消えた天使

消えた天使

予告を見た時から、これは楽しくない映画だな・・ってのはわかった。何しろ性犯罪者がどうのこうのという内容だ。主演はリチャード・ギアだが、いつものような好人物を演じているのではなさそうだ。それでも見る気になったのはギアのせい。彼が出ているならそれほどひどい映画ではないだろう。予告ではああ見えたけど本編はそんなでもないかもしれない。・・要するに信頼感みたいなものがあって・・。少し前アメリカで橋が崩落するという大事故があったけど、「プロフェシー」と同じ。あの事故が起きる前、モスマンは目撃されたんだろうか・・。それはともかく、あの映画でのギアのいい人ぶりが忘れられない。今回共演しているのはクレア・デインズ。出演作は一本も見たことないが、きりっと知的で清潔そうで・・。うん、この二人の映画なら・・。公開一週目、有楽町スバル座で二回見た。私がいつも行くところよりは、確実にたくさんお客が入っているけど、館の人から見ればもっともっと入って欲しいんだろうな。お客のほとんどもギアだから・・と見にきているのでは?普通の犯罪捜査物予想していたのでは?始まってすぐ失望し、うんざりさせられる。粒子の粗いざらざらした画面、しかもしつこくゆれる。災害記録か前衛映画か。私こういうの大嫌い。こういう余計なことするのは自信がないからでしょ。お客の注意何かにそらしておきたい。直視されると困る。ボロが出る。アラが見える。それとも作り手はこれこそ技巧をこらした絶妙な撮影方法だって思い込んでいるのかしら。監督はアンドリュー・ラウだけど、私この人の作品見たことなし。見たいとも思わない。つまり何の前知識も期待も思い入れもない状態で見たってこと。「サスペクト・ゼロ」の雰囲気に似ていて、既視感がある。冒頭うつるものや聞こえる声は、見ているうちに忘れてしまう。でも二回見ると、冒頭のシーンがクライマックスのシーンなのだとわかる。一回見ただけじゃわかりにくく、はずれ映画としか思えない。でも二回見ると、なるほど・・と思う部分があって、なかなかよくできたいい作品じゃん・・と思えてくる。これも「サスペクト・ゼロ」と同じ。内容は目新しいものではない。異常なものに常に接していると自分まで異常になってしまう。ミイラ取りがミイラに・・。

消えた天使2

映画の最初と最後に出てくる「怪物と戦う者は、その過程で自らも怪物にならぬよう気をつけよ」「深淵を覗く時、深淵もまた覗き返している」という言葉は、ニーチェの著作に出ているものらしい。「8MM」でも「一度覗くとやみつきになるぜ」「悪魔と踊ると悪に染まるって言うからな」という印象的なセリフがあった。「8MM」や「サスペクト・ゼロ」では、主人公は一線を越えてしまう。他にも「ツイン・ピークス」のラストもそう暗示していたし、「レッド・ドラゴン」のグレアムや「テイキング・ライブス」のイリアナも苦悩していた。犯罪者の心理が手に取るようにわかるという能力は、一方では苦悩の原因ともなる。相手に言われてしまう。「我々は似た者どうしだ」「あんたの中に私がいる」・・。リストに登録された性犯罪者を監視する仕事をしているバベッジ(ギア)。有能だったが、ある事件(アビゲイルという女性の失踪事件)にのめり込みすぎ、その後はまわりから煙たがられている。18年勤めた職場(脚本ではバベッジ40歳というあんまりな設定)を、あと18日でクビになる。今しもハリエットという少女が行方不明になったが、バベッジはアビゲイルの時と同じやつの仕業に違いないと信じている。職場を去るまでにアビゲイル事件の真相は探り出せるのか。ハリエットを見つけることはできるのか。とは言え犯人捜しは彼の仕事ではない。上司も警察も彼の言動には迷惑顔。見ていて不快なのは、バベッジがいやな男だからだ。いつもならいい人光線出しまくりのギアだが、今回は・・。見かけからして違う。ヘアスタイル違うし顔はすさんでいる。出がらしのお茶みたいに疲れきっている。家族もいないようだ。監視官一人が1000人の登録者を担当するなんて信じられないが、実際そうなのだろう。バベッジの仕事ぶりは時には行きすぎで、更生しようとしている者にまでわざと嫌がらせをしているように見える。後任としてアリスン(デインズ)が来るが、仕事を教えてもらいつつも、アリスンにもバベッジの言動は度を越しているように思える。他の州から越してきた元性犯罪者エドマンド。一緒にいるベルという女性に暴力をふるっているらしい。わかっていても何もできないが、今のバベッジはマスクで顔を隠し、バットでエドマンドを殴るという行動に出るほど、衝動を押さえにくくなっている。

