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山口大学国際総合科学部:科学技術論演習Ⅰ

2020年度後期後半 月5〜6,木7〜8

担当:秋谷直矩


講義概要(シラバスより)

本年度は、道徳的媒介の技術哲学の議論を社会学の観点から捉え直す作業を進める。具体的には、事物の道徳性をめぐるポスト現象学的議論を、行為の組織とその観察可能性の問題として捉え直す。そのために、関連する文献や記事の翻訳・精読をする。読む文献・記事は講義時に提示する。なお、本講義では、講義・議論は日本語で行うが、取り扱う文献や記事は英語のものを一部用いる場合がある。

講義の進行や履修者の学習状況により、簡単なリサーチや講義内容を反映したコンテンツの制作を行う場合がある。


第1回:ガイダンス(秋谷担当)

初回は履修者が確定していないことを踏まえ、本講義のねらいと全体のスケジュールについて説明し、履修するかどうか判断してもらう。第2回より本格的に開始する。この講義の前半では文献報告をしてもらうが、そのやり方についても説明する。


第2回:導入①(秋谷担当)「事物の道徳性について考える」

【ねらい】

フェルベークの『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』の第1章「媒介された道徳」をベースに、事物と人間の行為組織における道徳性の問題とのかかわりについての基本的な「ものの見方」を獲得する。なお、本講義では、行為組織におけるレリヴァンスの観点から、フェルベークの議論や彼の議論の源泉であるポスト現象学やアクターネットワーク理論から引き継ぐべきポイントとそうではないポイントについて、第7回以降で検討する予定である。つまり、第2〜6回で紹介する議論について秋谷はすべて支持しているわけではないので、結果として本講義の内容・展開もそれが反映されたものとなる。これについては頭の片隅に置いておいてほしい。

【内容】

フェルベークの議論のルーツのひとつに、現象学における道具論がある。そこで、ハイデガーの道具論についてコイファー&チェメロ による概説を手引きに使いながら精読する。

【講読文献】

  • ピーター=ポール・フェルベーク(2011=2015)「媒介された道徳」『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』法政大学出版局, p5-37.

【参考文献】

  • ステファン・コイファー&アントニー・チェメロ(2015=2018) 「マルティン・ハイデガーと実存的現象学」 『現象学入門:新しい心の科学と哲学のために』勁草書房, p53-89.

  • マルティン・ハイデガー(1927=2013)「周囲世界性と世界性一般との分析:第十五節 周囲世界のうちで出会われる存在者の存在」『存在と時間(一)』岩波文庫, p324-349.


第3回:導入②(秋谷担当)「事物の道徳性について考える」

【ねらい】

フェルベークは『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』にて、ハイデガーの道具論を含めた現象学の議論を非-基礎付け主義的な方向に再構成したアイディの「ポスト現象学」の議論と、ラトゥールによる事物の道徳性の議論との接合を試みている。前者は、人間の知覚や解釈が技術に媒介されることによりその生活世界の現れ方が形成されることを議論したものである。後者は、事物はそれにかかわる人・事物に対してあるべき行為を指示しうると考える立場である(ラトゥールの用語で言えば「スクリプト」)。その指示は、「〜すべきである」と理解可能なものである点において、道徳性を有しているとみなすことができる。フェルベークは両者を接合することにより、現象学における道具論に対して倫理学的探求トピックを見出す。第3回では、前回学んだ現象学における道具論をベースに、そこに内包されている道徳性の問題について分析・議論するための基盤的知識を獲得する。

なお、ラトゥール自身は現象学に対して厳しい評価をしていることから、この接合についてはさまざまな評価がありうる。この点については、フェルベーク自身の2005年の論考で見解を出している。が、この点を掘り下げるのは本講義の目的ではないため、割愛する。

【内容】

フェルベークの「媒介された道徳」のねらいを最初に概説したうえで、その議論の源泉であるアイディのポスト現象学の議論とラトゥールの事物の道徳性の議論についてそれぞれの原著の記述の精読をする。そして再びフェルベークの「媒介された道徳」の議論に戻り、彼が両者をどのように接合しようと試みているのかを検討する。なお、本講義ではフェルベークのねらいである「事物の現象学・社会学トピックの倫理学化」には進まない。あくまでも世界における事物と人間のかかわりを分析するための視点の獲得を目指す。したがって、フェルベークの議論全体を追いかけるものではないことは付言しておく。

【講読文献】

  • ピーター=ポール・フェルベーク(2011=2015)「媒介された道徳」『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』法政大学出版局, p5-37.

