生き物のつながり① 花と虫

講師:高槻 成紀


ー講座概要ー




ー講座内容ー

今日と明日はこれから玉川上水で調べてみたいと思っていることを話します。今日は訪花昆虫、つまり花に蜜を吸いにきて、体に花粉をつけ、別の花に移動して授粉する昆虫の話をします。訪花昆虫が花を訪れるように、動物と植物がつながりあうことを「リンク」と呼ぶことにします。紹介する話題は、いずれも私が麻布大学で学生とともにおこなった卒業研究です。私は新里先生や韓先生のような昆虫の専門家ではありませんが、昆虫は好きなほうで、子供の頃は採集や飼育に夢中になった昆虫少年でした。


<訪花昆虫の2つのタイプ>

昆虫を魅きつける花を虫媒花といいます。さまざまな花があり、さまざまな訪花昆虫がいますが、これには大きくいって2つのタイプがあります。


ひとつは花の形が特殊で、細長い筒状だったり距という花の一部が細長く突出したりして、その奥に蜜があるため、それでも吸蜜が可能なチョウやハチしか利用できないものです。キク科やクサギ、

特殊化した花から吸蜜できるチョウのストローのような口(左)、ハチの花を開ける口(中)に対し、皿のような花からして吸蜜できないハエのスタンプのような口(右)(「昆虫と花」、F.G.バルト、1997より)

距をもつ花:ツリフネソウ、ヤマオダマキ

距をもつ花:ムラサキケマン、テングスミレ

メタカラコウに来たヒョウモンチョウの1種、ツリフネソウに来たマルハナバチの1種


これに対して皿状の花は「誰でも」吸蜜ができるので、口が特殊化していないハエやアブでも訪問します。キツネノボタンやコナスビなどはその例です。

皿状の花:ヘビイチゴ、キツネノボタン、コナスビ


訪問者を限定すれば受粉の確率が下がるように思えるのに、なぜ特定の昆虫だけを魅きつけるのでしょう。「誰でもどうぞ」型の花の場合、その花粉をつけた昆虫が次に同じ種の花に行ってくれる保証がありません。そうなると蜜も花粉も無駄になります。これに対して「特定客限定」の場合、その昆虫が同じ花に訪問する可能性が大きいことがわかっています。結果的にはそのほうがよいということもあるのでしょう。花と昆虫の組み合わせは非常に複雑で簡単な答えはありません。ひとつの花が大群落を形成していれば、どちらでもよいかもしれませんし、花を作るのにコストがかからなければ皿型でも不利にはならないかもしれません。いずれにしてもこういう違いがあるということです。


私はこれを高級バーと一杯飲み屋にたとえましたが、グルメ向けの高級フランス料理レストランとファストフード店にたとえた人もいます。

特殊化した花は高級バー(左)に、皿型の花は一杯飲み屋(右)にたとえられるかもしれない。


<乙女高原の訪花昆虫>


山梨県の北に乙女高原という場所があり、ここで加古菜甫子さんと調査しました。乙女高原は江戸時代から刈り取りをすることで維持されてきた草原で、戦後はスキー場になりましたが、現在は多くの人が訪れる場となっています。もともとは森林であり、人の手によって草原が維持されているというところに注目し、訪花昆虫について森林と草原を比較することにしました。

課題(加古菜甫子卒業研究発表資料より)



調査区をとって花の数をかぞえ、ルートを決めて、左右2mの範囲に花があり、昆虫が来ていたら花と訪花昆虫を記録し、リンク数を記録しました。その結果、つねに草原のほうが花の数が多いこと、リンク数は最大で4倍も多いことが確認されました。

リンク数の季節変化(加古菜甫子卒業研究発表資料より)


また、リンクの内訳をみると、草原でチョウが多いことがわかりました。

森林と草原のリンクの組成(加古菜甫子卒業研究発表資料より)


では、全域を草原にするほうがよいのでしょうか。私たちは、数は少ないものの、森林にしかないリンクがあることに注目し、こうしたユニークなリンクを守ることも大切だということを指摘しました。


