パリは霧にぬれて

パリは霧にぬれて

これはテレビやレンタルビデオなどで何回か見ている。どれだったかフランス語しゃべっていて、かなり違和感あった。NHKBSでやったのを録画してあるが、これは英語版。最初見た時は、何が何だかさっぱりわからなかった。今見てみると、わからなくてあたりまえなのだとわかる。全然説明されていないんだもの。監督は「危険なめぐり逢い」のルネ・クレマン。冒頭美しくも悲しげな音楽が延々と流れる。音楽はてっきりフランシス・レイだと思っていたらジルベール・ベコーでした。貨物船か何かに乗っているジル(フェイ・ダナウェイ)と4歳の息子パトリック。家では落ち着かない様子の夫フィリップ(フランク・ランジェラ)と、かいがいしく夕食の支度をする8歳の娘キャシー。やっとジルから電話がかかってくる。なぜ船に乗ったのか、ジルは自分でもよくわからない。安堵と共に怒りがわいてくるフィリップ。父親のことが心配で目をうるませる娘。ジルとフィリップは愛し合っていながらも、心が離れてしまっている。ジルには何が原因でこうなったのかわからない。彼女は精神科医に通っている。彼女には記憶障害がある。シンシア(バーバラ・パーキンス)に傘を借りたことが思い出せない。診察の日を間違えてしまう。同じドレスを買ってしまう。ドアにカギを差したままにしてしまう。薬のビンをそこらに置きっぱなしにしてしまう。一階下に住んでいるシンシアは、親身になって世話をしてくれる。このアパートに入れたのも、不動産業をやっている彼女のおかげだ。ある日、フィリップに電話がかかってくる。恐れていたことがついに起きた。組織が狙っているのは彼の頭脳。組織と言っても漠然としている。フィリップ自身よく知らないのだ。知りたいとも思わない。彼が写真か何かを見ているシーンがあるが、何がうつっているのかよくわからない。何人も使って、何年もかけてしつこく勧誘してくる。そこまでするのは大金が動くからで、たぶん兵器関係ではないかと私は思うのだが・・。もしかしたら彼は以前それと知らずに(産業スパイとして)関わってしまったのかもしれない。で、こりゃやばいとアメリカからパリへ家族で移住。今は出版社に勤め、少しはうまくいき始めたところ。フィリップを呼び出した男やってるのはモーリス・ロネ。そう言えば彼は「スフィンクス」でも謎の男やっていたな。男は契約を迫るが、フィリップは断る。

パリは霧にぬれて2

男の言うことの中には、フィリップにとって耳の痛いこともあっただろう。ある分野に優れた才能を持ちながら、それを伸ばさずにいる。優れた頭脳も、使わなければ退化する。すでに二年たった。あと二年もすれば使い物にならなくなるだろう。フィリップは自分の頭脳を生かすことよりも家族を選んだ。不正なことには加担したくない。その選択に後悔はないだろうが、自分の才能が朽ちていくことに対してはどうなのだろう。それだけでも十分悩ましいのに、ジルの言動がこれまた彼を悩ませる。なぜこんなに精神が不安定なのか。彼が自分の秘密を打ち明けないのは半分はそのせいだろう。ジルが動揺するのは目に見えているから。さすがの彼も、組織の手がすでに家庭内に入り込んでいることには気づかない。苦悩のあまり現実から逃げ、仕事に没頭し、ジルを避ける。まあこういうのを延々と見せられるわけです。心が離れてしまった夫婦、悲しげな音楽がそれを助長する。・・ところで冒頭のシーン、私はてっきり早朝だと思っていた。朝もやにけぶるセーヌ川(たぶん)。でも違うんだな。朝じゃなくて夕方。フィリップが迎えにいった時には日もとっぷり暮れてる。家に帰るとパトリックはもう眠くて夕食どころじゃない。フィリップは食卓にローソクをともす。「ちょっと焦がしちゃった」と言い訳するキャシー。何てけなげな女の子なんだろう。本来ならジルがやらなくちゃいけないことなのだ。でもフラフラと出歩く。狭い食卓にローソクなんて・・と思っていたら案の定フィリップは倒しそうになる。階段には本や資料が積み重ねてあり、蹴とばしてしまうこともある。フィリップはしょっちゅう何かにぶつかる。彼のイライラ、思い通りにならないもどかしさが伝わってくる。この映画の感想で多いのはフェイ・ダナウェイの美しさ。続いてパリの風景、音楽の美しさ。内容そのものは大したことなし。で、確かにそうなんだけど、私が見ている間中感じたのはパトリックの天真爛漫さ・・と言うか、傍若無人さ。組織より彼の方がよっぽど恐ろしい。4歳で疲れを知らず動き回る。わがままいっぱいに育てられているから怖いものなし。船の上を走り回る。道路に飛び出す。人の多い歩道を輪を転がしながら走る。ある時帰宅したジルはパトリックの泣き声に驚く。顔色を変え、ベビーシッターのルーシーを問いつめる。ペンで目を突こうとしたから叩いたと言われ、あやまるどころか怒り出す。

