしようとウェルウィンという青年を呼び寄せる。彼は仕事(鑑定)もあるが、サラにも会いたい。楽しいクリスマスの食事・・プディングの中からルビーが見つかるが、みんなはガラスだと思っている(犯人とポアロは別)。子供達がポアロをだまそうと殺人事件の芝居を企むのも「クリスマス~」と同じ。レイシーの金銭的苦境がそのうちあいまいになるので、ムダに思える。サラとデズモンドの妹グロリアが似ていて区別がつかん。
今回地味ながら好印象残すのはメイドのアニー。彼女は偶然デズモンドとグロリアの会話を聞いてしまう。ポアロを始末しようという内容。悩んだ末ポアロに注意をうながす手紙を送る。わざとクリスマス用のプディングを落としてだいなしにする。そのせいでクリスマスには正月用のプディングが出される。正月まで誰も手をつけないからルビーの隠し場所には最適のはずだったプディング。事件が解決した後もポアロを悩ませたのは手紙の送り主。彼は全部明らかにならないと気持ちが悪い。でもアニーがことの次第を話してやっとスッキリできた。ルビーは戻ったし、サラはウェルウィンと仲良くなり、エム夫人も一安心。予定とは違ったクリスマスだったが、ポアロは満足してレイシー邸をあとにする。てなわけでストーリー自体はさほどおもしろくないが、控えめで思慮深いアニーの行動が好もしく、後味はよかった。彼女こそこのエピソードのヒロインだ!
スペイン櫃の秘密
ポアロはレディ・チャタートンの頼みでリッチ少佐のパーティへ出席する。彼女は友人マーグリートの夫クレイトンが何か企んでいるのでは・・と心配していた。クレイトンは妻とリッチの仲を疑っている。激しやすい性格の彼は、妻を殺しかねない。ポアロとチャタートン夫人が行ってみると、クレイトンは急用でスコットランドへ出かけたとのことで、パーティは欠席だった。翌朝パーティに使われた部屋に置いてあるスペイン櫃の中から、クレイトンの死体が発見され、リッチが逮捕される。
映画は大筋はそのままだが、いろいろ変更してある。クレイトン、マーグリート、リッチは原作より若くなってる。マーグリートには男を惑わす不思議な魅力があるという設定だが、現実にはそういう雰囲気を持った女優さんを見つけるのは難しい。わりと平凡な人を出してきている。そこが物足りない。冒頭二人の男が決闘をする。一人はマーグリートの友人カーティス大佐だが、もう一人の若い方は?私はこの人がクレイトンかと思ったが、違った。決闘の理由はもちろんマーグリート。熱くなってるのはカーティスの方で、若い方は冗談で言っただけなのに・・と困惑ぎみ。カーティスはマーグリートに対し、むくわれぬ愛情をいだいている。長年思い続けているが、彼女の方は友人としか思ってない。彼女は彼にとって絶対的な存在なので、ちょっとでも侮辱されたりすると逆上し、表へ出ろ!・・となる。それでいてフェンシングで顔に傷を負うなどみじめ。この若い男はどうなったのか。執念深いカーティスがやられたままでいるはずないと思うが。マーグリートとリッチの接近は彼にとってはある意味チャンス。悩んでいるクレイトンをけしかけ、スペイン櫃に隠れさせる。パーティの後、マーグリートはきっと残る。浮気の決定的な証拠をつかむチャンスだ。事実を知るのは辛いことだが、このまま思い悩んでいるよりはマシだ。・・騒がしいパーティにまぎれてクレイトンを殺せば、疑われるのはリッチだ。二人がいなくなれば今度こそマーグリートは自分のものに・・。てなわけで犯人はすぐわかる。決闘シーンやらマーグリートの自殺未遂やらくっつけているが効果なし。だいたいマーグリートは自殺なんかはかるタイプじゃない。彼女は自分がまわりの男にどんな影響与えているか気づかない。その気もないのに男の方でかってに狂うのだ。だから魔性の女。
