コンスタンティン
当然のごとくほとんどの批評、宣伝は「マトリックス」がらみ。でも私は一作目しか見てないし、それも失望したクチなので、何のこだわりも思い入れもなく「コンスタンティン」を楽しむことができた。何かと何かが戦うという設定は映画にはなくてはならない要素で、そのバリエーションはほとんど無限。「コンスタンティン」に似ていると言えば「ブレイド」シリーズや「アンダーワールド」。闇・夜・地下・・普通の人々が暮らす日常の世界の中に異界がまじわっている。宇宙の果てでも未来でもない今のこの世界。でも人間対人間の戦いではない(そっちはそっちで戦っているのだけどさ、警察と犯人とか・・)。果てしない戦いが激しくもひっそりと行なわれ、人間に気づかれたとしても、新聞に載ったとしても片隅にちょこっと・・そして内容は・・間違っている。事件の本当の意味は当事者にしかわからない。読む人が読めばこれは○○の前兆だとかこの世の終わりだとかぴんとくるんだけど。「ブレイド」にしろ「アンダーワールド」にしろ「コンスタンティン」にしろ、映画と言うよりはゲーム。映画が始まった時点ですでにあることが起きていて、終わった時点で何も解決していない。ゲームって始まった時点で設定がすんでいる。始まりが白紙状態ということはありえない。じゃ電源を切ったら完了か?いや、次に電源入れればまた同じ内容のゲームが始まる。電源入れたら別のゲームになっていたらホラーだ!一つの映画の中でこれがくり返される。襲われる、追い払う、襲われる、追い払う・・。一方でこの映画、恋愛映画でもある。この映画だけでなくたいていの映画がそうなんだけど・・。男と女がいて(善と悪がいて、あるいは人間とそれ以外のものがいて)、出会って(事件が起こって・・「コンスタンティン」の場合だと槍が掘り出されて)話がスタートする。くっついたり離れたり追いかけっこをしたり(コンスタンティンがアンジェラを突き放したり接近したり、アンジェラがさらわれたりコンスタンティンが追いかけたり)、その間にちょっとした出来事が散りばめられ(友人の裏切りとか家族の死・・「コンスタンティン」だったらヘネシーやビーマンの死)、いろんな障害があったけれど、最後はどちらかの英断で(「コンスタンティン」だったら自殺をはかってルシファーを呼び寄せ)災いを福に転じ(肺ガン克服!)、二人はめでたく結ばれる(禁煙成功!)。
コンスタンティン2
おまけに子供もできたけど(おまけ→チャズが天使に昇格!)、将来もこのままかはわかりませんぜ(そうなったら「コンスタンティン2」の登場だいッ!)。どう?モロ恋愛映画と同じ構造でしょ?特にくっついたり離れたりの部分が大事で、くり返しなんだけど見ている人をあきさせないよう工夫をこらすわけ。その点「コンスタンティン」は鏡・ネコ・水などいろいろ使うものに工夫がこらされていて、特に水は新鮮でよかったと思う。この映画、製作費は1億ドルくらいかけているらしい。確かに見ていてお金かかっただろうなあ・・とは思う。ただ私自身は特撮のすごさにはあんまり感銘を受けなかった。出てくる下級悪魔にしろマモンにしろ虫やネズミなどでできているモンスターにしろ、ちーともインパクトなし。何見ても「ハムナプトラ」思い出しちゃう。そりゃ顔中口になっちゃう「ブレイド」のヴァンパイアよりはマシだけどさ・・いやおんなじくらいひどいかな。アンジェラがバスタブであばれて壊してやっとこさ脱出して息をはずませているところは、「ハム2」の溺れる寸前で助かったシーン思い出す。ちなみにこのシーンでの信頼→疑問→不安→パニックという展開はなかなかよかった。キアヌの表情がねーはかり知れなくて・・アンジェラじゃなくたって疑いますわな。特撮の大半はどこかしら既視感のあるもので、たいていの人は私よりたくさんその手の映画見ているだろうから(「マトリックス」シリーズとか「ヴァン・ヘルシング」とか)、あんまり新鮮味を感じないだろうな。じゃあストーリーはと言えば、地獄がどうの悪魔がどうので日本人にはなじみのない世界。私から見ると「すっごくしばられている世界」という印象。自殺は大罪とか永遠の苦しみとか。敵の軍団(悪魔)はこうで、それに対するこちらの武器はこうで・・という戦いの映画。でも私は登場人物の方に興味を引かれるタチなので、そっちについて書く。宗教なんて分析できるものではないし(問答無用で信じるのが宗教だ)。私は特撮よりすごいのは役者の演技だ・・と思っている。特撮はすごいけど役者はヘボだ・・というのと、特撮はさほどではないが役者のおかげで何とか見ることができるというのと、どっちがマシか・・と言われれば、私は後者を選ぶ。キアヌについては後ほど書くとして、ヒロイン役はレイチェル・ワイズ。
