玉川上水生き物調べ「これまでにわかったこと」

講師:高槻成紀


ー講座概要ー

今年の春から、地球永住計画の活動のひとつとして玉川上水の動植物を調べ始めました。タヌキを主人として色々な生き物のことを調べてきました。これまでにわかったことをご紹介します。



ー講座内容ー

今年の3月から玉川上水の生きもの調べをしてきました。これまでの調査では、プロジェクトリーダーである武蔵野美術大学の関野吉晴教授をはじめとする小口 詩子先生ほかの先生方、「ちむくい」(ちいさな虫や草やいきものたちを支える会)のリー智子さんをはじめとするメンバーの皆さん、「チームぽんぽこ」の棚 橋早苗さん(武蔵野美術大学非常勤講師)とそのメンバー、調査を快諾してくださった津田塾大学、小平市など多くの人々や機関にご理解、ご協力を頂きまし た。活動は今後も続きますので、ここまでのお礼を申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いします。

今日はこれまでにわかったことを報告します。内容は大きく、タヌキに関するものと玉川上水の特徴である細長いということに関するものに分かれます。


私は玉川上水で動植物の調査をするにあたり、次のように考えました。よく「どこどこ山の動植物調査報告書」というのがあります。そこには動物や植物の専 門家が調べて確認できたリストがあり、貴重なものが何種類あった、だから保護すべきだなどと書かれています。しかし、それらの生きものがどういう生き方を しているかに言及したものはごく限られています。これは、たとえてみれば小学校の先生が生徒の名前は覚えたが、子供ひとりひとりの性格や団体の中での言動 などを知らないでわかったと言っているようなことです。そこで私はそうではなく、限られた動植物でよいからじっくりと調べることにし、その主人公としてタ ヌキをとりあげることにしました。

そこでまず、細長い玉川上水に接してまとまった緑のある津田塾大学の狙いをつけて自動撮影カメラをおかせてもらいました。すると餌をおいたその日の夜にさっそくタヌキが現れた映像がとれ、あっけないほど簡単にこのことが明らかになりました。


次にタメフン場がみつかったので、そこにもカメラをおいたところ、糞をするタヌキも撮影されました。


そのフンを拾っては分析し、タヌキの食性の季節変化を調べています。


そうすると冬の終わりには哺乳類や鳥類が出てきますが、春になると一部の果実、葉などが増え、夏になると昆虫、秋になると果実という季節変化を示すことがわかってきました。この分析は現在も継続中です。


私はほかの場所でもタヌキのフンを集めて分析していますが、ときどき自分自身で「お前、なんだってこんなことをしてるんだ」というような思いが顔をのぞ かせることがあります。そんな迷いもちらついていたときに、天皇陛下が皇居のタヌキについて、同じようにフンを拾って分析し、論文を公表されました。私は ずいぶん勇気付けられました。それで次のような短歌を作りました。




糞を分析すると、さまざまな果実が検出されます。そして、ケヤキ、ムクノキ、ギンナンはタメフンの周りからたくさん芽生えてきます。これはタヌキが種子 散布をしているということです。このことからタヌキは果実を食べる、つまり自分のために栄養をとっているという現象を、植物からみると、果実を食べさせて 実は種子を運んでもらっているとみることができることがわかります。重要なことは、このことでタヌキと植物がつながっていることの実体がわかったというこ とです。このつながりを私は「リンク」と呼んでいます。



種子散布をタヌキの側と果実の側から見ると・・・


ところで、タヌキが糞をすれば、それを利用する糞虫がよってきます。これもリンクです。これも糞虫からみれば栄養価の高い食物を食べるということです が、タヌキからみれば排泄したものを分解してもらっているということになります。これはタヌキにとってプラスということはいえないかもしれませんが、生息 地の生態系の物質循環にとって重要であることは違いありません。

そこで糞虫の生息を、馬糞と犬糞を使って糞虫トラップによって調べてみました。すると馬糞にはほとんどきませんでしたが、犬糞には確実に糞虫がきまし た。そのほとんどはコブマルエンマコガネという小型の糞虫でした。専門家によると、これは肉食獣の糞を好む糞虫だということです。



糞虫は実に魅力的な形をしています。

これによって玉川上水の生物多様性が確認できました。そこで、この糞虫の糞分解能力を調べたところ、5匹がピンポン玉ほどの馬糞を1日以内で完全にバラバラに分解しました。



コブマルエンマコガネによる糞の分解


このことを武蔵野美術大学の小口先生がすばらしい動画で記録されたので、会場ではその動画を紹介しました。


糞虫については次の2点が課題となりました。

1) トラップあたり10匹ほどのコブマルエンマコガネがとれたが、この意味は?

