生き物のつながり② 糞虫とシデムシ

講師:高槻 成紀


ー講座概要ー




ー講座内容ー

最後に糞虫とシデムシの話をします。お忙しいみなさんに3度も足を運ばせるのは非効率で申し訳ないことなのですが、私なりの考えがあってのことです。胃袋は単純な器官ですからご飯3杯を食べれば1杯の3倍を吸収してくれますが、脳はそうはいきません。欲張って3杯入れようとすると入るべき1杯も入らない、それではむしろ非効率ということになります。だから、私は1回の講義では1つか2つを頭に入れて帰ってもらえばよいと思っています。講義というのは聞いた人が専門用語をたくさん覚えるというようなことではなく、聞いた人が考えるきっかけを伝えるのが大切だと思っています。その意味では頭に入れるというより、心に残る話にしたいと思います。


さて、今日は糞虫とシデムシというあまり聞くことのない昆虫の話をします。糞や死体に集まる虫と聞いただけで、「汚い」「くさい」と思う人が多いはずです。しかし、動物が生きるということは、テレビの動物番組で見るような、動物が恋をしたり、喧嘩をしたりという派手な行動ばかりではありません。むしろそれは特殊な行動で、動物の毎日とは食物を探して食べ、排泄をするという地味なことのくりかえしです。それでも食べること、育つころといったいわばプラスの面は興味をもって調べられていますが、排泄物や死体という「影の部分」についてはわからないことばかりです。

動物の生活はドラマチックなことは少なく、毎日は食べることと排泄することの繰り返しであり、最後には必ず死に至る。そしてそれを分解する生き物がいて、「土に還る」ことができる。



<山梨県大月市の糞虫>

昨年度、帝京科学大学の学生さんを指導することになりました。帝京科学大学は山梨県東部の上野原にあり、小林尚暉君が隣の大月市の林で糞虫の調査をすることになりました。

問題設定は、異なる群落で糞虫を比較することと、違う動物の糞に来る糞虫を比較することとしました。群落は落葉広葉樹林、スギ人工林、草地とし、糞は馬糞とイヌ糞としました。スギ林は暗いので植物が少なく、いる哺乳類も少ないはずだから、集まる糞虫も貧弱だと予想されます。下生えの植物量は草地が一番多いですが、見晴らしがよいので哺乳類はあまりいないものと思われます。イヌはおもにドッグフードを食べていますが、成分的には動物タンパク質を多く含んでおり、糞は強い匂いがします。これに対してウマは牧草などを食べているので、パサパサであまり強い匂いはしません。イヌ糞はタヌキやキツネの糞に、馬糞はシカなどの草食獣の糞に近いと思われます。

糞虫の採集法はトラップ(わな)を使いました。小さなバケツを地面に埋め、上に割り箸を渡してそこに糞を入れたティーバックをぶら下げ、雨よけに蓋で覆いました。1カ所に5個のトラップを置きました。そうすると、糞の匂いに魅かれて糞虫がバケツに入ります。バケツの底に少し水を入れておくと、糞虫は飛べなくなります。夕方トラップを設置して、翌日回収しました。ここの森林は糞虫が豊富で、翌日回収に行くと、バケツの底が真っ黒に見えるほど糞虫が入っていることがありました。


結果は3つの場所で2種の糞が毎月あるので、きわめて複雑です。ここでは8月の結果だけを紹介します。


これからわかるのは馬糞よりもイヌ糞のほうが多くの糞虫を引きつけたということです。またイヌ糞でも馬糞でも広葉樹>針葉樹>草地という順で少なくなったこともわかります。それからゴホンダイコクコガネはイヌ糞には来ないで馬糞にだけ来た結果、馬糞には数が少ないが、種数は多いということになっています。

このことの意味を考えてみます。馬糞よりイヌ糞のほうが多くの糞虫が来たということは、イヌ糞のほうが強い匂いがするからではないかと推察できます。人間の鼻にもそう感じられるので、糞虫にとってもそうなのでしょう。地表植物の量は草地>広葉樹林>針葉樹林ですが、哺乳類は見通しのよい草地にはあまり出てきませんから、糞虫にとっての食物である糞の供給量は少ないはずです。森林を比較すればもちろん広葉樹林のほうが動物も植物も豊富ですから哺乳類が多く、糞も多いはずです。このように、糞虫の数が広葉樹>針葉樹>草地であったことは、食物である糞の供給量を反映していると読み取れます。なお草地は直射日光があたるため、糞の表面が乾きやすくて匂いが飛ばないということも考えて置く必要があります。ゴホンダイコクコガネが馬糞にしか来なかった理由はわかりません。多くの糞虫にとっては強い匂いの肉食獣の糞のほうが引きつける力が強いのでしょうが、ゴホンダイコクコガネは草食獣の糞を好むのかもしれません。そうした糞虫の好みの違いがあることで、異なる糞の分解が早く進むという側面もあるものと思われます。