森林の沢にだけみられたサンリンソウとハチのリンク(加古菜甫子撮影)


ところで、乙女高原ではこの10年くらいでシカが増え、その頃からきれいな花をさかせる植物が減ってススキ原になってしまったという声が聞かれるようになってきた。私たちはその事実と理由を明らかにしたが、実験的にシカを排除する柵が作られたので、柵内外で花の数を比較した。その結果、柵内で100倍もの花が開花したことがわかった。このことから、かつてはこのように花が多かったであろうと考えられる。

柵内外の花の数(加古菜甫子卒業研究発表資料より)



<アファンの森の訪花昆虫>


長野県の北に「アファンの森」という森があります。これは作家のC.W.ニコルさんが私財を投げ打って管理している林です。この森はもともとは荒れ果てて「幽霊森」と呼ばれていたのですが、そこを手を入れて明るい林にしました。もともとはゴミがすてられ、歩くこともできない藪が生い茂っていましたが、今は歩いても気持ちがよく、春にはアズマイチゲやリュウキンカが文字通り溢れるように咲く話になりました。私はニコルさんと30年ほど前にシカについてのテレビ番組を作るためにお会いしました。2010年に再開し、アファンの森で生き物調査をすることになりました。

再開した高槻とニコルさん(2012年)


ここでも訪花昆虫の調査をしましたが、アファンの森は森林の管理のしかたの違いにより違う林があり、しかも隣接してスギの人工林があります。したがって、森林の管理のしかたの違いがリンクにどういう影響を与えているかを調べるのに適しています。

上の濃緑色がスギ人工林、半分より下はアファンの森


人工林とササが密生した暗い林と、下刈りをして明るくなった落葉広葉樹林、伐採した草地で、調査区の面積を大きくしてゆき、4m2までの種数をみると、暗い林では7,8種どまりでしたが、明るい林では15種あまり、草地では30種近くにもなりました。このように、森林の管理の違いによって生育する種数が大きく違うことがわりました。

調査区の面積と出現植物の種数の関係


アファンの森でのリンクの調査は麻布大学の嶋本裕子さんと野口なつ子さんがおこないました。7月の結果を紹介すると、明るくなった落葉広葉樹林ではいろいろなリンクが確認されました。さらに明るい草地ではそれ以上に複雑なリンクのネットワークが確認されました。これに対して暗い人工林では少し花がありましたが、昆虫はまったく訪問していませんでした。

異なる群落でのリンク。左:落葉広葉樹林、中:草地、右:スギ人工林(嶋本裕子・野口なつ子卒業論文より)


これをまとめると次のような棒グラフになりました。ここでも草地ではチョウが多く、森林ではハチが多い傾向が認められました。

アファンの森での異なる群落でのリンクの内訳(7月)(嶋本裕子・野口なつ子卒業論文より)


こうした結果から、森林の管理のしかたによって木が影響を受けるのはもちろんですが、林の下に生える植物の開花状態が大きく変化し、それによって訪花昆虫が訪問するようになり、リンクが大いに多様になることがわかりました。


<人工林の間伐>


すでに述べたようにアファンの森に隣接して暗い人工林があります。実は日本の森林の半分近くはこの人工林であり、国土面積の27%にも達する広さです。2014年にアファン財団にこの林の管理をしてほしいとの申し出があったそうです。ここはリンクの調査をしていた場所でもあり、ちょうど良い具合に前の年に下生えの記述を終えていました。そこで望月亜祐子さんにこのテーマで卒業研究をしてもらいました。


間伐をするので、明るくなりますが、それが実際どの程度であるかを光量子測定器で測定したところ、約10倍明るくなったことが確認されました。

スギ人工林と間伐林の光量子量の比較(望月亜祐子卒業論文より)