高尾のある山で同じ調査をしたところ、コブマルエンマコガネがやや多いだけでなく、センチコガネが数匹とれ、合計20匹ほどになりました。これから、玉 川上水は高尾にくらべれば糞虫が少なく、しかもコブマルエンマコガネに偏っていることがわかりました。高尾の山にはイノシシやキツネ、サルなど玉川上水に はいない哺乳類がおり、質の違う糞を供給しています。糞虫の組成はそのことを反映しているものと思われます。



高尾と玉川上水での糞虫組成


なお、山梨県の上野原ではコブマルエンマコガネ、センチコガネのほか、その他のエンマコガネやツノコガネなどもいて、トラップあたり50匹もとれることがわかっています。



山梨県上野原を含めた比較


2)周囲の孤立緑地には糞虫はいないのではないか

小平界隈には玉川上水のような連続緑地のほかに公園などの孤立緑地があります。孤立していれば生物多様性が小さいはずだから糞虫もいないと予想しまし た。しかし44箇所を調べたところ37カ所にはコブマルエンマコガネがおり、決して玉川上水が特別豊富とはいえないことがわかりました。



孤立緑地である公園の例。これよりは大きい公園もある。こんな公園にも糞虫がいた。



上野原、高尾、玉川上水と小平とその周辺での44箇所の糞虫組成


つまり糞虫は狭い緑地があれば生息しているということです。こういう緑地にはタヌキはほとんどいないので、イヌやネコの糞があるか、糞以外の動物の死体などを利用しているのかもしれません。また飛翔力もあるので、近所に林があればそこから飛来する可能性もあります。

こうしてタヌキとタヌキに関連した生きものについて次の11のオリジナルな情報をとることができました。


津田塾大学には確実にいる。

タメフン場がある。

冬は哺乳類や鳥類、夏は昆虫、秋から冬は果実が主体。

種子散布に貢献している。

玉川上水には糞虫がいる。

糞虫の分解能力はすごい!

分解の段階で分解者が入れ替わるらしい(ここでは省略)

高尾に比べるとセンチコガネが少ない。

高尾も山梨に比べると豊富ではない。

玉川上水にはコブマルエンマコガネが生き残った可能性が大きい。

玉川上水は特別に糞虫が多いとはいえない。


糞虫について4月に講義をしたとき、聞いた人から次のような感想が寄せられました。

<4月の講義での糞虫についての感想>

- 虫嫌いの私が今日の糞虫の話でけっこう大丈夫になってきました。たしかに生きている以上、排泄と死体は存在し、分解の役割をになう小さな糞虫の仕事が生きもののつながりを維持しているんだなあ。カワイイではないか。

- 分解昆虫の分解のスピードなど、普通の観察では気づくことのできない内容だったので、興味ふかかった。機会があれば自分でも調査してみたい。




タヌキとともに解明したいと考えたのは、玉川上水が「細く、長い」ことの意味です。

長いことの意味は、数年前に玉川上水の各所と孤立緑地で自動撮影カメラによりタヌキの撮影率を調べたところ、確かに玉川上水のほうが撮影率が高いので、タヌキにとっては連続した長い緑地があることが意味があることがわかりました。



玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率


次に細いことの意義は植生の断面を調べることで示しました。



植生の推移を調べた玉川上水の断面の模式図


1m四方の調査区を帯状にとると、道路沿いに出る植物、玉川上水を多い林の縁に出る植物、林の下に出る植物などがあり、短い距離の中で植物がガラガラと変化することが示されました。



野草保護観察ゾーンでの植物群の推移。中央の空白は玉川上水の谷部分


喜平橋の近くの「野草保護観察ゾーン」では、かつて豊富にあった野草が森林の発達によって少なくなったので、上層の木を伐って明るくしました。その結果、今ではススキ群落の植物がもどってきて、秋の七草のうち5種が生育するほどになっています。



玉川上水の野草保護観察ゾーンにみられる「秋の五草」


この場所で、観察会のときに参加者ひとりがひとつの花の前で蜜を吸いに来た昆虫を記録してもらいました。



花の前に立って訪れる昆虫を記録する参加者


その結果、花によって訪問する昆虫に一定の傾向があることがわかりました。



それぞれの花にきた昆虫の訪問頻度。ピンクはハエ・アブだけが来た花


これをよくみると、皿型の花をもつオミナエシ、キンミズヒキなどはさまざまな昆虫が訪問しましたが、カリガネソウ、クサギ、ノハラアザミなどの筒状の花 にはチョウやハチが来て、ハエ・アブは来ないことが確認されました。ハエ・アブは棍棒のような短い口で蜜を舐めるのに対して、チョウやハチは長い口で深い ところにある蜜を吸うことができるという違いがあり、そのことが訪問できる花との関係を生んでいるのです。