コンスタンティン3
古風な顔立ちでさほど運動神経発達していなさそうなのに、やるのよねえこれが・・。「ハム2」見てわかってるから今回のアクションシーン見ても驚かなかったけど、まあよくやりますよねえ、感心しちゃう。さてこの映画かなり説明がカットされていて、そのせいでアンジェラはちっとも刑事には見えない。おそらくは犯人を一発で撃ち殺すとか、あまりにも犯人を殺すので強制的に休暇取らされるとか、そういうシーンあったはず。相棒のザビエル(名前が意味深。パンフには何も載ってないけど、日本人にとってはルシファーやバルサザールよりよっぽどなじみがある)のケガとか、アンジェラがコンスタンティンと一緒に行動していることとか何も説明なし。何でケガしたの?何で出勤しないの?コンスタンティンの弟子チャズ。私こういうタイプの子ってきらい。「アイ,ロボット」でもそうだったけど、自信家ででしゃばりでおしゃべりで生意気で顔つきもいや。それがあなたラストでは天使に変身ですってよ!何?この待遇のよさは・・!あのラストそのものは気に入ってるけど演じてる人はいや。ラストと言えば、私が見に行ったのは明日で終了という木曜日の昼間。お客は10人かそこらで、エンドロールが始まると半分くらいはそそくさと出て行ってしまったの。そしたらあのおまけシーンでしょ!何だかトクしたようなうれしい気分!ウフ。ヘネシー役のプルイット・テイラー・ビンス・・何だかますますふくれ上がってきてません?フクレチャッタ・テユーカ・ピンチ?に改名しなさい。ビーマンとミッドナイトはあんまり・・特にミッドナイトは個性がなくて(ビーマンはねぐらが個性的)印象のうすいつまんない存在。よかったのはガブリエルとバルサザール。ガブリエルは本だと男のように描かれているけど映画では女性っぽい。ティルダ・スウィントンは「オルランド」という妙ちきりんな映画に出ている。年を取らず、男になったり女になったり。日本だと「まわりの人はみんな死んでいくのに私だけはなぜ年も取らず、死ぬこともできないの?」と(尼姿で)よよと泣き崩れるところだが、オルランドは別に悩みもせずに何百年も生きるのだ(何しろだいぶ前に見たのでちょっとあいまい。原作も読んだが意味わからん)。しめっぽさのない乾いた感じがティルダにはある。年を取らない中性的な感じもあって、まさに天使そのもの。
コンスタンティン4
逆にバルサザールの方は、年がいっているんだけど若く見せていて、顔立ちが変に整っていて、何となく人工的な感じがするってとこがとってもよかった。演じているのはギャビン・ロズデイルという知らない人だが、ティルダ同様はまっていた。バルサザールのことはよく説明されていなくて、アンジェラが壁を突き抜けるシーンが予告編等でよく出てくるが、あのビルで働いているってこと?本だとBZR証券の重役らしいけど。はっきり重役とは書いてないけど、重役専用トイレにいるところをコンスタンティンに襲われるのだ、みじめー。BZRってバルサザールの略ですかい?あとは・・そうそう真打ち、ルシファーと言うかサタンと言うかピーター・ストーメアですな。この映画コンスタンティンとアンジェラが恋に落ちるのか!?と思わせておいて(落ちてるんだけどさ)成就しないのよ。まだ後始末があるとか言ってカッコよく別れるの(後始末って墓の上にライター置くことかよ!)。アンジェラも槍を始末しなきゃならないし。だからラブシーンほとんどないんだけど、そのぶんルシファーが思いきりいやらしくキアヌに迫るわけよ。