ビッグヒストリー、138億年の「人間」史

講師:長沼毅


ー講座概要ー

「ビッグヒストリー、138億年の「人間」史」 60分

講師:長沼毅(広島大学大学院 生物圏科学研究科教授)

シンポジウム「ビッグヒストリー、138億年の「人間」史」 75分

長沼毅

×関野吉晴(探検家、医師、文化人類学)

×三浦均(天文学、非線形物理)

×陣内利博(環境デザイン、メディア環境論)


宇宙、物質、生命はどのように誕生したのか? 人間はどのように出現し、現在につながっているのか。そして未来の私たちの姿は? 地球上に現れたきわめて特異な生物種、人間とその歴史を理解するための新しい考え方を提案する。



ー講座内容ー

「科学界のインディージョーンズ」こと長沼毅さんは、辺境に出かけて「命とは何か?」をつきとめようとされている生物学者です。長沼さんに「ビッグヒストリー」についてお話ししていただきました。

【「ビッグヒストリー」とは?】

最近日本語版に監修として関わらせてもらった『ビッグヒストリー』は歴史の本ですが、これは実は本というよりもひとつの運動です。地球上の多くの人たちに、人間のこと、地球のことを知ってもらいたいという運動で、それがいかにして始まったかという「ビッグヒストリーのヒストリー」を今日はお話したいと思います。

我々にとって一番大事なのは人間のヒストリーですが、それをなぜ一番大きな宇宙のヒストリーの中で理解しなければならないのでしょうか。それは、自分のライフの話をすると必ず周りの環境が関わってくるからです。

ヒストリーには始まりがあって、変化がある。これが重要なポイントです。

宇宙の始まりは138億年前。点よりも小さな存在が急に膨張して今の大きな宇宙になったという壮大な物語のような宇宙観、ヒストリーは、我々が地球を見る目、生き物を見る目につながってきます。

【「8つのスレッショルド」で語るビッグヒストリープロジェクト】

「スレッショルド」とは「敷居」のこと。その前後で世界が変わってしまうような重要な出来事を指します。

『ビッグヒストリー』では、重要な歴史の転換点として8つの「スレッショルド」(①宇宙 ②恒星 ③新たな化学元素 ④太陽、太陽系、地球の誕生 ⑤生命の誕生 ⑥ホミニン、人間、旧石器時代 ⑦農業のはじまり ⑧アントロポシーン)を示しています。詳しくは本を見てください。

今日はそれに倣って、ビッグヒストリープロジェクトがどこから生まれ、どのように変化し、これを学ぶことによってどのような未来を作りたいのかを、8つのスレッショルドを使ってお話しします。

8つのスレッショルド

①フンボルト『コスモス』1845-1862

ビッグヒストリーの考え方(人間の歴史を宇宙の中で考える)で書かれた最初の本。

②ダーウィン『種の起源』1859

生物にヒストリーがあることを示した。

③ビッグバン理論 1912-1965

宇宙にヒストリーがあることを示した。

④「地球の出」の画像(アポロ8号)1968

地球が美しく儚げな星であることに気づかされた。

⑤カール・セーガン『コスモス』1980

人間を理解するためには、地球や宇宙の枠組みで理解する必要があると多くの人が思った。

⑥デビッド・クリスチャンが大学で「ビッグヒストリー」の授業 1989~

⑦TED で紹介され、ビル・ゲイツが関わってビッグヒストリープロジェクト(BHP)が始まった。2011~

だれもが学べるBHPのサイトができ、本が出版された。

⑧地球永住計画 2017

今日この場で意識が変わる。集って学ぶ人間ならではの「コレクティブ・ラーニング(集団的学習)」の力で、明るい未来に進みたい。

【20万年のサピエンス・ヒストリー】

わが種族ホモ・サピエンス(人間)は、はじめの13万年はチンパンジーとあまり変わらない狩猟採集生活をしていました。7万年前に「認知革命」が起きて急に頭がよくなりましたが、その理由はよくわかっていません。そして1万年前に農業革命が起こると、我々の最大の関心事は自然から人間関係に変わりました。

人間性(ヒューマニティ)の根本は、共感力(シンパシー)、思いやりです。思いやりとイマジネーション(想像力)は密接に関係しています。最初にイマジンした人は何を思ったのでしょうか。多分、目の前にいる人の気持ちです。それから、その場にいない人々の胸の内も考えるようになり、イマジネーションが始まるというのが人間の特徴です。チンパンジーにはそれはありません。