皿型の花と筒型の花



花と昆虫のネットワーク。ハエ・アブは皿型の花によく来た。


つまり木を切って明るくなると、草原の植物が「戻って」きて、花を咲かせる。そうすると訪花昆虫が訪れてリンクが蘇るということです。


この例では、森林の管理の仕方によっては草原の植物が回復し、花を咲かせることで、訪花昆虫が訪ずれリンクが復活することが示されました。このことは、 玉川上水においては「自然保護では森林を伐採してはいけない」という硬直した原理主義的自然保護はなじまず、はっきりしたビジョンをもって適切に管理する ことが肝要であることをよく示しています。


<4月の講義での植生管理についての感想>

- 人工林が暗い林になってしまった話はショックでした。アファンの森ではわずか2年で環境、虫媒花、訪花昆虫が大きく回復したことに希望を感じました。森林が人の手によってよくも悪くも変わってしまうことを痛感しました。

- うちの庭が私が子供のころは日当たりのよい庭だったのですが、手入れを怠った結果、日あたりの悪い庭になっていまいました。ですからスギ人工林のお話は納得できました。うちの庭にも多様性を取り戻したいです。

- 自然にまかせることと人が手を入れることの線引きはどこに置くか考えさせられます。虫や動物の不思議な生き方はとてもおもしろく、ゾクゾクします。

- もともとあった森林が伐られて人工的にスギ林にされてしまったことは知っていましたが、虫や鳥がすめない林になっていることは知りませんでした。手入れの届いた、生き物にとってすみよい林が増えるといいなと思います。



こうして、玉川上水が「細く、長い」ことについて次の4つのオリジナル情報が明らかになりました。


つながっていることは意味がある

細いということは狭い範囲に異質な環境があるということ

森林の管理により草原の野草が「戻ってくる」

野草が増えれば訪花昆虫が増える


つまり私たちはこの半年あまりで玉川上水の生きものについて15のことを明らかにしたのです。それらはどの本にも書いてない、誰から教わったのでもない、自分の目で観て、データをとって、その意味を考えたオリジナルなものです。


こうした調査を通じて改めてわかったのは、生き物はつながっていきているのだ(リンク)ということです。タヌキが生きて行くためには食物になる動植物が いるし、タヌキが果実を食べれば種子を散布するし、糞をすればそれを利用する糞虫がいます。また木を伐るという管理をすることで野草が戻ってきて花を咲か せ、そうすると昆虫がよってくる、その花がさまざまであれば、よってくる昆虫もさまざまなネットワークが蘇るということです。



リンク:生き物はつながっている


<4月の講義でのリンクについての感想>

- 動物と植物とのリンクについて興味深くお聞きしました。この関係は双方向のリンクといってよいかと思いますが、このリンクを切らないようにすることは非常に大切だと思いました。

- 玉川上水のすぐそばに住んで43年になります。緑が多くて住みやすいと思っていました。何気なく毎日歩いている玉川上水を、先生のお話を聞いて、じっくり観察する習慣をつけたいと思いました。

- 具体的な生きものの関係を詳細に調べて説得力をもって説明してもらい刺激的な時間でした。

- 国有林と落葉樹林のリンクの違いに驚きました。玉川上水を景色として「キレイだな」と見ていますが、もう一歩踏み込んで知りたいと思いました。

- 今年、とくに勉強したいと思っていた植物と昆虫との関係についてとてもいい形で学べた。教科書的な勉強ではなく、実際の研究の中での具体的な話ははっきりとした実感とともに頭に入ってくる。さらに学びたい欲がわきました。

- 当たり前に思える世界が実は未知であり、不確かで、それを学生と調査しデータで示してもらううれしいひとときです。

- 玉川上水がより身近に親しみやすくなりました。世界遺産に匹敵する宝物と思われます。お話を聞いて自然に対する敬愛の気持ちがわいてきました。

- 動物や昆虫の営みを理解することは自分たち人間の存在を見つめ直すことにつながると思います。そうした視点は生命への敬意につながると思います。

-「みんなつながっている」という話を聞きました。中学の理科の授業で自然界の循環を学んで「みんなつながっている」ということを学んだとき、スキップし たくなるほど「生きているっていいなあ」と感動しました。その感動が還暦をすぎた今も私の原点として残っています。また日あたる部分も影の部分もあり、自 然界が成り立っているのだなと改めて思いました。


私は事実を集め、科学的に分析することで、動植物がいるだけでなく、どうリンクをもっているかを具体的に示すことで、生きもののすばらしさ、たくまし さ、がんばりを伝えたいと思います。そうすれば、声高に自然保護を主張しなくても、おのずとその場所を破壊することがいかに間違っていると理解できるよう になるという確信があります。