【参考文献】

  • Robert Rosenberger and Peter-Paul Verbeek (2015) "A Field Guide to Postphenomenology". In Robert Rosenberger and Peter-Paul Verbeek (eds.), Postphenomenological Investigations: Essays on Human-Technology Interaction. Lexington Books, p.9-41.

  • Don Ihde (1990) Technology and the Lifeworld. Indiana University Press.

  • Bruno Latour (1992) “Where are the missing masses, sociology of a few mundane artifacts”. In Wiebe Bijker and John Law (eds.), Shaping Technology-Building Society. Studies in Sociotechnical Change. MIT Press. p. 225-259.


第4回:文献購読(学生担当)「事物と政治」

【ねらい】

フェルベークは、『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』第3章「人工物は道徳性を持つか」で、事物の道徳的意義について先行して議論しているものをいくつかピックアップしている。そのひとつがラングトン・ウィナー『鯨と原子炉:技術の限界を求めて』に収録された「人工物に政治はあるか」である。フェルベークはその議論において論じられていない事項について、「技術がどのように発現するかといいう点については分からない」といった批判を行なっている。この批判に留意しつつ、第4回では、ウィナーの注目点である「人間の意図」という観点から事物と道徳性の関係とその観察可能性の問題について検討する。そして、「設計者」と「行為者」「それらを読み解こうとする観察者」に分け、それぞれについて、「意図」がどのような連関のもとでレリヴァントになるかを確認する。この作業を通して、事物の道徳性の問題について、「意図」を考慮に入れるべき場合とそうでない場合について整理できるようになる。

なお、このようなウィナーのテクストの「読み方」は、本講義のねらいに即したものであって、フェルベークの議論に寄り添ったものではない点には留意してほしい。こうした読み方をする理由については、前回の【内容】を再確認すること。

【内容】

この回から、学生に文献報告をしてもらう。対象文献はラングトン・ウィナー『鯨と原子炉:技術の限界を求めて』に収録された「人工物に政治はあるか」である。報告者以外は、指定日時までに質問・意見をmoodleにアップする。報告者は文献内容の説明に加え、講義当日はその質問・意見を使って議論をファシリテートする。

【講読文献】

  • ラングトン・ウィナー(1986=2000)「人工物に政治はあるか」『鯨と原子炉:技術の限界を求めて』紀伊国屋書店, p45-76.

  • ピーター=ポール・フェルベーク(2011=2015)「ラングトン・ウィナー:人工物の政治」『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』法政大学出版局, p77-79.


第5回:文献購読(学生担当)「事物による道徳的判断への介入」

【ねらい】

フェルベークは、『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』第3章「人工物は道徳性を持つか」で、事物の道徳的意義について先行して議論しているものをいくつかピックアップしている。先のウィナーの議論以外には、ラトゥールのアクターネットワーク理論をベースとした事物の道徳性の議論である。こちらも前回に続き、挙げられている事例(スピードバンプなど)を対象に、状況の組織と行為者の道徳的意図のかかわりの問題について考える。ここでのポイントは、道徳的であるとみなしうる状況において、行為者自身の道徳的意図は常にレリヴァントではないことを確認することである。一方で、観察者にとって「特定の観察可能な出来事・事物」が道徳性と結びつけて理解することが可能であること、このことについても再確認する。時間があれば、関連して近注目を集めている「ナッジ」の事例を紹介し、前回・本回の観点から検討することにより、道徳的状況の達成と意図の関わりの問題に一定の見通しをつける。

【内容】

学生は山崎吾郎「ハイブリッドな秩序と人間の行為」の文献報告をする。報告者以外は、指定日時までに質問・意見をmoodleにアップする。報告者は文献内容の説明に加え、講義当日はその質問・意見を使って議論をファシリテートする。

本来ならばラトゥールの原著(翻訳あり)に当たったほうがよいとは思うが、学部の演習で読んでもらうにはあまりに難解な書き振りで難渋することが容易に予想されるので、本講義ではラトゥールの原著は学生担当にはしない。時間が余ったら、秋谷の方からハンス・モンダーマンの「シェアード・スペース」や『ナッジ!?:おせっかいなリバタリアン・パターナリズム』よりいくつか検討事例を紹介する。

【講読文献】

  • 山崎吾郎(2010)「ハイブリッドな秩序と人間の行為」『Communication-Design』3, p56-65

  • ピーター=ポール・フェルベーク(2011=2015)「ブルーノ・ラトゥール:見落とされている多くの道徳性」『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』法政大学出版局, p80-83.