事件解決の方法も原作とは違う。ポアロが真夜中に呼び出され、命の危険にさらされる。そしてまたまたフェンシング。おや~また負けてるぞカーティス君。君もこりないなあ。スペイン櫃は日本の長持のようなものか(字幕ではチェストになってる)。なぜリッチの部屋にそれがあるのか、なぜ(隠れるのに都合よく)からっぽなのか。そこらへん触れてもよかったのでは?殺され方は残酷なので、詳しく見せない。原作だと声を立てないよう酒に薬を入れて眠らせるなど用意周到。・・いびきかいたらどうするの?映画ではクレイトンが穴から見ているところを鋭い小剣で・・これがホントの目刺しだぁ・・うう、見たくない想像したくない。でもその時クレイトンが穴から覗いていなかったら?・・この殺し方無理がある。リッチ役の人はナスみたいな顔で、白眼が目立つので笑える。
スズメバチの巣
この短編はほとんどポアロとジョンの会話だけで動きはない。どうやって映画化するのかな・・と思ったが、うまくふくらませてあった。モリーはクロードと恋仲だったが、今はジョンと婚約中。しかしいつの間にかよりを戻しているらしい。二人に嫉妬したジョンは自分で毒を飲み、クロードに罪を着せようと計画を練る。どうせ自分は不治の病でもうすぐ死ぬ身だ。彼の家にはスズメバチの巣があり、クロードが駆除することになっている。使うのは青酸カリだ。彼がクロードと会った後、青酸カリで死んでいるのが見つかれば、クロードが疑われる。きっと絞首刑にされるだろう。筋書きは簡単に読めたポアロだが、何と言っても事件はまだ起こっていない。どうすれば未然に防げるだろう。苦労の末ポアロは事件を防ぐのに成功するが、ジョンにとってはどっちにしろ死はすぐにやってくる。非常に気の毒な境遇だと思う。たった一つの救いは、ジョンが(同じ死ぬにしても)殺人犯にならずにすんだこと。ジョンもそのことに気づき、納得し、運命を受け入れる。ジョン役の人は、その心の変化をうまく演じていた。ほんのわずかだけど明るいきざし・・救いの感じられるラストで、ちょっぴり感動させられた。
・・今月下旬NHKBSで「ミス・マープル」物をやるようだ。「ゼロ時間へ」とかポアロでもマープルでもないものが入っているのは気になるが・・いちおう楽しみ。
ベールをかけた女
冒頭宝石店に強盗が入る。犯人は通行人の協力ですぐつかまるが、宝石はいつの間にかニセモノにすり替わっていた。通行人もぐるだったのだ。つかまった男がどうなったのかは説明されない。これはちょっとまずいと思う。ヘイスティングスはオランダで英国人が謎の死・・という新聞記事に目をとめるが、ポアロはそそられない。自分にふさわしい依頼がちっとも来ないとこぼす。そんな時、ベールをかぶった美女が助けを求めてきた。彼女レディ・ミリセントは16歳の頃書いたラブレターをネタにラビントンという男にゆすられている。彼女は公爵と婚約中で、手紙の存在を知られたら困る。かと言ってラビントンに払うお金もない。高貴な美女の苦境にポアロもヘイスティングスも協力を約束する。ラビントンに会ってみると、いかにもふてぶてしく悪党そのもの。話し合いは失敗に終わる。彼がしばらく留守をすると知ったポアロは、錠前屋に変装してラビントンの家へ。家政婦をうまくだまし、細工をする。その晩ヘイスティングスと一緒に忍び込み、手紙が入っているという小箱を捜す。
ポアロの変装は珍しい。ヒゲの形を変え、自転車にも乗る。こんな泥棒みたいなまね、彼らしくないと思うが。もちろんレディ・ミリセントはニセモノである。本物のレディの方も実際にゆすられているのだろうが、首尾よく見つけ出した手紙の内容は不明。握りつぶしたのか、レディに返してあげたのかも不明。手紙捜しはそのうち冒頭の宝石盗難や、オランダでの英国人の死体とも結びつき、最後は一挙に解決する。博物館での追いかけっこまでつく。猫が出てくるが、何で博物館に猫がいるのか。全体的にわかりにくく、ちゃんと説明すべきところを通り過ぎてばかりなので、見終わっても消化不足。仕方なく二回見た。
おもしろかったのはヘイスティングス。ミリセントがベールを取ると「これはお美しい・・」と感嘆し、ラビントンのことを聞くと「汚ねぇ野郎だ」と憤慨する。美しい女性は犯罪なんか犯さないし、か弱い存在だから守ってあげなきゃならないと思い込んでる。見つけ出した手紙を読むなんてとんでもないことだとも思っている。彼はホント愛すべき紳士だ。ミリセント役の人は高峰秀子さんに似ているかな。彼女が登場すると、それっぽい叙情的なメロディーが流れ始めるので笑ってしまった。
