生命誌から見た地球永住計画

講師:中村桂子


ー講座概要ー

中村桂子さん(分子生物学者 JT生命誌研究館館長)をお迎えして、「人間は生きものというあたりまえのこと」をテーマに対談をする。



ー講座内容ー


【中村さんのお話~人間は生き物の中にいる】

地球は多様な生き物の星です。名前をつけた生き物は百数十万種ですが、未知のものを含めるとおそらく数千万種の生き物がいるでしょう。生き物たちの時間と空間を表現したのが「生命誌絵巻」です。

バクテリアも人間もあらゆる生き物はDNAを持った細胞でできていて、共通の祖先を持ちます。生き物の誕生から現在まで38億年の歴史はゲノムに書かれています。生き物に優劣はありません。

人間は「生命誌絵巻」の中にいるのがあたりまえのことですが、現代社会を動かしている人たちは生命の外にいると思っているように感じます。「地球にやさしく」という言葉は生命を上から見た感覚で、中から見たら「やさしくしていただかないと生きていけない」なのです。

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【人間は他の生き物の役に立っているか?】

関野さんが、先日の伊沢正名さんとの対談(賢者に訊く3月12日「うんこはごちそう~うんこは多くの生き物の食べ物になる」)で「人間が他の生き物の役に立てるのはうんこぐらいだ」と言った伊沢さんの言葉をどう思いますかと訊くと、中村さんは「私は役に立つというより、邪魔しないという考え方です。そのためには生き物であることを忘れないことなんです」と答えました。

「確かに有機物も無機物も一緒に混ぜて薬品で処理する今の水洗トイレや下水道のやり方はよくありません。今は技術が進化しているのだからもっといい方法があるはず。有機物を循環させるにはコンポストがいいと思う」と、中村さんは昔に戻るのではなく、イマジネーションを駆使してクリエイティブに生き続ける人間の未来を期待しています。

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【無人の国境38度線地帯は生き物たちのパラダイス】

中村さんは今友達の韓国人アーティストが数年前に始めた生き物のプロジェクトをお手伝いしているそうです。

「韓国・北朝鮮の国境地帯には地雷が150万個も埋まっていて、人間が入れないために多様な生き物が棲む美しい土地になっています。もしも国境が無くなれば、すぐに開発されてしまうでしょうから、そこを守ろう。南北に木の橋を架け、シードバンクを作って絶滅危惧種の研究をするという夢のようなプロジェクトです。」

このお話を聞いて、リーさんが地球永住計画の小さな影絵プロジェクトのことを紹介しました。

「武蔵野美術大学の隣には朝鮮大学校があり、交流をしています。両校の学生たちと一緒に二つの影絵の物語を上演しました。韓国・北朝鮮の38度線、幅4kmの非武装中立地帯だけで繁殖しているクロツラヘラサギという鳥がいて、台湾や日本にもやってきます。その鳥のお話「クロツラヘラサギの冒険」がひとつ。もうひとつは昨年の芸術祭で上演した下水の中の汚れをプランクトンが食べていくお話です。とても小さなプロジェクトですが、今日のお話とすごく通じるものがあると感じました」と言うリーさんに中村さんは、

「小さなプロジェクトがいいんです。ちっちゃいことをそれぞれがやっていくのが一番いいんです。私のも小さなプロジェクトですから」とエールを送ってくださいました。

生きものとして小さなことをコツコツと、私たちもやっていきたいと思います。

(報告:足達千恵子 写真:豊口信行)



ー講師紹介ー

中村桂子(なかむら けいこ)

JT生命誌研究館館長。分子生物学。

東京都出身。1936年生。東京大学理学部化学科卒。同大学院生物化学修了。

三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993年-2002年3月までJT生命誌研究館副館長。

著書

『いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)』(藤原書店)

『小さき生きものたちの国で』(青土社)

『生命(いのち)のことば』(毎日新聞出版)

『18歳からの民主主義』(岩波新書)

『科学者の目、科学の芽』(岩波書店)

『3.11を心に刻んで2016』(岩波書店)


この講座は2018年4月2日(月)に武蔵野美術大学三鷹ルームで開催されました。