あなたになら言える秘密のこと

あなたになら言える秘密のこと

「死ぬまでにしたい10のこと」は、公開してだいぶたってからシネパトスに下りて(?)きてくれたので見ることができたけど、こっちの方は下りてこなくて・・。どこでやっていたのかな。新聞の批評を見て興味は持ったものの見逃してしまった。その後DVDを買い、ノベライズを読んだ。主演サラ・ポーリー、監督イザベル・コイシェという、前回と同じ顔ぶれ。これだけでもう信用できると言うか。レンタルして内容確かめてからでなくてもDVD買って大丈夫と言うか。今回はティム・ロビンスがどーんといて、ジュリー・クリスティがちょこっと出て、あとは知らない人がほとんど。でも脇はしっかりしている。冒頭やラスト部分はやや難解だ。女の子の声が聞こえてくる。一回目見た時はとまどったが、二回目からはこういうことなんだろう・・と自分なりに想像してみたりして。そのことは後で書く。・・工場の騒音の中で黙々と働くハンナ(サラ)。彼女は耳が不自由らしい。家族も友人もおらず、家と職場を往復するだけ。部屋にはほとんど何もなく、食べるのはリンゴと白米とチキンナゲットだけ。日本人から見ると漬物もなしで白米だけよく食べられるね・・という感じ。ナゲットもソースなし・・ヘルシーだなあ。アーモンド石鹸は一回使ったら捨ててしまうからたくさん買い置きしてある。もったいないなあ。家にいる時はせっせと刺繍をするが、完成すると捨ててしまう。休みも取らず働いているので、他の工員の手前困る、休暇を取ってくれ・・と雇い主に言われる。彼女は休暇なんか欲しくないけど、仕方なく海辺の町へ。食事をしていると、沖にある石油掘削所で事故があり、ケガ人を看護する人を捜している・・と小耳にはさむ。彼女は「私、看護師です」・・と。セリフが少なくドキュメンタリー風。ふわふわゆれているようなカメラ。静かだけど何かありそうな雰囲気。「息子のまなざし」に似ている。まあ時々場違いな感じで音楽が流れてくるのは違うけど。「息子」は音楽ゼロ。画面はきれいだ。アイルランドが舞台だから重苦しい北の海・・という場合もあるけど、たいていはきちんとしていてくっきり、からり。黙り込み、打ち解けない感じのハンナだが、色が白く金髪が美しい。小柄でやせているが、若くて健康そうだ。この映画はハンナがジョゼフ(ロビンス)と結ばれるのだが、ハンナが若く見えるせいでまるで親子のように見えてしまう。

あなたになら言える秘密のこと2

いちおうハンナは30過ぎ、ジョゼフは45歳という設定。ハンナには目的がない。人生は・・時間は何かをしてつぶすしかない。彼女は重労働でも休みがなくてもかまわない。何もすることがないのが怖い。何もしてないと考えてしまう。思い出してしまう。彼女は考えたくないし、思い出したくない。一ヶ月も仕事がないのは本当に困る。だから看護師の仕事に飛びついた。周囲とは隔絶された海の上で、数人の見知らぬ男と暮らすなんてずいぶん思いきった行動だが、何もすることがないのにくらべれば・・。患者の名前はジョゼフ。容体が安定しヘリで運べるようになるまでしばらく様子を見る。骨折の他に火傷がひどく、一時的に失明状態。そのぶんハンナは気楽だが、ジョゼフの方はいろいろ知りたがる。この映画の登場人物は基本的にはいい人ばかりだ。共通しているのは孤独。ハンナはたぶん一番孤独だがさびしいとは思わない。周囲に壁を張りめぐらしている。でもその壁もところどころはうすくなっているようだ。ところどころ小窓が開いているようだ。ジョゼフだけでなく、若い女性の登場に他の男達もそれぞれの思いをいだく。でもストレートに声をかけてくる者はいなくてみんな遠慮がち。こういうところで働く男はみんな屈折しているのか。過去に心に傷を負ったわけあり連中ばかりなのか。いやいやそんなことはないと思うが。でも監督はそういうふうに描きたいらしい。料理担当のサイモン(ハビエル・カマラ)は自分の店を持っていた。繁盛していたけど、そのうち昼と夜の開店時決まってパニックに襲われるようになった。料理が気に入ってもらえなかったらどうしよう、お客が来なくなったらどうしよう。とうとう店をやめてしまったが、吐き気やめまいはぴたりとおさまった。今ではここで働き、みんなのためにいろいろ工夫して料理を出している。文句ばっかり言われ、ほめてくれるのはジョゼフだけ。ハンナも「おいしい」とたくさん食べてくれる。彼はそれがとてもうれしい。彼女に対しほのかな恋心をいだくが、自分に自信がなく父親的存在・・くらいなところで満足している。カマラは体も顔も丸く、やさしそうなところがいい。頭ははげているが年は若いのではないか。サイモンとハンナが結ばれたっておかしくない。腕がよく愛想のいい主人と、さほど愛想はよくないが働き者のかわいい奥さん。味がいいと評判のお店・・そんな情景が目に浮かぶ。