マースドン荘の惨劇
ポアロは殺人事件が起きたという手紙を受け取り、ヘイスティングスとともに田舎町へ。ところが手紙を寄こした宿の主人ノートンはのん気なもの。それもそのはず彼の頼みは自作の推理小説の結末のつけ方。みんなに完璧なアリバイを持たせたせいで、誰を犯人にしたらいいのかわからなくなってしまったのだ。こんなことで200キロも旅をさせたのか・・とポアロはかんかんに怒る。
さて、マースドン荘の主人ジャックは胃の手術を受けたばかり。医者には用心するよう言われているが、豪胆な性格であまり気にしない。二年前に結婚した若く美しい献身的な妻スーザンは、最近何かにおびえている。庭のヒマラヤ杉に顔が見え、笑い声も聞こえる。50年ほど前自殺した女の幽霊が出るといううわさのある木。夫が病み上がりで刺激しちゃいけないのに、何かと騒ぎ立てる妻・・こりゃ怪しい・・と誰もが思う。屋敷には夫の秘書で昔愛人だったミス・ローリンソンが同居している。スーザンに恋しているらしいブラック大尉もケニアから帰ってきている。作り手はスーザンから目をそらさせようとあの手この手。でも・・だめで~す。ある日ジャックが木のそばで死んでいた。口の中に血のかたまりがある。胃潰瘍が急激に悪化したのだろう。例の小説の件で腹を立て、帰ろうとしていたポアロだが、事件を知って興味を持つ。よく見ると現場には引きずられたあとがある。梢に幽霊を見たショックで・・と思わせるため、死体を動かしたのか。ポアロの要請でやってきたジャップの話によると、ジャックは破産寸前で、自分に高額の保険をかけていたらしい。てなわけでジャックの死は病死か他殺か自殺か、それとも幽霊の仕業か。もちろん犯人はスーザンで、動機は保険金。胃潰瘍で死ぬかと思ったら意外に丈夫で当分死にそうもない。だから待ちきれず・・。ブラックは、自分のせいか・・と悩むが、彼女は彼のことなど何とも思っておらず、せせら笑う。
原作はノートンの小説も、ブラック大尉の土産も、ミス・ローリンソンも、ろう人形館も、ガスマスクもなし。至ってシンプルで15分で終わってしまうような内容。いろいろ水増しした映画はさして出来がいいとは思えないが、まあ楽しめた方。朝の空気の中、墓場を走り抜けるスーザンのシーンなど、ホラーっぽくてよかった。
満潮に乗って
今回は珍しく長いですよ。原作と一番違うのは戦争が関係していないこと。原作だと・・クロード一族は皆ゴードンを頼って暮らしている。大金持ちの彼はとても気前がよく、何かあるとすぐ援助してくれる。だから皆将来の心配もせず、のびのびと暮らすことができた。それがあたりまえに思えた。何かあってもゴードンが何とかしてくれるさ。その彼が60を過ぎてから親子ほども年の違う若いロザリーンと結婚した時には皆驚いた。でもゴードンはこれからもまかせなさいと請合ってくれた。ある日爆撃でゴードンも使用人も皆死んでしまう。奇跡的に助かったのはロザリーンと彼女の兄デヴィッドだけ。ゴードンの遺産は当然ロザリーンヘ行く。クロード一族は困ったことになった。何しろ大丈夫まかせとけと言われ続けている。ゴードンを当てにし、貯金なんてしていない。それに戦後のあれこれ(税金・物価高騰)がある。生活が苦しくなる。負債をかかえてにっちもさっちもいかなくなる。ゴードンの代わりにロザリーンが我々の面倒を見てくれたっていいじゃないか。いや、そうするべきだ。ロザリーン自身は邪気がなく、おどおどしていて少し足りないように見える。頼めば何とかしてくれそうな、御しやすい女に見える。しかしデヴィッドがそばにいて、目を光らせている。一族は二人を憎み始める。彼らさえいなければ遺産は我々に来るのに・・。まあこういった感じの滑り出し。