消えた天使3

ショッキングなシーンが出てくるので、見ている我々はバベッジを応援してよいものかどうか迷う。エドマンドだけでなくオウンビー、ヴィンセントなどにも暴力をふるうので、ますます不快な気分にさせられる。監視官がこんなことでいいの?と言ってエドマンドやグレンのやっていることはこれまた不快。グレンに会いに行くバベッジとアリスンだが、そこで行なわれていることは・・。そのおぞましさに、たいていのお客さんは見にきたこと後悔すると思うよ。ああ「トランスフォーマー」にしときゃよかった・・とか。誰か(連れ合いor恋人)と一緒だとさらに気まずくなること請合い。これは一人で見た方がいい映画。私自身は・・「8MM」ですでに見たような描写なので、それほどでもなかったけど。画面の色合いまで似ているのには驚いたけど、こういう場所(密室・不健全・秘密)描くのはどうしてもそうなっちゃうんだろうな。人間はここまで落ちることができる。普段普通に生活していても、いくら正常に見えても、内面はゆがんでおり、それは治らない。情けないのは需要と供給があること。全部が強制ではないってこと。おもしろ半分、ゲーム感覚、金欲しさ。こんなの見ていてちっともおもしろくない。一人くらいまともなのはいないのか。それがアリスンである。彼女はまだ泥にまみれていない。何やら暗い過去があるようだが、映画ではさほど突っ込まない(見る者の想像にまかせる賢いやり方)。重苦しい内容だが、アリスンの存在にホッとさせられながら映画は進んでいく。人間の心の闇、善とは何か悪とは何か。監視する側もされる側も心に闇をかかえている。人間なら当然のことで、どちらもそれなりに描写される。出演者の演技もいい。特にビオラ役のケイディー・ストリックランドがすばらしい。まるで何かが乗り移ったかのように凄まじい。いや、実際に乗り移られているんだけどさ。彼女の夫ポールは、バラバラ殺人事件の犯人として処刑された。ポールはビオラの首をしめるなど、彼女で実験してからそれを被害者に実行した。ビオラは肉体的にだけでなく、精神的にも・・つまり人格を破壊されてしまった。彼女も気の毒な被害者の一人に見える。夫は処刑され彼女も服役したが、出所した今もバベッジは彼女をひんぱんに訪問し、苦しめ続ける。

消えた天使4

そんな一見しおらしく見えるビオラだが、時には裏の顔が出てくる。女性をさらい、ポールと同じことをするのだ。ここらへんの、事件解決に向けての展開は今いち。ビオラ達の協力者を割り出すため、バベッジが性犯罪者リストの登録者を集め、銃で脅すシーンなど時間的におかしい。他にも一回見ただけではネットの果たした役割、ファンクラブの存在など何が何やらわからないことだらけだろう。それとこの映画では警察の動きはほとんど描写されない。バベッジを際立たせるためだろうが、全くの無能扱いである。ついでに言えばラスト、助かって家に戻ってきたハリエットが両親と抱き合うシーンもおかしい。ものすごく感動的なシーンだが理屈に合わない。誘拐され、ベッドにしばりつけられ、恐怖の日々を過ごしていたのだ。病院で点滴受けるはず。感動的な両親との再会は病室で行なわれるはず。顔は腫れ上がり、手首足首は傷だらけ(しばられていたんだから)、それと足を切られていたから歩行も不自由なはず。直接は見せないのでどの程度切られたのか知らないが(知りたくもないが)、まあこの切るシーンがこの映画の一番おぞましいシーンかも。ビオラ(性的興奮)もハリエット(恐怖に絶叫)もものすごいことになってる。さて、バベッジの動きを知って危険を感じたグレンがビオラを連れ出し、エドマンドも来て、この三人が共犯者なのだとわかる。この時点ではリードしているのは男二人の方。ビオラはあやつられているように見える。ところがビオラはエドマンドに暴行されたらしく、そのせいで裏の顔が出てくる。このあたりははっきりしないが、とにかくいつの間にか立場が逆転し、グレンは殺され、エドマンドはビオラに命令される側になってる。グレンがなぜ殺されたのかはわからないし、ハリエットの誘拐実行したのが誰なのかもはっきりしない。いちおうノベライズではグレンとビオラということになってる。他にも印をつけた新聞のこととか、あいまいな部分はいっぱい残っている。でもメインはビオラの狂気だからそんなことはどうでもいいのよ。彼女の狂気は心底恐ろしい。「怪談」見てけっこう怖い思いしたけど、そんなの吹っ飛ぶほど怖い。「怪談」は愛強調しすぎたせいで怖いと同時に甘くもなってる。でもこの映画は甘さゼロ。ものすごく苦い。

