武林志

武林志

これは一般公開されたのだろうか。中国映画祭のような時に上映されただけなんだろうか。とにかく見る機会がなかった。ビデオが発売されたのは知ってたが、手が出る値段ではなかった。かなり前、民放で放映されたので見ることができた。吹き替えだし、たぶん数分カットされている。画質はおっそろしく悪い。でも、見られただけで幸せ。時代設定は1916年で、場所は天津。1900年に義和団の乱が起きる。日本では北清事変と言っている。ロシアや日本など八ヶ国連合軍に対し立ち上がったわけだが、ほとんどが農民。そのうち鎮圧されるが、かなり手を焼いたことから、連合国側は中国を分割統治することは不可能と悟る。植民地化は免れたものの、国力は落ち、この映画の主人公一家のように、流浪の生活を送るはめになった者も多数いるのだろう。ロシアなど外国人の顔色をうかがい、中国人としての誇りが失われているとか、これじゃあいかんと心の底では思っているとか、そういう状況。主人公東方旭役李俊峰は当時北京武術隊のコーチ。妻郜蓮芝役戈春艶は八卦掌と陳式太極拳で有名。用心棒役劉烈紅は鷹爪拳で有名らしい。「少林寺」などとは違い、内容が地味で、広く公開されたわけでもなく、しかも主演が顔が今いちでお猿さん顔ときている(もちろんちゃんとした髪型の時はそれなりにステキですけど・・と、いちおうフォロー)。そのせいかネットで調べてもあんまり情報がない。中国武術の雑誌「武術[うーしゅう]」によると、神州武術館の館長何大海役李徳玉は体育教師とある。生意気な師範代劉鉄柱役郭良は「方世玉」に出ているらしいが、日本では公開されたのか。八卦掌の達人神掌李役張雲渓のことは何も載っていない。ネットで、出演者の多くは武術家(武術隊のメンバー)で、演技は素人。俳優は張雲渓くらいとか書いている人も。神老人の場合、遠くからうつしていて顔がよく見えないとか、足だけうつしているといった場合は、代役なのかも・・と思ってみたり。何が見せるのは心意六合拳で、字幕や吹き替えでは六和拳になっているという指摘もある。こういうのを見る人は中国武術に興味のある人がほとんどだろうから、ちょっとした間違いも気になるだろう。

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映画の武術顧問として張文廣先生の名が、武術教練の一人として門恵豊先生の名前が出てくる。まあ本当は先生ではなく、老師と書くべきなのかもしれないが・・。張先生は数年前に亡くなったが、査拳の名手として有名。広播太極拳は日本ではあまり普及していないようだが(初心者は入門や初級やるより広播やるべきだと私は常々思っている!)、楊式規定は愛好者が多い。門先生は48式や総合の編纂者の一人だ。で、何でこんなことを書いてるかと言うと、内容が地味で、出来もいいとは言えない映画ではあるけれど、武術に関してはかなり本格的と言うか、ちゃんとしていると言うか。特に、八卦掌という武術を、その修行方法も含めて描写してくれるという・・愛好家にとってはありがたい映画なのだ。あんなふうに地面ではなく、高い棒の上を歩く練習方法があるとは思えないが・・。クライマックスは東方旭とロシア人レスラー、ダダロフとの試合だが、たぶん私も含め多くの人は戈春艶と悪人どもの戦いの方が気になったことだろう。「少林寺」ブームのおかげで武術雑誌が創刊され、毎号のように彼女の写真が載っていて。その彼女の動いている姿を見られる!「ドキュメント・燃えよカンフー」よりもたくさん見られる!神老人に吹っ飛ばされた用心棒は、血を吐いて死ぬ。両側から男二人につかまれた蓮芝は、体をふるわせて、二人とも吹っ飛ばしてしまう。距離とか重さを利用したのとは違う力・・勁を利用しているのだ。ここらへんも見ていてうれしい。さて、天津に流れ着いた一家は、安宿に泊まり、武芸を披露して何とか暮らす。そこへ地元の武術館の連中が因縁つけに来る。館長の何もお出ましだ。面倒は避けたい東は、わざと負けるが、彼が踏み下ろした石が割れているのに気づいた何は、東の方が技量が上なのに気づく。館に悪徳商人から用心棒が欲しいという依頼が来ると、何はその仕事を東に回そうとする。東は金に困っているから、これで助かるだろうという親切心と、悪いやつの仕事はしたくないという自分の都合と半々。宿の主人や、警部の勧めに困惑した東は、自ら腕の骨を砕くことで返答に代える。

