最新発表論文
Impaired cardiac non-neuronal acetylcholine synthesis triggers mitochondrial dysfunction with the loss of nicotinic receptor-mediated calcium handling, causing the failing heart.
Clin Sci (Lond). 2025 Nov 25;139(22):CS20257026. doi: 10.1042/CS20257026.
日本語論文タイトル:非神経性アセチルコリン産生能が正常に機能しないとミトコンドリア膜上に発現するニコチン受容体を介したカルシウム制御機構が失われ、ミトコンドリア機能異常とともに心不全をきたす
(本論文は左のように11月号の表紙に採用されました)
【研究の概要】
本研究で扱っている重要なシステムは、これまであまり知られてこなかった心臓心筋細胞に備わる、アセチルコリン(ACh)を産生する能力すなわち非神経性コリン作動系です。AChというと容易に想像されるのが、副交感神経系の神経終末から放出される神経伝達物質としてのAChであります。しかし、同じAChとしても、本研究に出てくるAChは、神経終末由来のAChとは独立した、非神経細胞である心筋細胞自体が産生するAChです。心筋細胞にはこのAChを産生し細胞内に貯蔵する、すべての構成蛋白が備わっていることが、我々によって世界に先駆けて報告されており(2009年)、その後複数の研究組織からも同様の報告がなされ、この心筋細胞に備わるシステム(その後我々はこれをnon-neuronal cardiac cholinergic system NNCCSと呼んでいます)については、ほぼコンセンサスが得られました。一方でこのシステムが働かない場合心機能に異常が生じることはすでに報告されてきましたが、どのようなメカニズムでそれが起こるのかは定かではありませんでした。そこで、本研究では心臓でのNNCCS機能を後天的に欠失させたconditional KOマウスを作製し、その表現型解析を行い、以下のことを明らかにしました。第一に心筋細胞内で産生されるAChのレベルがこのKOマウスでは50%以上に低下すること、第二にその影響が細胞内小器官であるミトコンドリアに現れ、ミトコンドリア膜上に発現する7ニコチン受容体(7nAChR)への作用が十分に起こらずミトコンドリア内へのカルシウム取込に障害をきたし、ミトコンドリアの形態と機能異常を引き起こすこと、第三にそれらは、心筋細胞エネルギー代謝異常・apoptosisによる心機能障害を引き起こすこと、第四にこのミトコンドリア異常に対して代償性のautophagyが誘導されるも完全な代償にいたらないために時に結果として心不全に至ることであります。
【研究の背景】
我々はこれまで心臓特異的NNCCS機能亢進マウス(心筋特異的にACh合成酵素choline acetyltransferase ChAT遺伝子を強制発現させたtransgenic mice)、心筋特異的ChAT mRNA特異的miRNA強制発現マウスの解析から、NNCCSは心筋虚血耐性・ギャップ結合機能・血管新生に密接に関与するシステムであること、つまりこの機能を高めれば(gain-of-function)、より上記の効果は促進され、一方その機能を抑制すれば(loss-of-function)最終的に顕著な活性酸素暴露・心臓NO産生低下・心機能低下または心不全・心筋エネルギー代謝障害・不整脈等の相反する表現型を示しましたが、そのメカニズムは完全に解明されていませんでした。
【研究の内容】
そこでCre-loxPシステムを導入し後天的にタモキシフェン誘導型の心臓特異的ChAT KOマウスを作製したところ、よりミトコンドリアに顕著な異常を認めることを突き止めました。つまりNNCCSのターゲットの一つがミトコンドリアであることが分かったのです。ChAT KOマウス心臓でのミトコンドリアの形状は、棍棒状から球形へと膨化し、内部クリステ構造も異常を示し、結果としてミトコンドリア膜電位が低下し、活性酸素暴露も亢進していました。ミトコンドリア内から細胞質へのcytochrome cの放出もより顕著でした。と同時に、autophagy応答も亢進しこれは障害の受けたミトコンドリアを除去するためのものと考えられ、その証拠にPINK1-Parkinのミトコンドリアへのリクルートも顕著に認められました。ところでミトコンドリアは、寄与度はわずかながらも細胞質内Ca2+濃度を調節する滑面小胞体カルシウムポンプSERCA2aと同様の機能をもっていることが知られています。