いや、コンスタンティンに迫るんだけど、どう見たってキアヌが危ない!迫られて耳かじられてました?でまたストーメアがうまいんですわ。この人「8MM」に監督役で出ていて、ニコラス・ケイジ扮するトムにカメラ向けて「美しい顔だ」とか言ってました?そういう屈折したところが似合う人なんですわ。美女にカメラ向けて美しいなんて言ったって何もインパクトないけど、オッサンのトムに言うから意味深に聞こえる。「コンスタンティン」でもルシファーはコンスタンティンが地獄に来るの楽しみにしているわけですの。もう来たら思いっきりかわいがっちゃうからねーってルンルン気分(もーいくつねるとコンスタンティン♪はーやくこいこいコンスタンティン♪)なわけ。ちっとも残酷にも極悪非道にも見えなくて、ただのエッチでスケベでいやらしい(同じことですけど)ホモオジサンにしか見えないわけ。この映画神様は出てこないんだけど、何か気まぐれであんまり親切じゃなくて腰が重くて(手遅れ寸前までほったらかし)、要するにルシファーとどっこいどっこい。いろいろハデな特撮見せても、強烈なメッセージは今いち伝わってこない映画の内容同様、ルシファーもゴッドも表現はやわらげられ、あいまいになっている。
コンスタンティン5
しかも用いる武器が笑っちゃうようなものだしマッチ箱。地獄を見るぞと足湯の用意。え?お湯じゃないって?じゃあ旅篭に着いてお姉さんが出してくれる足を洗う水。それならまだいいけど、水虫の治療しているようにも見える。しかもネコとにらめっこ。あるいはバスタブにつかるのに服は脱いだ方がいいの?なんて聞くカマトトアンジェラとかさ。この映画息抜きシーンがやたらあって笑える。そのぶんこわくない。ルシファーもこわくない。ストーメアのルシファーはなかなかおしゃれ。悪魔だからって黒なんか着ない。白で決める。ベニスの海岸でバカンスを楽しむ紳士風。これで冷汗かいてデッキチェアーにへたり込んでいたらひん死のアッシェンバッハだけど、ルシファーは生き生きしている(顔色は悪いけど)。ところで彼って生きてるの?死んでるの?息子がいるなんて初耳よ。母親は誰?いちおう息子だからたいていのことは大目に見るけど(ガブリエルとつき合ったっていっこうにかまわんよ)、マモンのバカはオヤジの地位狙ってガブリエルと手を組んだのだ。どうせそそのかしたのはガブリエルの方だろうが・・。我が息子ながらマモンにはそれほどの頭はないもんねー。とにかくこんなことは許しちゃおけない。地獄へ連れ帰ってきつーいお仕置きしなくちゃ。これでコンスタンティンには借りができちゃった。ルシファーは人の弱味握るの大好きだけど、自分が握られるのは好きじゃない。清算がすむまではコンスタンティンを地獄へ連れて行かれない。あせったルシファーはコンスタンティンの望み聞いてかなえちゃった。アンジェラの自殺した妹イザベルを、一瞬のうちに地獄から天国へ転送しちゃった。でもってこれで貸し借りなし!再び自殺の罪を犯したコンスタンティンは晴れてボクの奥さんに・・って違うがな!あのね、もう一度言いますけどルシファーの目はコンスタンティンに釘づけなのよ。マモンをこの世に送り出す抜け道・道具・媒体として目をつけられたのがイザベル。イザベルはその役目を拒否して自殺した(人類救うために自殺したのに、地獄に落とされて割に合わないわ!イザベル談)。・・で、今度はアンジェラが狙われ、今その体内からマモンがこの世に出ようとしている。ガブリエルが振り上げた「運命の槍」がこの世に地獄を、終末をもたらそうとするその瞬間・・時間は止まり、ルシファーはアンジェラを救い出す。
コンスタンティン6
