譜めくりの女

譜めくりの女

シネコンでは時々二週間限定でミニシアターでやるような映画がかかる。私としてはこういうフランス製のちまちましたやつではなく、「P2」とか「Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼」のようなのやって欲しいんですけどぉ・・。と言いつつ見に行ったところをみると、私はちまちましたのも嫌いじゃないってことかしら。出演者も内容もほとんどわからないけど、なぜか気になって見に行きましたよ。パンフはなし。あったけどなくなったのか、最初からないのか。公開最終日、お客は二人。まあこういうのは、せっかくやってくれてもお客入るとは思えないな。・・一人の美少女がピアノを練習している。試験があるらしい。両親は肉屋。父親は肉を包丁でぶった切り、母親は店でお客の相手。ピアノと肉(血も)・・変な取り合わせで映画は始まる。父親はやさしい。試験に失敗したってどうってことないよ・・と気をつかってくれる。でも少女は自信ありげだ。失敗したらピアノをやめる・・なんて宣言したけど、失敗するわけないと思ってる。当日は母親に連れられて会場へ。コンセルヴァトワールの入学試験。少女は(最初は指がふるえたが)落ち着いて自信を持って弾き始める。試験官の表情が変わる。少女はますます自信を持つ。まわりを見るゆとりさえある。しかしその時・・ささいなことで集中が途切れ、手が止まってしまう。注意され、再び弾き始めるがしどろもどろ。少女の頬に涙が流れる。家に帰った少女はピアノにカギをかける。何年かたって、彼女メラニーは実習で弁護士事務所へ来る。短大での成績は優秀。落ち着いていて真面目で控えめ、仕事もよくできる。そのうち弁護士ジャンが息子トリスタンの子守りを捜してると知ると、自分がやると申し出る。早速ジャンの家に向かうが、現われたのはあの時の試験官。彼女アリアーヌのせいで、メラニーは試験に落ちたのだ。有名なピアニストであるアリアーヌは、二年前交通事故にあった。ひき逃げされ、犯人はまだつかまっていない。ケガは治ったが、それ以来精神が不安定である。それまでは上がることなんてなかったけど、コンサートで上がるようになった。彼女は近々仲間と三人でコンサートをする予定である。ピアノの心得のあるメラニーは、アリアーヌのために譜めくりの役をするようになる。アリアーヌはメラニーがそばにいると心が落ち着く。

譜めくりの女2

難曲を弾きこなし、コンサートは大成功。メラニーはアリアーヌにとってなくてはならぬ存在となる。もちろん彼女はメラニーがあの時の受験生だなんて覚えていない。・・この映画のポイントは、メラニーがアリアーヌに復讐しているのかどうかということである。パンフにはそこらへん解説されているのかもしれないが、そういうのがないので自分であれこれ考えるしかない。メラニーはジャンの妻がアリアーヌだということを知っていたのか。知っていたからジャンの事務所を実習場所に選んだのか。それともアリアーヌと再会したのはただの偶然か。アリアーヌに会ってもメラニーは全く表情を変えないので、近づいたのはやはり計画的なのか。話はさほど広がらない。メラニーは無口で無表情なので何を考えているのかよくわからない。見ていて物足りない、退屈だと思う人もいるかも。メラニー役デボラ・フランソワは「ある子供」に出ていたらしい。ダルデンヌ兄弟の作品だが、私は見ていない。デボラはまだ20かそこらの若い女優さんだが、私は若い頃のカトリーヌ・ドヌーヴに似ているなあ・・と。「反撥」とか。色が白く金髪で目が大きい。そしてやや太め。足などどたっとしていて、どこかのおばさん?って感じ。たいていの映画だとすんなりのびた足とか、ジムで鍛えたような筋肉質の足見せられるものだが、この映画は違う。彼女の足はやぼったい。彼女を見ているとルノワールとかああいう絵の女性思い出す。ふくよかで健康的。デボラはドレスの試着をするシーンでちらりとヌードを見せる。これまたふくよか。水着になると胸もお尻もこぼれんばかり。テニスをするシーンもいい。さて、メラニーはいつも態度が控えめで口数も少ない。若いのにしっかりしていて浮わついたところがない。彼女と接した人は皆彼女を信用する。彼女なら大丈夫だ。彼女は時々実家に電話をかける。何もかもうまくいってる・・と近況報告をする。両親は冒頭以外出てこないが、娘のことで心配させられたことなどないのでは?むしろ心配のタネがないのが心配だったりして。言いつけはきちんと守るし努力家で頭もいいパーフェクトな娘。でも彼女は本当に何も心配することのないパーフェクトな娘なのか。なまじ説明されないだけに彼女の本心は?本当の性格は?・・と考えてしまう。