映画の方は爆撃ではなくガス爆発になっている。ヒロインのリンは原作では海軍婦人従軍部隊から任を解かれて帰ってきたところ。映画ではアフリカで医療活動をしていたことになっている。リンの感じているもどかしさは、戦争を絡めた方がより現実味をおびたことだろう。活気があり、変化に富んだ生活から、眠ったような田舎の生活へ。ゴードンの遺産を当てにする一族のことを嫌悪しながらも、彼女自身は何もできない。仕事の当てもなく家でぶらぶらしているだけ。ローリーという婚約者がいて、そのうち結婚することになっている。家庭を持ち、農場で暮らしていくのだろう。でもそれでいいのかしら。ローリーは戦争にも行かず、ずっとここにいた。血のめぐりの悪い、牛のように鈍重な男だ。善人だが世間を見たこともなく、物足りない。それにくらべデヴィッドは何と危険な香りのする刺激的な男なのだろう。あんなやつとかかわったら絶対ひどい目に会う。そうわかっていてぐんぐん引かれてしまう。映画では戦争へ行かなかったローリーの感じる引け目、戦死した兄へのコンプレックスなどは描かない。・・と言うか描けない。
リン役の人はなかなか美人だ。ジャクリーヌ・ビセットのような感じ。デヴィッド役エリオット・コーワンは団時朗氏そっくり。うつる度に「帰ってきたウルトラマン」だ!・・と思ってしまう。団氏も今では「還暦過ぎたウルトラマン」だな・・って何のこっちゃ。ローリー役の人は「ホット・ファズ」のニック・フロストにそっくりだが別人のようで・・パトリック・バラディとかいう人。原作でイメージしたローリーと違うのが残念だ。どこがどうと文章にするのは難しいが、あんな感じじゃないんだよな私のイメージでは。IMDbを見たら少しやせた写真があったけど、この頃はちょっと太め。原作にはロザリーンがローリーを訪ねてくるシーンがある。いつもはおびえて縮こまっているようなロザリーンだが、その時はデヴィッドが留守ということもあるのか、素のままでのびのびしていた。農家の出で、牛のこともよく知っている。半日休みをもらった女中のようだ・・とローリーは思う。このいいエピソード・・何で映画にも取り込まなかったのか。リンの母親アデラ役はジェニー・アガター。リンの叔母キャシー役の人は「カレンダー・ガールズ」に出ていた。ロザリーンは原作では黒髪だが、映画では金髪。原作では薬の飲みすぎで死んでしまうが、それではあまりにもかわいそうだと思ったのか、映画では助かる。彼女はある秘密をかかえ、心の休まる時がない。ノーと言えない弱い性格のせいだが、それにしたって気の毒だ。
・・まだポアロのこと全然書いてないけど、今回の彼は(いつも通り出てきていつも通り行動するけど)カゲがうすい。さて、金の無心はいつだって妻の役目だ。男どもはメンツがある。アデラは何とかロザリーンから500ポンド引き出すことに成功した。キャシーはもっぱらいやがらせの電話をかける。フランシスは失敗した。夫ジェレミーを破産から救おうとしたのだが、デヴィッドに邪魔される。しかも一族の前で恥をかかされる。しばらくして村の宿にアーデンというよそ者が泊まり、デヴィッド達に手紙を寄こす。自分はロザリーンの前夫ロバートの知人である・・要するにゆすりである。アーデンと名乗っているが、ロバート本人かもしれない。彼はアフリカで熱病で死んだことになっているが、確かなことはわからない。もしロバートが生きているなら、ロザリーンとゴードンの結婚は無効になり、遺産は一族へ来る。デヴィッドはロバートと会ったことがないので、本人かどうか確認できない。ロザリーンならできるはずだが、なぜか彼は妹をロンドンへやってしまう。アーデンと会った彼は金を払うことにするが、渡す前にアーデンは何者かに殺されてしまう。宿の主人ビアトリスからアーデンとデヴィッドのやり取りを聞いたローリーも、アーデンを訪ねていた。しかしローリーが自分達にとって救いの神であるアーデンを殺すはずがない。当然疑いはデヴィッドにかかる。彼のふてぶてしい態度はまわりの者に悪印象を与える。しかし彼は犯行時刻にリンと会っていた。いずれはリンが出頭し、自分のアリバイを証明してくれる・・と見越していた。