あなたになら言える秘密のこと3

サイモンだってそんな空想くらいしたはずだ(それまではもっぱらガチョウのリサを見てフォアグラのこと考えていたと思う)。ここへ来て二ヶ月ほどになるマーティン(ダニエル・メイズ)は海洋学者。ここでの仕事は波の数を数えること。海の中にぽつんと立っている掘削所。絶え間なく打ちつける波が支柱に与える圧力は相当なものだから、そういう仕事があってもおかしくないかも。メイズは最近公開された「バンク・ジョブ」に出ているらしい。写真を見てもマーティンとは全然違う顔をしているけど。さてこの映画、こぢんまりとしていて内容は練られている。登場人物は少ないがそれぞれ印象的なキャラで、俳優達の演技もいい。中心にいるのはハンナで、内に閉じこもっていて容易に心を開かない。でもそんな彼女でも男達に影響を与え、彼女も影響を受ける。工場にいた時より話すことが多くなってるし、みんなも彼女に話しかける。映画のメインはハンナとジョゼフの心の交流だが、ジョゼフ以外の人達との交流も心に残る。話をマーティンに戻すと、彼は本当は誰かと話したくてたまらない。でも緊張してうまくいかない。ちょっと何かあると、また失敗した・・と後ろに引っ込む。だからハンナが話しかけてくれるのがうれしい。人とのつき合いが苦手な彼だけど、仕事の面ではそれなりの目標を持ち、こつこつと研究している。掘削所にくっつくイガイやガチョウのリサを相手にしていれば気楽だけど、ハンナと話す方がそりゃずっとずっと楽しい。でも臆病な彼は所内の監視カメラにうつるハンナをこっそり見つめるくらいがせきのやま。DVDの特典ではカットされたシーンを見ることができる。洗濯場でのハンナとマーティンのシーンなどどうして入れなかったのかな。まわりには無関心なハンナだが、自分以上に人づき合いが苦手で不器用な(洗濯機の回し方も知らない)マーティンを見ると、何とかしてあげなくちゃ・・という気になるのだ。こういうのを入れると、ハンナとマーティンがお似合いのように見えてしまうので、まずいと思ってカットしたのかな。ハンナのやさしさが見えるいいシーンなのに・・。正直言って私には、ハンナがサイモンと結ばれても、あるいはマーティンと結ばれてもおかしくないよな・・と思えて仕方がなかった。ジョゼフと結ばれるのはもう決まっているけど、どうしてもジョゼフでなくちゃだめなんだ・・ってなかなか思えない。

あなたになら言える秘密のこと4

そりゃ後になってハンナの過去がわかって、こんな大きな苦悩をしっかり受け止めるにはジョゼフのような男性でなきゃ無理だ、ジョゼフでいいのだ・・って納得するけど。サイモンやマーティンはやさしくて誠実だけど、ハンナの苦悩は受けきれないと思う。彼らはそんなに強くない。さてジョゼフは明るく短気でおしゃべりでおいしいものが好きで・・要するに人生を楽しむタイプ。そういうところは大柄で童顔のロビンスのイメージにぴったり。その反面ジョゼフは苦悩をかかえているんだけど・・つまり親友の奥さんに恋してしまい、それを親友に話してしまい、そのせいで親友が自殺してしまい・・この暗い面がなあ・・。そりゃジョゼフにとっては後悔してもし足りない痛恨事なんだけど、その後でハンナの過去が明らかになるとそんなのどっかに吹き飛んじゃうわけ。悔み悲しんでいる彼が甘ったれに見えてしまうのだ。これってまずくない?ほとんど寝たきりで目も見えないという役をロビンスは申しぶんなく演じていたし、彼の存在感(ネームバリューも含めて)のおかげで映画に重みのようなものも出た。でも・・それでも・・ジョゼフ役を誰か他の人がやっていたらどうなったかな、甘ったれに見えない誰かって・・などとついつい考えてしまった。さて、時々聞こえてくる少女の声・・。少女は誰?ハンナがジョゼフに話した仲良しの友人って誰?わかりやすい映画なのにここだけがよくわからない。わかりにくくしているのは見る人によく考えてもらいたいから?ハンナはクロアチア出身。看護の勉強をしていた頃陽気だったのはハンナ自身か、ハンナがいつも空想していた友人の方か。彼女はある日突然悲惨な運命に巻き込まれてしまう。何とか生きのびたけど、心は死んでしまった。聞きたくない・・と願ったせいで耳が聞こえなくなった。それと同じであまりにも苦痛だったせいで心が体から離れてしまった。体はどこか別のところにある。ひどい目に会っているのは自分じゃない、「彼女」だ。あれからずっとハンナは人間的なものは排除して、抜け殻のような状態で生きている。食べるのは体力をつけるため。体力をつけるのは仕事をするため。仕事をするのは体を疲れさせるため。疲れさせるのは夜ぐっすり眠るため。夜眠れなくて何かを考えてしまうのが怖い。思い出してしまうのが怖い。10年以上そうやって暮らしている。