パリは霧にぬれて3

パトリックは何をしても怒られない。何をしても母親は許してくれる。あまりにもな盲愛ぶりに呆れる。ジルとパトリックは強く結びついている。だからキャシーはフィリップと結びつこうとする。パパがママのことで悩むのを見て心を痛める。ジルの代わりにエプロンをつけ、食事を作る。ママがいなくても大丈夫、私がやるから。口には出さないけど目がそう言ってる。ジルとフィリップの間がぎくしゃくすると、するりとフィリップの横に滑り込んでその場の空気を和らげる。ママの代わりに私をいさせて、私ならパパを困らせるようなことは言わない、私はパパのそばにいたい・・口に出さなくても体でそう言ってる。たぶんジルは、自分の娘に嫉妬めいたものを感じたはずだ。自分だとうまくいかないことを、娘はいとも簡単に、いとも自然にやってのける。パトリックと共に誘拐された時、キャシーは何とか逃げる方法はないものかと一生懸命に考える。結局何もできなかったけど、泣いたりわめいたりせず、心細さにじっと耐えているところがけなげだった。一方ちょっと目を離したスキに子供達がいなくなり、必死で捜し回るジル。デパートの迷子受付場所で見つかるのを待っているが、そばで男の子が泣いているので、いたたまれない思いをする。パトリック(キャシーではないだろう)もああやって泣いているのではないかしら。母親が現われると、男の子はいっそう声を張り上げて泣く。叱り飛ばし、追い立てるように帰っていく母子の様子がリアルだ。一方、フィリップには誰の仕業かわかってる。その少し前、ジルの運転する車が事故を起こしたのもやつらの仕業。と言うか、この頃はシートベルトもチャイルドシートもへったくれもなく、子供達は運転するジルに抱きついたり大騒ぎ。これじゃ組織の手を借りなくても事故を起こしますってば。事態が切迫してもフィリップはまだ黙ってる。警察にも話さない。そのせいでジルが疑われる。フィリップには愛人がいるのではないか。精神的に不安定なジルは子供を道連れに自殺を図り、自分だけ生き残ったのではないか。資産家でもないし、身代金の要求もないから、誘拐とは考えにくい。このあたりになると、なぜフィリップが事情を話さないのか理解しづらい。心配するフリを装ってシンシアはフィリップの本音を引き出す。彼がジルを心から愛していること。こうなったら契約でも何でも組織の言う通りにするつもりでいること。