譜めくりの女3

彼女がまわりに見せているのは、彼女の一面にすぎない。アリアーヌ役カトリーヌ・フロは「アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵」などに出ている。ピアニストの役なのでかなり大変だったと思うが、ちゃんとそれらしく弾いている(さすが)。夫ジャン役はパスカル・グレゴリー。何の予備知識もなしに見ていたので、彼が出ていたのにはびっくりした。ジャンは有名な弁護士で、妻や子供を愛している。こういう普通の男性役のグレゴリーは初めて見たな。いつもあぶらっこい、しゃべりまくる、策略家、ホモ・・そういうクセのあるキャラが多いから。冒頭の出来事から見て、メラニーはアリアーヌに復讐すると思う。その場合一般的には夫を誘惑すると思う。メラニーは若いし美しいしグラマーだ。ジャンに家庭を捨てさせる・・とまではいかなくても、よろめかせ、アリアーヌに嫉妬させ、夫婦間に不和をもたらすことくらい簡単にできそうだ。ところがそうならない。最初のうちは何事も起こらない。メラニーはあくまで控えめ。お化粧したくても高くて手が出ない・・なんてさりげなく言うくらい。人のいいアリアーヌは早速高価な化粧品を気前よくあげちゃう。そんなある日、とうとうメラニーは妙な行動を取る。お客はちょっとびっくりする。メラニーはレズ?だからジャンではなくアリアーヌ本人を誘惑するのか。でも難しいと思う。彼女はレズじゃないし、夫を愛してるし息子はまだ小さい。家庭を捨て女性によろめくなんてありえない。それとも復讐するつもりだったのにアリアーヌに引かれてしまったってこと?見ていてわからなくなる。アリアーヌは混乱するが、お客も混乱する。美しいメラニーにチェロ奏者ローランが目をつける。ある日手を出そうとするが、ひどい目に会ってしまう。このシーンではメラニーがただ者じゃないとわかる。そういえば冒頭でもそんなシーンがあった。一瞬見せる暴力的な行動。彼女を怒らせると怖いよ~。トリスタンに対しても妙な行動に出る。彼はまだ小さいので、ピアノの練習にしても腱鞘炎にならぬよう母親から注意を受けている。それをメラニーは、ママ達を驚かせてやりましょうよ・・とけしかける。子供は何となく言い負かされて、禁じられている曲を練習し、その結果手を傷めてしまう。