アーデンの遺体に立ち会ったロザリーンは、夫ではないと断言する。一方ポアロはローリーから依頼を受け、昔ふとしたきっかけで知り合ったポーター少佐を捜し出してくる。彼はロバートの友人だった。彼は遺体はロバートだと証言する。二人のうちどっちかがウソをついているのだ。ロザリーンが夫だと証言するはずはない。ポーターの方が正しいように見える。しかしポーターは自殺してしまう。どうやら誰かから金をもらい、ウソの証言をしたものの、罪の意識に耐えきれず命を絶ったようだ。そのうちアーデンの正体がわかる。フランシスの兄チャールズである。デヴィッドに恥をかかされたフランシスは、ならず者の兄に頼み、ゆすりという方法で金を手に入れようとしたのだ。それもこれも夫の窮地を救うためだが、そのせいで兄を死なせてしまった・・と悔やむ。
さて、ポアロとリンは薬を飲んで死にかけているロザリーンを助ける。原作だと(前にも書いたが)彼女は死んでしまう。デヴィッドが薬(鎮静剤)をモルヒネと入れ替えたせいである。リンを愛し始めたデヴィッドはロザリーンが邪魔になり、始末したのだ。デヴィッドが金づるである妹を殺すはずはなく、疑いがかかることはない。自殺か過失とみなされるだろう。映画ではロザリーンを往診したライオネル(キャシーの夫で医師)がモルヒネに気づき、なかみを盗んでヒマシ油と入れ替え、そのせいでロザリーンが助かる・・となっている。キャシーは隠しているが、ライオネルはモルヒネ中毒。目の前にありゃそりゃ盗むわさ。ロザリーンにとってはそれが幸いした。デヴィッドの企みは失敗するわけだが、動機がリンへの愛情なのかどうかは映画でははっきりしない。
ポアロの調べでそのうちロザリーンの正体もわかる。本物のロザリーンは(原作では)爆撃で死に、デヴィッドはとっさに生き残った小間使いのアイリーンを妹に仕立て上げる。妹が死んでしまったのでは、せっかく手に入れた安穏な暮らしができなくなる。アイリーンは自分とすでに情を通じており、言いなりだった。一族はロザリーンに会ったことはないし、何か妙なふるまいがあっても爆撃のショックで・・と言い抜けできる。映画だと爆撃なんていう偶然ではなく、全部デヴィッドの企み。ゴードンと結婚し、妹の心が自分から離れていくのに嫉妬して・・ロザリーンを殺した後ガス爆発を起こし(実際はダイナマイトによる爆発)、ゴードンや使用人など十数名を殺害・・となっている。ただこれだと話にやや無理があるようだ。例えばロザリーンがデヴィッドの口出しに嫌気がさし、ゴードンの財産をあなたの自由にはさせないわよと言ったとか、何かしら彼を激怒させるようなことがあったのならわかるが、妹をゴードンに取られて・・くらいの理由じゃねえ。実の妹なのに熱愛していた独占したがった・・となると異常だし。それと同じ計画するなら一族が到着してから爆発させるはずで・・。ロザリーンを一族に紹介するために開かれた夕食会。ゴードンの屋敷の前に一族が来かかった時に爆発は起きた。屋敷に入ってからなら、一族も皆殺し・・デヴィッドは後々彼らに悩まされずにすむのに。
とにかく映画ではデヴィッドはそもそもの発端で大量殺人をやっていた・・ということになっている。ロザリーンを始末しようとした・・だけでは悪役として弱いので、そうしたのだと思う。・・あらまあ完全にネタばらししてるけど・・いいわよね。これからポアロの「満潮に乗って」をレンタルして見ま~す・・なんて予定している人いないよね・・(いたりして)。アーデンを殺したのはローリー。ポーターに金を渡し、ウソの証言をさせ、自殺に追い込んだのも彼。しかもリンは、自分はデヴィッドを愛してる、あなたとは結婚しないなどと言い出す。だもんだからローリーは頭に血が上ってリンをしめ殺そうとするのだ。何せもう二人殺している(ポーターは自殺だけど、ローリーにとってはね)から、どうなろうと同じことで・・。もちろんポアロが現われて未遂に終わりますけど。