ここで、科学的アプローチの例を示したいと思います。

私たちは「チームぽんぽこ」というグループを作ってタヌキのことを調べています。その一例として、津田塾大学で5カ所に餌をおき、餌の中にプラスチックのマーカーをいれました。



そのマーカーは5箇所ごとに違う色とし、番号をつけました。最初の調査のとき、糞からマーカーらしきものが出てきましたが、それは白いものでした。これ はマーカーにしたテープの裏側の接着面を覆う薄膜で、そこには50番という番号がついていましたが、色がないのでどこの50番であるかはわかりませんでし た。諦めかけていましたが、この調査を主導した棚橋早苗さん(武蔵野美大非常勤講師)はやさしい人で、彼女が「マーカーの角がとがっていると、タヌキのお 尻が痛いのではないか」と考えて、一枚一枚の角をハサミで切っていたことを思い出したのです。もしその写真が撮影されていたら、そこに一縷の望みをつなぐ ことができるかもしれません。そこでそのことを棚橋さんに聞いたら、写真があったと送ってくれました。


50番が5色ありましたが、それをよく見るとピンクと緑に絞られ、最終的にはピンクと断定できました。



マーカーのカットの形から白いマーカーに対応するのはピンクであることがわかった


これによって津田塾大学内の津田梅子の墓所近くから中央のタメフン場まで運ばれたことがわかりました。私はあまりの嬉しさに、いつもは「棚橋様・・・」と書き出すメールに、思わず「さなえちゃーん!」と書いてしまったほどです。

このエピソードは、私が「動植物の話を聞きたい」と思い、そのために科学的アプローチをしよ うとしていることの好例だと思います。自然の話を聞くためには、会話がそうであるように、単語を覚える(動植物の名前を知る)だけでなく、文法(何が起き ているかを直感し、仮説を立ててそれを示すための方法を考え、地道にデータをとる)を知る必要があります。

「科学的である」というと、無機質で心の通わない分析という印象がありますが、それは間違いだと思います。少なくとも生物学は生命の不思議さや生きもの のすばらしさを讃える気持ちに支えられるべきで、科学的であることとやさしく暖かい心は矛盾なく並存すべきだと思います。




玉川上水はいま大人も子供も楽しめる緑地として残っていますが、これがいつまでもそうであるという保証はありません。これをよい形で残すためにはさまざ まな努力が必要ですが、私は生物学者としてこうした活動を続けることで、ささやかな貢献をしたいと思っています。この半年あまりの活動はその手応えを感じ られるものだったと思います。ご静聴ありがとうございました。



講演後、会場から質問をもらいました。こういう場では具体的な質問(たとえばグラ フのよみとりとか、語彙の説明など)が多いのですが、この日はそういうもののさらに奥にあるものへ言及する発言があり、驚きました。以下はその記録です が、記憶を辿りながら、会話文を少しよみやすい文にしたり、その場で言い足りなかったことを補足したりしています(順不同)。


陣内(武蔵美大教諭)

すばらしいと思いました。こつこつと調べることの科学的な姿勢が大切だということがよくわかりました。私も観察会に3回ほど参加させてもらいましたが、訪花昆虫はすこしあいまいな感じもありました。あれは孤立緑地でもやるのですか。

高槻:訪花昆虫はデータをすべて使えるとは思っていません。ただ、多人数で調べることの力を感じたし、言えないこ とと言えることを整理して、「これはまちがいない」ということもかなりあります。来年は孤立緑地や花があまりない林内でも、また春夏秋と違う季節を比較す ることを予定しています。


陣内(武蔵美大教諭)

小緑地にも糞虫がいたということですが、犬の糞を利用して生きているのですか。

高槻:糞虫は糞だけを食べるのではなく、動物の死体なども食べるそうです。だから草が生えていて昆虫やミミズなど がいれば生きていけるのだと思います。重要なのはタヌキはある程度連続的な広い緑地が必要だが、昆虫にとってはちょっとした広さでも生息可能だということ です。つまり動物の行動圏の違いによって必要な緑地面積が違うということです。


小藪(東大総合研究博物館)

外来種はいますか。コウモリはどうですか。

高槻:アライグマは確認していませんが、ハクビシンは撮影されています。アブラコウモリなどよくみかけますが、タヌキだけでもこれだけ調べることがあり(会場笑)、もっと調べたいことがあるので、タヌキ以外の郷物まではとても手がまわりません。