譜めくりの女4

また彼がプールで(家の地下にプールがあるのだ、すんげえ金持ち!)もぐりの練習をしている時、メラニーはいきなり上から彼の頭を押さえつけてしまう。息ができなくて子供はもがく。やっと手を離すと、メラニーは時計を見て「新記録よ!」と笑う。彼女の残忍性にお客はひやりとする。アリアーヌの大事なコンサートの直前、メラニーは姿を消す。彼女に頼りきりのアリアーヌは、代役の譜めくり役では落ち着かず、結局コンサートは失敗してしまう。後で現われたメラニーに腹を立てるが、途中で気がくじけてしまう。こういったちまちました出来事が、ちまちまと積み重ねられていく。最後はどうなるのかな・・いつの間にかスリルとサスペンスを感じ、ドキドキしている自分に気づく。あッ、そうか・・殺人やカーチェイス、銃撃戦、天災、宇宙人の来襲がなくてもスリルとサスペンスを感じることはできるのね。それにしても経済的だなあ・・スタントもCGも必要なし。アリアーヌはメラニーに引かれている自分に気づく。最初は気にしなかった。演奏仲間に指摘されてもただのあこがれだろう・・と、微笑ましく思っていた。そのうち迷ってくる。彼女は本気?困ったわ。試着室のカーテンのすきまからちらりと見えたヌードに動揺する。なぜ?店から出たメラニーは偶然男友達に出会う。楽しそうに親しそうに話す。この時のメラニーはごく普通の若い女性である。明るく自然でくったくがない。アリアーヌは嫉妬を覚える。彼女は私だけを見ているんじゃなかったの?男にも興味があるの?レズは見せかけだけ?アリアーヌはすでに精神が不安定になっており、物事を冷静に考えられない。しかも別れの時が迫っている。明日は帰るという夜、メラニーはアリアーヌに写真が欲しいとねだる。別に変わった願いでもない。ピアニストだから写真やサインをねだられることはしょっちゅうある(あの試験の時だって・・)。しかしアリアーヌはサインの他に「一緒に行く」とか「愛してる」などと書いてしまう。これって軽はずみだなあ・・と思う。悪用されたらどうするの。メラニーが信用できないってのは譜めくり役すっぽかしたことでも明らか。でも恋に目のくらんだアリアーヌはそんなこと考えない。翌朝早くメラニーは家を出る。アリアーヌの写真はジャンあてに来た手紙とまぜて、彼の机の上に置く。出張から帰ったジャンはそれを見て愕然とする。

譜めくりの女5

アリアーヌの方はメラニーが自分を置いてさっさと帰ってしまっただけでもショックなのに、あの写真までジャンに見られてしまった。どうしよう、私は何てことを・・二重のショックにとうとう気を失ってしまう。その頃復讐を完了したメラニーは駅への道を歩いていた。うれしそうでも悲しそうでもなく無表情に・・。いや~デボラ・フランソワってすごい。きっとドヌーヴやジャンヌ・モローのような大女優になるだろう。見ごたえのある映画だった。見た後で考えることがいっぱいある。妄想しがいのある映画でもある。まずアリアーヌの心理。・・前にも書いたけど彼女が家庭を捨てることは普通はありえない。夫はともかく、息子をほうり出すことなどできない。だが、彼女の場合、妻や母親であることと同じくらい重要なもう一つの顔がある。普通それは「女」であるということ。でも彼女の場合はピアニスト・・芸術家であるということ。これが彼女にはどうしても手放すことのできないものだった。ピアニストでなくたってジャンは彼女を愛してくれるだろうが、アリアーヌにとってはピアニストではない自分は、存在する価値のないつまらないものなのだ。同じことはメラニーにも言えた。父親は試験の合否に関係なくメラニーを心から愛してくれるが、メラニーにとっては試験がすべて。だから落ちてしまうと、その先はない。次の試験どころかピアノを弾くことさえないのだ。失敗した自分が許せないし、そのきっかけを作ったアリアーヌも許せない。話をアリアーヌに戻すと・・ピアニストでない自分は考えられない。しかもただのピアニストではだめ。みんなの注目の的、賞賛の対象、一流のピアニストでなくちゃ。そしてそのためには他の譜めくり人じゃだめ。メラニーでなくちゃだめ。彼女をそばへ置いとくためなら家族も捨てる!アリアーヌがああいう行動に出たのは、恋愛感情や性的欲望も少しはあっただろうけど、大部分は「ピアニストである自分を捨てられない」からだったんだろう。まわりにちやほやされたい、スポットライトを浴びていたい。それでなくても若い頃からそういう環境にどっぷり浸かっていた。今の自分が落ち目だなんて死んでも認めたくない。このように不安定なアリアーヌの心理をうまくあやつって破滅させたメラニーだけど、彼女のやったことは全部計画的なのか。