口べたで鈍重そうに見える彼だが、心の中では人並みに悩み苦しみ、怒り、嫉妬している。戦争に行かなかったこと、兄が戦死したこと、リンがデヴィッドに引かれていること。アーデンを殺したのは、彼がチャールズだと見破ったから。もちろん殺すつもりなどない。ケンカになって運悪く・・。彼なりに知恵をしぼってポーターに偽証するよう頼むが・・。やることなすこと裏目に出るばかりだ。まあこのように事件は解明されていくわけだが、最後の方は非常に物足りない。原作だとローリーは逮捕を免れる。アーデン(チャールズ)の死ははずみだし、ポーターは自殺だ。一方デヴィッドは一族をだまし、ロザリーン(アイリーン)を死に至らしめた。彼は絞首刑だろう・・って、そりゃ彼は悪人だけどローリーが免れて、彼は死刑ってどうよ。リンは・・と言えば、ローリーに殺されかけたせいで、かえって彼への愛情に目覚める。田舎の眠ったような日々にうんざりしていたが、とんでもない。いつ殺されるかわからないなんて、こんなスリリングな相手が他にいるだろうか・・いや、いない。彼と結婚すればさぞ退屈しないだろう・・ウーム、こういう考え方どうよ。ずいぶん変な終わり方だ、リンは何を考えているのだ。とは言うものの、原作を読み進めてきた人のほとんどはローリーに好意持ってるだろうから、ハッピーエンドはうれしい。ゴードンの遺産も入り、一族は経済的苦境から解放され、さぞホッとするだろう。フランシスとローリーの関係は微妙だが・・。
このように原作を読んだ時はローリーに目が行った。大人しそうに見えても人並みに・・という。映画だと別のことに目が行く。一つはロザリーンの苦悩である。彼女は田舎から出てきたただの小娘である。デヴィッドに誘惑され、こんなことになってしまったが、宝石も毛皮も屋敷も何一つ自分のものではない。みんなをだましている。ここを離れたい。ロンドンなら少しは心が落ち着く。また彼女にはデヴィッドの子供を宿し、堕胎させられたという辛い過去があった。信心深い彼女にとっては心の重荷だ。この堕胎の件は原作にはない。いかにデヴィッドがひどい男か強調するためにくっつけられたのだろう。運命に翻弄され続けたロザリーンだが、デヴィッドの逮捕後はどうなったのか。映画は全く触れない。ローリーのその後も不明。逮捕されたのか免れたのか。リンはアフリカへ帰ることにする。あら・・まあ・・そんなふうに・・あっさり・・さっぱり。一夜漬けのキュウリかナスみたいな行動取られたのでは納得いきませんわねえ。結局彼女ローリーのこと愛していなかったのね。趣味の悪いばかでかいアフリカの木彫りポアロにプレゼントして・・とてもポアロの好みとは思えんが・・映画は終わる。あらまあこんなんで終わられても困るわねえ。
映画で目が行く二つめはデヴィッドの行動である。原作だとコマンド部隊あがりで、戦争中はいいけど平和な時代には使い道がなく、しばしば犯罪に走ることとなる。映画では元道路建設のエンジニア。だからダイナマイトも手に入れられた・・となってる。戦争は関係なし。ふてぶてしく大胆なのは生まれつきということだ。彼は自分からわざと状況を悪くし、まわりを怒らせ、自分を憎むよう仕向け、しかもそれを楽しんでいる。ロザリーンが良心の呵責に苦しむのとは逆で、できるだけ今の楽しめる状況を引きのばしたい。普通の人間ならゴードンが死んでから今までの間にできることは皆しておくと思う。ロザリーンの正体がばれないうちに宝石や毛皮など金目のものを確保し、取れるものは皆取り、売れるものは売って、金を安全なところへ隠す。一族とはなるべく顔を合わせないようにし、波風立てぬよう気を配る。しかしデヴィッドはわざわざ逆のことをする。彼は楽しみの機会を逃したくない。過去は悔やまないし、将来のことも考えない。この二年間彼はいったい何をしていたのだろう。だめになったらその時はその時・・なのか。ロザリーンを結局は殺そうとしたところをみると、遺産への執着もうすい。とにかくお高くとまってる連中を見下してやりたい・・それだけが生きがいだったようで。
