山口大学国際総合科学部
情報化社会論(2023年度前期前半)
山口大学国際総合科学部
情報化社会論(2023年度前期前半)
講義について
この講義は、例年はメディア論の教科書を読み、基本的な知識を薄く広く得るという方針で設計をしていました。これはこれでよいのですが、やや飽きてきたので、本年度は特定のトピックを徹底的に掘り下げる方向で講義設計をします。本年度のテーマは「情報化社会における専門的知識」です。科学社会学者のハリー・コリンズの専門家論を出発点に、テクノロジーと専門家の関わりについて掘り下げます。専門家論というととっつきにくい感じがするかもしれません。その辺を配慮して、今回はみなさんの日常生活において比較的触れる機会の多い専門家として、スポーツのライブ中継における解説者を取り上げます。種目は、私の好みでバレーボールにします。
テレビやオンラインメディアなどを通したスポーツ中継の視聴経験は、さまざまな中継技術に支援されています。スポーツのライブ中継における解説は、 それらを複合的に利用しながらなされています。ここで考えたいのは、さまざまな技術的支援によって、視聴者もフィールドの選手や審判、解説者らと同じような視覚資源をその映像視聴において利用できるようになったということです。こうした事態について、上述のコリンズは、専門家の認識論的特権が独占的でなくなったということを指摘しています。たとえば審判の誤審は、特定の場面のスロー再生やビデオ判定システムによって、素人の視聴者でも見て判定することができるようになりました。解説者にとっては、プレーの俯瞰・クローズアップ映像や特定場面のスロー再生技術などによって、戦術や技術に関する専門的知識を披露する機会と手段が格段に増えたという言い方もできるでしょう。
本講義では、以上のような状況において、専門家であるスポーツの解説者は実際に何をやっているのかをつぶさに検討したいと思います。特に、解説のうちに具現化する専門的視覚について焦点化します。
講読文献について
本講義では、上述の講義の目的に沿う文献講読と(時間があれば)データセッションをします。ただ、ストーリーなく論文を次から次へと読むのはつらいと思うので、特定のストーリーのもとで文献を読むことができるように、講義用の論文をひとつ書きました。論文で参照している文献のうち、特に重要なものを論文のストーリー順に読んでいきます。なお、この講義では、講義用論文がどのように書かれたのかも随時説明します。この論文を書くという作業は、情報社会ならではのさまざまな資源を利用することでなされました。つまり、その作業について説明することもまた、情報社会についての検討ケースなのです。あとは、アカデミック・ライティングの教材としての利用もできるかと思いますが、これは副次的な目的になります。
コア論文
秋谷直矩(unpub)「テクノロジーはスポーツの専門家の認識論的特権を奪うのか?:バレーボールの実況解説における推論的視覚の分析 」
講読論文
Collins, H. M. (2010), The philosophy of umpiring and the introduction of decision-aid technology. Journal of the Philosophy of Sport 37(2), pp. 135-146.
Goodwin, C. (1994), "Professional Vision", American Anthropologist, vol. 96, no. 3, pp. 606–633. (=北村弥生・北村隆憲訳, 2010, 「プロフェッショナル・ビジョン:専門職に宿るものの見方」『共立女子大学文芸学部紀要』56, 35-80.)
前田泰樹(2002)「ヴィジュアル経験へのエスノメソドロジー的アプローチ」安川一編『視覚メディアにおけるジェンダー・ディスプレイのミクロ社会学的分析』1999年度〜2001年度科学研究費補助金基盤研究(C)(2)報告書, 33-52.
是永論(2017)「スポーツ中継は見れば分かるようなことを余計に飾り立てているのか」『見ること・聞くことのデザイン:メディア理解の相互行為分析』新曜社, 105-138.
Fele, G. and Campagnolo, G. M. (2021), "Expertise and the work of football match analysts in TV sport broadcasts", Discourse Studies, vol. 23, no. 5, pp. 616-635.