マモンの出現をくい止める。ところでアンジェラは美女です。(ガブリエルよりは)若くてピッチピチ。そんな美女を抱きかかえているってのに、ルシファーちっとも関心示さない。普通なら少しは関心示す。でもアンジェラはただのモノ扱い。荷物と同じ。あれがコンスタンティンだったらそうはいかない!抱く手に力(愛情とも言う)がこもり、もう絶対に離さないんだもーん。もしかしたらなで回しているかも。・・とまあそんな妄想はともかく、ルシファーはコンスタンティンとの新婚生活・・もとい、新生活に気を取られていて、彼の「よい行ない」にうっかり手を貸しちゃった。自分を犠牲にしてイザベルを天国へ送ったごほうびに、コンスタンティンにも天国の門が開かれる(あのールシファーもアンジェラの命助けるという「よい行ない」しましたけど・・)。冗談じゃない、コンスタンティンを天国に送り出すくらいならボクチャンコンスタンティンの肺ガン治して生き長らえさせちゃうもんねー。さーどーだ!現代医学マッツァオの荒療治、コールタール一番しぼり!リストカット痕も消滅だいッ!どーせまたすぐ地獄行き予備軍さッ!私今までいろんな映画見てきましたけど、ここまで強引なストーリーも珍しいと思う。でもまあ元々天使だの悪魔だの地獄だのというムチャクチャな世界ですからな。いや別にキリスト教に限らずどの宗教にもムチャクチャで強引な部分はあるんですけどさ。とにかくルシファーのコンスタンティンへの執着ぶりは普通じゃない。「天国へやるくらいならこの世に生かしといたる!」というのは、「おまえと一緒になれないくらいなら、他の男(ゴッド)の妻にするくらいなら、いっそ自分のこの手で殺してやるー」というのと同じ心理でしょ?なぜここまで執着するのか、そこらへんの解明は「2」でお願いします。まあいろいろ書いてきたけど、この映画「キアヌでなきゃだめ!」なのは確か。キアヌははまり役。金髪じゃだめですってば。金髪は天使にまかせておけばいいの。黒髪、黒い瞳、不健康そうな白い肌、やや赤みをおびた目のふち。ほっそりした体に白と黒の衣装。・・どんな特撮より印象的ですってば。あたしゃキアヌの映画ってそんなに見てないけど、コンスタンティンはネオと言うよりグリフィン。世界を救う?ごめんだぜ、オレさえ無事ならいいの。オレさえ天国へ行かれればそれでいいの。
コンスタンティン7
オレ様主義全開で、自分から世間一般とは境界線引いちゃってる。それでいてどこか気弱。何かに、誰かにすがりたい。グリフィンだったらキャンベル。コンスタンティンは?タバコ?自分に害を及ぼすとわかっていてやめられない。グリフィンだってキャンベルにつかまる危険承知しながらちょっかい出す。強さと弱さが隣り合わせ。普通の人間でありながらそうでない雰囲気を持つ。「ザ・ウォッチャー」のところでも書いたけど、どうやって暮らしているの?みたいなところがある。コンスタンティンの場合はちゃんと家があり、食事も取っているけどお金は?貧しい人々相手に悪魔ばらいしたところで、もらえるお金なんてわずかなもの。グリフィン以上にこの世の者ではなさそうな雰囲気と言えば「リトル・ブッダ」。今回のコンスタンティンも天国に行きそうなところとか・・彼(キアヌ)なら栄光の光につつまれていてもちっとも不思議じゃない。ルシファーでさえ「ぜひ地獄にいらしてね!」ムードでしょ。ルシファーはある意味コンスタンティンをうらやんでいるの。彼は人間でありながら悪魔よりも悪魔らしく、神よりも神々しい。ルシファーが秋波送るのも、神が天国にすくい取ろうとするのも、ムリありませんてば。自分の味方につけておきたい男、それがコンスタンティン。神が描きにくいのは当然として(出てこないのはそのせいでしょ?)、描きやすい悪魔でさえこういう描写(ちっとも邪悪じゃない)になっているっていうのは・・。善も悪も表現しにくいものということなんでしょうね。地獄や悪魔を特撮で表現することはできる。いくらでもリアルに見せることはできる。ただ問題はそれらがちっともこわくないってことなの。最先端の技術を駆使して作られているのに結局は人間、つまり役者に負けている。神は現われず、ルシファーはうさんくさい紳士で、天使はどちらかと言えば女で・・。リアルさに欠けているのに、リアルな特撮地獄や特撮悪魔よりも数倍心に残る。もちろん特撮に圧倒されたという人もいるんだろうけどね。ビジュアル的な面がぴんとこない私って時代遅れの観客なのかも。・・で、この映画、私はけっこう(役者を)楽しめたので、ぜひ続編作ってください。もっとルシファーの出番増やして、キアヌに・・いやコンスタンティンに迫ってください(・・ってそればっかりじゃん!)。