消えた天使5

グレンもエドマンドもどうしようもない悪党・狂人だけど、ビオラはそれ以上。でも彼女は人間。悪魔の仕業でも呪いでもなく、彼女が進んでやっているのだ。夫ポールというきっかけはあるけれど、そのポールも人間だ。とにかく何よりも怖いのは人間なのだ・・って思い知らされるわけ。ビオラは今度はバベッジの中に自分を見ていて、彼を引きずり込もうとする。自分を殺させようとそそのかす。ここらへんは「セブン」を思い出す。見ている我々はバベッジには踏みとどまって欲しいと思う。彼が一線越えたら・・つまりビオラ殺したら、この世は救いも何もないことになってしまう。映画見ている我々まで汚れてしまうように思える。でも・・アリスンがかけつける。そうよそうでなくっちゃ!彼女は天使なのだ。若くて美しく金髪で・・車でかけつける天使。「(この女を)助けに来たのか」と言うバベッジにアリスンは言う・・言うはず・・言わなければならない・・言えッ!「いいえ、あなたを助けに来たのよ」・・でも・・言わない。「もう大丈夫よ」って・・何だよそのセリフ。それじゃ決まらないじゃないかよッ!あたしゃこれ聞いて脱力しちゃいました。起承転・・ケッ!!何だこりゃ、こんなふにゃっとしたセリフ聞きたくないッ!「いいえバベッジあなたを助けに来たのよ」このセリフに変えやがれ!あッすみません乱暴な言葉使って。ビオラの狂気が移っちゃったかしら。荒れた砂地の農場のシーンなどは「サスペクト・ゼロ」と同じ。畑みたいなところに犠牲者埋めてあるのも同じ。ホントよく似ているのよ。ストリックランドは「ステップフォード・ワイフ」や「2番目のキス」に出ているが、さほど目立たない。印象が強いのは「アナコンダ2」。一見普通の御しやすい女のコに見えて、いざとなると男以上に芯の強いところ見せる。それが今回の映画ではぞんぶんに出ていたな。宣伝はベル役のアヴリル・ラヴィーンの方に比重かかっているけど・・ただの化粧の濃いパンダねえちゃんですよ。見せ場もないし殺されるシーンも出てこない(見たくもないが)。他にバベッジの上司ボビーがレイ・ワイズ。「ツイン・ピークス」のローラのおとっつぁん役の人。グレンが「トランスポーター」のマット・シュルツェ。エドマンド役のラッセル・サムズは若くてかわいい。異常者だからってグレンみたいなのばかりじゃない。彼みたいな育ちのいいお坊ちゃま風のもいるのよね。

消えた天使6

生意気な彼がいつの間にかビオラに命令され、びびっているのがリアルでよかった。彼は暴力はふるうけど、さすがに生きたまま切り刻むなんてことはしない。そういうのは彼のやり方ではないのだ。さて・・最後まで私はゆらすようなうつし方にはなじめず、イライラさせられた。もちろん全編ゆれていたわけじゃないけど、ゆらさなけりゃならない理由が私には見つからないのよ。このうつし方が作品の(出来の)足引っ張っているのは確か。バベッジにしても本当にエドマンドやオウンビーやヴィンセント殴るんじゃなくて、妄想に苦しめられるとかさ・・そういうのにしておけばよかったのに。あんなことしていて彼に捜査の手がのびないのは不自然だ。オウンビーやヴィンセントは泣き寝入りするしかないのか。バベッジが車に戻ってマスクを取るシーンでお客は「あ~」と思う。本当に暴力ふるったんだ、妄想じゃなく実行の段階にまで来ているんだ。それにしても今ここではっきり見せなくても・・。もうちょっとあいまいにしといて、後であばけばいいのに。バベッジがここまで病んでいるというのが明らかになるシーンだが、これを見て彼が気の毒に思えてくるかと言うと・・。やはり不快さの方が先に立つな。その後バベッジの異常さがもっとはっきりするシーンがある。ハリエットから親に電話があって、誘拐という線はうすれ、警察は興味をなくす(ここらへんの描写も不十分)。しかしもちろんバベッジは信じない。夜、アリスンの家に忍び込み、銃を突きつける。こんなふうにされたら誰だって犯人の言いなりになってウソの電話をかける・・ということを証明するためだが、アリスンは恐怖で半狂乱になる。バベッジには筋の通った行為でも、アリスンから見れば気違い沙汰だ。追い出されたバベッジは自殺をはかるが、銃弾はそれてしまう。この綱渡り的な、あぶなっかしいバベッジの精神状態の描写はよかったと思う。特にアリスンの背後から銃がすーっと近づくシーンでは、お客の一人(女性)が思わず「あ~」と声をもらしていたくらい。思いがけない驚きのシーンだった。さて、いろいろ書いてきたけど・・余計なことして墓穴掘ってる映画ではあるのよ。でもきりきり感、ひりひり感がはんぱじゃない。こんな怖い映画は久しぶり・・という満足感を与えてくれる映画。それと不快だろうが何だろうが現実にこういうことが起こってるんだよな、今この瞬間にもさ・・。