江戸時代の庶民にとって,一生に一度,伊勢参りをすることは夢でした。しかし様々な事情により、なかなかその想いがかなわない主人の代わりに、愛犬が代理として伊勢参りをした、という数々のおかげ犬の逸話が語り継がれています。おかげ犬は、道行く人たちの善意の力をリレーのように借りながら遥か遠くにある伊勢神宮を愚直に目指しました。驚くべきことに、見事伊勢神宮に到達したおかげ犬がいただけではなく、役目を終えたのちに再び主人の元に戻ってきた犬も多数いたということです。このような、おかげ犬との一期一会的な出会いには、人々の善意の力や主体的な振る舞いを引き出し、善性を基盤とした集合的な物語を生み出す力があるように感じられます。
そこで私は、このようなおかげ犬の逸話からインスピレーションをうけ、伊勢参り犬ロボットのデザイン原理について研究をしています。具体的には、例えば病院に入院している子どもの代わりに、子どもがデザインした ぬいぐるみアバターロボットを大阪・関西万博に連れていき、このロボットを通じて病院の子どもに色々な体験や思い出つくりの機会を提供しようという試みを行いました(新聞記事)。結果として、子どもたちの代理であるぬいぐるみロボットたちが万博の様々な場所を観光したり様々な人々と交流している風景を捉えた数々の写真やvlog的動画、このロボットと交流した万博来場者から子どもたち宛てにかかれた温かい内容の絵葉書50通以上、そして万博に実際に行ったぬいぐるみ自体、などを(まるでおかげ犬の帰還のように)最終的に子どもたちにプレゼントすることができました。この万博のプロジェクトを通じて、伊勢参り犬ロボットの存在は、単に病院に入院している子どもたちへの社会貢献になるだけではなく、様々な人々のプロジェクトへの一期一会的な参加を促し、穏やかなセレンディピティや善意がベースにある集合的な物語を生み出す効果があることを予感させてくれました。
現在は、生成AI技術をフル活用し、人々の自発的な支援行動を引き出すロボット対話戦略の設計や、伊勢参り犬ロボットの足跡をSNSなどで分かりやすく可視化し、より多くの人たちの自発的援助行動や集合的な物語への参加感を促進する仕組みを開発しています(試作した伊勢参り犬ロボットのXアカウント)。また伊勢参り犬ロボットを単に技術的に開発するだけではなく、経済学や民俗学、社会心理学や地域創成学などの関連人文社会学分野の先生方やアーティストなどとの連携を深め、この伊勢参り犬ロボットが生み出すエコシステムの特徴や価値についても様々な観点から明らかにしようとしています。例えば、「クラウドファンディング」や「推し活」、「弱いロボット」などの類似の概念と、私が提案する伊勢参り犬ロボットの違いについて考察を行い、このようなロボットを社会実装する道筋について探求していきます。またこの伊勢参り犬ロボットの研究を通じて、自己の来歴に関する物語を中核とするウェルビーイング(量的価値よりも自己の物語の質が重視される)の新しい在り方についても考えていきたいと思います。
人間は社会的な生き物であり、独りでは生きていくことはできません。誰かが傍にいて欲しい、誰かに見守っていて欲しい、という欲求が湧いてくるのは自然な性であると言えます。一方で、このような欲求に過度に囚われてしまうことで、人間関係の維持に不要な労力を割かれることになり、目の前の自らやるべき課題への集中力が削がれることになります。そこで、コミュニケーションのロボットの研究成果を駆使して、そこにいるだけで”寄り添われる感覚”を得られる全く新しいロボット化された空間デザインの研究を進めています。従来のコミュニケーションロボットは、その存在を誇示するあまり、ユーザーの注意を過剰に惹きつけることに注力されており、結果的にはユーザーの集中力を削いでしまい、煩わしさを感じさせたり、飽きられてしまうことも多かったです。そこで過剰な存在感を取り除き、傍にいてくれる感覚(安心感)だけをユーザーに持続的に、穏やかに与え続ける、そんな社会インフラとしての全く新しい”人間とロボットの共生のカタチ”を提案できないかと思っています。また自分は、このような寄り添いロボットが存在することで、結果的には人間同士のより良いつながり(物語)が生まれるのではないかと考えており、人間個人だけではなく、人間集団(社会)におけるこのようなロボットの理想的なあり方や価値についても議論をしていきたいと考えています。