清水(Darwin Room ):先生のお話しされた生きもののリンクの話しがとても大事だと思いました。そこで日頃、希少動物の生命を守ろうという価値観は多くの人にすでに普及して いるのですが、食物連鎖とかリンクのようなことまでは、なかなか理解されていないので、生命を守る本当の意味がぼんやりしています。そこで本日のお話しの リンクのように生きものの関係性を知るということを普及させれば、生命を守る意味の根本を理解できて、自然を大事にするということにもっと積極的になれる のではないでしょうか?先生のご意見をお聞きしたい。

高槻:津田塾大学のタヌキがギンナンをたくさん食べていることがわかったので報告したら、ある人が「ギンナンって 触ったらかぶれるくらいだし、臭いのにそんなものばっかり食べて大丈夫なのでしょうか」と言いました(会場笑)。あるいはケンポナシという植物の果実を食 べていたといったら「子供のころケンポナシを食べたことがあるけど、タヌキも食べるんですね」という人もいました。それで私は思いました。自分で食べ物を 探したことも、作物も作ったこともない現代人は食べるというのはスーパーから食材を買ってきて簡単に料理する、あるいはそれさえしないで外食することを食 べることだと思い込んでいるが、それは本来の動物の食とはまったく違うものです。野生動物は寝てもさめても「何か食べられるものはないか」といつでも探し ていて、食べ物に出会えばできるだけ食べる、それが生きるということです。うまいだのまずいだの、臭いだの硬いだの言っていたら生きていけません。このよ うに、私たちは哺乳類という仲間のことさえわかっていません。ましてヘビや昆虫のことはほとんどわかりません。でも、動物や植物の生き方がわかってくる と、行動や生き方の意味がわかってきます。それによって「タヌキはかわいそう」というのが勝手な偏見だということがわかります。また、タヌキもケンポナシ を食べるのではなく、「人間も」ケンポナシを食べる(会場笑)というほうが正しいということがわかります。果実は人が食べるためにあるとか、花は人が見て 楽しむためにあると思い込んでいる人はごくふつうにいます。そう考えると、動植物を知るということは、自分勝手な思い込み、つまり偏見から解放されること なのだということがわかります。

そういう意味では、希少だから守るべきだとか、ありふれているから守らなくてもよいというのも偏見であると思います。絶滅危惧種や希少種を守るというの は、憐憫と自分たちの罪滅ぼしのような感覚から生じる感覚で、それ自体が悪いわけではありませんが、その裏返しとしての「ありふれた生き物は守らなくても よい」というのは間違っていると思います。そうではなく、すべての生き物はひとしく価値があるというレスペクトを持つことが大切だと思います。そのような 向き合い方のほうが普遍性があるように思います。


清水:緑地帯の存在を不動産開発のあるがままに任せている現状を、子供の遊び場とか大人のストレスの解放につなげる場が無くなってきていると憂いていま す。都市作りという観点で、景観デザインという視点だけではなく、本日の生きもののリンクの視点などを考慮した緑地帯を造っていくということが求められて もいいんじゃないでしょうか?

高槻:私は自分の孫をサルの一種として観察し、身体測定をしたりします。それは「ヒトというサルがどう育つのが本 来の姿だろう」という興味があるのと、それからはずれた育て方にならないようにしたいという思いがあるからです。そういう目でみるとき、マンションに生ま れ育って、でこぼこにない平坦な床しか歩いたことのないことはきわめて不自然で、そういう子供は歩きにくさや痛い思いを「することを奪われている」と思い ます。そういう意味で、ヒトという動物が生物学的、心理学的根拠に基づいて、快適に暮らす空間とはいかなるものかを考えるのが本当の都市計画で、東京など を見ているととてもそれが配慮されているとは思えません。自分のすむ家からどのくらいの距離にどのくらいの大きさの緑があることが望ましいのか。今日の話 でいえば、糞虫には十分な緑地サイズでも、タヌキには狭すぎるというようなことがあるし、直射日光はあたらないので散歩には快適だが花の少ない林もあれ ば、夏は暑いが春、秋にはさまざまな花が咲く明るい空間もあるという具合に、緑地にもいろいろあるわけです。行き過ぎた都市化が見直され、生物多様性や人 間の行動などを配慮した都市計画は大きな可能性を持っていると思います。


馬場(こだいら 水と緑の会):子供になぜ蚊やダニのような害虫は殺してもよいのかと聞かれて答えられませんでした。どう思いますか。

高槻:これはむずかしいですね。私もうまく答えられません。ただ、シュバイツァーは蚊に刺されても殺さなかったと いいますが、これはうさんくさいです(会場笑)。生命は尊いが、自分に迷惑をかける動物、それも蚊のようにたくさんいるものを叩き殺すのが悪であるかのよ うな言い方はおかしいと思います。蚊に刺されてぶくぶくに腫れて眠れなくて本業がおろそかになっても、「私は蚊も愛している」などというのはあやしいで す。人は自分たちの生活の豊かさを追求し、生産活動にマイナスになることなら大水でも、害虫でも、予防し、対策してきました。それは医者が病気を治すのと 同じです。それを否定するのは行き過ぎた原理主義だと思います。その子はとてもよい質問をしましたね。私はうまく答えられませんが、もともとむずかしい問 題なので、そのことを恥ずかしいとは思いませんが・・・。


関野:生命圏平等主義という考え方があります。すべての生命には平等な価値があるから殺してはいけないというディープエコロジーのコン考え方です。

高槻:それはヨーロッパの概念ですか?