<アファンの森の糞虫とシデムシ>

ある年、研究室に入ってきた池田有香さんはこのことに関心をもってくれたので、アファンの森で糞虫とシデムシを調べることにしました。糞虫は哺乳類の糞を、シデムシは死体を分解する昆虫ですから、「分解昆虫」ということにします。私は宮城県の金華山という島でシカの調査をしていましたが、そこには糞虫がたくさんいました。ところがアファンの森では糞虫やシデムシを見ませんでした。ですから調査をしても採れるかどうかちょっと不安もありました。

方法のうち糞虫は大月のものと同じです。シデムシはペットボトルの側面に窓のような穴をあけ、中に針金でマウスの死体をぶらさげました。


実際にトラップを置いてみると、たくさんの昆虫が来ていて驚きました。糞虫は大月と基本的に同じ結果が得られました。一番多く集まったのは落葉広葉樹林、次が人工林、一番少なかったのが草地でした。


シデムシのほうは、糞虫のような違いはありませんでした。順位でいえば落葉広葉樹林>スギ人工林>草地にはなったのですが、数字の違いは小さいものでした。ただし、昆虫の種類には違いがあり、人工林ではヨツボシモンシデムシという背中に赤い点が4つあるシデムシがよく来ました。落葉広葉樹林ではさまざまな甲虫がバランスよく採れました。草地にはセンチコガネとヨツボシモンシデムシはほとんど来ず、エンマコガネやオオヒラタシデムシが多かったという違いがありました。意外だったのはマウスの死体にセンチコガネやエンマコガネなどの糞虫が来たことです。糞虫のように群落間で違いが小さかったのは、シデムシのほうが飛翔力が大きいからではないかと思います。糞虫もシデムシも糞や死体の匂いをもとめてパトロールをしています。そして匂いを察知するとそちらの方向へ近づいて、最後にそこに着地するのですが、シデムシのほうが広い範囲を動き回る、あるいは嗅覚がすぐれていて、死体を遠くからでも察知するということがあるのかもしれません。


個人的感覚ですが、糞虫は魅力的な形をしていますが、シデムシはいかにも恐ろしげな顔、体をしています。目もギョロついているし、動きも激しくて、ムシ好きの私もちょっとタジタジです。とくにクロシデムシは体も大きく、真っ黒で悪魔的イメージがあります。大学で飼育していたとき、クロシデムシが脱走しました。研究室の中を探しましたがみつかりません。どこに隠れているのだろうと思っていたら、翌日、女子トイレから悲鳴が聞かれました。

このときは野外調査をするとともに、糞虫を飼育しました。容器に馬糞をピンポン球ほどに丸めて置き、そこに5匹のエンマコガネを入れました。ときどき分解のようすを観察したところ、はじめのうちはあまり変化がありませんでしたが、12時間になると明らかに崩れが目立つようになり、1日たったら球状だった馬糞がほぐされて真っ平らになってしまいました。エンマコガネは体調5,6mmの小さな甲虫です。もしこれをわれわれにたとえたら、糞はこの部屋(教室)かそれ以上の大きさのはずです。それを1日でバラバラにしてしまうのですから、たいへんな力です。私は糞虫の分解力に舌を巻きました。

飼育したエンマコガネがピンポン球ほどの馬糞を分解するようす


さて、糞虫にしても、シデムシにしても、私がアファンの森を歩いていて見つけることがなく、哺乳類の死体や糞も気づきませんでしたが、それは、これら分解昆虫が大活躍をしていて、糞や死体が供給されてもたちどころに分解しているからだったのです。


<分解昆虫を調べること>

糞は汚いもの、いやなものの代表。それに集まって食べる糞虫は限りなくけがらわしいと思われがちです。死体は糞以上にいやなものだから、死体を食べるシデムシなどおぞましさの極みだ。それが多くの人のもつイメージでしょう。しかしこうした昆虫がいなければ、森はすぐに糞や死体で溢れてしまうことでしょう。彼らの働きは自然界における偉大な役割を果たすものです。「鼻つまみ者」であるこれらの昆虫が森の中で偉大な仕事をしていることを知ったことは、私にとって自然観を変えるようなことでした。

冒頭で話したように、動物が生きている以上、排泄し、最後には死にます。私たちが都市生活をするためには、ゴミや屎尿を効率的に処理することは重要なことで、その結果、ゴミはすぐに家から出し、屎尿は水洗で下水に消えていきます。人が死ねば火葬にします。しかし、人の歴史のほとんどのあいだ、人は身近に排泄物を見ないわけにはいかなかったし、死体も土葬にしてきました。食べたものが形を変えて排泄され、臭くなる。死体も腐ってゆく。それはまぎれもない事実です。

私は66歳で、昭和24年生まれです。私たちが子供であった戦後しばらくの時代、「くそったれ!」とか「味噌糞いっしょ」、あるいは「よいこともしないが屁もこかん」など、排泄にかかわることばが頻繁に日常会話にありました。それは下品といえば下品なことですが、ではそれらがあたかもないことのように知らんふりをすることが「上品」といえるでしょうか。私は生まれること、育つことだけを見て、排泄すること、死ぬことをきれいごとのように蓋をするのが上品であるとは思いません。品格ある生き方というのは事実を直視し、知った上で最善の方法を考えることだと思います。日本人全体が都市生活をするようになる中で、人も動物の1種であることを忘れることがないように配慮するのが大人の役割であるように思います。