ミトコンドリア膜上にはCa2+をその内側に通すmitochondria calcium uniporter (MCU)が局在していますが、さらに7nAChRも同様にミトコンドリア膜上に優先的に局在することが明らかとなりました。心筋細胞内のミトコンドリアにこの受容体が局在するという知見はこれまで報告はありません。さらに正常心筋細胞内で産生されたAChは心筋細胞内ミトコンドリア上の7nAChRに作用し、ミトコンドリア内へのCa2+流入が亢進することも明らかとなりましたが、一方でこのKOマウス心筋細胞ではミトコンドリア機能障害によりミトコンドリア内へのCa2+流入はより低下すること、結果細胞質内カルシウム負荷によると想定される拡張期心筋細胞カルシウムoscillation decayの遅延が認められました。
【本研究の意義と今後の展望】
以上の知見からNNCCSはそのミトコンドリア機能維持にも極めて不可欠であり、その膜上に局在するnAChRを介してミトコンドリア内へのCa2+流入を促進していることが示唆されました。それゆえに、このNNCCSが障害を受けると、ミトコンドリア機能異常および十分なマトリックス内でのカルシウム濃度が保持できなくなるとともに、細胞内カルシウム負荷が起こり、心筋エネルギー代謝障害・アポトーシス誘導と不整脈源性を惹起するというメカニズムの一つが明らかとなりました。
このNNCCSはagingまたは糖尿病の進行とともに、その機能が失われることも報告されており、上記の病態進行の一要因であることも示唆されています。NNCCSは発見当時その重要性については定かではありませんでしたが、現在ではこれまでの知見から、心筋生理機能上においても、病態生理学上においても、非常に重要なシステムであることが明らかとなりました。本年のEuropean Heart Journalにおいて、本システムが不整脈の一メカニズムを形成する旨の論文が発表され、循環器内科学におけるトップジャーナルの双璧において本システムが報告されたことから、さらに広く認知される段階にまでようやく至ったものと思われ非常に感慨深いものがあります。したがって、このNNCCSにターゲットをおいた薬物療法の開発は、今後重要となっていくものと考えられます。
【用語解説】
1. alpha7 ニコチン受容体(alpha7nAChR)
2. Apoptosis
3. Autophagy
4. Cre-loxP
5. Cytochrome c
6. PINK-Parkin
7. MCU
論文名: Impaired cardiac non-neuronal acetylcholine synthesis triggers mitochondrial dysfunction with the loss of nicotinic receptor-mediated calcium handling, causing the failing heart.
著者名: Sonobe Takashi, Kai Yuko, Oikawa Shino, Akagi Takumi, Mano Asuka, Morita Rimpei, Tsuda Masayuki, Kakinuma Yoshihiko.
掲載誌名: Clinical Science
DOI: 10.1042/CS20257026. PMID: 41190780
Website: https://portlandpress.com/clinsci/issue/139/22 or https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41190780/
【発表者】※研究内容については発表者にお問合せください
日本医科大学大学院医学研究科 生体統御科学分野
講師(筆頭著者)曽野部 崇(そのべ たかし) E-mail: t-sonobe@nms.ac.jp
大学院教授 柿沼 由彦(かきぬま よしひこ) E-mail: k12417853@nms.ac.jp
TEL: 03-3822-2131 内線5244または5278
Corticotropin-releasing factor type 1 receptors in the rat nodose ganglion are involved in the transduction of stress-induced visceral sensory signals to the brain. J Neuroendocrinol. 2025; Aug 21:e70082. doi: 10.1111/jne.70082.