そして、わが種族のもうひとつの特徴はイノベーション(創意工夫)。これらはみんな進化するものです。たとえば我々はだんだん暴力に対して嫌気を覚えるようになっています。我々のヒューマニティは発達しています。このことを知った上で、どんどんヒューマニティを進化させましょう。そういう方向性を示すのもビッグヒストリーの力。みなさんに賛同していただいて、自分もビッグヒストリーの一部になりたいと思っていただけたら幸いです。

シンポジウム「ビッグヒストリー、138億年の「人間」史」

長沼毅 × 関野吉晴 × 三浦均 × 陣内利博

【人間の思いやりと賢さの理由】

長沼「ホモ族は男女の体格差が少なくなったため、平等な立場で相手を思いやるようになった。それが愛の起源であるとも言われています。」

「7万年前に賢くなった理由としては、インドネシアの火山噴火による寒冷化で人口が1万人まで減り、絶滅の危機に瀕した時に衣服を発明した集団が生き残ったからという説があります。」

陣内「デザインは人が豊かに生きるためにどういう工夫をするか考えることだと思いますが、そういう知恵を使うことが7万年前に明確に起こり始めたのかなと思いました。もうひとつ、カール・セーガンの話に感動しました。大宇宙とコンタクトを取りたい!とパイオニアやボイジャーで積極的に試みたのはビジュアルコミュニケーション(視覚伝達)。この「見せたい」という思いから、出会いや継承が起こるのでは。」

長沼「情報をいちばん遠くまでたくさん運べるのは光と電波です。去年発見された4光年の地球型惑星に探査機を飛ばそうという話もあります。」

関野「ホモ・サピエンスがなぜアフリカを出たかというと、チンパンジーやゴリラより弱いので森から追い出されたのだと思います。ただ、森を出た人間は二足歩行になって、ゆっくり遠くまで歩いて移動したり、ものを運搬することが得意になった。それが人間の進化にとって大きかったのでしょう。」

長沼「いろいろなスレッショルドがあって今の人間があると思います。たとえば、哺乳類の中で白目があるのはわが種族だけ。白目があるとだれがだれを見ているのかがわかる。これはコミュニケーションの根本です。また、人間の赤ちゃんとお母さんはばっちり目を合わせることでミラーニューロンが活性化して、思いやりが発達したでしょう。」

【次回(3月11日)「変形菌 ふしぎな生き物」の講師を務める中学生研究者・増井真那くんからの質問】

「ビッグヒストリーでは人間の歴史を知るために宇宙を知っていくということですけれど、ぼくは変形菌という小さな生き物を研究していて、その変形菌について知っていくためには森全体の仕組みを知る必要があると考えているんですけど、人間だけでなく他の生き物を知るためにも、まわりの環境やもっと広いものに目を広げて研究していくべきなのでしょうか?」

陣内「ぼくは絶対そうだと思うよ。」(笑)

関野「一番大切なのはつながり。粘菌だけでは生きていけないので、つながりを見ていけば世界を見ることになっちゃう。」

三浦「粘菌の世界的な研究者だった南方熊楠もそこから世界や宇宙に裾野を広げていった人で、元々そういう宇宙観をもっていた人なので、いっぱい研究してぼくに教えてください。」

長沼「人間は確実にすごく変わった生き物です。なぜそんな生き物が地球の覇者になっているのか。それを知るためには、なぜチンパンジーはそうじゃないの?なぜネアンデルタール人はそうじゃないの?なぜ、いかにして我々はこうなったの?我々はどこから来てどこへ行くの?ということを知らなきゃならないじゃない。そういうことですよ、ビッグヒストリーのポイントは。そこに境界も天井も壁もない。がんばってください!」

とてもスケールの大きなお話で、あちこちにジャンプしながら壮大な138億年のヒストリーに思いを巡らせ、イマジネーションを膨らませる約2時間でした。地球永住計画もスレッショルドだったと知ってワクワク。人間(ヒューマン)のひとりとして、私たちの「ビッグヒストリー」を学んでみたくなりました。


『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか』

http://www.akashi.co.jp/book/b251054.html

BHPサイト

https://www.bighistoryproject.com/home


(構成:足達千恵子 写真:棚橋早苗)



ー講師紹介ー



この講座は2017年2月11日に小平市中央公民館ホールで開催されました。