<講義を振り返って>

3回にわたった私の講義もこれで終わりです。3回を振り返ってみましょう。第1回のタヌキの話では、タヌキが同じ場所に住んでいると感じながら生きるか、そうでないかは違うのではないかということを話しました。2回目には人による森林の管理のしかたによって、そこに生きる動植物のリンク(つながり)が大きな影響を受けるという話をしました。そして3回目には鼻つまみ者の糞虫やシデムシが実は偉大な働きをしていることを知ることの大切さをお話しました。

玉川上水は今、微妙なところにあると思います。このままタヌキがいなくなる可能性は十分にあります。そうなれば種子が散布されることもなくなり、糞がなくなるから糞虫もいなくなり、また死体も出ませんからシデムシもいなくなるでしょう。それは生物多様性の喪失です。また玉川上水の木立が伐採されれば、多くの動植物は消えてゆくでしょうし、クヌギやコナラの林がスギに置き換えられたらやはり昆虫や小鳥はいなくなるでしょう。私が生態学を通じて学んだのは、生き物はつながって生きているんだという、ごく常識的なことでした。それは大発見ではありませんが、それだけに気をつけないと簡単に失われてしまうことでもあります。


玉川上水を暗渠にしたり、埋めてしまったほうが土地が「有効利用」できると考える勢力もいます。玉川上水の将来は私たちの意識にかかっているといえます。

最後に私が考えている玉川上水への思いをお伝えしておきます。

東京という大都市が「発展」するなかで、自然は蝕まれてきました。そのなかで、玉川上水が細々ながら残されたことは奇跡のようなことだと思います。それは我々の先輩が「これ以上自然を失ってはいけない」という危機感をもって下した英断によるのだと思います。


日本の自然は豊かです。豊かであるために、私たちはその存在を当たり前のように思いがちです。あるいはトキやコウノトリのような絶滅危惧種だけが大切だと思いがちです。

でもそれはきっとまちがいです。ありふれた自然、そこにいる動植物のことに思いを馳せる心がなければ、豊かな自然も失われてしまうに違いありません。


私はこの子たちに玉川上水をよい形で引き継ぎたいと思います。そのために、ありふれた動物や植物をじっくりと観察し、ひとつひとつの命に敬意をはらい、彼らが繰り広げるお話を伝えるための努力を続けたいと思います。

長いあいだご静聴いただき、ありがとうございました。


付記:私は関野先生のグレートジャーニーをみて、とくにモンゴルのところに感銘を受けました。プジェという少女が登場します。彼女は外国から来た自転車にのった見知らぬ男を仕事の邪魔と嫌います。次第に心を開き、あるとき、早春に咲くオキナグサをヒツジが食べるのをみて「花にはかわいそうだけど、冬のあいだにやせたヒツジが元気になるためにはしかたないの」といいます。彼女は小さいのに生き物がつながっていることを体で理解していました。それがとても印象に残っています。実は私もモンゴルで調査をしています。関野先生の考えておられる地球規模のことを私は十分に理解をしていませんが、モンゴルは接点だと思っています。その思いを込めて、エールとして「ヘッドライト・テールライト」を歌いました。スライドでモンゴルの景色を紹介しながら歌いましたが、歌詞は「旅はまだ終わらない」で終わります。そこで、その最後に「玉川上水のプロジェクトの旅を続けましょう」とアピールしました。

(絵と文・高槻成紀)



【報告】高槻 成紀 講座「生き物のつながり 2. 糞虫とシデムシ」

2016年4月26日(火)18時~武蔵野美術大学12号館201号教室

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高槻 成紀先生自ら、講座の内容をまとめてくださいました。

以下、高槻先生のブログをご覧ください。

(いただいた情報は地球永住計画のサイトにもアップしてあります。)

「生き物のつながり② 糞虫とシデムシ」

高槻 成紀(元麻布大教授、保全生態学)

意義

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/02bc548f46d3c82add79b914ead449d7

山梨県大月市の糞虫

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/eb785a7491c9a2797a74a26bdf8ce5da

アファンの森の糞虫とシデムシ

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/b40d95b1b19b44b3bbc5767c570be308

分解昆虫を調べること

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/825fb97f73f83a7ca14a1be84f6bb317

講義を振り返って

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/2ea9a1b89bfc030b1e0847c03d98ba53

感想と質問

http://blog.goo.ne.jp/tj…/e/d0063d3b4a4778472f9d5937e3a12144

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地球永住計画サイトでの「生き物のつながり② 糞虫とシデムシ」ページ

https://sites.google.com/…/chikyueiju/hajimeni/gakuen/daiga…

過去の講座報告リスト

https://sites.google.com/…/chikyuei…/hajimeni/gakuen/daigaku



ー講師紹介ー

高槻 成紀


この講座は2016年4月26日(火)に武蔵野美術大学12号館201号教室で開催されました。