【参考文献】

  • ブルーノ・ラトゥール(1999=2007)「人間と非・人間の集合体:ダイダロスの迷宮をたどる」『科学論の実在:パンドラの希望』産業図書, p223-275.

  • トム・ヴァンダービルト(2008=2008)「危険な道のほうがかえって安全?」『となりの車線はなぜスイスイ進むのか?:交通の科学』早川書房. p276-331.

  • 那須康介・橋本努編(2020)『ナッジ!?」おせっかいなリバタリアン・パターナリズム』勁草書房


第6回:文献購読(学生担当)「アフォーダンスを問い直す」

【ねらい】

本回は、フェルベークが議論していない論点を取り上げる。ここではアフォーダンスを取り上げる。事物のデザインとアフォーダンスの関係について、佐々木正人の『新版アフォーダンス(岩波科学ライブラリー)』の4章「エコロジカル・リアリズム」を取り上げる。そこでの議論を踏まえて、上野の「見ることのデザイン」における、相互行為主義に立脚したアフォーダンス批判を検討する。この作業を進めることにより、従来のアフォーダンスの議論を踏まえつつ、相互行為主義の観点、すなわち知識の学習とそれが具現化される行為組織に注目することが重要であることを理解する。時間があれば、この論点を深めるために、CostallやHutchbyによる「社会的アフォーダンス」の議論を秋谷より紹介する。

なお、本来的にはアフォーダンスの提唱者であるジェームズ・ギブソンの著作を取り上げるべきではあるが、時間の都合上、佐々木の概説書を利用する。ぜひギブソンの著作、特に『生態学的視覚論」にはチャレンジしてみてほしい。

【内容】

学生は佐々木「エコロジカル・リアリズム」と上野「見ることのデザイン」の文献報告をする。報告者以外は、指定日時までに質問・意見をmoodleにアップする。報告者は文献内容の説明に加え、講義当日はその質問・意見を使って議論をファシリテートする。

【講読文献】

  • 佐々木正人(2015)「エコロジカル・リアリズム」『新版アフォーダンス(岩波科学ライブラリー)』岩波書店, p58-77.

  • 上野直樹(1998)「見ることのデザイン」山田富秋・好井裕明編『エスノメソドロジーの想像力』せりか書房, p252-269.

【参考文献】

  • Alan Costall, (1995), "Socializing Affordances", Theory and Psychology, 5(4), p467-481.

  • Ian Hutchby, (2001), "Technologies, Texts and Affordances", Sociology, 35(2), p441-456.


第7回:小括&導入③(秋谷担当)「社会秩序と道徳」

【ねらい】

前回は、アフォーダンスの議論を相互行為主義の観点から問い直すものであった。本回は、その相互行為主義的観点から事物と人間の関係を分析するための基本的な態度を学習する。上野の相互行為主義的な考え方は、社会学の一潮流であるエスノメソドロジーに由来している。そこで、エスノメソドロジーの基本的なアイディアについて学ぶ。フェルベークやアイディらは事物の理解可能性について、「文脈(context)」を重要視することを提起していたが、彼らのいう「文脈」と、エスノメソドロジストがいう「文脈」の異同に注目することにより、分析する際にエスノメソドロジカルな分析態度を身に付けることが重要であることを学ぶ。

【内容】

フェルベークの道徳的媒介の議論を振り返りながら、これまで検討してきた文献の論点をまとめる。その上で、社会秩序と行為の組織の水準でそれぞれの論点を捉え直す作業を本回で行う。そのために、リヴィングストンの著作を通して、エスノメソドロジーの基本的なアイディアについて学ぶ。リヴィングストン(1986)第4章の補助教材として、秋谷(印刷中)も適宜参照する。

【講読文献】

  • ピーター=ポール・フェルベーク(2011=2015)「道徳的媒介」『技術の道徳化:事物の道徳性を理解し設計する』法政大学出版局, p89-97.

【参考文献】

  • Eric Livingston, (1986), ”The problem of social order", In Eric Livingston, Making Sense of Ethnomethodology, Routledge & Kegan Paul, p.12-18.

  • Eric Livingston, (2008), ”Sociologies of the Witnessable Order", In Eric Livingston, Ethnographies of Reason, Ashgate, p.123-129.