関野:アメリカです。これによると、病原菌を殺すことになるから抗生物質は飲めないんです。

高槻:そうだと思いました。どうもあの人たちは徹底的に考え込んで、極端なところまでいく。病原菌を殺したくない という人は「そうですか、どうぞ」という感じです。日本人はいいかげんだから、そこまで行きたがらない。私は「一寸の虫にも五分の魂」ということばが好き です。小さい奴だと見下しながらも、それでもゼロではなく5分の魂があると評価する。これでよいと思います。


XX(武蔵美大卒業生)

興味深いお話ありがとうございました。先生が目指しているのは、玉川上水を調べること自体ではなく、それを調べることでリンクを知るというだと察します。 動物や人間のつながり、上下関係ではなくて、自分も自然も同じであるというような意識を皆に持ってもらうのが最終的な目的なのでしょうか。

高槻:それは無理だと思います。みんがそうはならんでしょう。ただ、全くそんなこと考えてもみなかったという人が 多いと思うのです。そういう人に、こういう見方もあるんだよ、と伝えたいぐらいの感じですかね。さきほど関野先生が、長年通勤していたけども、ある日から 玉川上水が違って見えるようになったとおっしゃいました。また、録画された小口先生もそうだと思いますが、コブマルエンマコガネのあの頑張りを見て、ああ いうのがこの玉川上水にいると思うか思わないか、あるいは津田塾大学の学生さんが、キャンパスにタヌキがいると思うか思わないかは、かなり違うと思うんで す。でも今の都会人は、そういう感覚をほとんど失っている。それは人間本来の生き方としては非常にアブノーマルなことで、どこの時代どこの社会でも人は もっと動植物に接して生ききてたはずだ。だから、それに戻るというか、ちょっとそういうことも考えたほうがよいということです。そのために、玉川上水で何 が起きているかを調べることが自分のミッションかなと、という感じですかね。

XX:ありがとうございます。自分もずっと旅をしてて、自然も自分も一緒だっていう感覚がどんどん芽生えてきています。そういういろんなアプローチによって、そういう感覚が出てくるのだと思いました。」

高槻:それを音楽で表現する人がいれば、美術で表現する人もいる。いろいろあると思うんだけど、私の場合は自然科学的な手法で表現するということです。



今回の講義では1)今シーズンの調査で何がわかったかを報告するとともに、2)リンク(生き物のつながり)の重要性、3) 玉川上水の自然は管理された半自然であること、4)ありふれた動植物に着目することの大切さ、5)科学的態度が説得力をもつことなどを話しました。講義を 聞いての感想を項目ごとにまとめてみました。お名前はイニシャルにし、無記名のものはXX、読みがわからないものは?にしました。なお、わかりにくい文章 などは最低限の修正をしていることをご了解ください。



質問に答える(棚橋さん撮影)


1)調査結果が理解できたという内容


MS(武蔵美大生)

私は日曜の自然観察会に参加していたので、今日の高槻先生の話をきいて、調べた結果がこうして玉川上水の役割や、タヌキがまわりの生物にいろいろなよい効果をあたえていることがしっかり実感できました。自分でその場に足を運んだかいがありました。


KS

春から聴講させていただき、玉川上水を新たな目をもって散策するようになりました。訪花昆虫は実に興味深く、家族で確認してみたいです。


KM

津田塾の子ダヌキがかわいかったです。糞虫の動画で、働きがわかりやすくよかったです。調査により生き物の生態が生き生きと理解できました。特別ではないふつうの生き物の素晴らしさを感じることができました。


YO(武蔵美大生)

何度か調査に参加させていただき、その過程をみてきましたが、こういったふうにきちんとしたデータとして形になると、わかりやすく達成感もありました。 糞虫が糞を分解する動画、BGMをつけてYou tubeにあげてほしいです。玉川上水にはコブマルエンマコガネが多く、草食獣の糞を食べるセンチコガネが少ないとのことでしたが、玉川上水にいる草食獣 の糞を食べる糞虫は何を食べるのですか。

