メンフィス・ベル

メンフィス・ベル

マシュー・モディンはちょっと変わった人だ。「トップガン」の主役を断ってしまった。あれに出ていたらその後の俳優人生も変わっていたかもしれないのに。「カットスロート・アイランド」はIMDbによると9200万ドルかけたのに興行収入1100万ドルという凄まじさ。それまでわりと順調だった彼も、以後大作とか話題作には縁がなくなってしまった。でも「リアル・ブロンド」は地味だけどいい作品だったし、「ノッティングヒルの恋人」での彼はカメオ出演らしいが、ヒュー・グラントよりもずっとずっとステキだった。前にジョンの人形のモデルとしてD・マッカラムの名前をあげたが、あれは放送当時、つまり1960年代に限って考えれば・・のハナシで、年代を限らなければ私の頭の中でのジョンのイメージはマシューである。ジョンを形容するのによく使われるのが「graceful」、日本のファンの間だと「noble」である。マシューのすっきりと端正な顔立ちはこの「noble」という形容がぴったりだ。「バーディ」では高校生を演じていたがこの頃すでに25歳くらいだった。木の上からアル(ニコラス・ケイジ)を見下ろしているところ、パータ(カナリア)に一目ぼれするところ、高いところから飛び降りて、病院で傷ついた小鳥みたいにはかなげに横たわっているところ・・。小鳥に夢中の風変わりな高校生を演じても、ベトナム戦争で心に傷を負った青年を演じても、マシューは不思議な透明な美しさを感じさせる。こういう「けがされることのない存在」というイメージはジョンにも通じるものがある。さて「メンフィス・ベル」は実話を元にしている。「ローマの休日」などで知られるウィリアム・ワイラーが戦時中にとったドキュメンタリーの中に、このメンフィス・ベルという愛称のB17は登場する。しかし映画の内容は実話そのものというわけではもちろんない。他の出演者は「ロード・オブ・ザ・リング」のショーン・アスティン、ハリー・コニック・Jr(映画の中で「ダニー・ボーイ」を歌ってくれる)、「タイタニック」のビリー・ゼーン、エリック・ストルツなど。当時期待の若手がたくさん出ているんだなあという感じ。B17は大型の爆撃機で、乗組員は10人。下は18歳、機長のデニスでさえ26歳と若い。それだけにまだみんな人生が定まらないと言うか迷いのかたまりと言うか・・。

メンフィス・ベル2

映画はメンフィス・ベルの最後の出撃の前日と当日を描く。25回目の出撃が終われば彼らは故郷に帰れるのだ。損害の多さ(何しろ大型機だから失う人数も多いのだ。次の日には食堂の隣りのテーブルがからっぽなんてことも珍しくない。他の機の乗組員とはあまり親しくつき合わないのは、相手の死によって受けるショックをあらかじめ緩和するためだ)に士気も低迷しがちだが、彼らが無事生還すれば自分達だって・・という希望が持てるから士気も上がる。彼らは言わば軍の宣伝材料である。無事に帰って来さえすれば神話が生まれる。広報部からも「ライフ」からも取材に来ている。しかし若い乗組員達の苦悩は深い。死にたくない・・と泥酔する者、やたらに形見分けする者、女のコとの思い出を残そうとする者、詩に安らぎを求める者、人間いつかは死ぬさ・・とあまり気にしない者。翌朝目的地がブレーメンだと知らされた時にはほとんどの者は希望を失った。けんかをしたり仲直りをしたり、自暴自棄になったりはげまし合ったり・・そういったどこにでもあるエピソードが続く。マシュー演じる機長のデニスは乗組員にはさほど好かれてはいなかった。嫌われてもいなかったが、それは嫌うにしては彼が正しすぎるからだった。飛行前のチェックをくり返し、高度30000フィートを超えるとまたいつもの注意をくり返す。乗組員はまたか・・とぼやき、いいかげんに聞き流し、時には口まねをしておちょくる。でもデニスは決められた手順を崩さず、几帳面にやり通す。なぜならいざという時にしたがうとしたらやっぱりそれしかないからだ。ここらへんは「トランスポーター」を思い出す。さてドイツ軍の攻撃で編隊の先導機が撃ち落とされたため、メンフィス・ベルが先導を勤めることになる。しかしブレーメンまで来たものの煙幕が張られ、爆弾の投下地点は全く見えない。デニスは迷ったが旋回してやり直すことにする。他の者はどこでもいいから爆弾を落として、命のあるうちに帰りたいと思っている。事実爆撃手のヴァルは、錯乱した航空士のフィルが投下ボタンを押そうとするのを必死で止めていた。先導機が落とせば他の機はそれを合図に次々に爆弾を落とす。そんなことをしたら病院や学校など軍事施設とは関係のないところまで被害が及んでしまう。それに工場を破壊できなかったら、自分達の代わりにまた他の機がここまで来なくてはならなくなる。

メンフィス・ベル3

何とか二回目には爆撃を成功させた彼らは基地へと向かう。しかし次々と危機に見舞われて・・。結局機長に求められるものは人当たりのよさでも写真うつりのいい容姿でもないのだ。与えられた任務をきちんとやり遂げる責任感の強さ、他の乗組員がパニックになっても影響されない自制心が大切なのだ。冷静なデニスに彼をけむたがっていた者も信頼を寄せ始め、みんなで一緒に帰ろうぜ・・と心を一つにしてがんばる。デニスはオレについて来い式のタフガイでもないし、頭がいいわけでもない。ただただ生真面目で融通のきかない堅物でしかない。だから映画は地味だし、乗組員だってみんな同じような顔をし、その上酸素マスクまでつけるから誰が誰やらわからない。ハデでスカッとする戦争ものを期待するとあてがはずれる。しかし!大空を編隊を組んで飛ぶB17はすばらしく美しい。人殺しの道具を美しいと思うのはちょっと心に引っかかるものがあるが、それでも本当に美しい。こういう大型の飛行機を主役に据え、その美しさをとらえた映画ってあんまりない。さてお約束のハラハラシーン(乗組員の負傷、車輪が降りない、エンジンがいかれた・・)はあるが、メンフィス・ベルは何とか無事に基地に戻ってくる。抱き合って喜ぶ者、タバコに火をつける者、地面にそっとくちづけする者。そんな中操縦席ではデニスと副操縦士のルークが次々とスイッチを切り仕事を完了させようとしていた。疲れきって、ため息をつき、お互いを見るシーンがいい。デニスが帽子を取るときれいになでつけられた短い髪が出てくる。顔はトマトスープ(このエピソードは笑える)やらススやらで汚れてはいるが、すっきりと整った顔立ちときちんとした髪が美しい。困難な仕事で味方の損害も大きかったが、目的は果たし、全員無事に帰ることができた。笑いのタネにされてもかまわずわかっていることでもくり返し注意をし、チェックにチェックを重ねてきた彼のやり方。おろそかにしていいものは何一つないのだという信念が結局は全員を生き残らせたのだ。こういう生真面目さ、律儀さはジョンにも通ずるところがあって、ますますマシュー、ジョンにそっくりだわ・・となってしまうのだ。横顔を見ると鼻の形が同じだし・・。ちなみにこの映画近くWOWOWでも放映される。地味だけど心がほんわかするし、優雅なB17の姿も感動的だ。戦争の悲惨さ、無意味さもちゃんと表現している。