あなたになら言える秘密のこと5

非人間的な暮らしをしていれば、人間としての苦痛を感じなくてすむ。普通こういう女性がヒロインだと、セラピストだのカウンセラーだのボランティアだのいろいろ出てきて手を差しのべるものだが、この映画ではデンマークで拷問被害者を救う努力をしているインゲ(クリスティ)がちょこっと出てくるだけ。前ハンナのカウンセラーだった彼女は今でもハンナに手紙をくれるが、ハンナは読まない。時々ハンナはインゲに電話をかけるが、彼女が出ても何も話さず切ってしまう。きずなはあるが距離もある。でもジョゼフはハンナとの距離を縮めようと行動を起こす。彼女の手がかりは何もない。一時的に雇われただけだし、第一顔も見ていない。でも退院する時バックパックを渡された。掘削所を去る時ハンナが忘れていったものだが、ジョゼフの荷物にまぎれて残っていたのだ。中にあったインゲからの手紙を頼りに彼はデンマークへ向かう。あら?デンマークへわざわざ行かなくても手紙にはハンナの住所書いてあるはずですけど?いや、まずインゲに会ってもっとハンナの情報集めたかったのかな。ラストは甘くないし楽天的でもない。ごく普通の清潔な台所にいるハンナ。彼女は新聞を買いに出かけた夫の帰りを待っている。窓の外では二人の子供が遊んでいるらしい。ではハンナはジョゼフと結婚し、今では二人の子供がいるのか。聞こえてくる少女の声・・二人の子供は「わたしの弟たち」・・えッ、それってどういうこと?ハンナには生まれてこなかった娘がいて(つまり「ホテル」でひどい目に会っていた頃妊娠し、その後流産したとか・・)、その少女がしゃべっているのかな。そうじゃなくてやっぱり彼女はハンナが子供の頃から話していた空想の友達なんでしょ?友達は年取らないから、ハンナの子供達のちょうど姉くらいの年齢ってことなんでしょ?どうもここらへんあいまいで、こんなふうに難解にする必要あるのかな・・と思ってしまう。余韻のある、思わせぶりなラストにしたいという気持ちはわかるけどね。ハンナのセリフはなく、ただ動き回るだけ。きれいな画面に一人でうつっているのを見ると、「2001年宇宙の旅」のラスト近くのシーンを見ているような、妙に落ち着かない気分にさせられる。台所という非常に現実的な空間にいるのに・・。

あなたになら言える秘密のこと6

こんなふうに頭の中で話しているのは、ハンナがまだ完全には苦悩を克服していないことを表わしているのか。結婚し、子供を産み、育てるということほど人間的な行為はない。ジョゼフは大きな愛で彼女を人間に近づけてくれた。今の彼女はちゃんと料理もしているだろう。食べ物は単なる燃料ではないということを気づかせてくれたのはサイモン。掘削所から戻って再び工場で働き始めたハンナは、表面は何も変わっていない。でもお弁当のなかみは変わっていた。サイモンに教わったチーズスフレ。ハンナの告白も泣けるけど、それ以外で私が一番胸キュンだったのがこのチーズスフレ。一番最初に変わるもの・・一番最初に人間らしくなるもの・・それが食べ物。そう言えば掘削所でハンナに変化が出たのも、サイモンが作った料理(ジョゼフの食べ残し)を食べた時だったな。・・話を戻して、今は何とか過去と折り合いをつけて暮らしているハンナ。あの苦悩はいつかまた、ある日突然ぶり返すかもしれない。でもぶり返さないかもしれない。少女の声も、今はまだ頭の中で聞こえているけど、そのうち聞こえなくなるかもしれない。見ている者を混乱させるこんなラストシーンでなくてもいいのに・・と思うけど、ジョゼフを登場させずハンナ一人というのはよかったと思う。てなわけで今回も十分満足させてくれたコイシェ、ポーリーコンビ。次回も期待していますのでよろしく。好んで描かれるのは「死」とか「孤独」などの、あまり一般受けしないものだけど、作り手のテーマに対する集中力が感じられ、こっちもじっくり集中して見てしまう。たった一つ残念だったのは、機関係のスコットとリーアムのキスシーン。男どうし、家族持ちどうしのせつなく実りのない恋。それはいいけど、役のためとは言えこういうシーンはやりたくないなあ・・ってのが見え見え。見つめ合うくらいで十分心情はにじみ出たと思うけど?自ら孤独を選び取っているような所長のディミトリ、やや人生に疲れたような医師シュルツァーも心に残る。シュルツァー役スティーヴン・マッキントッシュはどこかで見たような・・と思ったら「アンダーワールド:エボリューション」でタニス役やってた。・・さて今年もあとわずか。お正月映画も公開され始めたけど・・どれを見ようか迷っちゃう~なんていう悩みはゼロ。アニメや邦画ばっかりなんですぅ。