→草食獣の糞を食べるといってもそれだけではなく、肉食獣の糞しかなければそれを食べます。

高槻先生は、ふつうの研究者が珍しい動物だけを保護するのと違い、自然と対話し、尊重する姿勢なので尊敬します。私も自然に対してそういう姿勢で接して いこうと思います。玉川上水はただ通りすぎるだけでなく、ゆっくり観察しながら歩いてこそよさがわかるのだと思いました。


2)リンクの重要性

TS(Darwin Room)

いのちのリンクを知ることがとても大事だと思います。


MN

津田塾大学のタメフン・ローラー作戦に参加し感動しました。今日の話はとても整理されており、ビジュアルもわかりやすく、楽しく学ばせてもらいました。 人間も自然の一部として生活しており、リンクの中で生きているということを忘れてはいけないと思いました。子供たちにもこの話を伝えます。とてもユーモア があり終始楽しめました。


YS(麻布大学卒業生)

高槻先生の講義を久しぶりに聞くことができました。冒頭の「どこどこの環境調査報告書」を作っている私はドキッとしてしまいました、反省。今年はじめて 行った玉川上水のこと、タヌキのこと、少しずつ明らかになっていくのが楽しかったです。武蔵美へ聞きにこられた方々の質問や感想は麻布大のときとは違って いておもしろいですね。


3)玉川上水の自然は管理された半自然だということ

SY(武蔵美大生)

4月の講演を興味深く拝聴いたしました。タヌキが好きでもっと知りたい、身近に感じたいと思い出席しました。今日は調査内容と結果をうかがい、たいへん 興味深かったです。印象的だったことばは「玉川上水が原生的自然ではなく、管理された半自然」というものです。自然保護というと手をつけないことが最も大 切なようにとらえがちですが、むしろ人が自然と対話し、管理することのほうが「人の自然との共生」を可能にすると考えました。タメフン調査のお話などか ら、タヌキが身近に感じられるようになりました。夜間カメラの映像、写真などを観られる機会がありましたらうれしいです。今回のような調査内容を知ること のできる場はとてもありがたいです。


HI

玉川上水のケヤキを伐るという話を聞いたとき、悲しい気持ちがしましたが、今日の話を聞いて、木を伐ることが、ある生き物がすめる環境を作ることもある んだなと知り、うれしい気持ちがしました。高槻先生のお話をうかがった夜は、生物群としてはそのくらいでは終わらないのだと思うのです。私は小平駅近くに 住んでいますが、夏に自転車道を歩いていると、夜までミンミンゼミが鳴いています。ヒグラシが鳴かないのはなぜだろうと思っていましたが、あるとき津田塾 大学近くに行ったときヒグラシの声を聞いて、ヒグラシもポケットのようなつづく緑が必要なのかと思いました。


4)ありふれた動植物に着目することの大切さ

HY

都市に残された大切な移動経路としての玉川上水だけではなく、細く長い緑地に異なった環境が残存していることが理解できました。「ありふれた自然の大切さ」がよく伝わりました。


XX

貴重だから残すのではなく、ありふれた自然を保護したいという思いは私にもあり、そのためには調査し、把握したいと思います。今日のお話を聞いて、その調査というのが非常に地道で、根気がいるということがよく感じられました。


5)科学的態度が説得力をもつこと

SY

生き物を実際に自分の目で観て科学的に判断していく過程がわかりやすく、楽しい時間を過ごすことができました。今日の話は小学生や中学生の子供たちに聞 かせてやりたいと思いました。生き物への関心だけでなく、科学的態度の有様を味あわせてやりたいと思いました。私のまわりの若い教師たちの多くが、狭い意 味の「優等生」で、子供に正解だけを求めさせている傾向があるのを歯がゆく思っています。定年退職して数年たった元小学校教師


TJ(武蔵美大教員)

タヌキからはじまる生物多様性のお話、まだまだ知りたくなりますね。今年は科学的に「地道にコツコツわかっていく、読み取っていく学習を学べました。


?K

知るということ=偏見から解放されること。このことばが身にしみました。緑地での糞虫の「仮説」と「検証」もわくわくしました。


HY(武蔵美大生)

感覚的にみているだけでは知ることができなかったことを知ることができて、世界を見る新しい目を手に入れたような気持ちです。研究の内容とともに先生の 研究への真剣さ、純粋さ、喜び、生物に対するリスペクトが輝く姿に感動しました。私は「ロジカルをきわめるとロマンチックが生まれる」と思っています。今 日のお話はまさにこれだと思い、興奮しました。「知るということは偏見から解放されることだ」というのはすべてのことに通じることだと思いました。本日の 数々のことばで、日頃もやもやしていることがすっきりまとまったような感覚になっています。


DK(東大総合研究博物館)

