風土記(ふどき)とは、一般には地方の歴史や文物を記した地誌のことをさすが、狭義には、日本の奈良時代に地方の文化風土や地勢等を国ごとに記録編纂して、天皇に献上させた書をさす。正式名称ではなく、ほかの風土記と区別して「古風土記」ともいう。律令制度の各国別で記されたと考えられ、幾つかが写本として残されている。
wikipediaより
と、ございますのでこれ以上の説明は必要ないかと思いますが、ま、蛇足といたしまして続けます。
風土記(ふどき)とは、奈良時代初期の官撰の地誌。
元明天皇の詔により各令制国の国庁が編纂し、主に漢文体で書かれた。
『続日本紀』の和銅6年5月甲子(ユリウス暦713年5月30日)の条が風土記編纂の官命であると見られている。
ただし、この時点では風土記という名称は用いられていない。記すべき内容として、
1 郡郷の名(好字を用いて)
2 産物
3 土地の肥沃の状態
4 地名の起源
5 伝えられている旧聞異事
が挙げられている。
完全に現存するものはないが、『出雲国風土記』がほぼ完本で残り、『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損して残る。
その他の国の風土記も存在したはずだが、現在では、後世の書物に引用されている逸文からその一部がうかがわれるのみである。
ただし逸文とされるものの中にも本当に奈良時代の風土記の記述であるか疑問が持たれているものも存在する。
Wikipediaより
ちなみに、いくらかの参考書を調べた限りでは、元明天皇勅の「古風土記」編纂の目的については定説が無いそうです。
つまり、何のために編纂されたか未だに不明だと言う事です。
事実、この「古風土記」後年利用された形跡がほとんど残っていません。わずかに一、二例を挙げるのみです。
編纂後すぐに庫蔵されたとの説もありました。
ただ、文書の性質としては、古事記のように官製の史書といったものではなく、上記にあるようにいわゆる伝承、説話等の色が濃く出ています。
それ故に、内容については逸文を含め懐疑的な立場を取る学者さんも多数いらっしゃるようです。