デヴィッド役のコーワンはヴァンサン・ペレーズにも似ているな。ヴァンサン系の美形ってどうしてこう生え際が後退しているのかしら。天は二物を与えず・・ってか?コーワンは「アレキサンダー」でプトレマイオスの若い頃やってたらしい。確かにあの美形が年取って何でアンソニー・ホプキンスになっちゃうの?と思った記憶が・・。てなわけでポアロのこと全然書いてないけど、終始どうでもいいような役回りだったもんで。
二重の手がかり
ハードマンは資産家でコレクター。家でパーティを開いたが、その間に金庫から首飾りが盗まれてしまう。カトリーヌ・ド・メディシスのものだったという逸品である。他にも何件かの同様な盗難事件が起きており、ジャップの首も危なくなってきている。パーティの客で怪しいのはプレーボーイのバーナード・パーカー。金庫に彼の手袋の片方が引っかかっていたし、中にはB.Pというイニシャルのついたタバコ入れも落ちていた。しかしポアロは、これでは手がかりが二重にある・・ありすぎてかえっておかしい・・と考える。他にランコーン夫人は旧姓だとイニシャルがB.Pになるし、ジョンストンも怪しい。もう一人ロシアから亡命してきたロサコフ伯爵夫人がいる。彼女を見たとたんポアロは心を奪われてしまう。いそいそ相手をし、ひんぱんに出歩くので、ヘイスティングスもミス・レモンもポアロもとうとう・・と思う。二人して次の仕事捜さなきゃ・・としょぼんとしてるのがおかしい。出歩いているポアロに代わって二人がランコーン夫人やジョンストンの聞き取りをするが、ポアロのまねをしてみたってうまくいくはずがない。・・と言うか、こういうのジャップの仕事でしょ?
ロサコフ夫人は美しいだけでなく教養があり、芸術にも詳しい。お互い異国で暮らしているという共通点もあり、ポアロとは話が合う。なるほどポアロはこういうタイプの女性が好きなのか・・とわかる。夫人役の人は、若くはないがしっとりした美しさと品があり、謎めいていてどこかさびしげでもある。それでいて芯は強そう。「スペイン櫃の秘密」のマーグリート役はこういう人がぴったりだったのに・・。原作での夫人はつむじ風のような人で、ポアロをきりきりまいさせる。度胸があって有無を言わせない。ただ、若いのか年寄りなのか、美しいのかブスなのかそういうのは全然わからない。前「メソポタミア殺人事件」でポアロがロ[ザ]コフ夫人に振り回されていたが、同一人物だろうか。「メソポタミア」では名前が出るだけで登場しない。しかしここ(←「二重の手がかり」事件)でのポアロの入れ込みぶりを見れば、夫人に呼び出されればメソポタミアだろうがどこだろうがはせ参じるだろうな・・とは思う。もっとも「メソポタミア」の原作読んだらロ[ザ]コフ夫人のロの字も出てこなかったけどね。
とにかくここでの夫人は原作とは全くタイプが違っていて、映画はポアロとのロマンス強調する。たまにはこういうロマンチックなのもいいじゃないか・・と思わせたいのだろうが、肝腎の事件の方がグズグズなのは困る。パーカーがパーティを中座した理由が説明されない。ランコーン夫人とジョンストンの潔白の証明もあいまい。まあ見てる人全員この三人のことなんか疑ってない。犯人はロサコフ夫人に決まってる。ハードマンの屋敷の近くで警官が見とがめた浮浪者の件もあいまいだ。後でポアロは浮浪者に罪をなすりつけるため(つまりロサコフ夫人をかばうため)、探偵を雇って浮浪者に化けさせる。警察がそっちの線で追っている限り夫人は安全・・ってそれでいいのかよッ!誰かが・・不運な浮浪者がしょっぴかれたらどうするんだよッ!・・と言うか、結局あの浮浪者は何の関係もなかったのね?通りすがりだったのね?首飾りが見つかってジャップが(首がつながったと)単純に喜ぶのも変。そりゃハードマンの首飾りは戻ったけど、他の三件は?他の盗みも夫人の仕業なんだからポアロは盗んだもの全部返させるべき。何で美しく高貴な女性にはこうも甘いのか。いくら自分好みでも泥棒は泥棒だろッ!しおらしく装いながらも他の事件の知らんぷりを決め込む夫人にはホント腹が立った。