武蔵美で「動物の身体と進化」という講義をしていますが、今日、ビラで偶然先生のお名前を目にしてお邪魔しました。情に訴えることなく、自然科学者の冷 静な科学的態度で自然をみることと、身近な環境保全、管理の重要性をわかりやすくお伝えになっており、強い感銘を覚えました。最近は社会と基礎科学者の関 係性についていろいろ思い悩んでいたので、ひとつのヒントをいただいた気がします。


XX

調査内容はうかがうたびに感動的で、辛抱強さに欠ける私にはとてもできないと思い、うらやましいです。「マーカー発見劇」すごい話です。高槻先生の科学 的態度はとても納得できるもので、科学とは縁遠い人間にもわかるものだと思いました。環境保護を声高にいう人には、情緒に流されているように見える人、多 いですよね。玉川上水を少なくとも今の状態のまま子供たちに残したいという主張には100%賛同します。開発の波との戦いにこの先なっていく可能性もある のかなと危惧します。自然にどのように手を入れる、入れない、のデザインの決定権という話になると、どうしても政治の問題になりますよね。そう考えだすと どうしたらいいんだろうと思考停止してしまうのです。自分では動かない人間の典型的な意見で申し訳ないですが・・・。



6)発表全体についての感想

SU(武蔵美大生)

宮崎駿監督は自分のアニメで子供が自然にうれあうようになってほしいと思っていたが、皮肉にも増えたのは家で宮崎映画を見るこどもだったと嘆いていたそうです。高槻先生のようなトークの上手な専門家が直接話をされることが大切だと思いました。


AK(高槻の東北大学ラグビー部時代の後輩。高校教諭を退職)

「学び」の深まりにグループでの学習がどう関わっているのかについてまとめようとしているのですが、暗礁に乗り上げて青色吐息の日々です。今日は高槻さ んのお話から大きなヒントを得られたような気がします。「オリジナルな情報をとる」「自分の目で見る」「自然の話を聞く」「ここで手を抜いてはいけないと ころでは頑張る」「事実を科学的に示す」「ありふれた生き物をじっくり調べる」「背後」などです。スキルやテクニックを身につけて競争力をつけて他をリー ドしていく、というようなムードが支配的な教育の現場に違和感を抱きつつここまで来てしまいましたが・・・。高槻さんが、昔からの純粋さとエネルギーを引 き続き維持されていることに深く感動しました。


CA

ユーモアたっぷりの先生のお話、本当におもしろかったです。短歌を読まれたところでグッときました。またお話を聞いた方の感想を紹介されましたが、とて も身近に感じられました。糞虫が美しいと言われるとそうかなと思い、コブマルエンマコガネの映像に元気づけられると言われるとぜひともYou Tubeにアップしていただきたいと思いました。野草保護観察ゾーンの近くにすんでいますが、秋の七草の5つがあるなどその豊かさを知り、もっとよく見て みたいと思いました。


MI(武蔵美大生)

高槻先生のお話は血が通っているような、生き生きした活力が感じられるもので、とてもおもしろかったです。目新しいエンターテインメントがもてはやされ がちですが、身近な自然の営みこそが最もおもしろいと確認できました。虫が大好きなので、かわいいエンマコガネの貴重な画像や映像がたくさんみられてとて も嬉しかったです。丸いシルエットに鋭角のアクセント、小さい体にたくましい熊手のような前肢、愛らしい顔からは想像だにしないパワー、たいへん美しいと 思います。シデムシの幼虫の一見生物と思えない機会のような姿も好きなので、次はぜひとりあげてください。


EP(武蔵美大生)

イラストかわいいです(美大生なのでこれが一番気になります)。先生の研究活動はすばらしいと思います。私も先生のように、あることに興味をもって研究 したいです。タヌキのフンでさまざまなことがわかってうれしいし、おもしろかったです。タヌキだけではなく、他の動物の研究があったり、タヌキについて もっと広い研究があって、おもしろい結果がわかったらまた教えてください。糞虫がフンをバラバラにする映像とっても印象的でした。BGMがあったらよかっ たと思いました。


MA(Darwin Room)

家の近くの公園を散歩することがありますが、先生みたいに花の名前や虫の名前を覚えるだけでももっと楽しめるなあと思いました。


NT

津田塾大のタヌキのタメフン調査に参加しました。「玉川上水生きもの調べ」のことを知らなかったので、惜しいことをしたと思っています。この夏からセン チコガネに興味を持ち始めたので、また機会があればお話を伺いたく存じます。本日のお話だけでも、私の心の陽のあたりにくかった暗い林が一部伐採され、こ れから新しいものが訪れてくれる予感がいたします。



ー講師紹介ー



この講座は2016年11月15日(火)に武蔵野美術大学1号館103で開催されました。