疑惑の影

疑惑の影

この映画は前に一度見たことがあるけど、さほど強い印象はなくて。今回見たのはジョゼフ・コットン目当て。彼は「第三の男」などに出ているけど、強烈な個性はなくて。私が見たのは1970年代・・もう年を取ってからが多いけど、彼のことは好きで。銀髪で端正な顔立ちで、品がある。監督はヒッチコック。1943年の作品だから戦争中だが、酒場に兵隊がいるくらいで戦争の影はほとんどなし。豊かな生活を送っているのがある意味すごい。いちおう推理物なのだろうが、冒頭で、コットン扮するチャーリーが悪党だというのはわかってしまう。謎解きのおもしろさより、チャーリーの姪で同じ名前のチャーリー(テレサ・ライト・・以下区別するためチャリ子)の心の揺れ動くさまに比重がかかる。ハンサムでダンディで、一緒に歩けば女性は皆彼に注目。そんな若い叔父が誇らしくてたまらない。彼女にとっては初恋の人とも言える。来て欲しいと思っていたら本当に来てくれて・・心が通じ合っているのだわ・・と、うれしい。母親エマは、若くして家を出た弟のことがかわいくて仕方がない。大人になった今も心配し続ける。父親のジョゼフは平凡な銀行員。叔父とは全然違う。幸せいっぱいのチャリ子だが、時々不安になる。叔父は何か隠してる?政府の調査員とやらが二人、アンケートや写真をとりにやってきて。でも写真嫌いの叔父は怒って。何であんな態度取るの?お土産にくれた指輪は、エメラルドの高価なもの。でも、自分達とは関係ないイニシャルが彫ってあって。調査員は実は刑事で、そのうちの一人グレアムはチャリ子に恋したらしい。彼女もまんざらではないが、彼が刑事で、叔父が疑われているというのはショックだった。金持ちの未亡人ばかり、もう三人も絞殺されていて。他にもう一人容疑者がいて、叔父だと決まったわけではないけれど、指輪のイニシャルは被害者のと同じで。叔父への疑いが深まるにつれて、今まで全部好きだったのが反動で・・話すのも顔を合わせるのも嫌で。例によってヒロインはこの上なく美しくうつされる。肌は光を発し、目はキラキラ、髪はつややか。その代わりいろんなことが見て見ぬふりされる。

疑惑の影2

グレアム達は別に調査員のふりして乗り込む必要はない。写真なんてどこからだってとれる。チャリ子はなぜ指輪のことを黙ってるのか。母親に叔父のことを知られたくないからか。彼が殺人犯だと知ったら母はどんなにショックを受け、悲しむことだろう。チャリ子は叔父には町を出て行って欲しい。でもチャーリーは当分ここに居座るつもり。運のいいことにもう一人の容疑者は死亡。グレアムもこれで事件は解決したと思ってる。何だか単純すぎるが、作り手はあんまりそっちの方は考えてない。チャーリーは、知りすぎている姪を生かしてはおけない・・と、あれこれ余計なことをし始める。ピンチに陥るヒロインをこの上なく美しく描く。大事なのはそれだけ。排気ガスで殺されそうになったチャリ子はグレアムに助けを求めるが、こういう時は味方は行方不明になるのがお約束。焦点は常にヒロインに。ヤローはどうでもよろし。とにかく町を離れる気になったチャーリー。そのまま映画が終わってもおかしくない。純真だった自分はどこかへ行ってしまった。今は胸に重い秘密を抱える。平凡な日々にあきあきして変化を望んでいたけれど、何もないことがどんなに大切か身にしみてわかった・・とか。でも映画だからもう一つクライマックスを用意する。チャーリーは列車からチャリ子を突き落そうとして、反対に転落。もちろんそこにはタイミングよく対向列車が来る。たぶんミンチに・・。彼は町を去る前に病院に多額の寄付をしていたから、恩人・偉人として盛大な葬儀が営まれる。今頃になって現われたグレアム・・チャリ子が事実を話せるのは彼しかいない。叔父だって最初から悪人だったわけじゃないはず。でも、全部世間のせいにする人間がいるのも事実。グレアム役マクドナルド・ケリーはロバート・ミッチャムとロック・ハドソンをミックスしたような感じ。ジョゼフ役ヘンリー・トラヴァースは「透明人間」に出ていた。ジョゼフにはハーブ(ヒューム・クローニン)という友人がいて、毎晩のように殺人計画を練る。完全犯罪を考え、話し合うのが楽しい、それで満足している。しかしチャーリーはまわりの者がみんな愚かで汚い豚に見える。豚なんだから殺したってかまうもんかってことなんだろう。ハーブの「僕のキノコを食うか?」というセリフが笑える。