光の旅人 K-PAX

光の旅人 K-PAX

こういう題材は難しいと思う。ファンタジーで行くか、SFで行くか、人間ドラマで行くか。混雑する駅・・老女がひったくりに会うが、助け起こそうとした男(ケヴィン・スペイシー)の方がつかまってしまう不条理さ。見ていた人が、彼は違うってちゃんと言ったのに。手錠をかけられ、車に乗せられ・・。一ヶ月後、その男はマンハッタンにある精神病院に転送されてくる。自分を宇宙人だと思っている。さまざまな薬を与えても効果なし。前の病院ではらちが明かず、こっちへ。そこでまた薬だ。何が何でも一般常識の範囲内に連れ戻さなければ(つまり宇宙人でいることは許されないと・・)。コメンタリーによれば、精神病院関係の描写は、綿密にリサーチして、正確さを心がけたそうな。私がいつも不思議に思うのは、患者の入院費は誰が払っているのかということ。明るく清潔で設備が整っていて。もう何年も入院している人もいる。中には金持ちもいるかもしれないけど、ほとんどの患者は違うでしょ?払わない代わりに、新薬や治療法の実験台・・被験者になるとか?結局今回も、お金の疑問は解決されずじまい。さて、男はプロートと名乗っている。地球から1000光年離れた、こと座の近くのK-PAX星人だという。担当医パウエル(ジェフ・ブリッジス)はもちろん信じていないが、妄想にしては妙に説得力がある。ちなみに原作では7000光年になっている。だいぶ違うぞ・・。宇宙人が地球人の体借りて動き回るというのは、映画ではおなじみ。刑事や捜査官に宿って悪を倒すとか、地球人の女性との間に愛が芽生えるとか。だからプロートは精神の状態で、人間の体に宿り、動かしているのだというのはすんなり受け入れられる。駅に突然現われたり、病院からいなくなったり、瞬間移動もできるようだ。1000光年という距離もやすやすとクリアー。見ている方は、メルヘンチックなSF・・異星人との心の交流、出会いと別れ・・そういうのを見せてもらえると思ってる。で、流れとしてはその通りなんだけど、実はプロートと名乗っているこの男はロバート・ポーターという名前で、悲惨な過去の持ち主で・・となる。治療のためにかけた催眠術でそれが明らかになるのだが、真相は明らかになったものの、ロバートの人格は・・。映画の大部分で表に出ているのはプロートの人格(←?)。

光の旅人 K-PAX2

もし本当に宇宙人なら、どうやって地球へ来たのか・・となる。でも、具体的な説明はなし。その理由の一つは、専門的すぎて説明しても無駄だから。もう一つは、人類にそれを教えると悪いことに使うから。たぶん他の宇宙生物を滅ぼしかねない。彼の言うことは言い訳めいているが、それでいて筋は通っている。前半の見せ場は天文台。学者達には光速を超えて移動する方法は教えなかったけれど、K-PAXの位置や軌道は正確に示した。年配のフリン博士役ピーター・マローニーは、「遊星からの物体X」の一人目の犠牲者。ギョロ目でマンガチックな顔立ちだが、表情の変化などすごくいい。後半になると催眠術。宇宙人もかかるのか・・と言うか、プロート自身はそんなに変化なくて。彼は病院から数日いなくなるし、患者の一人ハウイーに何やら任務与えてる。もうすぐK-PAXに帰るし、その際一人だけ連れていくとも言っている。パウエルはこれらのことが気に入らない。患者は勝手に出ていけないし、実現できないことを言って他の患者の心を乱すのも困る。要するに治したりルールを決めるのはこっち。医師と患者は対等ではないということ。でもプロートにしてみれば、自分がここにいるのは人間の観察に適しているから。病気だからではない。彼はウソをつかないし、ありのままを話す。ロバートのことをしゃべらないのは、話していいという許可が下りていないから。彼は宿主の意向を尊重する。ロバートが来て欲しいと念ずると、それがなぜかプロートに伝わる。その度に彼は地球へやってくる。ロバートが17歳の時、プロートは177歳。その十数年後の今は337歳。計算が合わないのは、たぶんK-PAXと地球、K-PAXと他の惑星との移動のせいだろう。ほとんど瞬時に移動・・距離や時間を飛び越えても、肉体はそれなりに年を取る。1000年分ではなく、七年分らしいが。生殖についての説明はあるが、寿命や死因のことは言及されない。宇宙人なら、どこからどうやって来たのかの次は、体の仕組みや寿命などについて聞くでしょうに(世界征服と不老不死は人間が求めてやまないものでしょ)。話を戻して催眠術だ。原作だとパウエルはとても忙しくて、週に一度診察するのがやっと。結果として間に合わなくなる。