パリは霧にぬれて4

シンシアはやっと彼がその気になったことを知り、早速組織に連絡する。ただ、二人の話を偶然聞いてしまったジルにとっては・・夫の愛を確信できた瞬間。翌朝、組織から電話が来る。何で翌朝かと言うと、夜の間はジルとフィリップが愛を確かめ合うからだ。子供が誘拐されたってのに・・それとこれは別ってか?その後あれこれあるけど、見ていてもよくわからないのよん。フィリップは呼び出されて出かけたけど、警察の車があとをつけている。それに気づいたジルはシンシアを問いつめる。夫の愛を確信したジルは超能力が開花したらしく、シンシアが組織の回し者であることがわかったのだ。留置されていた時いろいろ考えてわかったと言っていたけど、違うと思う。もしそうなら昨夜帰ってきた時フィリップにそう言うはずでしょ(ベッドになだれ込むんじゃなくて)。シンシアも隠しきれないと思ったのか手先であることを認める。たぶん彼女は仕事は仕事と割り切っていたのだろうが、子供達が巻き添えになっていることはがまんできなかったのではないか。まず監禁場所に電話をかけてみるが応答なし。で、ジルと二人で出かけるが、何があったかはっきりしないうちに殺されてしまう。普通ならロネがもう一度出てきて、談判に来たシンシアを追い返し、部下に始末させるとか。どうもねえ・・そちらでテキトーに考えてね・・みたいな描写されると、アンタそれでもルネ・クレマンかよ・・って思っちゃう。すでにフィリップと組織の会見は警察の邪魔で中止になっている。ジルの目の前でシンシアが殺されるなど、事態がひっ迫してきている。子供達はいったいどこにいるのか。そこでジルは超能力を発揮して、シンシアがかけていた電話の番号を思い出す。つい昨日まで記憶障害に悩んでいたんじゃなかったのか。それを手がかりに屋敷を突き止め、踏み込んでみると・・。もちろん我々は何が起こったか、すでに知っている。子供達はベビーシッターとして家に来たことのあるハンセンに連れ出され、ここへ閉じ込められた。退屈してそこらへんをかき回していたパトリックは、バッグを見つけ開けてみる。入っていたのは小型の拳銃。もちろんパトリックは撃つ。キャシーに銃口を向けていることもある。最初は空砲だったけどそのうち・・。銃声を聞いたハンセンはパトリックから銃を取り上げようとするが、パトリックはハンセンを撃つ。キャシーも止めないし。

パリは霧にぬれて5

屋敷の中に実弾を込めた銃の入ったバッグが落ちてるなんて・・ありえない偶然だ。だがパトリックがハンセンを撃ち殺すのは偶然でも何でもない。起こるべくして起こったのだ。パトリックはキャシーが止めても撃っただろうし、相手がハンセンじゃなくても・・助けに来た警官でも・・撃っただろう。たぶんまわりは彼がこのことを覚えていないように・・完全に忘れてしまうよう心を砕くだろう。ただのイタズラなのだ、まだ子供なのだ、彼が悪いんじゃない。たぶんこれからも彼は甘やかされて育ち、将来きっととんでもないことをやらかすだろう!いや、その前に川に落ちるか水槽に落ちるか、車にはねられるかして命を落とすだろう。この映画で一番印象的なのはたぶんパトリック。いやいやこんなクソガキなんかどうでもいい。この映画はまだ若いランジェラを見ることができる貴重な映画。細くてのっぽで・・この頃の彼を見るとモンキーズのマイクを思い出す。数年たって貫禄がついて「ドラキュラ」になるわけだけど、この頃の彼は貴重。「わが愛は消え去りて」はDVD化もされず、見る機会はないが、「サンタマリア特命隊」は出ている。でも高くて手が出ない。話を戻して一人で悩んでうじうじしているフィリップ。歯がゆいけど、家族の幸せのためにあきらめていることが多々あって、そこが気の毒でねえ。ジルとケンカして「結婚したのは君が妊娠したから」なんて言っちゃって、すぐ取り消していたけど案外あれが本音だったりして。違う未来を描いていたけど、義務感から結婚して、これでいいのだ・・なんて自分に言い聞かせたりして・・(妄想)。ラストはいちおうハッピーエンドだけど、組織がすんなり彼のことあきらめますかね。シンシアやハンセンは末端の人間で、詳しいことは何も知らない。第一死んじゃったし。ロネ扮する男も姿消しただろうし、組織の全容はわからないままだろう。ほとぼりがさめた頃また手を伸ばしてくるかもよ。それにしてもパーキンスのことは書いてる人いないな。ダナウェイよりずっと美人なのに。もっとも整いすぎていてかえって印象薄いってのが彼女の特徴なんだけどさ。署長役は「ジャッカルの日」に出ていたレイモンド・ジェローム。本物のハンセンやってるジル・ラーソンとかいう女性はなかなかの美人だ。「シャッター・アイランド」に出ていたらしい。