  • 秋谷直矩(印刷中)「趣味の実践学」秋谷直矩・團康晃・松井広志編『楽しみの技法:趣味実践の社会学』ナカニシヤ出版


第8回:文献購読(学生担当)「道具使用のエスノメソッド①」

【ねらい】

エスノメソドロジー研究のうち道具の使用に焦点化したものを精読することにより、前回学んだ内容を復習する。秋谷は、ポスト現象学的観点による技術論よりもエスノメソドロジーによる技術論の方が、先にフェルベークがウィナーに対して行った「技術がどのように発現するかといいう点については分からない」という批判に対する対応としてより適切に取り扱えると考えている。そもそも道徳的判断とは個人の意識のなかで完結するものではない。それ自体が理解可能になる瞬間があり、またとそれを可能にするやり方がある。この観点の重要性について本回で学ぶ。

【内容】

学生は西阪「道具を使うこと:身体・環境・相互行為」と前田・西村「『メンバーの測定装置』としての『痛みスケール』」の文献報告をする。報告者以外は、指定日時までに質問・意見をmoodleにアップする。報告者は文献内容の説明に加え、講義当日はその質問・意見を使って議論をファシリテートする。

【講読文献】

  • 西阪仰(2010)「道具を使うこと:身体・環境・相互行為」串田秀也・好井裕明編『エスノメソドロジーを学ぶ人のために』世界思想社, p36-57.

  • 前田泰樹・西村ユミ(2020)「『メンバーの測定装置』としての『痛みスケール』」前田泰樹・西村ユミ『急性期病院のエスノグラフィー』新曜社, p51-70.


第9回:文献購読(学生担当)「道具使用のエスノメソッド②」

【ねらい】

前回と同じ。

【内容】

学生は上野「道具とコンテキストのデザイン」の文献報告をする。なお、この文献は長いので、2名の共同報告とする(予定)。報告者以外は、指定日時までに質問・意見をmoodleにアップする。報告者は文献内容の説明に加え、講義当日はその質問・意見を使って議論をファシリテートする。

【講読文献】

  • 上野直樹(1999)「道具とコンテキストのデザイン」『仕事の中での学習:状況論的アプローチ』東京大学出版会, p61-124.

【参考文献】

  • ドン・ノーマン(2013=2015)「何をするかを知る:制約、発見可能性、フィードバック」『増補・改訂版 誰のためのデザイン?』新曜社, p171-223.


第10回:小括&導入④(秋谷担当):「事物の理解可能性と道徳」

【ねらい】

本回以降は、最終課題の制作と発表に向けた作業がメインとなる。そこで、本回ではこれまで学習してきた事項を総ざらいしたうえで、最終課題の制作事例を示す。本講義は、担当教員が関心をもっている「社会学(エスノメソドロジー)」や「技術哲学」の考え方を学んだうえで、いくつかある本学部のコアのうち「科学技術」と「デザイン」との接続も目している。こうした目論見と展開可能性についても念頭においてもらうことで、本講義終了後の発展的展開についても各自が考えられるようにする。

【内容】

これまでの議論を総ざらいしたうえで、最終課題の制作に向けて秋谷が制作事例を示す。

【参考文献】

【最終課題1・2】

  1. 私たちの道徳的行為に事物がかかわっているケースを探し、それが観察可能な場面の写真を5枚以上撮影してくること。そのうち2枚について、本講義でこれまで検討してきた観点からそれがどのように行為や活動の組織とかかわっているかを分析したものをショートエッセイ(2本)としてまとめよ(最終課題①)。

  2. 私たちの道徳的規範に対して、事物が何らかの違反・調整・困惑…等を生じさせるケースをひとつ探し、それに対して人びとが現在採用している「さしあたりの解決方法」とその不十分さを分析して説明してください。そして、その解決方法の不十分さを克服する新たな解決案をデザインし、提案してください(最終課題②)。


第11回・第12回・第13回:データセッション

  • ショートエッセイテーマやデザイン案について各自が発表し、それについて全員であれこれ言い合う。


第14回:最終課題発表①

  • 講義開始直前までに最終課題を提出すること。

  • 各自が作成した最終課題について15分程度で発表する。


第15回:最終課題発表②

  • 各自が作成した最終課題について15分程度で発表する。

  • 可能であれば、この日までに最終課題+αを綴じた冊子データを秋谷の方で作成しておきます。あるいは、興味ある人はInDesignの使い方を教えるので、自分自身で冊子データを作っても良いです。最終的に印刷・製本します。この講義参加者全員の皆の作品として持ち帰ってください。なお、この日までに冊子データの作成が間に合わないかもしれません。

  • 時間が余ったら、Zineカルチャーなどについて簡単に説明します。