このような研究を実行するにあたって、単に技術開発を進めるだけでは課題の達成は不可能であると自分は考えており、”孤独”とは何か、”ウェルビーイング”とは何か、といった人間理解を同時に進めていく必要があります。まだまだ何も分かっていないので、研究分野や業種、老若男女問わず、色々な人と議論していくことで、少しでも面白い研究にしていけたらいいな、と思っています。また本研究の一部は世界最大の空調メーカーとの共同研究として行っており、得られた知見の社会還元も進めていきたいと思っています。
参考論文
トゥルーマンショーという映画をご存知でしょうか?この映画の主人公は生まれた瞬間から巨大なテレビ番組のセットの中に住んでおり,主人公以外はみな舞台役者,すなわり偽物の世界を生きています.表面上の幸せな世界,しかし実はすべてが偽物の世界,主人公はやがて自分が偽物の世界に生きていることに気づき,真実の人生を手に入れます.自分の研究の根源的な興味は,我々が日々感じている他者の心はどれだけ本当にリアルに存在しているのか,それをロボットを用いることで解明することです.最近のいくつかの研究(例えばこれ)により,私たちの脳は見た目や動きなどの条件を満たすことで人工物に対してもまるで心があるかのような錯覚をすることが分かってきました.
これらの条件を満たすロボットだけの世界をつくり,そこに何も知らない人間が一人だけいる場合,その人は偽りの心に囲まれて,幸せな人生を送るのでしょうか?それともどんなに精巧なロボットでもどうしても満たせない心の孤独を感じるのでしょうか?
私たちは日常生活でしばしば他人と心がつながっているような感覚を感じます.例えばカラオケでみんなで歌を歌うときになんとも言えない一体感を感じます.最近の自分の研究の興味は,心がつながっているという錯覚をロボットに対して人間はどこまで抱けるか,それを研究しています.
具体的には,ロボットとのインタラクションにおいて動きのリズムのようなアモーダルな情報が同調することで,人間はロボットであってもかなりのレベルまで心のつながりを感じるのではないかと考えております.
心が存在しない対象(例えばロボット)に我々はしばしば心を感じます.脳機能イメージングの研究により,人工エージェントに対しても,我々の脳は他の人間と対しているかのように活動が高まることが分かってきました.具体的には,内側前頭前野,側頭頭頂接合部,上側頭溝などで,このような部位の脳活動は,心を感じる神経基盤を反映しているといえるかもしれません.
しかしその一方で,他者に感じる心の質自体は一様なのでしょうか?例えば我々がかわいい赤ちゃんや動物に感じる心と,敏腕ビジネスマンに感じる心は同じなのでしょうか?きっと同じ「心」であっても,その内容や質は大きく異なるはずです.
我々はエージェントに感じる心の多様なありようの神経基盤を調べるために,様々な個性豊かなエージェントを用意したfMRI実験を行いました.
具体的にはまず各エージェントに対する被験者の印象を質問紙で調べたところ,主成分分析によりエージェントに対して感じる心の背後には二つの異なる軸があることを見出しました.具体的には,「mind holder」(相手が心をもっている存在と思う),「mind reader」(相手が心を読む存在と思う)の二つが独立して知覚されていることが示唆されました.そして各エージェントとインタラクティブなゲームを行っている最中の被験者の脳活動をfMRIで計測したところ,mind holderの知覚量と前頭内側部,さらに側頭頭頂接合部の上部の活動が,mind readerの知覚量と側頭極と側頭頭頂接合部の下部の活動が相関することが示されました.これは心を知覚するための独立した異なる種類のメカニズムが我々の脳内にあることを示唆しています.
今後はこれらの脳活動を操作的に(直接的・間接的手法問わずに)調整することで,エージェントに対して多様な心を被験者に感じさせることができないか検討していきたいと思っています.