光の旅人 K-PAX3

プロートが○月×日に帰ると宣言したせいもある。急ぐとろくなことはない。プロートはロバートの許可を取りながら話すが、それでもいくつかの手がかりは言う。医師として当然だけど、パウエルはそれらを繋ぎ合わせ、筋の通ったものに仕上げようとする。子供時代のトラウマ、宗教、精神の病気・・この場合二重人格・・によってロバートが隠れ、プロートが表に出てきたと。どんなことも科学的な説明はつく。原因がわかれば治療法もわかる。どんなに嫌なことでもほじくり出し、それと向き合うことによって乗り越えられるという考え方。でもプロートは違う。ロバートの嫌がることはしない。彼は一人にしておいて欲しい。たぶんプロートは、ロバートをK-PAXへ連れていきたいと思ってる。向こうでは誰も彼に干渉しない。最初の出会いから今まで、何度もその機会はあったはず。いまだに地球にいるのは、ロバートに行く気がないから。ここで冒頭の駅のシーンを思い出す。不思議な光が差し、次の瞬間にはもうそこにいる。これだけ見ると、今K-PAXから地球へ着いたように見える。でも原作だと事件から今までの五年間、ロバートの体を借りて、地球上のあちこちを見て回ったことになってる。だから地球上のどこかから、ニューヨークのグランド・セントラル駅に移動したことになる。ロバートは五年前、妻と幼い娘を流れ者に殺されてしまう。原作だと二人ともレイプされたことになってる。犯人に出くわした彼は、男を殺し、自殺しようと川へ入る。そのまま彼の人格は奥へ引っ込んじゃったから、その後の五年間はプロートが体を動かしている。プロートがK-PAXにいたのでは・・ロバート一人だったら五年も生きてられない。・・身元や過去は明らかになったけど、その代償は大きかった。ロバートの人格は完全に奥へ入り込んじゃったし、プロートはK-PAXへ帰るから、もう抜け殻状態。ほとんど何も反応せず、歩くこともできない。パウエルが無理に引き出そうとしなければ・・。彼自身は、ロバートの悲惨な過去にショックを受け、自分がそれに比べどんなに恵まれているのか、改めて思い知る。愛し、愛される家族がいること。先妻との間にできた息子と疎遠になっていたけど、近づく努力をする気になる。失ってからでは遅いのだ。この部分がたぶんこの映画のメイン。

光の旅人 K-PAX4

原作だと離婚の経験はないし、孫もいるから、映画よりはやや年齢が上。ロバートの過去が明らかになるのも、プロートがいなくなってから。本ならそれでもいい。でも映画はそうはいかない。ロバートを追いつめ、プロートに証拠を突きつけて反応を見る・・ってふうでないと、盛り上がらない。でも、ここで思う。パウエルを見ていて思う。「ああ・・やっちまったぜ」・・これでもうロバートはプロートとさえ話さなくなる。それ以上は踏み込まないというプロートと、どんな手段を取ってもというパウエル。これが実はこの映画で私が一番印象に残ったことで・・。ロバートを廃人同様にしておきながら、それでもこれでほとんどの説明はついた・・と、原作のラストでは書かれる。たった一つ説明がつかないのは患者のべスがいなくなってしまったこと。プロートが K-PAXへ連れていったのか。人間の形のままでは行けないはずだが・・。パウエルが余計なことをしなければ、ロバートは土壇場でK-PAX行きを承知したかもしれない。少なくともこんな抜け殻でこの先ずっと生きるなんてことにはならずにすんだはずで。多くの映画で、人類滅亡とか地球崩壊の危機が描かれる。で、たいていの場合そんな危機的状況でも男と女は恋に落ち、親と子は和解し・・。世界的・宇宙的規模のことから、男女の愛、家族の絆に、いつの間にかすり替えられてしまう。途中からずれていって、無難なところに落ち着いてしまう。「光の旅人」だって、超光速も宇宙人かどうかの真偽も結局は説明されず、放置される。家族の絆がやっぱり一番、あなたもパウエルを見ていてそう思ったでしょ!ラストの息子との和解は感動したでしょ!・・と、強引に同意を求められている気が・・。言っときますがあたしゃそうは思わない。自分が医者なら、ロバートをこんなふうにしちゃったことに責任感じる。こういう映画で不思議なのは、主人公が反省しないこと。自分がいいと信じてやったことだから、結果がどうでもかまわない・・という傲慢さ。てなわけで、私がこの映画で好きなのは、プロートのものの考え方。相手の嫌がることはしない、ウソはつかない。SF的な期待のほとんどは・・逃げてると言うか、ごまかしてると言うか、要するにはずされまくり・・そんな印象。他の出演はアルフレ・ウッダード。ハウイー役の人は「クロウ」のTバードらしい。繊細で凝った光の表現、静かで心地よい音楽はよかった。