心臓は、わたしたちが産まれてから死ぬまで休みなく動き続けます。また抗酸化能力が高いなど、さまざまなストレスに対して耐性を持ちます。こうした性質は「頑健性」と呼ばれ、疲れやすい骨格筋とは大きく異なる形質を備えていることが分かっています。
しかしながら、頑健性を制御・維持するメカニズムには、未解明な点が多く残されています。こうした謎の解明にせまる心臓の研究は、頑健性についての生理学的な理解を深めるだけでなく、頑健性の破綻(心不全)や骨格筋の病態(ALS・筋ジストロフィー・廃用性萎縮)への理解につながり、医学・薬学分野への貢献が期待されます。
全身のすみずみまで血液を行きわたらせるポンプとしての役割を持つ心臓は、その拍動ペースや血液を送り出す力(収縮力)をたえず調節しています。例えば、心臓を支配する交感神経系からアドレナリンが分泌されると、心筋の収縮力が増大します。私たちは、心筋の細胞膜上に存在するカチオンチャネル「transient receptor potential canonical (TRPC)」と呼ばれるチャネルに着目し、収縮力の生理的な変化にどのように寄与しているのか、また心臓や骨格筋の病態にどのように関わっているのかを調べています。
私たちの研究から、TRPCチャネルの1つであるTRPC3は、心筋の細胞膜上でNADPHオキシダーゼと相互作用し、NADPHオキシダーゼから産生される活性酸素量が増大することを見出しました。さらに、抗がん剤(ドキソルビシン)投与の副作用として有名な心機能の低下や、栄養飢餓による心筋の萎縮にも、このメカニズムが寄与していることが明らかになりました。
これとは対照的に、TRPC3と類似した構造をもつTRPC6は、この「TRPC3-NADPHオキシダーゼ間相互作用」を抑制することを見出しました。TRPC3-NADPHオキシダーゼのような、病態において特異的に増強されるタンパク質―タンパク質間相互作用(protein-protein interaction; PPI)は新たな創薬標的として注目されています。私たちは、「TRPC3-NADPHオキシダーゼ間相互作用」を抑制するような化合物を探索したところ、喘息の薬として承認されている「イブジラスト」を同定し、さらにイブジラストの投与によって抗がん剤の副作用である心筋の萎縮が軽減されることを見出しました。
タンパク質間相互作用を創薬標的とした研究例をもう1つ紹介します。私たちは、心筋梗塞モデルマウスの心筋内において、「Drp1-Filamin Aタンパク質間相互作用」が増強されることを見出しました。このDrp1-FilaminA相互作用を抑制するような化合物を探索したところ、降圧剤として承認されている薬である「シルニジピン」を同定し、シルニジピンの投与によって心筋梗塞モデルにおける心機能低下を軽減できることが判明しました。
当部門では、九州大学大学院薬学研究院と連携し、こうした既承認薬の適応拡大を目指しています。
莫大なエネルギーを必要とする心筋細胞内では、エネルギーを取り出すためにさまざまな代謝反応が起こっています。なかでもミトコンドリアによるATP産生に不可欠なのが、電子伝達系での酸化的リン酸化、すなわち「電子のやり取り」を起点とする酸化還元反応です。私たちは、きわめて反応性の高い(電子を渡しやすく、受け取りやすい)分子群である活性硫黄分子種に着目し、生体内の活性硫黄分子種がどのようにエネルギー恒常性維持に寄与しているのかを研究しています。
私たちは東北大の赤池孝章教授との共同研究から、生体内から検出されるシステインパースルフィド(Cys-SSH)などの活性硫黄分子種が、ミトコンドリアにおけるエネルギー代謝に重要な役割を果たしていることを明らかにしました7。このような活性硫黄分子種による代謝反応を攪乱する物質も存在します。公害の原因となるメチル水銀もその1つです。私たちは、中枢神経系に影響を及ぼさないような低用量のメチル水銀が心不全リスクを増大させることに着目し、そのメカニズムを調べました。その結果、メチル水銀が心筋内のミトコンドリア分裂促進タンパク質Drp1のシステインポリイオウ鎖と化学反応を起こし、硫黄原子を引き抜く(脱イオウ化)ことが心不全の病態を増悪させる原因であることを突き止めました8。
参考文献
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Nishiyama K, Numaga-Tomita T, Fujimoto Y, et al.
Ibudilast attenuates doxorubicin-induced cytotoxicity by suppressing formation of TRPC3 channel and NADPH oxidase 2 protein complexes.
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Akaike T, Ida T, Wei FY, et al.
Cysteinyl-tRNA synthetase governs cysteine polysulfidation and mitochondrial bioenergetics.
Nat Commun. 2017;8(1). doi:10.1038/s41467-017-01311-y
Nishimura A, Shimoda K, Tanaka T, et al.
Depolysulfidation of Drp1 induced by low-dose methylmercury exposure increases cardiac vulnerability to hemodynamic overload.
Sci Signal. 2019;12(587). doi:10.1126/scisignal.aaw1920
原著論文、総説(英文・和文)、著書については、
九州大学西田研HP「論文一覧」のページに記載しています。
自然科学研究機構 生理学研究所 心循環シグナル研究部門
西田 基宏 nishida(a)nips.ac.jp
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