掲載誌:Journal of Neuroendocrinology
論文タイトル:Corticotropin-releasing factor type 1 receptors in the rat nodose ganglion are involved in the transduction of stress-induced visceral sensory signals to the brain (DOI: https://doi.org/10.1111/jne.70082)
日本医科大学生理学(生体統御学)講座の眞野あすか准教授、柿沼由彦教授らの研究グループは、ストレス関連ホルモンであるコルチコトロピン放出因子(corticotropin-releasing factor, CRF)とその1型受容体(CRF1)がストレス性の内臓感覚情報を腸から脳へ伝える仕組みに関わっていることを発見しました。この研究成果は国際学会雑誌Journal of Neuroendocrinology に2025年8月21日にオンライン版で発表されました。
研究の背景
CRFは、視床下部で同定された41アミノ酸からなるペプチド、ストレス応答における内分泌・自律神経・行動の調節に関与します。CRFの作用は、Gタンパク質共役型受容体に属する1型受容体(CRF1)および2型受容体(CRF2)受容体を介して行われます。近年、CRFとその受容体が大腸にも発現することが明らかとなり、CRF1が大腸運動亢進に、CRF2が逆に抑制に関与することが報告されています。特に、CRF1は大腸粘膜のゴブレット細胞や吸収上皮細胞、筋層神経に発現し、CRF刺激により神経活動マーカーc-Fosの発現が促進されることから、局所の神経ネットワークを介した大腸の運動制御に関与する可能性があります。さらに、迷走神経節(NG)においてCRF2のmRNAが確認される一方で、CRF1の機能的関与も示唆されており、末梢のCRFが中枢へと感覚情報を伝達する経路として迷走神経の役割が注目されています。従って、CRF/CRF1システムが末梢から中枢への内臓感覚情報の伝達に関与している可能性があり、その詳細な機能解明が求められています。
研究の概要
ストレスにより視床下部から分泌されたCRFは視床下部―下垂体―副腎軸を活性化させてストレスに対する生体応答に寄与します。CRFとその受容体であるCRF1はいずれも大腸でも発現していて末梢へのCRF投与や種々のストレスは大腸運動と排便を増加させること、ストレスは大腸でのCRF分泌を誘導することから、CRFが大腸のストレス関連反応を仲介している可能性が示唆されます。迷走神経求心性線維の細胞体が集まっている迷走神経節(nodose ganglion, NG)は、大腸の感覚を含む内臓情報を脳へ伝達しますが、CRF/CRF1システムが迷走神経の求心性機能に関与するかどうかは不明でした。この研究では、内臓からの感覚情報が脳へ伝わる過程におけるCRF/CRF1システムの役割と、ストレスが自律神経(特に迷走神経)の働きにどのような影響を与えるのかを調べました。実験は雄ラットを使って行われました。
まず、NGにおけるCRF1の発現を調べました。次に、迷走神経を末梢側で切断したときに、NGのCRF1陽性細胞数、腹腔内に投与したCRFによる排便量と孤束核(NTS)でのc-Fosの発現にどのような変化が起こるかを評価しました。その後、近位結腸にFast Blueという逆行性トレーサーを微量注入してNGでの取り込みを解析しました。最後に、CRFまたはストレスによってNGで誘導されるcAMP応答配列結合タンパク質のリン酸化(pCREB)を解析しました。
解析の結果、CRF1 のmRNAとタンパク質の発現がNGで確認されました。横隔膜より下の迷走神経を切断するとNGのCRF1陽性細胞は減少しましたが、CRFによる排便の促進効果は変わりませんでした。一方で、CRF投与によるNTSでのc-Fos発現は、迷走神経切断によって抑制されました。神経トレーシングの実験からNGにあるCRF1陽性細胞のおよそ半数がFast Blueを取り込むことが示されました。さらに、腹腔内へのCRF投与、CRF1を選択的に刺激する薬剤の投与、拘束ストレス、これらはNGにおけるpCREBの発現やCRF1陽性細胞の増加を引き起こしました。これに対して、CRF1拮抗薬は、拘束ストレスによるpCREB発現の増加を抑える効果を示しました。今回の結果は、CRF及びその受容体であるCRF1がストレス性の内臓感覚異常の情報を腸から脳へ伝える仕組みに関わっていることを示しています。
本研究の意義
1. 腸と脳をつなぐ仕組みの解明
この研究は、ストレスにより引き起こされる大腸の感覚情報をどのように脳へ伝えるかという仕組みの一端を明らかにしました。ストレスによりNGが活性化されることは新しい発見で、さらにはNGに存在する CRF1がその情報伝達に関わっていることを示した点は重要です。
2. ストレスと消化器症状の関係の理解
ストレスはしばしば下痢や便秘といった消化器症状を引き起こします。本研究の成果は、「なぜストレスで腸の働きが変化するのか」 という疑問に対して、神経科学的な説明を与えるものです。
3. 治療への応用可能性
CRF/CRF1が腸から脳への信号伝達に関わることが示されたことで、過敏性腸症候群(IBS)やストレス関連の消化器疾患の新しい治療ターゲットとして注目されることが期待されます。
研究者プロフィール
眞野あすか(マノ アスカ)Asuka Mano 日本医科大学生理学(生体統御学)・准教授(教育)
研究領域:生理学、神経内分泌代謝学
柿沼由彦(カキヌマ ヨシヒコ)Yoshihiko Kakinuma 日本医科大学大学院生体統御科学・大学院教授
研究領域:生理学、循環器病学