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ジャンの事務所に現われたのも子守りを引き受けたのも。さらに勘ぐればもっと恐ろしい見方ができる。アリアーヌをひいたのはメラニーではないかという・・。だって犯人はまだつかまっていない。別に殺してやろうとかそこまでは思わないけど、一生歩けなくしてやれ・・とかピアノを弾けなくしてやれ・・とか。でも治ったようなので、今度は何食わぬ顔をして近づき、精神的にずたずたにしてやれ・・みたいな。こうなると魔性の女ですな・・いや、私の妄想ですよ。ただ、メラニーの場合、子供の頃からすでに精神を病んでいたのでは?という気もする。二重人格(突然暴力的になる)、偏執狂(入学試験失敗の原因は厳密に言えばアリアーヌのせいではないのに、彼女に固執している)・・。映画はああいう感じで説明も何もなく終わったけど、あの後どうなったのかな。結局ジャン達にはメラニーが何を考えているのか全然わからない。こういうことをしたのには何か理由があるはずだが、いくら考えても見当がつかない。それってさぞ不気味だろう。お客(私)は描写されないその後のことをあれこれ妄想する。気を失って倒れたアリアーヌをジャンは介抱するだろう。いくら浮気したらしいからってほったらかしにはしないだろう。いちおう妻だし病人だし、トリスタンの手前もある。それと彼は有能な弁護士である。離婚するにしろ何にしろ、物事ははっきりさせたいと思うだろう。だからメラニーについて思い出せる限り思い出し、検討してみる。彼は論理的に考えることができる。誰かがウソをついたり隠し事をしても弁護士としての勘と経験で見抜くことができる。メラニーの標的がアリアーヌであったことは確かだろう。アリアーヌを苦しめ、それによって自分を間接的に苦しめようというケースも考えられるが・・。自分の方が職業柄恨みを受けやすいのは確かだが・・。とにかくメラニーは自分には全く接近して来なかった。自分は精神的に頑強だが、アリアーヌは弱い。メラニーに弁護士になる気があるかどうかは不明だが、実習に来るくらいだからいちおう勉強はしているはず。相手の弱いところを突き、徹底的に攻撃するという戦法も・・。ジャンは仲間にも聞くだろう。演奏仲間の女性はメラニーに不吉なものを感じ、心配してアリアーヌに忠告したことを話してくれるだろう。ローランもメラニーが何をしたかぶちまけてくれるだろう。

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話はおそらく彼に都合のいいように脚色されているだろうが。ジャンはまたトリスタンが手を傷めていることにも気づくだろう。メラニーが彼の大事な息子に何をしたか知って身ぶるいするだろう。子供の将来をだいなしにするつもりか?いや、それよりももっと恐ろしいことになっていたかもしれない。プールに浮かんでいて、そばには時計。息を止めてどれくらいもぐっていられるか試しているうちに・・。そうなっても誰がメラニーを疑う?このように少し冷静になってまわりを見渡してみれば、アリアーヌが罠にかかったのだということが見えてくる。本当にメラニーがアリアーヌを愛しているのなら、写真をあんなところに置くはずがない。写真を持って黙って一人で姿を消すか、アリアーヌと二人で姿を消すか。そうなるとメラニーが自分の事務所に現われたのも子守りを申し出たのも偶然とは思えなくなってくる。さらに勘ぐればあのひき逃げ事件も・・。しかし肝腎の理由がわからない。幸い彼女の身元はわかっているから捜し出すのは簡単だ。しかし意志の強そうな子だから話してくれるとも思えんが。それと彼女の悪意の確実な決めてがないのも困る。メラニーはラブレターを出したわけでもない。あからさまに言い寄ったわけでもない。トリスタンの件も罪のないいたずらだったのかもしれない。ローランのケガはあれはセクハラが原因なのだし。・・てなわけで状況はさほど有利とも思えないが、どうせ戦うのなら難敵の方がいい。歯ごたえのある敵を前にして、ジャンは弁護士としてのファイトがふつふつとわいてくるのを感じたが、今はとりあえず妻を回復させるのが先。そう気持ちを切り替えるのでありましたとさ。まあとにかく今度はグレゴリー主演で「譜めくりの女PART2」を作ってください。衝撃の事実が次々と明らかになるはず。アリアーヌをひいたのは・・。メラニーの両親から聞き出したピアノ封印事件は・・。あの時の記憶をたどるアリアーヌ。浮かび上がってきたのがあの時の無神経なサインねだり女。調べてみるとあの女性はなぜか行方不明になっていて・・。メラニーの父親も首をひねる。そう言えばあの頃ひき肉の量が・・。おえッ、すみませんもうやめますね妄想。