次に群落調査をして、同じ場所の間伐前と比較しました。興味深いことに間伐した翌年の夏にはやや増えた程度でしたが、2年目に7倍もになりました。この量は落葉樹林よりも多いほどでした。というのは、アファンの森では下刈りを続けているからです。間伐林の特徴は低木が多いことで、これはアオキ、アブラチャンなどの低木がもともとあり、それが明るくなって枝を伸ばしたからです。グラフの「オープン」というのは草地のことで、ここでは低木は少なく、草本ついやシダ(おもにワラビ)が多いという違いがありました。

スギ人工林における間伐後のバイオマスの変化と、アファンの森の2群落でのバイオマスの比較(望月亜祐子卒業論文より)


ついで、訪花昆虫のリンクを調べました。1年目にはまったくリンクが観察されませんでしたが、2年目には8種の花が咲き、そこに5群の昆虫が訪問するのが観察されました。ただし、春から夏にかけては記録されず、夏から秋に集中していたので、さらに増加することが期待されます。またチョウやハチは限定的でした。

間伐林で間伐後2年目に観察された訪花昆虫と虫媒花のリンク(望月亜祐子卒業論文より)


しかしまったくリンクがなかったところに、これだけのリンクが回復したことは驚くべきことでした。



<まとめ>

乙女高原とアファンの森での調査により、森林の管理のしかたによって樹木はもちろん、下生えの植物の開花状況が変化し、林が明るくなることでリンクが多様になることがはっっきり示されました。「森林の管理」というのは人の傲慢さを感じさせる響きがあるので、私たちは「森のお世話」とでも呼ぶほうがふさわしいと感じています。戦後の日本の林業は森を「材木を育てる畑」のようにみなしてきました。しかしさまざまな社会環境により森林の管理が適切におこなわれず、モヤシのような木が放置され、真っ暗で生き物の乏しい林になっています。私たちの調査によって適切に間伐をおこなえば、下生えの植物が回復して開花し、訪花昆虫が訪れることがわかりました。私たちは森のお世話の大切な点は、このリンクの回復にあると考えています。


今日のお話の最後にレイチェル・カーソンのことばを紹介しましょう。カーソンは第二次世界大戦後、強力に進められていた殺虫剤の危険を指摘する「沈黙の春」を書きました。沈黙の春とは殺虫剤をこのまま使用し続けたら森林に鳥がいなくなり、私たちの子孫は春になっても鳥の声を聞かれなくなると訴えたのでした。これを読んだ当時の大統領J.F.ケベディは感銘を受けてただちに法律を改正したのでした。私がカーソンのことばでとくに感銘を受けたのは次のふたつのことばです。


「国のほんとうの豊かさはその自然にあるのです。」


「地球は人間だけのためにあるのではないのです。」


玉川上水で動植物の調査を始めるのは、こうした精神に共通する都会の自然を大切にしたいという気持ちに支えられています。


(絵と文・高槻成紀)



【報告】高槻 成紀 講座「生き物のつながり 1. 訪花昆虫」

2016年4月25日(月)16時半~武蔵野美術大学2号館201号教室

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高槻 成紀先生自ら、講座の内容をまとめてくださいました。

以下、高槻先生のブログをご覧ください。

(いただいた情報は地球永住計画のサイトにもアップしてあります。)

「生き物のつながり 1. 訪花昆虫」

高槻 成紀(元麻布大教授、保全生態学)

訪花昆虫の2つのタイプ

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/3004a3dade339e2f21eb1121e32df93e

乙女高原の訪花昆虫

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/70baae638143fcf17c57435e9f03ec1a

アファンの森の訪花昆虫

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/5156a8a958705ebb493605134533a12a

人工林の間伐

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/c2d16bca3b5bec180d1c26588cda065f

まとめ

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/bf343cb3cacc60f72869b42ef480120a

感想と質問

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/f3d31e0ee6f70e78e108b6e060a9218a


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地球永住計画サイトでの「生き物のつながり 1. 訪花昆虫」ページ

https://sites.google.com/…/hajime…/gakuen/daigaku/20160425-1

過去の講座報告リスト

https://sites.google.com/…/chikyuei…/hajimeni/gakuen/daigaku



ー講師紹介ー



この講座は2016年4月25日(月)に武蔵野美術大学2号館201号教室で開催されました。