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そのため武芸で稼ぐことができず、タバコ売りになる。どこからか50元の金を贈られるが、手をつけない。これは後で何が贈ったものだとわかる。何には自分の行為を恥じるだけのあたまはある。宿の主人は蓮芝に洗濯の仕事を持ってくるなど親切。警部は仕事柄裏の世界もいやというほど見てきている。正義を通せないことも度々。でも、中国人としての誇りだけは捨てない。みんないい人達なのだ。金や権力の前に、まず誇り、義の心がある。たぶん映画を見た当時の(中国の)人達は、ロシア人や悪徳商人をやっつけるという快感と同時に、中国人であることの誇りも、大いに感じたことだろう。さて、東に薬売りの老人が話しかけてくる。言葉のなまりや、武術の特徴で、思いあたることがあったらしい。どうも老人と蓮芝の父とは義兄弟だったらしい。蓮芝の父親は東の師匠だから、彼は師匠の娘と結婚したことになる。それだけ腕を見込まれていたってことだ。東の妹翠香は実の妹ではなく、孤児だったのを引き取ったらしい。ちょっと気のきいた映画なら、この妹と師範代劉の間にロマンスが芽生えるとか、工夫するものだが、何もなし。劉は最後まで単純で血の気の多いあんぽんたん。翠香も、顔を思い出せないほど印象に残らない。全然関係ないけど、神老人が長いあごヒゲをなでるのを見ていて、門先生の言葉を思い出した。「攬雀尾の捋は老人が長いあごヒゲをなでるように」・・つまり決して力を入れて引っ張り込んではいけないということだ。神老人はこの後東を特訓する。師匠が亡くなって以来、教えてもらう機会がなかった東には願ってもないチャンスだ。六ヶ月後、だいぶ上達したからと技量を試すが、まだ修行が足りないことがわかる。力ではなく心・・神老人は強調する。う~ん、それにしても骨を砕いたのに腕は何ともなくなっているぞ、いいのかな?(いいんでしょう)そのうちロシアからレスラー三人が来て、試合をすることになる。最初中国人をあなどって、やや格下の二人を出すが、何が勝つと悪徳社長(名前わからん)は手を回して何を襲わせ、頭を負傷させる。犯人の用心棒(名前わからん)はつかまるが、すぐ釈放される。ロシア人の興行主、悪徳社長、用心棒、警察署長などは悪人として描かれる。

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レスラー達は多少傲慢なところはあるにしても、さほど悪く描かれない。ちょっと気のきいた映画なら、翠香あたりを襲わせて観客をハラハラさせるところだ。その方が試合の時、あんなやつこてんぱんにやっつけろ~となる。何は自分の代わりに試合に出ること、武術館の館長になることを東に頼む。あのお金の送り主が何であることもすでにわかっており、二人は固い友情で結ばれている。で、この後いよいよ東とダダロフの試合になるわけだが、何があるかわからないので、東は妹と娘の玉蓉を町の外へ出すことに。その娘との涙の別れが延々と・・。まあ戦いの場面で客の心をわき立たせるだけじゃだめ、涙もしぼらにゃ片手落ちってことだろう。音楽がまた・・心に突き刺さるような悲しくも甘い旋律がくり返し流れ、耳にこびりつく。妹と娘がさらわれ、蓮芝達が駆けつける一方、東とダダロフの死闘は続き・・。でも私は東の方はあんまり興味なくて、蓮芝の方が気になる。それ以外にも気になることが・・。悪い社長と試合のレフェリーが顔そっくりなんですの。で、レフェリーは用心棒とも顔そっくりで、私は最初用心棒がレフェリーやってるんだと。そしたらクライマックスでは片方は東の試合でレフェリーやってて、片方は蓮芝と戦っていて、ありゃ別の人なんだと。で、それ以外にも試合見ている社長がいて、要するに顔つきも体つきもそっくりな人が三人も出ているってことで、本当にびっくりしたのだ。川辺の戦いは用心棒の鷹爪拳VS蓮芝の八卦掌。そこへ神老人が現われて、一打で用心棒倒しちゃう。たぶんダダロフよりも強いかも。このダダロフ、なぜか千葉真一氏に似ている。てなわけでいろいろ書いたけど、公開から30年以上たって、中国もだいぶ変わった。今でもこういう古くさい内容の映画が古くさい手法で作られているんだろうか。それとももっとスマートでワイヤー多用したCG満載の武術映画に様変わりしているのだろうか。今は武術の経験がなくたって、それらしく見せることもできるし。その代わり、「本物が持つ迫力!」と言った宣伝はできないけど。私は少しくらい演技がへたでもいいから、ちゃんと武術ができる人の映画を見たい。この「武林志」とか「三峡必殺拳」とか「ヤングヒーロー」を、DVDでノーカットで見たい。